2009年04月25日 | 雑感 -


私には、歩いていきたい「道」がある。

歩き始めると、とても大変なことも多く、うまくいかないことも多いけれど、

それでも、歩いていきたい「道」がある。


他人からみれば、私の“それ”は、決して「道」とは言えず、

ただ「たよりない小道」かもしれない。

それでも、いつか気持ちの良い「快適な小道」にしていきたいと思っている。


狭い「小道」には、他人の車が入ってこない。 だから、空気は綺麗だ。

しかし、その代わりに、自分の足でちゃんと“歩いていかなければならない”。

だから、私にとっては、意味のある「小道」なのだ・・・。


2009年04月24日 | 出来事 -

正直に言うと

「運」や「運気」というものについて、あまり語りたくない。
それはどうしてかというと・・・・
なにか“そういうもの”を理由として、いわゆる“言い訳としているように
思われるのではないか”と(自分が)思っているのか?!
また、あるいは、様々な種類の“そういうもの”に、
“振り回されたくない”と(自分が)思っているからだろうか・・・。
本当のところは、よくわからない。


しかし、不思議なことに、
なぜか「全てが重なる経験」を何度もしている。
そういうときに、「ウン?」「運命?」という言葉が、頭をもたげる。


たとえば、
気合がはいるとき、
そのタイミングで、確実に何かを“しなければならない”とき、
ようするに「自分自身に使命がおびている時」に、
体調が悪くなったり、嫌なことが起こったり、感情を逆なでされたり、
・・・・そういうことが、不思議と「重なるのだ」。
それも、一つだけではなく、二つも三つもの悪いことが重なる。



「なぜ、今?なの??」

いつも、そう感じる。
ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから、時期がずれてくれたら、
もう少し楽に生きられるのに(笑)と、心底思うときがある。

波乱万丈とは、よく言ったものだ(笑)。

「なぜ、今なのか?!」
ということにも、ある意味(意図?)があるとしたならば・・・
もしも、本当に「全ての出来事が必然である」としたならば・・・
“何か”をきちんと手にしなければ、決して自分の糧にはならない。
結果を残すというよりも、何かを学び、何かを感じることで、
次へのステップにしていきたいのだ。
進化したり、成長したりするためには、大切なきっかけを与えてくれる。
そういう可能性があるのが、「重なった時」だったりもする。


今日もまた、そんなことを考えながら、荷造りをしていた。
心身の疲れが、「テキトー感」を呼び起こし、それはそれで「まぁ、いいか!」
「どうにかなるだろう~」という思考も芽吹いてきたが・・・
今回も、いろいろと「重なった」。

「きっと、そういうことなのかなぁ?!」

「ためされているのかしら?」

「あるいは、自分自身が“脱却する機会”を得たのだろうか?」



勇気がほしい

2009年04月22日 | 雑感 -
やっと・・・
少しずつ、「世界がひらけてきた」と思えることが、日々増えてきたのに、
やっぱり、心の奥底で巣食っている“もやもやしたもの”がある。
言いたくはないが、正直なことを言えば、これが現実だ。

まるで、洞窟か、古い井戸を、長いザイルをつたって降りていくように、
「自分の心の奥底」を探検してみると・・・・
そこは、円錐形のカタチをしていた。
とても奇妙だ。
周りの空気はうすく、淡い水色で、下に行くにしたがって色が消えていくようだ。
そして、まだまだあきらめないで、
ゆっくり、ゆっくりと、ザイルをつたっていくと、
予想していたものが、どんどん見えてくる。

「やっぱり、君はここにいたんだなぁ~」

いつか・・・君がどんどん小さくなって、いつの日にか化石のように硬くなって、
本当の底まで落ちていけばよいけれど、まだ浮遊しているような状態に感じる。

「君は、本当に息がながいんだなぁ~」

そんなイメージがする。



強くなりたい。
逞しく、自分を律しながら、
人には優しく接することができる自分でいたい。
たくさんの厳しいことにも屈することなく、
一人でも、たとえ一人でも、
最後の最期まで、ひとりぼっちだったとしても(家族が一生もてなくても)
決して臆することなく、毅然と生きることができる人でいたい。

そんな自分を描いて、たとえ現実とは違っていても、
責めることなく、後悔することなく、
シアワセを追い求めながら、ささやかに生きていこう。

そんな人生を送ることができるように、
今、私は強靭な「勇気」がほしい!


