パーティ幹事の気苦労

2011年01月31日 | 仕事 -

某企業(数社)の代表取締役4名がつらなるパーティを、
主催者企業の担当幹事を中心に、数週間にわたって企画&準備してきた。
仕事がらみで、ネットワークを結んでいる企業人の懇親をはかり、
今後も良好な関係で前進していく・・・という目的があったからだ。

幹事3人の思惑は的中し、現況、うれしい方向に動き始めたのは、
大変喜ばしいことである。
パーティを企画したのも、無駄には ならなかった。



しかし、気を遣うパーティは、前もっての準備が一番であるのに、
幹事3人の内で、主軸になるはずだった人の「こぼれ具合」が、
とんでもなかった。
「伝えておいてください」・・・・伝わっていない。
                   →現場でアタフタ!
「準備しておいてください」・・・・準備されていない。
                   →落胆の一言!
「コピーして持参してください」・・・持参していない。
                   →会館のPCを使用!
ご本人は、前日の休日、サッカーの試合をして、筋肉痛で歩けず、
産まれたての「ひよこ」のように、ひょっこりひょっこりと動くので、
全く対応が鈍く・・・やりたくもないらしく、私に頼んでくる。
結局、疲れるハイヒールをはいた“盛り上げ役”の私が、走り回った。
想定外の事態ばかり!
そのために、私の身体は、すごく疲れてしまった・・・。 
ヘロヘロである。
まさに「疲労困憊というのは、こういうことを言うのだ」と痛感した。


私自身の立場としては・・・上記のように・・・・
何から何まで、がんばって裏方に徹して、最後は「あぶらげ」を
私の所属している会社の代表に持っていかれる。
彼(代表)は何もしていないし、何も把握していないのに・・・
ただ差し出された酒を飲み、名刺交換して、立っているだけで、
時々は20年以上前の仕事の実績を自慢げに話すだけだ。
結果はすべて「会社」という集合体の栄誉として代表に与えられる。
このようなパーティが実現しただけでも、すごいことなのに、
残念ながら、縁の下の人間(私)には誰も慰労してくれないので、
満足感は皆無のパーティ。。。。。と、愚痴りたくもなる。
まぁ、最終的に結果がついてくれば、それでよいけれど・・・(笑)。


いやぁ、しかし、・・・率直なことを言うと・・・
人間関係と上下関係の微妙さには、本当に辟易したパーティだった。
あれこれと、主催者会社の幹部:数名が重箱のスミをつつくので、
それに部下の幹事が対応をしなければならないのだが、結局は・・・
対応するのが別会社所属で、フリーランスの「私」であるということ。
なんか、釈然としない構図と、この現実に・・・・
私自身は、目の前の御馳走も、完全に味を失ってしまった。


大企業の男性陣の上下関係を目の当たりにすると・・・
「よくやっているよ」と、少しばかりの呆れ模様になってしまう。
実力のないビジネスマンは甘んじて受けなければならないだろうが、
そうではないような関係(パワハラとは言わないが)と雰囲気が、
あわただしい時間の中で(じわじわと)伝わってきた。
「年功序列」「上司の意見は絶対!」というような空気感・・・。
いつも強く出ているキャラクターの人が、上司の一言で小さくなって、
(自分の存在感を消して)全くの言いなりになっている。
会社でもこういう態度で接しているのかと、変な興味もわいてしまった。

短時間で、問題解決をしていかなければならず、順々に対応をして
いかなければならないからこそ、私自身が感じたことかもしれない。


幹事という立場の私は、せっかくのお料理も味わえなかった。
前菜も口に押し込むような食べ方で、おいしそうなデザートもそう・・・
12000円のフルコースは最高だったが、充分楽しめなかったのが
何より「ざんね~ん!」。


パーティの終了後にいたっては、もっと最悪な状況が待ち受けていた。
企業人たちは、上司への気遣いのため、気分転換と称して、
次々と(だんごになって)分散して、二次会へ くりだして行った。
細かい調整の得意な人というイメージの私は、お酒も飲めないので、
たった一人で後処理に追われた。



会場のかたずけは、私一人で夜中までかかって やり・・・
非常にさびしかったぞ。
帰りのタクシーでは、なぜか愚痴めいた疲労の言葉が・・・(笑)。

あぁ~「現実は、こういうものである」が、それでも笑顔で対処して、
私もうまく折り合っていかないといけない。
そういう意味では、みんなが仮面をかぶって仕事しているようだ。
しかし、だからこそ感じる。
そんな状態が毎日続くようなら、不健康ではないだろうか・・・と。



お疲れ様の幹事3人中心の二次会は、日をあらためて・・・
ということになった。


メソッド俳優の主演映画

2011年01月30日 | 人物 -


私の大好きな韓国俳優:キム・ミョンミン(KMM)の主演映画が、
はじめて日本の劇場で公開になる。

映画のタイトルー「私の愛、私のそばに」。

日本国内で、彼の映画が劇場公開されるのは、これが初めてで、
この事実は大変喜ばしいことだ。
テレビでもなく、DVDでもなく、平面媒体の雑誌などでもなく、
ロードショーというのは、本当に特別の感慨がある。

