企業の 「 社会的責任 」

2012年08月29日 | 社会 -

数年前のことだった。
新卒の就活者にアンケートをとったところ、「社会貢献をしている企業に
就職したい」という結果が多かった・・・という記事を読んだ。

どうぜ働くなら、自己存在が明確になる仕事、社会にとってプラスになって
いるという自覚を抱ける企業が好まれているようだ。



昔は、企業のネームバリューや、給料他の待遇や条件が最優先されたが、
そのような企業の(所詮はコマとして働くので)過重労働を甘受するよりも・・・
自分が判断する “「やりがいのある仕事」を選びたい ” という。
また、“「社会に誇れる企業」に就職したい ” ・・・ということらしい。


上記のような、資本主義経済原理に起こっている(転換期のような)価値観は、
より新たな「企業の社会的責任」(CSR)の自覚が重要になってくる。



しかし、現在、このCSRの思想さえ、市場原理の変化によって歪曲する傾向がある。
その一方で、かつての日本型経営において、CSRの思想が、企業文化の中に、深く
根付いている会社や、特に意識して(以前から)掲げている企業もある。
これらは、消費者や、一般国民の抱くイメージにも、微妙に影響を与えるし・・・・
業績にも響くからかもしれないとも思う。



かつては、自発的規律として存在したり、自発的使命としてしか存在しなかった・・・
この概念は、これからの日本、あるいは地球にも、大きな影響を与える項目になった。


心ある企業だけが掲げていた思想が、今や、HPでチェックする企業の重要な要素に
なってきたように思う。
利益だけをあげるだけでなく、(もちろん利益をあげつつも)企業の社会的責任という
自覚も促されてくるようになる。
そして、これは思想だけではダメで、行動に伴っていなければ意味がない。
HPには、カッコ良い言葉を連ねて、現実には実績のない会社も、たくさんあるから、
実際、私も、必ず確認をしている大事な要素となっている。



この国では、昔から 「社会的責任」や「社会貢献」というものは、個人レベルでも
存在していたものである。
それが、企業単位でも、明確になってきたというだけのことだ。





おばあちゃんが言っていた言葉、・・・どんな仕事でも「世のため、人のため」という
社会に対する使命感を持って働くことを尊いと考える「職業観」とも一致する思想である。
同時に、日本独自の「美学」や「美意識」を大切にする文化であるからかもしれない。

どちらにしても、不義理な行為をしていたり、社会的責任を果たしていない企業には、
魅力を感じないし・・・・、代表の言い分を聴きたい気分になるときもあるぐらいだ。

グローバル企業を目指す会社にとっては、特に必須の条件になってきたように感じる。



隣国関係は冷静に対処を!

2012年08月29日 | 社会 -


ロンドン五輪での韓国人サッカー選手の竹島(韓国名・独島)問題をめぐる
反日宣伝行為は、確実に政治行為であり、スポーツマンシップに反する。
五輪は、「平和の祭典」だ。

これが、きっかけとなって、国際問題になっているが、こんなマナー違反には、
徹底的に抗議する姿勢で臨むべきだと思う。



昨今、特に目立ってきた韓国人の政治活動は、まるで日本の脱原発活動に似て、
ある意図を感じるし・・・
おそらく、それらのパフォーマンスを通して、「何かを訴えたい」のだと思う。


今回、韓国内では、問題の行為をたしなめる声はほとんど聞かれないらしいが、
大統領の行動と発言に関しては、さすがに「行き過ぎた行為である」と感じて
もらわないと、日本人としては示しがつかない。

大統領の天皇に対する発言は、特にひどいと思う。
訪韓の希望もない天皇に向かって、謝罪を求めるという理解不能な発言。
本当に、わけがわからない。
それが、政治的なパフォーマンスだとしても理解できないし、許せない。




韓国社会には
「日本相手なら何をしてもいい」という雰囲気があるらしい。
それが上記のようなマナー無視や 礼節度外視の行動を 生んでいるのだ。



長い自民党時代、“平和ボケをしたような時代” が あった。
いつも政治の世界は 「なしくずし」 「とりあえず」 が キーワードだった。
隣国の領土問題に関しても、ちゃんとした態度では接してこなかったからだ。