執着

2009年04月20日 | 自分 -

誰もが、ひとしれず “持っている”。
そして、断ち切ろうとしても、
容易に思考の転換ができず、苦しむときがある。

性格によると思うけれど・・・
人によれば、ず~っと「頭から離れず、ああだ、こうだと・・・」考えあぐねる。
その先に待っているものは、心のバランスを壊すという、最悪の事態!
そうなれば、自ずと身体も調子が悪くなるものだ。


執着するものは、人の行為&行動ばかりではない。
物、金、などの有形から、 夢、愛、プライドなどの無形にいたるまで・・・


たとえ、どんなに「自分は執着していない」と思っていたとしても、
「無意識のうちに執着していること」が多かったりもするので、
一言で簡単に、言い切れるものではないだろう。
ましてや、心理分析専門家でもないので、ドツボにすべりこんでも、
なかなか明確な行動転換ができるものではない。
自分のことを理解するのが一番難しい人とは、自分自身だったりもする。
あらゆる方向から見ても、容易に語れるものではない。
本当に、難しい。


「執着」は、人間の様々な感情の中でも、かなり複雑でメンドーなものだと思う。

「気持ちを切り替える」
「あきらめる」
「現実を受容する」
「忘れる」
「逃げる」


自分の感情を紐解いてみると・・・
からみあっている状況が“決断を妨げていることが多い”ように思う。
状況だけでなく、感情さえも、複雑に(それも微妙に)からんでいたりすると・・・
さらに、前に進む勇気を、徐々に“なえさせる”ことがある。
それが、非常に、自分にとっては「やっかいなんだ」と、はじめて気がつく。


それでも、時間は過ぎていく。
だから、進まなければならない。
進みたくなくても、明日は来てしまうのだ(笑)。

「明日は、明日の風が吹く~!」


                (一体、どんな風がふいてくれるんだろう~)


      もしも、その風に、のっかったとしたら、
                  どんな自分と出会えるのだろう~?!



3085本

2009年04月16日 | 人物 -

平成10年に亡くなった我が母=「愛ちゃん」が、その名のごとく、
生前に愛してやまなかった人・・・それが「イチロー」である。

いいおばちゃんが、あの「やせっぽち」で「少年顔」のイチローに???
当時、最初に聞いたときは、すごくビックリした。
「え~、イチロー?野球の?!! イチローって、あの鈴木一朗だよね?」
まるで、頬が「まっかっか」に色づくような高校球児の様相だったからだ。


2000年だっただろうか。イチローがマリナーズに移籍したのは・・・。
アメリカに渡った後は、もう母はこの世からサヨナラしてしまっていたので、
イチローの活躍を知ることもなく、応援することもできなかった。
だから、私が代わりに、“応援する”というよりも、どちらかというと・・・
ただ「イチロー」が、(なんとなく)“気になりはじめていた”と言うべきか。

そして、いろいろなエピソードを年毎に(意識して)おいかけていくうちに、
「イチロー」は、私の大好きなプレイヤーになってしまった。


今、私の携帯には、イチロー語録がキープされているぐらいである。


スゴイ人だと思う。



今日も、日米通算3085安打(日本タイ記録)を達成した。
それも、グランドスラム!
なんじゃ~い。「おめでと~~う!」

WBCの時の“苦しんでいるイチロー”もまた、違った一面を見せてくれたと思う。
しかし、「やるときには、やる!」~それが「イチロー」だ。

プレッシャーと向き合い、自分自身と闘って、結果を出さなければならない性。
独自のコントロールの仕方だけではなく、一つ一つのハードルを越えていく力!
思考と行動の連関が、あまりにもフツーを超えているので、いつも、いつも、
エピソードに触れるたびに、(もう~)(本当に~)愛してしまう。
固定観念に縛られず、柔軟で、かわいくて、繊細で、セクスィーだ。


35歳の「イチロー」も、これから齢を重ねていくうちに、いろいろなことが
あるはずだろうけれど、その全てを地球の裏側から密やかに見守っていこうと
思っている。

私は、「イチロー」のファンだ。
その自覚は数年前からあって、しかし友人に話すと、いつも笑われる。
私と「イチロー」が、結びつかないのだろう(笑)。

でも、好きなんだなぁ。
スポーツマンシップに満ちて、かつ、人間愛に満ち、素朴で、やんちゃで、
誰よりもシャイで、努力する正直な人・・・
               まさに、プロフェッショナル・プレイヤー。

今年も、また応援します!