私は、その公開日を、とても楽しみにしている。


このたび、公開される映画は、TV「ベートーベン・ウィルス」終了後に
撮影した作品で、彼は難病におかされた男性(主人公)を演じる。
その病気は、進行とともに、筋肉がかたまり、動けなくなっていって、
2~3年で死にいたるという原因不明の難病(ルーゲリック病)。
彼は、俳優として、この役を演じるにあたり、10㎏近い減量をしてから
撮影初日を迎え、どんどん病気が進むにあたって、身体もどんどんと
やせ細っていくのを目指し、結局は20㎏以上は減量したのだと思われる。
韓国では、公開とともに(ある程度は)ヒットしたが、その一方で・・・
「俳優がそこまでやるべきか」・・・というような論争が起きるほど、
極限状態まで自分自身を追い込んで、撮影を続行したキム・ミョンミンの
役者魂には感服する人も多かった。

リアルな姿を演じるために、内面から作りこんでいく「メソッド演技」。
キム・ミョンミンは、韓国のメソッド俳優と呼ばれている。
(メソッド演技は、ハリウッドなどで有名な演技方法)


減量としては、クリスチャン・ベールが、20~30㎏を減量した経験があり、
何かと話題にのぼり、当時は比べられたりすることがあったようだ。
しかし、キム・ミョンミンと違う点をあげるとするならば・・・
彼は撮影をしながら、減量をしたというハードなスケジュールをこなしたが、
クリスチャン・ベールは専門的に減量を終えてから実際の撮影に入っている。
これは、演技を生業とする俳優としては、大きな違いがあると思う。
日本にも、同じように減量して撮影に入る俳優さんはいるが、やはりみんな、
クリスチャン・ベール式のやり方である。

映画の撮影現場は、非常に厳しく、あわただしく、かつ、忙しいものだ。
真摯な創作活動の他に、気を遣うことも多く、ストレスがたまるのが現場!
微妙な心情を描く演技を日々繰り返しながら、同時に、減量もしていくのだ。
撮影だけでもハードなのに、「一体どこまで自分を追い込んでいくのか」と
信じられないぐらいの「強固な意志力」を、私は彼に感じる。
愛する人を残し、死に対峙していく心情に、ただ向かい合っていたのだろう。
彼は、撮影が終われば自室にこもり、遮光カーテンをひき、太陽の光をさけ、
「うつ病になってくれ」とさえ願いながら、「役」に没頭していったという。
食事は自炊で、豆腐、野菜、ささみがほどんどで、着実に日々痩せていった。
結局、低血糖発作などが起こったり、しばらく体調がもどらなかったりして、
彼の身体は ぼろぼろになってしまった作品である。
相当、過酷なことを、当然のようにやっていたのだろうと、予想する。



しかし、いくら俳優が自分の解釈と熱意でがんばって演技しても、
結局、「映画は監督のものである」。
どの作品にもいえることだが、編集をはじめ、どのように作り上げられるのか、
俳優には決定権がない。それが、映画だ。(舞台とは完全に違う)
結局、俳優は、役を演じるための“一人の出演者”でしかない・・・。
それでも、キム・ミョンミンは、一作品ごとに全力を尽くす。
努力を怠らない俳優だ。

彼は、全く違うイメージのキャラクターを演じられることが何よりの特徴だ。
そのために、最近の評価は、どんどんとあがっている。
キム・ミョンミンのように、台本の中の「役」を演じるだけではなく、
役における内面から噴出するものまでを計算しつくし、やり遂げる俳優は珍しい。
「どんなキャラクターを演じても、○○だね」・・・という俳優ではないのだ。



数日前に韓国で公開された新作映画は、コメディ時代劇で、おとぼけ探偵を演じ、
またもや「新しい役作り」を漂わせている。
肋骨にヒビが入りながら撮影をしていたことを隠していたらしく、最近になって、
一つのエピソードとして披露しているが・・・とにかく、このようにして、
彼の仕事に対するプロフェッショナル・ストーリー(逸話)は多い。
この作品は予告編を観ただけで、すごくボケたキャラクターとして笑えるし・・・
コメディとしての「彼の演技を観たい」と思わせる雰囲気がある「面白い役」である。
ちなみに、この作品は、たった数日で、早くも週間興行成績一位を獲得した。




キム・ミョンミンは、遅咲きの俳優だから、これだけ一生懸命になれるのか・・・。
それとも、性格的なものなのか・・・。
本当に、本人のコメントの一つ一つが深かったり、自然人みたいに純粋だったり、
素顔の彼もまた、とても魅力的な人だと、勝手に想像している。




●「私の愛、私のそばに」  



お世話になった人

2011年01月28日 | 自分 -

人にも、モノにも、寿命はあり・・・
美しい引き際というものもあるように思う。


10年弱前に三年間お世話になった、尊敬している「大好きな方」がいたが、
本日、最後のお勤めを終えて「正面玄関から出て行かれる」という連絡を受けた。

おそらく、花束贈呈などのセレモニーがあって、多くの人々に見送られ、
お帰りになられるのだろう。
現在、66歳。
年齢だけを考えると、働くには「これから」だとも思うし、
健康や余生を考えれば、ゆっくりと時間を要して休息してもよいのかもと思う。