日本政治界の「今はとりあえず、まぁとりあえず。次の内閣へ」という姿勢は、
何の意味もない。 とにかく、建設的ではないし、相手を甘やかすだけだ。

ちょうど10年前に、韓国の某業界関係者と一緒に仕事をしたことがある。
双方とも、かなり神経を払ったのが、この領土問題に関してであった。
現場の人間は、友好的に日々を過ごしたが、このプロジェクトに参加した
韓国の文化人の発言と態度には、非常に複雑なものを感じとった。
公にしなくても、心の奥に潜む想いというのは、また違ったものがある・・・と。



今回の一連の騒動は、日本の国力が低下しただけの理由ではない。
日本国が反論をしないのが分かっているからでもあると思う。
もっと国際社会に向かって、日本政府は主張すべきであるし、隣国の非礼に
対しては、正式に抗議をするべきだ。

たとえ、「パフォーマンスだから」と解っていても、何の反応もしなければ、
某国のように親書を受け取らず、返されるという・・・非道な態度を繰り返す。


なぜ、日本国民は、これまでして、弱腰なのかと思う。
言うべきことは言って、聴くことは聴き、とことん話し合い、向き合わないと、
状況は変わりはしない。
いつまで「なしくずし政治」を続けていくのだろうと、不安になる。



草の根的には、韓国との友好関係を進めているのに、政治の世界だけが、
ずっと変わらない状況で、韓国の人々も、経済マーケットの観点でしか、
日本を捉えておらず、そこだけが目的なのなら、これほど寂しいことはない。

二つの顔を、併せ持つような変化を繰り変えされたら、何が本当の目的なのか・・・
わからなくなってしまう。

韓国内有識者は、大統領の発言と行為を(心の中では)非難しているようだが、
公にしてくれるだけのオープンさがなければ、心からの信頼はできないし、
今後の両国の関係は冷え切ってしまうだろう。・・・と期待するぐらいだ。

特に、北朝鮮や中国が隣国に控えているだけに、本来であれば、韓国も日本も、
冷静に周囲を見渡してもらいたいと切に願う。
稚拙な “小競り合い” を している場合ではないだろう・・・。






日本政府には、領土問題をたくさん抱えている状況を、一つ一つクリアして、
問題解決してもらえるように、努力してほしい。
何度も、何度も、同じような問題に関して、悲哀に満ちたニュースを
聴きたくはないし、「もっとしっかりとしてくれないか」と、凄く感じる。

「次の世代に・・・」という政治のやり方は、もう辞めていただきたい。


驚愕の格安バナナ

2012年08月26日 | 食事 -

部屋の中を隅々まで綺麗に掃除した。

冷蔵庫の中を整理したら、物哀しくなったので、
買い出しに行った。

スーパーを、ゆっくりと回って、ゆっくりと品定めする。
これは、本屋と一緒で、なかなか楽しい。


  すると・・・

また、一房 298円バナナが、てんこもりだった。

いつも思うが、この安さは、「何?」 「何で?」。

それも有名メーカーのシールが貼られていて、
お味も他とそう変わらず・・・。


栄養満点のバナナは、朝食に最高!

スゥートスポットが出る前に、我がお腹の中に
おさまるでありましょうぞ!


「 人を感じとる眼 」

2012年08月26日 | 自分 -

怒涛のような一週間の間に、多くの人と 会った。
スケジュールは、「過激」 「過重」 「衝撃的」 という表現が
あうような日々だった。

一つだけ、自分の中で「気がついたこと」があったので、
忘れないように、ここに記しておく。


ものすごい立場の人や、肩書きのある人と会って、
たとえ「この人は素晴らしい」と感じたとしても・・・
「心底凄い人なのか」というのは、少ない情報では解らない。
一般的に世俗に出ている他人の情報は、操作されている可能性があり、
私は実際に経験した「自分の感覚しか信じない」。

たとえば、顕著な例として、その人の周囲の人は関係なく、
その人が“尊敬する人”や、“信頼する人”と会ってみると・・・
なぜ「信頼しているのか」という観点で、冷静に考えることができ、
新しい視点での判断材料となる。
自分が感じた“ある人”のストレートなイメージや、現実から離れて、
興味深い“人と人とのネットワーク”を 知ることになる。