命日

2009年04月14日 | 雑感 -

昨日、体調が芳しくなかった。
会社へ向かう電車で、人身事故に遭遇して、90分ぐらいの立ち往生!
「都会の電車通勤」にはめずらしくもないが・・・
昨日は、本当に疲れていた。
会社の方が近かったのに、そのまま家に引き返して、今日はお休みした。

今日は、父の「命日」だ。

時間が経つのは、本当に早いけれども、父を亡くしたときの感情は、
私の記憶から消えることはない。

お彼岸あたりには、想いが四国にあった私も、正直に言うと、
昨日は「命日」をすっかり忘れていた。

身体が疲れ、心がそれに呼応するかのように、疲れていって・・・
仕事をするということに意味をもたない価値観が、私の中に芽生えた昨日は、
“ただ、だらだらと生きた一日だった”。
そういう日は、いつも哀しい気分が追いかけてくるものだ。
それで、自然と、父のことが思い出された。

不思議なものである。

こうして、今日の「命日」を思い出した。
先週はしっかりと認識していたのに、不思議なものである。
いつも一緒ではあっても、こうした流れで弔うこともあるのだと・・・
あらためて“じんわり”と、父の存在感を感じている。


私は、どんな場所でも、老人をみると複雑な気持ちが沸き起こる。
目で追いながら、「大丈夫だろうか?」と勝手に慮ってみたり・・・。
それは、私の心の習慣のようになっているみたいだ。
しかし、その感情や行為について、はっきりとしていることは、
子どもの頃に教わった「お年寄りを大事にしましょう」という質感のモノとは、
全く違うモノであると感じている。

都会での生活環境の設備は、まだまだ老人や障害者には、完全とはいえない。
まして、昨日のように、駅で立ち往生してしまうと・・・杖をもった高齢者には、
厳しい現実となる。アナウンスされる情報は、不確かで、不安をあおるもので、
実際には事実と交錯してしまうし、とにかくハウリングして聴き取りづらい。
明らかに一人で困っているようだったし、「発車」を告げられた混雑した電車が、
一向に発車しそうもない。その繰り返しである。
杖をもったおじいちゃんは、困惑しながら、関係ないポスターを見だしたりした。
勿論、座る場所もない。
それだけで、そういう現実を見るだけでも、私の心は疲れてしまうようだ。
その人たちからは、「大きなお世話よ~」と思われそうだけれども・・・
しらんぷりができないのが、今の私の長所でもあり、短所でもある。

この私をやりこめるには、「高齢者」が一番かもしれない(笑)。
今日が、父の「命日」だからではないが、本当にそう思う。


ところで・・・
あの世では、父は元気にしているのだろうか・・・。
おばあちゃんと会って、喜んでいることだろうなぁ。
あれだけ恋しがっていた「愛ちゃん(母)」とは、会えたのだろうか・・・。



もう私の部屋から見える景色は、美しい緑の芽吹きがはじまっている。
枯れ木のように、はだかんぼうだった木々が、緑の葉っぱをまとっているのだ。
美しい「緑」というよりも、もっと薄くて、やわらかい「ミドリ」。
新緑の季節は、やはりたとえようもないくらい美しい。
生命力を感じさせる。


笑顔

2009年04月10日 | 雑感 -


人は誰もが老いる。

明日は、また一日だけ「老いている」。


「あっ、今日は、いらっしゃる!!」
桜が満開の庭を、かぼそい手で、ゆっくりと花びらを掃いている老人―。
おそらく70歳は、軽くすぎているだろう。
私は、その人の名前もしらない。
ただ、とても素敵な笑顔をふりまく人で、
その笑顔をみただけで、私の中にシアワセな気分がわいてくる。

私は、当地に引っ越してきてから、彼の「老い」を見続けてきた。
今朝、久しぶりに、道端で遭遇したときも、出勤途中の私をすばやく見つけて、
笑顔はそのままで「ちょっとタイミングが早かったな」と思ったらしく、
また(自然と目線を落として)庭の桜の花びらを掃きはじめた。
そして、ほどよく私が家に近くなってきてから、挨拶をするのである。
お互いに、あふれんばかりの「笑み」である。

「おはようございます」
「いってらっしゃい~」

笑顔という“シロモノ”は、本当に偉大なパワーを与えてくれるものだ。

父を亡くしてすぐの頃は、あの笑顔を見るたびに(なぜなのかわからないが)
いつも挨拶して別れた後、駅まで歩きながら頬をぬらしていた。



5年前の彼は、とても元気で、犬を連れて、我が家まで散歩に良くきていた。
はつらつとして(いかにも高齢だが)足取りも軽やかだった。
人としての精気も、明らかにみなぎっていた。
その後、病気をされて・・・
しばらく会えない時期があって・・・
それが、数ヶ月、そして、また数ヶ月となり・・・
あるとき、すり足で歩く姿を見たときは、すごくショックだった。
今は、少し元気になられたが、毎日のように会えることがなくなった。