まるでお見送りに誘われるように、突然の電話を受けて、胸が騒いだ。
「君は仲良かったよね、
 僕らは雲の上の人だけどさ~。
 だからね、一応ね、とにかく知らせておきます」
本当にありがとうございます。知らせてくださって・・・。
去就が気になっていたし、(私自身は)お元気なのかと、時々思い出していたから。


その人は、常に忙しくて、顔も広くて、付き合いも懐も大きい人なので、
そう簡単に連絡してはご迷惑になるだろうと・・・私自身がすごく我慢して
影ながら見守っていた部分もあった。
その会社は(国民のほとんどが知っているぐらい)有名で、会社内もとても大きい。
私が時々そこを訪問した際に、エレベーター前などで偶然に会ったことはあった。
そういう場合は、お互いに「いやぁ」「キャー」と声をあげて、驚いて・・・
次のエレベーターが来るまでの立ち話を楽しむぐらいだった。
これが、その会社を辞してからの…その人との関わり合い方だった。
 <しかし、稀な偶然はそう簡単には訪れないものだったけれどネ>

今は、やっと少し「お休み」がとれるのではないかと、勝手に予想している。

ずっと、ずっと、頑張ってこられた素晴らしい人で、たくさんのことを教わった。
私にとっては、大事な人でもある。



最近の私は、お世話になった人には、「会えるときに会っておこう」という、
とても素朴で単純な気持ちのために動いている。
いただいた情報は、願ってもないことで・・・
私は、笑いながら、こう答えた。
「今は、きっとお忙しいでしょうから、落ち着いた頃に、ご連絡して
 ご自宅まで遊びにいきます。とっても素敵な場所だから・・・・」
私は、以前に、風情あふれるご自宅に(ご招待を受けて)あがりこんで
お邪魔した経験がある。

その言葉のとおり、お住まいになっていらっしゃるご自宅の近くまで行って、
バレンタインチョコレートでも渡してこようかと、思ったりもしている。
近くには美しい海が広がっているし、素晴らしい景色が続いている場所だ。
自然が豊かな場所で、有名な観光地でもある。
行くだけでも、価値あるところだと思う。


隣国との関係性

2011年01月27日 | 社会 -

昨日、仕事用の備品購入のために、大型家電店に出向いた。
昨年末以来だったが、同じ店でありながら、驚いたことがあった。
入口で聞こえた(商品説明の)言語が、「中国語」だったからだ。
原宿も、秋葉原も、銀座も、こんな場所にも・・・


世界の中で存在を誇示し続けてきた「日本」という国は・・・
これから徐々に大きな変革期を迎えるのかもしれない。
現在、問題視されている様々なことが、頭をす~っと過ぎる。
経済問題、環境問題、政治の世界でも、水面下では中国の脅威を
(ひそかに)感じながら、生活をしているようなものだ。

20年近く前から、何度も中国へは旅をしたが・・・
すでに当時の「中国」は消滅してしまい、新しい大国が出現した。

パーマネントに喜び、道端で散髪。自転車を多用し、よく歩き、
早朝ともなれば公園で太極拳をしていた人民は、大きく変貌を遂げ、
世界の脅威となっている。
人口だって、13億人だ。
(単純に、日本の12倍だ!すごいことだ )


中国も、インドも、ブラジルも・・・
これからも、まだまだ、どんどんと成長を遂げていくだろう。



日本が友好的に世界と手を結びながら、平和を維持していくことは、
非常に重要なことだが、これまでのように「アメリカさん」だけに
目を向けていて良いのだろうか。

自分達の時代はよくても、次世代(50年先の時代)は、どうなって
いるのだろう・・・という“素朴な疑問”が 現出する。

フラットな価値観を持った外国人も多くなったとはいえ、現況、
先のBBCのように不謹慎なアンカーマンもいる(戦争被爆に言及)のだ。



私の日常生活と全く同じだと感じてしまうが・・・
やはりお隣さんとは仲良くしながら、助け合える関係が、本当は・・・
ベターなのではないかと 思ったりもする。
戦争時代の歴史的な背景のことを、日本人も学びつつ、
また新しい関係が成立していくことを願わずにいられない。
過去の金融問題などを振り返っても、東アジアでの共同体というものは、
今後の日本にとっては必要なことのような気もする。
すでに、草の根活動では、壁や垣根の高さはかなり低くなってきて、
理解し合おうという機運も生まれている。
若い世代には、「悲惨な戦争体験」も、「ゆがめられた偏見」もない。
すべてを前向きに考えながら、手を携えられるときは・・・いつか・・・
そういうこともあるのではないかと、夢みたいなことを考えたりする。



アジアカップ!
サッカーの日韓戦を観ても、また、同じようなことは感じた。
(韓国選手が、日本蔑視のようなアピールをしたからだ )
      日韓の歴史的な壁は、まだ高いのだろうか。
      経済の世界や、エンタテイメント(芸能界)では、
      たった数十年で交流ができあがりつつあるのに・・・
日本が韓国にとって、特別な存在で、「敵国扱い」である以上、
関係がよくなるとは思えない。相互意志の変容が必要になってくる。
どんどんと本質だけを見つめ、過去に縛られず、未来を見続けられる人々が
たくさん増えていけば、よりスポーツマンシップを 極められることだろう。
勝ち・負けだけの価値観から、いつになったら、脱出できるのかと・・・
そう思ったりもする。
(私にはスポーツの世界の「勝ち・負け」だけではない印象がしてしまう )



