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行動に転換していく!

2018年03月23日 | 自分 -

この数日の心の動き行動には
大きな変化があった。





ジェットコースターのように
ただ・・・
揺さぶられる心

ただ、この心が存在するから、
原動力きっかけとなって
行動 」 に結びついていくのだ。






しかし、実際に
行動を起こす ということは
本当に大切だ。


数日前とは違う感覚と 向き合いながら
その有効性を かみしめている。



まだ経過としては十分ではないが、
ひとつひとつを解決すべく
努力していくしかない。

何か新しいことに取り組めば・・・
そこで新しい問題や課題がうまれる。
だから、気持ちを切らさず、
継続していくことの重要さ を感じる。






「 境界線 」 は
超えることに意味があるケースがあり、
その一方で、
超えないことにも意味がある。
私は、今、二つの課題に対して
対極にある二つの効果を選択し、
同時に行動をしかけている。







これまでの自分の人生だって、
不満や 納得していないことを
短絡的にあきらめることなく、
言い続け、要請し続け、
・・・そして、 「 今 」 がある。

だから、これからも、戦っていく!




強く反省したこと

2018年03月21日 | 自分 -

「 猛省 」 という言葉があるが、
ビジネス上で頻繁に使うと
信用が失墜しそうだ。

しかし、今日はプライベートな件について
はっきりと姿勢を正そう と思う。




思い返せば、
スタートラインから間違ったかもしれない。
いや、現実的には素直に 「 間違っていた 」 と
認めるべきだろう。



今の自分に可能なことは・・・
今後についての対策である。
あらゆる対処法の内で、一番適切で
有効な方法を考えなくてはならない。
選択し、決断したら、実戦あるのみ。
財布の中身を確認して人材を探し、
そして協力を請うことだ。


今日の今日、
それが明日につながるのなら、
今やれることを探して
着々と準備しなくちゃならない。

明日は明日で、
しっかりと「やれること」がある。



それが “ 未来の自分 ” に対する誠意だ。


今の自分の苦しさを 今の自分が
受け止めてあげよう と感じている。





単純に考えれば楽になる!

2018年03月15日 | 自分 -

繊細で慎重派だと過信している私は、
ものごとを考えすぎる時があると思う。
そのために、単純明快なものさえも
複雑にしてしまっているケースがある。

また、その一方で
誰もが 複雑だと判断する場合でさえも、
思考を単純なものとして切り替えれば
楽になることが多々あるのも事実だ。


しかし、人間たる者は・・・
元来「感情の動物」なので、すべてを
単純明快なものとして理解しようとしても
させてくれないようにできているのだと思う。



人が気が付かないことに気を付け、
他人が想定しない先のことを考えて
プロジェクトの企画を考えてきた功罪が
あるのかもしれないと感じる。


  何事も、一長一短だなぁ。




考えすぎると、人は臆病になるし・・・
恐れを抱いたりもする。
時に、スルーできなくて自分自身が己を
苦しめていることもある。


「 シンプルになろう 」

「 シンプルに考えよう 」




この地球には複雑な原子をもった様々なものが
たくさん存在するが・・・
今だけは 「 シンプル 」 を目指そう!


自分の想いと行動を連動させていくことが
何よりも大変だが・・・ それでこそ
「みのり」を手にすることができるのだろう。





自分に甘い 「 自分 」

2017年07月05日 | 自分 -

何事にも 自分に厳しく、
目標に向かって突き進む姿!

まるでイチローのような
毅然とした姿勢!

・・・憧れます。




猛烈な努力はせず、
何となくのレベルでも
すまされてきた経歴と環境が
“ 自分を甘やかす癖 ” を付けさせ、
今となっては・・・
それが快適で、主流になりました。


テキトーではなく、
感性やアイデアを前面に押し出し、
常に 適合しながら生きてきたので、
それは・・・ある意味で
自分に順応性をつけさせたのかも
しれませんね。



でも、今は、
現実的に 猛省しています。





・・・軌道修正というか、
意識改革の必要性を 感じています。


目指すべき理想的な自分と出会うために。




希望ある 「 雑感 」

2017年06月10日 | 自分 -

縛るのは常に自分自身で、誰かに縛られているのではない。

人それぞれが前提としても・・・
おそらく、「 辛くない人生なんてない 」。
辛いから、“ 何か ” が 生まれるのだ。


また、若いうちは、「自分一人でやってきた」と思いがちだけれど、
決してそうではない。
誰も皆、誰一人として、「 一人ではない 」 。


己の中で、結論に近い “ 何か ” を持つことにより、
人は安定する。



何もしないで文句を言われたり、後悔するよりも、
“ 何か ” をした方がよい。

  