だから、今日のような日は、電車に乗るまで、ウキウキとした気分でいられる。


ただ、挨拶をかわすだけの人なのに・・・
もしも、あの人が「この世」から逝ってしまったら・・・
私は、怒涛のように泣くだろう。


その家には、大きな桜の木がある。
いつも、いつも、立ち止まっては見上げる日々を経て、
風に舞い散り、庭や道を覆いつくす「桜の花びら」を見ると、本当に切ない。
「桜よ、散ってしまうのか」という刹那な想いが、あの老人と重なるのだろうか。
そんなことを感じるだけで、ちょっぴり「じ~ん」としてしまう。


「老いる」ことは、そういうことなんだろうけれど、
順番に「老いていく」ものなのだろうけれど、
気持ちの良い朝には、そんなことなど考えたくはない。
しかし、何故か、想像してしまう自分が、とても辛い。
複雑な気持ちになってしまう。


「長生きしてほしい」
「一日でもいいから、長生きしてほしい」
そう、思わずにはいられない人である。


海のミルク

2009年04月07日 | 食事 -
おおぉ~、並んでも、食べたき、ぷるぷるの「生牡蠣」かな。
「海のミルク」とは、誰が名付けたのだろう。

芸術的な、なめらかさ。表面の輝き。
見たこともない“でぇ~っかい大きさ”、“美しいカタチ”で、存在感バリバリ!

もう、たまりませんでしたぁ。
そして、つい、人差し指が、その表面にのびてしまいました。
「つるりん~」

ありがとうございました。海の神様に感謝です。


花粉症

2009年04月05日 | 社会 -

3年前に、血液検査で、医師から「宣告」された。

「これは、完全に花粉症ですね!」


私の場合は、アレルギー体質だとわかっていたので、ハウスダウストやカビ菌など
敏感に反応する人だと、自分自身で(あらかじめ)認識していた。しかし・・・
「アレルギー人間」ということと、花粉症はどう違うのか、よくわからない。


血液検査は、えらく簡単で・・・・
「ありゃ、これは、一年中ですね。スギ・ヒノキ、イネ・・・う~ん」
と言われて、結果としては年がら年中、ぐすぐす鼻がするということだ。
また、突然、周りの人から大笑いされる「へ~んなくしゃみ」をすることがある。


3年前、「今年、発病したんですよ」と、ある人に話したら・・・
「あら、おめでとうぅ~。貴方も、やっと私たちのお仲間ねぇ~」と、
まるで「叶姉妹」のように、たんたんと、微笑みながら声をかけられた。
当時は「なに~(怒)」と思ったものの、「そういう気構えでおらないかんなぁ」と
最近は感じ始め、私も人にはそういう反応を返すようにしている。


今は、二人に一人が花粉症。
20年後は、ほとんどの人が花粉症を発病(98%)するという。

明るく、うまくつきあっていかなければ、現代生活には“ついていけない”。
実際、発病を宣告されたときは、介護中で体力がものすごく落ちていて、
抵抗力(免疫力)などなかったと思う。
その時の数値は、人の10倍だと言われ、状態は「悪いねぇ」と呆れられた。
すべての病気に言えることだが、「基礎体力の向上」と、「気持ちの持ち様」が、
かなりの確率で、日々の体調に影響を与える。
「健康」というのは、身体の数値だけでは、測れないものでもあるのだ。


ところで、花粉症の薬を、時々飲むのだが・・・とにかく「眠い」。
これは、なかなか厳しい副作用である。



労働審判を終えて

2009年04月02日 | 出来事 -
労働審判は、非常に快適だった。
たった三回だけ、地方裁判所に出向けばよいだけである。
裁判をするよりも、はるかに短時間で、効率よく結果がでる。

    ※労働審判は、弁護士料が安い!のが、何よりである。
    ※裁判になると、少なくても 5~8ヶ月かかることがある。
     それだけでも、弁護士費用は、大変なものである。


また、70%以上が示談となるのも、まさに信頼感を増す一つの要因である。
何と言っても、労務専門の裁判官が、調停をして、双方の言い分を聴いてくれて、
折り合いをつけてくれるようにしてくれるからだ。
どうしても、言い分が平行線の場合は、第三回目の労働審判で、裁判官が、
「Aさんは、Bさんに(たとえば)100万円を支払いなさい」・・・というような
はっきりとした結果を言い渡すこととなる。
もし、これを不服として、労働裁判をしても、結果は同じことになる可能性が
非常に高いために、弁護士達は「労働審判の結果」を重視する傾向がある。