隣国の関係においては・・・
北朝鮮をはじめ、現状の「厳しい状態」は・・・どうしても感じつつ、
やはり「未来は、明るい」と・・・信じたい。


懐かしの仕事仲間

2011年01月22日 | 仕事 -

10年近い前に、一緒に仕事をしていたメンバーの連絡先が、一人だけわかっていた。
このお正月から(賀状をやめた私は)、メールで近況を知らせ、彼に賀状メールを送った。
久しぶりに目にする名前は、とても懐かしかった。

しばらくして、返信が かえってきて・・・・
当時のメンバーが、数名 CC:になったメールで、「メシでもいかが」という内容った。
その日は、京都帰りで12時を超えていたが、「会いたいですメール」を送り返した。
昨夜、また返信がきて、「いつがいいですかメール」が届いていた。
なんという早業で、なんという幹事能力!と、感嘆しつつも・・・・
ありがたくて、たまらなかった。
そして、とても懐かしくて、楽しく仕事をしていた日々を思い起こした。


おそらく、彼自身も「懐かしい」とか、「ガスを抜きたい」とか、そういう気持ちが
いくらかはあるのかなぁ~と思ったりもした。
部署も違う皆を集め、私ひとりを招いてくれるのも、理解に苦しむことだ。
それに、ある程度の地位を得たみんなだからこそ、部署の違うメンバーで集まるのは、
彼らにとって、情報交換にもなるし、ただ単に楽しいかもしれない。
私は、「ツマ」とか、「きっかけ」だったのかもしれないが・・・
それでも、大変うれしいことだ。

何年も身近で仕事をしておきながら、あっという間にご無沙汰になってしまう・・・
私のような境遇にとっては、本当にありがたいことでもある。
また、一緒に仕事ができるようになるといいのに・・・と、ただ単純にそう感じると共に
時間の流れを感じては、「みなさん、どうなっているのだろう」と好奇心はつきない。


過去を振り返るというよりも、年月を重ねてくると・・・
特別の感情が芽生えてくることがある。
若かりし頃の自分に対する回顧心や、充実していた頃に対する憧れに似た気持ち、
経験と共に経た時間に対する思いなど・・・複雑に入り込んだ感覚だ。

本当に、みんなで、一同に会えるといいのに・・・。

ゆっくりと、メール交換を楽しんで、いつか「おいしい時間」を過ごしてみたい。


雪が残る京都

2011年01月20日 | 出来事 -

最近、少しばかり寒い。

完全防備の女性が、でっかいマスクをかけて電車に乗り込んでくると、
その様相に、(失礼ながら)びっくりしてしまう。
顔中がマスクで、一瞬、固まる私・・・。

仕事で、京都に滞在。

関が原では、案の定、粉雪が舞いあがり、ふぶいていた。
真っ白に色づいた地面は、「冬」そのもの。

京都市街は、大きなビルが立ち並び、当然ながら雪はなかったけれど、
仕事でカンヅメだった ちょっと奥まった場所には、まだまだ「雪」が残っていた。
おかげで、ほっべは真っ赤になり、スラックスは汚れて、革靴は土まみれ!
しかし、まだらに残った雪の残骸が、まるで芸術的で、カメラのシャッターを
押しまくったところ、不可思議な写真が撮影できた。
ご披露できるほどのものではないが・・・「和」の世界が広がって、
とても気に入っている。
竹林と、灯篭と、白い雪と、石畳と、自然の土が二種類!

京都には、やはり少しばかり気持ちが「和テイスト」になる雰囲気がある。
願わくば、もっとゆっくりとしたかった・・・。

買いたいものもあったのに、ショッピングの時間なんて、皆無だった。
まぁ、「仕事だからね」。 ・・・と、言い訳のように、つぶやく。



そういや、京都のデパートで「とらや」の羊羹を買った。
訪問先へのお土産だったのだが、そこで京都限定の羊羹をいくつか見つけた。
「白味噌入羊羹」だの・・・
「黒豆黄粉入羊羹」とか・・・
何か興味しんしんのネーミングだったからだ。
しかし、まだ封を開けていない。
「不可思議な味がしたら、どないしよう」という気持ちがないわけでもない。
しかし、かの「とらや」だし、京都限定だし・・・
期待を裏切るはずはないだろう。


「人あたり」

2011年01月18日 | 自分 -

今日は、仕事があって、打ち合わせもあったのに、
休ませてもらった。
まぁ、軽いもので、ちゃんとアポもとっていなかったからだが、
ドタキャンをしたことには変わりはない。
頭が痛くて、体調が悪くて、もう出かける気がしなかったし・・・
どっぷりと、疲れ果てていたからだ。
この週末から、体調が芳しくなく、実は鎮痛剤を飲みながら、
土曜日&日曜日を過ごして、スケジュール(約束)をこなしていた。
断れないものばかりだったからだ。
それに、今週は出張もあり、断れない約束が後半に入っている。
今日しか・・・なかったのかもしれない。