たとえば、一般的に・・・
Aさんが世の中的に「凄い人だ」と評価されていても、
Aさんが信頼しているBさんが怠惰で約束を守らない人だと、
Aさんの「人を見る眼」というか・・・「人を判断する眼」を、
疑わざるを得ないし、ある意味ではAさんの評価も下がってくる。
あるいは、Aさんに対する“違った価値基準”が 産まれる。
Bさんの何が良くて信頼しているのか・・・という冷静な要素である。
それは異質な好奇心の基で、新しい人間像を知ることになる。



人は・・・
つきあう人や、交友を重ねる人に、少なからず影響を受ける。
そのため、どうしても、平衡感覚を失ったり、自分の判断よりも、
話術のたけた他人の意思にひっぱられる人もいる。
また、気がつかないところで、悪影響を受けることもあるのだ。

実際、この事実は、対極のケースにも言えることで、
自分にとって「ベターな影響を与えてくれる人」と付き合うべきで、
その判断基準は、其々に違うものだ。

だからこそ、「朱にまじわれば赤くなる」と同じように、
自分自身の存在感と判断力が曲げられることのないように、
付き合う人や、まじわる人も、あらかじめ考えていくべきだという
印象を持った。 
選択というほどではないにしても、大切なことだと思う。

今週、経験したことは、この事実を顕著に表わしていて、
自分の中では「新しい興味」が湧いたことで、人間観察の基準が
ひとランク上がったようにも思う。




この一週間は、仕事関係の人ながら、そういう明確な感情を持った。

真面目な人、丁寧な人、誠実な人、怠け者の人、嘘つく人、大雑把な人、
いろいろな人がいる中で、私の立場は(うまく平均的に)原理原則に従い、
私の仕事をしていけばいい・・・だけだ。
何が起こっても、シンプルに考えれば、その場の対応も、返答も、態度も、
その場で決定できる。
あたふたする必要もなく、ただシンプルに本質だけを受け取ればよい。

「立場」と「人間」は、同義語ではないし・・・
そのことに影響されることもない。

毅然と、自分の考えを誰に対しても主張することができれば、
そして、信念に則って、そのことを重ねて続けていければ・・・
相手の態度が変わってくるものである。

肝心なことは、途中で「あきらめないこと」。
ただ、それだけである。


好奇心を満たしてくれる「食」

2012年08月21日 | 食事 -

人は・・・というか、
私は・・・・
忙しい時に、その「たまったストレス」を癒やすように、
食べものに走る傾向がある。

身体が疲れている時は、食事の量を減らして、
内臓の負担を少なくしてあげて、極力、
無理のない「最低限度の健康的な食物」を、
バランス良く接収すればよいのに・・・。
そして、何度も噛んで、味わいながら食べればよいのに・・・。

何故か、食事の内容や量などで、ストレスを軽減し、
自分の欲求を満たそうとする。



私が、いつも感じるのは・・・とても単純なことだ。
「お腹がすいたら、食べればよい」だけのこと――。
しかし、なかなかそういう考えが、実践には伴わず・・・、
結局は、身体だけでなく、内臓も疲れさせる。



若い頃から、私にとって、「食」 は全てのようなもの―。
興味あるポイントの上位に 常に 位置するものだ。
だから、好奇心を抑えられないのかもしれない。
弱いという見方もできなくはないが・・・(笑)。

好奇心を抑えられる人は、つとめて、無理のない量を
バランスの良い食事で摂るのが何よりだと思う。



日本人にも若い人に増えてきた皮下脂肪のたまってそうな・・・
でぶった人は、自己コントロールの難しい人が多い。
直接、仕事をしたり、話してみると、感じるものがある。
もちろん、それだけではない理由の人も、多くいらっしゃるが、
私の場合は、完全に「コントロール次第」である。

今日も、昼夜と 「てんやもん」。

油で揚げたおかずのお弁当や、中華系の料理、のびた麺類、
カレー、丼系のボリューム満点もの、異国籍系弁当、
・・・・毎日の 「てんやもん」 は、もう飽きつつある。


今週は怒涛の一週間

2012年08月20日 | 仕事 -

今週は、また 「怒涛の一週間」 だ。


どなたが開発して下さったのかと思うインターネット!