 
穏やかな音楽を聴きながら・・・
“ ひと味違う雰囲気の自分 ” を想像する時、
ある世界が広がる。

いろいろな価値観が生まれ、現実と共に消えていく・・・。

イメージングして、「もしかしたら?」と思える何かには、
きっと、本当に “ 何か ” が あるような気がする。








消化の良い 食事

2017年05月14日 | 自分 -

アレルギー性咳喘息を始めて発病したのは、
平成24年のことだった。

2回目は、昨年の秋。

そのどちらも回復するのに 数ケ月の時間が
かかった。


これからの私が 、ながく
この病気と うまく付き合うためには、
安易な考えは避けなければならない。
発病するのは、至極 簡単なことなのだ。



今回は、ゴールデンウイーク最終日に自覚!
黄砂なども災いし、どんどん酷くなった。




今の私にとって、
食事は 美味しくないが・・・
無理をしても 摂取することが 大切だ。


のびた温蕎麦に トロロ昆布を入れたり、
野菜スープを作ったり、努力はしている。



数日後には 胃の具合は良くなるだろうし、
今夜は 久しぶりに常食がとれたけれど・・・
咳は まだまだ酷く、アレルギー性鼻炎も酷い。
明日から仕事に行かなければならないので、
話ができるかどうか 心配だ。


まぁ、 ケセラセラで、頑張るしかない。

前向きに考えよう。



我慢していた日々

2017年02月10日 | 自分 -
ずっと我慢してた。

我慢は苦ではない。
だから、ずっと
自分を殺して我慢していた。

理不尽なことが 続いても
変わらず我慢した。


そうしたら、突然 熱が出た。
知人に ストレスが原因だと言われ、
そんなことはないという気持ちはなく、
その通りだと思った。
交感神経が乱れているようだ。

これまでに こういう現象は 無く
当初は 未体験のインフルエンザを疑った。

しかし、翌朝には すっかり治癒し、
何事もなかったようだった。
熱も 平熱に下がり、まるで
キツネにつままれたようで、
嬉しくもあり、不思議でもあった。

やはり、ストレスだと思った。
突然に熱がでた その日は、
グッと耐え忍んだ出来事があったから・・・


人間にとって、
それも一般社会人にとって
我慢は必要だが、度を超えると
健康バランスを壊すことを
この身をもって体験した。


笑って暮らせること。
感謝の気持ちで過ごせること。
我慢ばかりの日々よりも
もっと素敵な人生があるはずだ。
そんなことを、つらつらと
考えている。





意思確認は重要だ!

2017年02月07日 | 自分 -

「 87%位の確率で 期待して待ってるよ !」
そう私が言ったら、
「 78%位の確率だな。それぐらいだろう。」
と、シレっと返された。


自分が希望している事は、
実際に 実現して欲しいと思うものだ。
そのため、より都合の良い解釈で
自分勝手に理解し、その 内容を
事実として落とし込んでいることがある。
「 思い込み 」 と いうやつだ。



きちんと意思確認をしておかないと
後でトラブルに なりかねない。

人間関係においても、仕事の話でも、
ひとつのことを 同じ 「 共通認識 」で
皆と共有できれば 非常に快適である。
これは、思った以上に大切だ。

たとえば、人によっては 、
70%が及第点と言う人もいるし、
80%だと考える人もいるし、
90%だと主張する人もいるだろう。

人の感覚は、人それぞれ。
そのズレを埋めていくことが
大切なんだと思う。



思い出の品

2017年02月05日 | 自分 -

英国の 「 この場所 」に
初めて足を踏み入れたその日、
私は 記念になるものが ひとつ欲しかった。

それは何でも よかった。





このマグカップは、長い長い時間を経ても
私と共に いる。

別府大分毎日マラソンを観戦しながら、
今日も一緒に いてくれる。

たとえ現地に行けずとも、
これを目にすると 心が ほっこりする。



my time


パワーストーンのストラップ

2017年02月03日 | 自分 -

災いを持っていってくれたのだろうか?

金曜日の朝、
ピンク色のパワーストーンだけが、
ちぎれて落ちた。

えええええ〜〜!