実は・・・仕事が忙しいのに・・・
昨年末から、多くの人に会ってきた。
久しぶりに会う人もあって、その人の変化についていくのには、
ある程度のエネルギーを使う。

あるいは、若い頃に、お世話になった人の墓参りに行ったり、
懐かしい人と一緒に食事をしたり、そういうことをしていた日々だった。
新しい行動パターンにトライしていたようにも感じる。

そういうことを、毎日のように、繰り返していたからだと思う。
結局、ちゃんと休んだ記憶がない。
身体が横たわっていても、抱えている課題があったりすると、
脳細胞は休めず、結局「完全に休んだことにはならない」。
心も、身体も、頭も、すべてが休めてこその効能だからだ。
リラックスすることは、そう簡単に手にすることができない境地だ。



私は、昨年から「人」に会いすぎた。
人にあたったのだと、そんな気がしている。
自分に心を寄せてくれているからこそ、申し訳なく思って会いに行っても、
そのあとに気になってしまい、自分が落ち着かない・・・という気分を
味わってみると、本当にリラックスすることができない。
現在、病気の人とか、身体が不自由な人、生活に不安を感じている人、
何かに強く執着している人、人の悪口を言う人、愚痴を繰り返す人、
わがままな人、・・・・列挙したらきりがないが・・・
そういう人は、やはり自分の中に、ほんの小さな“しこり”のようなものを
残してしまう。
「シアワセじゃないのかなぁ」
そんな印象をもってしまうと、潜在的に気になってしまうのだろう。
私の昔からの性格的な特徴かもしれない。




まるで、仕事に追い立てられた毎日を悔いるように、
私のプライベート時間が欲しかったのかもしれない。

去年は、忙しかったからこそ、年末年始の数週間で、本当に
何人もの「懐かしい人」に会った。
笑顔を見たり、日々を楽しんでいることを知ると「よかったなぁ」と
思えたのだが・・・・比率でいうと、そうではない人も多く、
私自身も含めて、なんとなく「世知辛いなぁ」「あったかくないなぁ」と
感じてしまったように思う。
そういう精神的な疲れは、意外と後を引くということを、今回・・・・
はじめて思い知った。


何事も、ほどほどに、のらりくらり行くのが一番だ。
焦っていたわけではないが(そんな自覚は全くなかったが)・・・
実は、そうだったのかもしれない。
自分が社会から“おいてけぼり”になることはなくても、
潜在的な気持ちが私を支配して、行動させていることもある。
おそらく、一人になることが怖かったのかもしれない。
心の奥底で「私を忘れないでね」と主張しているようなものだ。

率直に言うと・・・
数年ぶりに会う人が多かったからこそ、きっと疲れ果てたのだと思う。
特に、その人たちの中には、天涯孤独で、身体が不自由な人がいて、
お正月の準備やら何やらで、いろいろと気を配り、時間を割いて、
その人の話相手にもなり、悩み事解決にも一役をかって出たりしていた。
私も、こんなことは初めてで、・・・微妙だが・・・なんとなく・・・
将来の自分の姿を心配するかのように感じていたのか。。。
とにかく、その人に、少しでも穏やかにお正月を過ごしてほしかったのだ。
このような自分の行為は・・・なんとなく・・・ 
今となっては、よくわかる気がする。


しかし・・・仕事が忙しい時に、こういうことを敢行してはいけないと、
思い知った。
決して「やったこと」を否定(後悔)しているのではなく、
時間に余裕のある時に、やるべきだったのだ。

一つ、学習したことにしよう―ーと思う。


多種多様な人間像

2011年01月17日 | 社会 -

社会人の仕事の法則 ⇒ 決め言葉は「ほう(報告)・れん(連絡)・そう(相談)」。

しかし・・・現代は、情報化社会であって、上司の決断をいちいち仰ぐ時間など・・・
実際は、あって「ない」ようなものである。
スピード社会に則した決断力と判断力が、現場には必要になってきている。

だから、即決で決断したり、対処したりすることも必要になってくるが、
その結果そのものに責任をもつという特大の“おまけ”も、ついてくるようになった。



最近、意識しているからだろうか・・・ 私が人と会った時、
そのような「人間力」や「仕事力(判断力・対処能力)」がありそうか否か、
(なんとなくだけれど)読めるようになってきた。
それは、度重なる経験というものがネックにある。
たくさんの人と会って、仕事をしてくると、一つの簡単なことを伝えるだけでも、
相手が自分流に解釈したりして、勘違いをするので、きちんと伝わらない人がいる。
私は一回大きな深呼吸をして、ゆっくりとしゃべって、最初から順番に確認していき、
やっと当方の主張が伝わるようなことを、何度も何度も経験してきた。
だから、今は・・・個人的には、その人それぞれに対応を変えているが・・・・
上記のような人は、覚悟して対峙しないと、本当にイライラする典型のような人だ。
最近は、「キレる人が多くなった」のが現実で、それは私も感じている。
きっとキレるような人が仕事相手だとしたら、おそらく彼は撃沈していることだろう。