仕事をしている以上、常に追いかけられるし・・・・
ある特定の “何か” に、管理をされている。

メールというツールも、大容量ファイル便も、
テレビ会議も、ケータイでさえ、
“全く、なんという便利なものぞよ!!”。

だから、こうして、夜中もPCに向かっている。


テクノストレスは、とうに超越して、ただ、
少しばかり ぼぉ~っとする “集中力の低下” を感じる。

音のない部屋は少し淋しい。
テレビをつけても、音は消して、
他人の気配や、社会の構造を意識しながら、キーをたたく。
でなければ、すべてを放り投げて、放棄したくなってしまう・・・
だろうから・・・、そんな気さえするから、
自覚と覚悟の確認だけは 適度に繰り返し、
自分の頭の中にリフレインさせている。


  


しかし・・・実際の私が、今、描いている世界は、
まさに上記のようなカラフルで
幸せな花香る空間であり、そこに横たわり・・・
ただ、自分を開放しているイメージだ。
全身は、脱力。 
目は閉じて、花の香りに酔っている感じ!


そして、いつか元気がでてきたら・・・
風景写真を撮影してみたい。

そんな “たわいのないこと” を夢見て、時間を過ごす。



今の頭の中は、何故か、カンツォーネが鳴り響いていて、
めくるめく「スピード社会」の弊害と功罪を、ともに受けている。

貴重な経験だと勇気づけても、身体がついていかない時が・・・。

自分の人生にとっての「仕事」という位置や質感を、
あらためて熟考している最中だ。

疲労困憊 (ひろうこんぱい)

2012年08月16日 | ナンセンス -

徹夜が続く日々に、汗をかきながら、
公園の横をつらつらと歩き・・・
ほとほと疲れ果て・・・

「ほんと、徹夜が続くと、辛いですよねぇ」

と、何気なく、仕事仲間に、つぶやいたら・・・

「いえぇ、ぼくたちは、全然(ない)・・・」

と、返され・・・

また、疲れる。



      どっぷり。。。。。。



 完徹が二晩。
 夜中の三時半に会社にたどり着き、
 そのまま作業して、本日9時と12時の会議に
 合わせて仕事をする。
 我が脳みそが、よくぞ持ってくれているが、
 おそらく100本近い血管がプッツンしているだろう。


2012盆 自分の記録

2012年08月15日 | 出来事 -

お盆だというのに・・・

知人に連絡をしたら一カ月間帰省して、ゆっくりと
身体を休めるとのこと。
羨ましい限りだ。

こういう季節になると、心が痛む。


私は、毎日、出ずっぱりで、お盆も休みもなく、
多忙な日々をすごしている。
今夜は、赤坂で徹夜になりそうだ・・・。


日本に、古くから伝わる慣習には、どうにか
あわせていきたいと感じる時もあるし・・・
出来る限り、簡素にしたいとも感じている。

しかし、まだ、高齢の人々が存命の時代の中で、
あっさりと全てを投げ捨てることなどはできない。



田舎、徳島では、阿波踊りで浮かれ切っているだろう。
この時期の空気感は、特別なものがある。

大学時代のように、また、踊ってみたいとも思うが、
おそらく、すごい筋肉痛で歩けなくなりそうだ。


お盆だということは、母の命日が近いということでもある。
密かに、心の準備をしつつある・・・。


ケニアのマラソンランナー

2012年08月12日 | 出来事 -

ロンドンオリンピックの「男子マラソン」。
今日は、女子の時と違って、青空が見える気持ちの良い
お天気となった。
実は、「暑い」らしい。

ロンドンのすばらしい歴史的建造物も、鑑賞しつつ、 
沿道も、応援の人々で、とても混雑している。

マラソン好きの私は、今日をとても楽しみにしていた。







スタートしてすぐに、福島で地震があった。

すると、私は、あるケニアランナーを思い出した。

昨年、不可思議な死をとげた「サミュエル・ワンジル」が、
もし存命していたら・・・と、そんな気がしたのだ。

おそらく東北つながりで、イメージしたのかもしれない。

ワンジルはケニア出身で、日本と縁の深いランナー。
貧困から脱した「北京オリンピックの優勝者」でもある。
日本の東北:仙台の高校に入って、トヨタ自動車九州で
走っていた時代もあった。
優勝を重ねていた、とても良い時期に、24歳で亡くなり、
結局は・・・マラソン歴も、止まってしまった。
可能性を感じさせるランナーだった。