ほぼ10年ぐらいは大丈夫だったのに、
なぜ今なのかと感じるぐらいだ。

それも ピンクのハート!





よく見ると、編み込んでいた糸が
白く変色している。
劣化しているからだ。



このストラップは、
友人が 私にあった石を選んで編んでくれ、
プレゼントしてくれたものだ。
パワーストーンには、個々に
( 花言葉のように ) 意味があるから、
どうしてもハートが 最後にきてほしくて
自分自身で 下半分を編み直した。

修理を考えなくては!




「苦」と「楽」

2017年01月08日 | 自分 -


「苦」というものは、どんなときにもある。

「道」を知っていても・・・・

その「道」を知っているだけでは、
必ずしも 道徳にかなった行為が出来るとは限らない。



何かを成し遂げようとしていても、度重なる「苦」や「障害」に遭遇した時、
自分を取り巻く環境に耐えられなくなり、すべてを中止してしまうこともある。

しかし、心から「道」を楽しむことができる者であれば・・・
どんな困難にも挫折せず、敢然と事実と向き合い、「道」を実行していける。
おそらく、「苦」や「障害」を、辛いとも感じないだろう。
いや、もし感じたとしても、“道を楽しむ境地”に変換できるのかもしれない。
そういう境地に達した時、結果がついてくる確率は高い。



もっと、具体的に言うと・・・
自分の「苦」を受け入れ、好きになると景色が変わってくる。
「好きこそ、ものの上手なれ」と言われる所以である。
その上をいくのが、「楽しむ」という行為(考え方)だ。


「苦」も、「道」も、「夢」も、「人生」も、
心から 楽しむことができたら・・・
あるいは、全てを楽しむ境地に達することができたら・・・
こんなに気楽で、幸せなことはないような気がする。
未熟な私としては、心から憧れる境地である。


――― 「苦」は「楽」の種 ―――





時計のない生活

2016年05月16日 | 自分 -
我が家には、時計がない。

いつの頃からか、腕時計もしなくなった。
時計もコーディネートしていた当時が懐かしい。

時間は、自分の想いを縛るし、限定をしてしまう。
だから、時間に縛られない生活をしたいので、
部屋には時計を置かない。





友人が、気を遣って「不便でしょう?」と、
「時計をプレゼントする」と言ってくれるが・・・
いつも断っている。
必要ないからだ。

前からもそうだが、「 起きたい時間 」 を念じると、
翌朝には起きることができる。
そんな嘘みたいなことが連日続くので、
目覚まし時計もいらなくなってしまった。
携帯電話のアラームで十分だ。

遅刻するという危機感も感じない。

自分自身の考え方が ゆるいのかもしれないが、
今の私には快適である。


我が心情と出会う旅

2016年02月23日 | 自分 -
誰の呪縛も受けず、誰の感情とも折り合わず・・・
時間の制約行動の束縛 を 受けない旅。


そういう ゆるい時間の過ごし方 」 をしてきました。






いつもは派の私が、今回は  に 向かいました。
さして、意味はありません。

新鮮に、どっぷりと、
そして、
ゆっくり まったり と
“ 出会ってみたい 自分の感情があった ” から、
真新しいことをしてみました。




まず、フェリーに乗り込み、数分数秒の心情の流れを
ただ ( 無造作に ) 書き留める作業・・・。


※手前のピンクのコート、ピンクのボトルが 私の席です。





そして、たどり着いた ツインのシングルユース。



いつも予約するグレードよりも広めの部屋に連泊して、
のんびりと、まったりと、
ただ景色を眺め・・・
“ 湧いては消えていく 自分の 感情の断片 ” を、
ただありのまま 書き留め、
そして、その作業を 繰り返していきながら、
徐々に 自分の気持ちを 整理していきました。


私の前頭葉は、的確な時に、的確な問いを
自分自身に 与えてくれましたょ。




前半の現地のお天気は、晴れ
青空 が、とても 気持ちが よかったです。
ホテルの部屋から見える景色、広い空が開放感を与えてくれ、
自分自身が 解き放たれていくような感覚でした。



海を眺めながらの天然温泉に ふやけるぐらい浸かって、
ひさしぶりのサウナにも リラックスしました。
早朝の「鳥のさえずり」 & 「露天風呂での流れるお湯」・・・
この音の融合は 心地よく、素敵な時間を 与えてくれました。
それは、なんというか、海岸で聞いた波の音と同じぐらい
気持ちの良い効果音でした。
「 時間の流れ 」 を 全く感じない環境設定 というか、
そういう 雰囲気が得られる状態だったということです。
これは、一人旅だったから、そういう気分になれたのだと思います。