昨夜、竹林の中の和食専門店で、おいしい料理をいただいた。
ライトアップされた庭園が、とてもきれいで、心地の良い時間だった。
「相談事がある」と言われ、招かれて出かけて行ったが・・・・
その相談事とは「自分がキレやすい」ということを他人から強く指摘され、
今、そのことを、とても悩んでいるのだという。
なんと「これは・・」と感じ、かなり長い時間をかけて、その人の話を聴いた。
いろいろな角度から、質問をしたりしてみて、反応も感じてみたが・・・
その人は、日常的にも支障がなく、精神的にもバランスを壊しているように見えず、
私の結論としては「相手のほうに、何らかの問題があるように思えた」ぐらいだ。


キレることに対する恐怖というよりも、周囲の目に対する恐怖に苛まれ、
自分の気持ちの良い日常を害するのは、本当に残念なことである。
最低限度の迷惑をかけず、社会のルールを守り、穏やかに暮らしている人なのに・・・
そういう人でも、結局は、完全に自信を喪失してしまっていた。
自分を知る周囲の人から、それだけ混乱させるだけの強い口調と抗議を受けると、
やはり「大きな不安」を感じてしまうのだろう。
私だって、自信はない。
また、自分のことは自分ではわからないものだから、余計に不安になってしまう。



しかし、つくづく思う。
人と関わって生きていくのが社会人だが、本当にいろいろな人が増えてきて、
一つのセオリーや価値観で対応ができなくなってくるぐらい、多くの人物が群れている。
多様な生き方というよりも、「混沌とした個人主義」に傾いて行っているような・・・
そんな印象がするのは、私だけだろうか。

人々が健康的な生活を送り、安全で安心な気持ちを持ち続けることは、本当に
贅沢なことになってしまったようだ。

信頼できる友達を増やし、自分の支柱を構え、納得した人生を送りたいものだと
そう心から思う。


日々の「自分の時間」

2011年01月15日 | 出来事 -

人が遊んでいる間や、休暇をとっている間に、仕事をするのは、
いくらなんでも切ないものである。
この週末もまた、出勤。
なれど、なんとなく、自分のペースで仕事ができるのが何よりだ。

誰もに、均等に与えられ、過ぎていく「時間」というもの・・・。
どのように過ごすのかは、すべて自分の選択にかかっている。



100人以上いる会社なので、平日はぎゅうぎゅう詰めの会社には、
今風で自分のデスクというものがない。
だから、あいているシマに、自分の空間をみつけて、自分のロッカーから
仕事道具を持ち出して、セッティングするというスタイルである。
週末は、さすがに、ガラ空きだ。


今、自宅には、4台のパソコンがあり、用途によって使い分けている。
仕事のメインに使用してきたデスクトップが調子悪く、二度のリカバリーを経て、
それでも、日ごとに調子が悪くなってきている。
電源をいれると、勝手に起動を繰り返すようになり、安定してくれるまで
かなりの時間を要するようになった。
PC会社の人の話でも、理由がわからず・・・もう修理工場行きのようだ。
私としては、とにかく、今月末まで頑張ってもらい、ファイル調整をして、
一つの仕事を完全にかたずけてから、工場に行ってもらいたいと思っている。
酷使するようで悪いが、最後のご奉公だと思って、あと数週間お願い~
という気分である。



「パソコンにも、人にも、寿命がある。」

最近、その「寿命があるということ(感覚)」に触れることが多い。
何とも切ない。
時間の流れとともに、自分を取り巻く環境や、人々の状態なども、
刻々と変わっていくということだ。
その時間は、あっという間のように感じているが、本当は膨大な時間で、
その間に放置していた様々なことが動いている・・・・確実に動き、
変化している・・・という、単純で、正当な現実を見せつけられるのだ。
当然ながら、なかなかすぐには理解できず、もごもごしてしまう。

やはり、自分自身の時間は限られているので、無駄にしてはいけないと
しみじみ感じる今日この頃・・・。


深夜の自宅到着

2011年01月12日 | 出来事 -

ほめられたものではない。

自由で、のびのびしたイメージも抱かなくなった。

仕事であれ、遊びであれ・・・終電で帰宅するのは、心がすっきりとしない。
正直に言うと、「健全ではない」ような感覚になってしまった。

 おそらく、
 父と同居したこと。
 私が年齢を経たこと。
 体力が落ちたこと。
 気分が高揚しないこと。
 一日の疲れが取れにくくなったこと。
 こういう理由によるものだと思う。



今日は、ちゃんとした仕事で、狭く、空気の悪い部屋に、数十時間こもって仕事をしたが、
達成感はない。
充実感もない。

一人で作業することは、自由がきくし・・・
コンセンサスをとる必要もない。

しかし、誰かとの共同作業というものは、そういうわけにはいかない。
骨が折れるし、時間もかかる。
しかし、形になったものは、まだ自分の想定内のレベルではなく、満足感が得られなかった・・・。



明日も、明後日も、また出勤。
あぁ~、楽になると思ったのに・・・
何かの歯車が狂ってきているような気がする。

仕事はいやではないが、
必要以上の拘束は・・・・私のモチベーションを下げるようになった。
わがままになったのか、こだわりがでたのか。
正直になったのかもしれないと、都合よく考えては、また・・・リセットする私。