私の場合もまた同様で、折り合いを双方がつけさせられた・・・と言うべきか!
なんとも、はっきり言いがたい・・・貴重な経験だったとは思う。
押したり、引いたり・・・ごねてみたり、強気で主張してみたり・・・で(笑)。


当方は、私「一人」と、担当弁護士「一人」なのに・・・相手側はというと・・・
いい大人が何人も出向いてきては、「あれこれ」やる姿は、可笑しさを誘う。
上場会社ともなれば、コンプライアンスのこともあって、非常に慎重になって
物事を進めようとしているのが、私としては「馬鹿馬鹿しくて笑えた」。
当然のことだろうが、実際の事実を必死に“ねじまげようとする姿”は痛ましい。
全く「潔くない」。
途中、裁判官も(なれたもので)、無表情で「それはおかしいですね」とさえ
言っているのに、主張をまげようともしない。
「有名な上場会社なのに、恥かしくないのか」と、呆れることも多かった。
高額な顧問弁護士を何人も引き連れてくるのであれば、その弁護士料金分を
この悲惨な私に支払ってくれればよいのに(笑)と思ったほどである。
立場を守り、会社の言い分を通すことに一生懸命になっている姿は、まさに
社会の構図を見るようで、一見の価値あり~~。
本当に、良い人生経験だったと思う。


人々が、泣き寝入りするケースが多い中で、果敢に闘ってよかったと思う。
何もしなければ、きっと「いらいら」「もやもや」が離れなくて・・・
裏切られ、騙された想いだけが、歴然と残っていただろうと思う。
それだけでも、裁判所に出向き「やったこと」は、「無駄ではなかった」。

晴れ晴れしく、断言したい。
「労働審判をしたこと」に対しては満足している。



今、多くの人たちが、不当な扱いを受け、違法契約などで虐げられている。
一人で弁護士代を支払うのが厳しければ、数名で闘えばよいのだ。
労働組合をつくり、現状を打破して、果敢に挑んでいくことが、何よりも
後悔を残さない方法だと思う。
仲間もできるし、相談相手もできる。
一人では何もできないことが多いが、市民団体等は弱い人々を守るために、
今もたくさんの人たちが活動している。
実際、地方裁判所の前には、労務関係に対するデモ隊が毎日のように出ていて、
裁判所の中では、日々多くの労働審判が行われており、びっくりするぐらいの
盛況ぶりである。(裁判官は、非常に忙しいとこぼしていた)
それだけ、現在の日本の労働体制は、完璧ではないということだ。

私もまた、今回のことを糧にして、同じような経験をして苦しんでいる人の
相談にのっていきたいと思っている。
労働基準法も、かなり勉強したし・・・世の中はすべて知識を持たぬ者が
虐げられるような構図になっている。
ある程度の基礎知識と経験を持つことは大切だ。(リサーチあるべし)
相手が、たとえ大きな会社だとしても、勇気を持って、挑んでいくことが
決して無駄ではないことが、身をもってわかったことは、大きな収穫である。



上場企業に騙され、虐げられた「私」としては・・・・・結果的には・・・・
(少ないながらも)しっかりと過剰労働分の報酬も入金されたし、
とりあえずは、「めでたし」「めでたし」だ。


不貞寝

2009年04月01日 | 出来事 -

年度が変わると、生活も変わる。

変わらなければ、変われるように主張すればよいだけのことだ。
私は、主張して、4月から“自分が快適だと思う契約体系”に変更した。


4月1日   
初日の今日は、不貞寝の一日。

雨もしとしと降って、仕事する気になれず・・・。
会社に電話一本入れることなく、言い訳もすることなく・・・。
ただ、寝て過ごした一日。

貴重な、貴重な「エイプリルフール」だったのに、
「あらよ」っと、びっくりするぐらいの寝まくりの一日だった。

昨日、3月末までの処理仕事に、どっぷりと疲れ・・・
あきれるぐらい、寝まくれる自分が、イトオシイくらいだった。
世の中には、あほらしい仕事も、ストレスフルな仕事も、ホント、山済みだ。
しかし、「やらなければならないこと」も、時にはあるものだから・・・
人は、身体も心も、疲れてしまうのだ。


「寝て何が悪い!」と、声高らかに叫びたい。

疲れを取るのは、何より大切だ。

皆も、周りの顔色を気にすることなく、時には「不貞寝」すればよい!
いやぁ~何かあっても、責任がとれるだけの覚悟をしさえすれば、
何をしても誰も批判することはないだろう。

いやぁ~、気持ちがよかったぁ。 

また、寝るぞ!(寝られるかなぁ)