先の週末からスタートした自分旅

今夜、帰宅しました。
少し整理できたことがあり、また新しい課題も見つかり、
収穫があった旅となりました。


無添加の美味しい食材もたくさん手にして、肩こりになるぐらい
荷物をかかえて 帰ってきました。


気分転換 というのは、本当に必要な要素です。
心から、そう感じます。

これから、時間をかけて、ネクストレベルへ 上がれるように
熟考して 行動していくつもりです。


不義理をしたくない我が心

2015年12月16日 | 自分 -
仕事上のことで、大変お世話になった方。

その人の訃報が届いた。


    


感謝 の気持ちがあふれてくる私にとって、
それを冷静に受け止め、かなり冷酷に感じ取れる言動が ( 感謝よりも )
先に口にでる人の意識には ( 壁のような ) 隔たりを感じる。
彼女自身も、同じように お世話になった人の訃報なのに・・・。

複雑な想いは途切れず、ずっとモヤモヤとしている。

   冷水を浴びせられたような衝撃だった・・・。



社会は、違う個の集まり ( 集合体 ) で、
多様な個性や価値観を 認めあうものではあるが・・・
お互いを尊重しあうことで、理解も深まり、
より良い人間関係が 築けるものである。
だから、ちょっとした矛盾を感じたり、現実的に
理想的ではない自分の感情を受け止めることに対して
複雑な想いに かられる。


       


ちょっとした言葉の端々に、その人自身の本性を感じ取った時、
私自身の心模様も こういう形で感じ取られているのかと・・・
そんな風に思う。
            他人は、自分の鏡のようなものだ。

私は、他人の評価を気にするタイプではないけれど、
社会や人様に対して 「 不義理をしたくはない 」 と強く思う。

だから、お世話になった人には、どんなことがあろうとも、
心から 感謝 して、心の底から 哀悼 の気持ちを捧げたい。

    そう思うんだ。  純粋に、そう思うだけなんだ。 
    誠意を尽くしたい。


自然素材の素晴らしさ

2015年12月05日 | 自分 -
自然素材は、人間にも地球にも優しい。
大地から産まれ、大地に帰ることができるからだろう。


人間の知恵で作り出された科学的な創造物は・・・
便利な長所もあるが、モノによれば短所が浮き彫りになる。

先日、からつくられた防カビ・防ダニ・消臭マット&抗菌シートの
勧誘を受けたのだけれど、“ エビデンス ” を聞いても きちんとした説明を
得られたので、数万円という高額ながら、購入してしまった。
現在は、寝室の床材と家具の接点に、隙間なく利用されている。

私のようなアレルギー人間には、自然素材が 何よりも優しく、
害がないために、心地が良いのだ。




建築材にも、自然に優しい素材は たくさんある。

 木材を燃やした外壁材。  外側のクロミは・・・炭である。

違和感のないクロミは存在感があり、木材のフシが素敵な模様!



知人宅の外壁材は、廃棄処分になった 杉の皮 を 貼っていた。
それが、とても素敵で・・・
数十年も経つのに、ほとんど 老朽化していないように見えて、
とても 「 おしゃれ 」 だった。
普段は捨ててしまう木材の外側 ・「 杉皮 」 が、何よりも
背景にマッチングしていた。



その他、「 米ぬか 」 の威力と素晴らしさを、実際に体験中。
コメのとぎ汁は栄養として利用して、米ぬかの利用価値は・・・
ホント、はかりしれない。
ものすごい素材だと思う。


地球の大地に、負担なく戻り、同化することができる素材だから、
私の体内に取り込まれたとしても 無理がないのだろうと思う。




科学的な薬剤は、それなりに影響が出てしまうものだが、
極力 自然の植物や 果実や 天然素材を 利用した食物で、
体力を回復していけたら ベターだと 思っている。

風邪をひいた時には、高額な「マヌカハニー」を舐めて、
口腔内を消毒して、内臓も抗菌する意識で 食していると、
気持ちとしては 元気になったような気がする。
第一に 「身体が拒否反応を起こさない」のが有難い点であり、
たとえプラシーボ効果だとしても、このような考え方は、
これからも 変わらずに 持ち続けていきたいものである。