ところで・・・このあたりは、都会ではないので・・・
夜中に、門を開けたり、洗面台を使ったり、階段を登ったりするのは、意外と気を遣うものである。


息慮凝心

2011年01月11日 | 言葉 -


  「息慮凝心   

          (そくりょぎょうしん)


  ― 慮る (おもんばかる) をやすみて、心を凝らす ―





目の前が、たくさんのことで 「いっぱい・いっぱい」 になったときこそ、
周りのことが見えていないことが多い。
そんな余裕のない時は、自分にとって、より良き判断ができないものである。
そういうときこそ、あえて突発的に先に進んだりしないで、
また、(たとえば)“考えあぐねること” を(しばし)やすんで、
「わが身の心を凝らしてみよ」 という言葉である。

自分自身の心の奥底に、意識を集中してみる。

時々、執拗に、途方もない “何か” に(無意識の内に)囚われる。
そういうときに・・・この言葉は、役に立ってくれている。
根拠のない思い込みや、勘違いなどの場合もそうだろう。

人間は、誰しも、(私自身と言うべきか・・・)
弱いものだし、淋しいものだし、流されるものだと思うから―。
いつも、どんな時でも、そういう可能性と背中あわせにあると思うから―。

「自分でしっかりと律して、自覚しなければならない」 と、私は思っている。






私は、20年・・・・
ちょうど20年間・・・・
この言葉を胸に刻んで、これまで生きてきた。


ちょうど20年前のある日、
私に強い影響をあたえた “その人” は、答えなど諭すことなく、
ただ、この言葉を、しずかに つぶやいた。

幾度となく聴くうちに、“その人” も、この 簡単で深い言葉 を
とても大切にしていることが、痛いほどわかってきた。

父親と同じくらい、いや、それ以上の年齢を重ねてきた “その人” には、
確実に、“その人”なりの価値観と世界観が 備わっていた。

実父と同時期に、「生」 を “マットウ” して、この世を去った人だが、
今も忘れがたき、私の父親のような人であり、師のような人であった。
また、あるときは、子どものような横顔を持つ人でもあった・・・。


もし、今、ご存命だったとしたら、すぐに連絡をして会いにいくのに 。。。




自分にとっての友達

2011年01月10日 | 自分 -

今日は、「成人の日」。

年末年始の疲れが尾を引き、まだすっきりとしていない日々だ。

先週も、ドタバタばかりで、昨年のつづきのような状態だった。
打ち合わせの途中に、「この後は焼き鳥でも食べながら・・・」と
酒飲み仕事仲間に誘われての(結果・・・)終電帰宅となった。



だからというわけでもないが・・・
友人とのプラベ約束を、(本日)当日にキャンセルしてしまった。
おそらく準備が終っているだろうと予測した状態で、昨年末に
スケジュールを決めたが・・・(私自身が)とんでもない状態で・・・
明日の大事な仕事を優先して、自宅作業に勤しむことになったのだ。

しかし、返す返すも、本日アポしていた・・・この友人・・・・
いつもながら、変わらず、自分の都合を押し付けてくる。
どこへ行くとか、いつ誰と会うとか、すでに勝手に決められていたり、
すべてに対して「自分のやりたいように決定したいようである」。
思い通りにいかないと、声のトーンはさがり、相手を攻撃するかのような
意味深な発言があったりすることも過去にはあった。
今日は、ドタキャンした私に非があるので、相手の言うとおりにしたが、
ずっとこういう「やり方(関わり方)」は変わらない。

私が断っても、「とりあえず、こうしてみては?」と、さらに続く。
実現されるまで、誘い続け・・・・私は、断り続けるというーやりとり!
最終的には、私が折り合いをつけて、「えっ!わずか二時間でもいいの?」
という食事会をすることになってしまう。

今日も、その人の母親の介護施設に一緒に行くことになっていたらしい。
(私にしてみれば)初耳のことである。
勝手に「親が会うのを楽しみにしているから」と言われ、自分としては、
「そんなことになっていたの?」という言葉が、つい出てしまった(笑)。
なんとなく、頭の痛い・・・人間関係である。

大晦日と元旦に、「母の誕生日会をするから」とお誘いを受けていたが、
それもお断りしたばかりだった。




私は思う。
友達は、多いほうが良い。
しかし、その相手との付き合い方は、その内容如何によって、
微妙に変わってくるものだ。
一緒に何かを分かち合える友や、意見や感情が連動する友、
なんとなく引き付けられる人もいるし、気が付かないところで、
心の支えになってくれている友達や知人もいる。

その反面、悪影響を与えられたり、負荷をかけられたりすることも
あるのが常だが・・・・ (誰もが経験することだろうが)・・・
私にとっては、その「質感」が大きな問題となる。

「心の平衡」と「穏やかな日常」を手にすることを第一にした場合、
私の気持ちを「乱してしまう友」は、日々の中で“危険度”が大きく、
最近は「あまり接触したくない」と感じるようになった。