ケニアという国は、マラソン大国で、オリンピックで
優勝したら、きっと人生や生活が大きく変わるぐらいの
報奨を手にすることができる。
ワンジル選手も、そういう何か想像できない変化などが
続いていた最中の出来事だった。




今日も、まさに10キロが過ぎてすぐに、ケニアランナーが
飛び出して、37キロぐらいまで、ずっと・・・
先頭で走っていた。
ケニア、エチオピア、などは、マラソンのトップ争いに
いつも名前を連ねるランナーの出身国だ。
土壌が違うとはいえ、やはり凄い才能があるランナーが多い。



今回も、ウガンダランナーが金メダルをとって優勝したが、
ケニアランナーは「銀」と「銅」の二つのメダルを獲得!
やはり、強い。
人間としての体力や脚力が、基本的に違うように、いつも思う。
それに、子供の頃から、通学のために20キロ歩いたとか、
15キロ走ったとか・・・そういう地域もある国である。
日々が、基礎練習のようなものだ。
すごいなぁ。



男子マラソン日本人ランナーは、中本選手が六位で入賞した。
久し振りの入賞で、メダルは取れなくても、充分な活躍ぶりだ。
ニ大会ぶりの入賞。おめでとうございます。

次のオリンピックは、日本人ランナーをも期待する。



女子マラソンからの学び

2012年08月12日 | 出来事 -

女子マラソンが終了した後に、参加者の三人は無理なく
インタビューに答えていた。
まだまだ走れそうな雰囲気が漂うぐらいの感じがあって、
其々の感想を語っていた。


高橋尚子さんは、この結果を受けて、「怪我を恐れて、
練習をしない選手が増えた。スタートラインに立つまでに
自信をつけてほしい」と、興奮気味に力説していたが・・・
まさに、そのとおりだと思った。

「もともと日本人が持っていた要素なんです」。

目標を高く持って、練習を重ねて、本番を迎える ― それが、
高橋選手の一番 “言いたいこと” だったのだろう。



往年の高橋Qちゃんは、ロッキー山脈の高地で、
走りこみをして、一日に80キロをコンスタントに走った。
腹筋は、一日に2000回をしていたという・・・(ホンマかいな)。


結果として、何位というのが問題ではなくて・・・
その人の「目標の高さ」・「目標の質」だと思う。

苦労をして、高地トレーニングを重ねた高橋さんだからこそ、
自分を乗り越えるだけの逸材を求めているはずだ。
女子マラソン界の躍進のためにも、彼女の力説する理由は、
とても強く伝わってきた。



故障や調整不足は、そのまま結果になるし、
その選手の頑張りと、練習の量は、反映されるものだ。

基礎体力の強化というもの・・・
そして、次に、レース展開やかけひきなどの話になるわけで、
まずは、レースに入る前の基礎練習が大切になるのだろう。



高橋尚子さんの力説していた「自信をつけ、スタートラインに
たってほしい。練習不足が原因だと思います」というのは、
本当にストレートに響いた。


「目標の掲げ方」・「目標の設定」・・・これは、何よりも
基本中の基本になってくる。
マラソンだけではなく、あらゆることに言えることだ。


職場に必要な「柔軟性」

2012年08月11日 | 言葉 -


  職場でみんなが、持てる力をぶつけていくためには、

  その組織に柔軟性がなければ駄目である



              < by 本田宗一郎 >




人は、必ず「好き」「嫌い」がある。
隣にいる人に対しても、そのような感情が起こるものだ。
それが、人間の特徴であるとも言える。

しかし、そういう自分の感情を封印するのではなく、
一歩違った解釈と、立ち位置に居座って・・・
少しばかり余裕を持って、全体像を見てみると、
また違った景色が見えてくる。


柔軟性とは、「調和」ともイメージがダブる言葉だ。
同調ではなく、バランスの良い全体的な「調和」だ。


相手や、仲間の意見をも、否定から入ることなく、
まずは受け入れることのできる「振り幅のようなもの」。


議論や討論もまた、相手に対する尊重と信頼がなければ、
本当の意見など言えるものではない。
ブレストもまた、周囲や仲間に対する前向きさを真摯に
ストレートに言葉にできなければ、与えられる影響も、
得られる成果も、たかがしれている。

真剣勝負でありながら、楽しく、建設的な時間であれば、
結果は必ず違ったものとなる。



  
 


今日も、仕事だが・・・決して腐らず、元気に出かけよう。


何かをやり遂げる「覚悟」

2012年08月10日 | 仕事 -


今日の私は、昼食も取れず、朝からずっと・・・人の間に入り、
引き込まれて、 振り回されて、 利用されて、

挙句の果てには、

全てのイニシアティブを、私に押し付けられた。



イニシアティブと言えば、聞こえが良いが・・・
結局は全ての仕事の管理から現場交渉までを任され、
人の仕事まで押し付けられたということだ。


元凶としては、「自分が良ければよい」と思っている人がいて、
社内の役員の意見の食い違いからはじまり、それの責任を
誰もがとらないで、「時間だけが過ぎていた」という現実が発覚!

もちろん、担当者がやるべきことだが・・・
実際、出張でいない。

仕事のためには、「私にまかせておけばよい」と判断する意思があり、
現場を一番把握しているのが私であり、また「どうにかするだろう」
という・・・私に対する「様々な思惑」が交錯してのこと。


私は、暴れるよりも、怒るよりも、尚、動くことを選んだ。
この仕事を終わらせるために・・・。
一日でも早く・・・。


この仕事が、無事に終わるのを、誰よりも待ち望んでいる人のために。


こんなに毎日が大変で、精神的にも辛いことは、これまでなかった。
きっと、今後、良いことが待っていると思う。
確実に、私自身が、私自身を、幸せにできる強さが身につくことだろう。


私は、非常に稀有な、そして、貴重な経験をしているのかもしれない。


日本の女性選手が大活躍

2012年08月10日 | 出来事 -

日本の女性が、世界(五輪)で張り切って、結果を残している。

「なでしこジャパン」は、決勝で2-1で、アメリカに惜敗。 

しかし、日本を背負って、闘ってきて、「世界ニ位」は、
素晴らしい。
見事なチームワークで、ただ単に「チーム力」を考えたら、
どこの国のチームにも負けない団結力があるように思う。

W杯と同じ決勝相手「アメリカ」の大きな身体の選手と
わたりあって、この結果は、悪くない。
悲運だったかもしれないが、胸を張れる素晴らしさ。
日本サッカーの強さを、また再び証明したではないか。
金色が欲しかったのは、米選手も一緒だし、
他の国の選手も・・・。


また、レスリングの吉田沙保里選手は、五輪三連覇である。
55キロ級決勝で、危なげもなく、またもや優勝だ。
ずっと~、勝っている印象がある。すごいと思う。
本当に、強い選手だ。
まさに「女王」と呼ぶにふさわしい。
お父さんを肩車した吉田選手は、ものすごくカッコ良かった。

後悔のない、笑顔のなでしこと、吉田選手。
なんか、胸がすかっとするのは、結果だけではなく、
あの気持ちの良い笑顔から感じとれる「何か」なんだろう。


注目の競泳チーム総括!