快適な時間と空間を過ごすためには、隣に誰がいるかということも、
重要な要素となる。



結局は、友達も・・・ 自分が選び、自分にとってプラスになる・・・
そんな友達が何よりだと思うようになった。
意図的に、勇気をもって選択していくことも、“自分を守る”上では、
とても貴重なことのように感じる。




人間関係には、主従関係のように、力のバランスがどちらかに傾いている
偏狭なものもある。
依存したり、されたり、あるいは頼りきったり、頼られたり・・・
もちろん、そういう関係もうまくいくことも多いけれど、
自分中心に考えてみると、「自律していない」ことに気付くことがある。
若い頃には、その境界線が見えなくなっていることも多かった。

バランスの悪い“寄りかかりあい関係”は、健康的なものだとは思えない。
最近は、「お互いが前を向いて歩いて行ける友達こそが、本当の友達だ」と、
しみじみと感じたりする。



人生の最期を迎える時に、どれぐらいの知人や友人が私の周囲にいてくれるのかー
それはとても大切な「人生の結果の一つ」になってくるだろう。
しかし、たとえ少なくてもいいから、本気モードで(私を)懐かしがってくれる友が
いることが、その量(人数)よりも重要なことだと思う。
今後は、そんな・・・私の「人生のネットワークづくり」をしていきたい・・・・と、
心から、そう思う。

仕事はじめ

2011年01月04日 | 仕事 -

お正月の三ヶ日が過ぎて、翌日の今日・・・・ 4日というのに、
世の中は「仕事はじめ」ということで、午前中から電話が鳴る。

私の身体と心は、グダグダで、あたたかい「おこた」の中で、
まだ眠りこくっていたい気分である。

正直に言うと、まだ ダレまくっている。


その上、田舎の知り合いのおばあさんから家の愚痴話の長電話がかかり、
それに対応していると30分以上が経過して、なんだか「しがらみ」が、
いっぺんに押し寄せてきたような感じがしている。


私の気持ちは仕事モードではないのに、
「今日から、仕事始めです。今年もよろしくお願いいたします」と、
丁寧な連絡が入ると、それには応えなければならないし・・・・
それに対する仕事が私の身の上にも降りかかってきて・・・・・
そのうえ、(電話を切る)最後の最後に、捨て台詞のように
「企画書を早めにお願いしますね」なんて、勝手に言い放たれたりした。

  「えぇ~~」
   (まだ、心の準備が・・・いや、頭の準備が・・・・・)

必死なのは分かるけれど、そんなに早急に動かなくてもいいのでは?!
という怠け心が、私の中に芽生えてきた。

この積もり積もったような疲労とストレスは・・・おそらく、
昨年末ぎりぎりまで忙しくしていたので、その付けがきたような印象だ。

まだ 眠いんだ・・・。 緊張感も足りない。
仕事に対する意欲も、わいてこない。
「困ったもんだ」




「今年は、ゆっくりとしたいんだけれどなぁ」

そう腹を決めて、今日は昼寝をぶちかまし・・・・ 夕方から仕事をした。
どうせ、会社はあいさつ回りと、みんなで「初詣」する一日なので、
内情としては起動していない年の初めの一日である。

マイペースでありながらも、「やることはやる!」ので、
自分の時間と、仕事の優先順位をつけて、今年は日々の動きを
決定していきたいと思っている。


やり残している「やりたいこと」も、たくさんあるし・・・・
意味のないことでも、ただ「興味あること」もあるので・・・・
今年は、とにかく、風の流れのままに身を任せて、漂ってみるのも
一つの方法論としては「あり!」かも・・・と、感じている。


「心が老いたる人」

2011年01月01日 | 言葉 -


  「人生」は、「年齢」で 決まらない。

  「心」で、決まる。

  齢は若くても、“ 心が老いたる人 ” もいる。


                        <by サムエル・ウルマン(詩人・教育者)>





  ウルマンによれば、「心の持ち方で、人の人生は変わってくる」 という。

  齢を重ねただけでは、人は老いない。

  理想を失った時、はじめて “老いる” のである。



  今朝の「初日の出」は、ビックリするぐらいの美しさはなかったが・・・
  心が晴れやかになって、清々しさを覚えた。


新春の「アケオメ!」

2011年01月01日 | 出来事 -
新年、あけまして、おめでとうございます。

また、一つ 年を迎えることができて、何よりです。

今、周囲は、まだ真っ暗です。

今年の日の出は、どうなのだろうと。。。
怪訝に「曇りそうな空」を、見上げています。


人は、初日の出を見たり、太陽にあたったりすると、
何らかの「気」をもらえるそうです。

何でもよいから「与えてほしい」と思い、一応、早起きしてみましたが・・・
さぁて、結果はどうなのでしょう。


昨年も、(滞在先の地方で) 唯一のお天気日を「黄砂」に阻まれ、
ぼぉ~っとした先の見えない天気を経験しました。
まるで、明確な未来を探し求める“現代人の心境”のようでした。

とても、とても、単純なことのようですが・・・
今年のあらゆる「気」のために、初日の出が拝めるといいのですが。

しかし、今日のお天気にかかわらず、今年も希望を探して、日々精進!

まだ暗い早朝、全国の皆様に・・・「あけおめ~~!」