2012年08月09日 | マイブーム -

今回のオリンピックでは、競泳チームが注目された。
北島選手の他、美しい鈴木聡美選手も魅了したし、その他、
キャプテン松田選手など、とてもたくさんいる。
メダルも、取得ラッシュが続いた。

初メダルの荻野選手は、競泳男子のオリンピック代表選手として、
2000年のシドニーオリンピックの北島康介選手以来の高校生だ。
将来にも期待が募る。

しかし・・・私は、入江陵介選手が一番好きだ。

イケメンだけど、それだけが理由ではない。




私が、プールで泳いでいる背泳ぎというのが理由の一つ、
何より完璧な泳ぎのスタイルが凄いと思うのが理由の一つ、
そして、あの逆三角形の身体がなんとも素晴らしいと思う。
割れた筋肉の美しさは、見ていて清々しい。
前回の五輪に比べて、ちゃんと成果を出してくれたし、
年を経るごとに、逆三角形の体型がはっきりとしてきた。

入江選手は、あいくるしい顔や、インタビューの対応も、
なんとも好感大!!
昔から泣き虫で、“ピュアで、あどけないイメージ”が
あれだけ いやらしくないタイプは、とても珍しい。
ピアノも上手くて、ちょっとだけ意外なプロフィール。

とても、いい感じだと思いまする。


仕事現場の「女性の立場」

2012年08月09日 | 仕事 -

今日、打合せ中に、会社に電話があった。
仕事先の助手的な立場で、今回のプロジェクトに
関わってくれている女性からだ。

彼女は、ちょうど30歳ぐらいだろうか。
それなのに、私の同年齢時代の仕事の質を考えると、
「どうして大企業は、女性に仕事をまかさないのか」
「女性に対して責任を持たせないのは何故なのか」 と、
すごく強く感じる。
若くて、経験がないのであれば、納得ができるけれども・・・
せめて小さな仕事でも、あるいはグループでも良いので、
やりがいのある仕事を任せてみてはどうか・・・と、いつも思う。
それで、結果が、あるいは 「成果」 が出なかったとしても、
その失敗の部分から、多くを学べるのに・・・。


話を戻そう。
彼女の電話の用件は、「仕事の流れが理解できなくて、
確認をさせてほしい 」 というものだった。
私が、今朝送ったメールについての問い合わせだった。
細かく、説明をしてあげて、「不明な部分は連絡を」 と
伝えたら、かなり安心をしていた・・・。

私に、見えたのは、上司である「キレる男性」が、
仕事の肝心な柱の “変更事項を伝えていない” ・・・という、
非常に現実的な想像だった。

彼女は、同会社の主要人物の顔も、把握していない。
とても有名な人なのに・・・。
そして、自分の上司との距離感や、関与しているメンバーの
複雑な絡み合った関係などもそうだし、
全く予想をしていないのだ。

私が「キレる上司」に代わって、やるべき仕事の具体的な
アドバイスをしたのだが・・・全く、切ない話だとも思う。
肝心な「仕事の変更点が伝わっていない」、「理解できない」という
致命的な部分は、どうしようもない。

同じ方向を見ている人たちには、努めて同じ情報が与えられ、
同じ条件で、一緒に頑張れる環境がベターである。
男性上司は、助手を育てる意思は全くないように見える。
また、私には「サポートしてくれる雑用係」として、彼女のことを
見ているように感じとれるのだが・・・。

 


女性は、職場の花だと思うが、すでにお茶くみの時代は、
完全に終わった。
しかし、自発的に努力を続けていくことと、立場の主張を
していかないと、上司のイメージは変わらないだろう。
それに、「結婚相手を見つけるまでネ」という女性職員も
いないわけではなく、そのあたりは女性の顕著な特徴として、
色メガネで見られる点である。

男性と飲みに行っても、口説いているのか、興味があるのか・・・
「なんで結婚しないの?」という質問を繰り返す「変な男性」が
多いのも、現実的な話である。
私は、いつも呆れる。
酔いにまかせて、プライバシーに踏み込んでいることにも、
気がついていない。


  


本気の女性にとっては、まだまだ生き抜くのに難しい環境で
あるのかもしれない。
海外のように、対等な立場として、見てくれる男性が少ないのは、
日本の特徴だ。
出世したい女性や、仕事をしたい女性が頑張れる世界は、
一部の企業によって整えられていても、ほとんどの企業は、まだ
そのような状況まで達していない。
遅れていると思う。

本気で頑張ろうとしている彼女たちの言葉を聞くたびに、私は、
少しばかり切なくなる。


あと10年たったら、役員や取締役の中に、輝く女性の顔が
見られるようになるのだろうか。


私自身にはできないことだからこそ、頑張ってほしいと、切に
願う自分がいる。