ランドマーク探しⅢ

2012年から出張先での風景や社寺仏閣、由緒を訪ねて記録してきました。2016年からは自分の足で散策し、記録しています。

正覚寺・鬼子母神(中目黒)

2015年11月11日 21時42分45秒 | 社寺仏閣

目黒区の保健所が開催した特定給食衛生講習会でノロウイルス予防を中心とした話をさせていただきました。退院後初めての講習会で足元もまだ不完全ですが、2時間ほぼ立ったままで話させていただきました。会場は目黒区役所の大会議室でしたので、少し早めに出かけて周辺を散策しました。駒沢通りの面して正覚寺があったので寄ってみました。11月7日になくなったシグママコトさんの通夜があるようです。山門から中に入ってみました。女性の像がありました。昭和9年に建てた三沢初子の像です。

山手通り側に由緒書きがありました。

★ランドマーク正覚寺実相山正覚寺は、元和5年(1619)に日栄上人によって開かれた日蓮宗の寺です。初めは碑文谷法華寺(現、円融寺)の末寺でしたが、元禄の頃、不受不施問題の影響を受けて身延山久遠寺末になりました。
仙台の伊達家との関係が深く、4代藩主綱村の生母である三沢初子が本寺住職4世日猷、5世日登両上人に深く帰依し、客堂や庫裡等は初子の邸宅が寄進されて建てられたといわれています。初子は浄瑠璃や歌舞伎で有名な「伊達騒動」の登場人物「千代萩の政岡」のモデルともいわれる人物です。また、綱村も生母初子の菩提を弔うため当寺へ特別の保護をしたといい、現在も伊達家の紋の入った建具などが残されています。
なお、鬼子母神堂には伝教大師作と伝えられている鬼子母神像が、祖師堂には11代将軍徳川家斉が江戸城中で深く帰依していたという日蓮聖人木像が安置されています。
墓地には三沢初子の墓(都指定文化財)があり、境内には6代目尾上梅幸の弟子尾上梅朝が演じた先代萩の政岡を元に、昭和9年(1934)に建てられた初子の銅像があります。(目黒区教育委員会掲示より)。本堂

こちらは

鬼子母神堂のようです。古地図にも正覚寺と鬼子母神と描かれています。正覚寺と祐天寺の間を通っている道は現在目黒通りとなっています。江戸名所図会より

鬼編犯科帳などでは目黒の不動尊が時々登場します。一度は訪れて見ようと思っています。

入り口のところに碑が建っています。

開運鬼子母善神と書かれています。 鬼子母神の説話の中で特に有名なものが、「鬼子母はもとは邪神でインドの王舎城の町にきては手当たり次第に人間の幼児をさらってきては、自分の可愛い子供達に人間の子供達を食べさせようとしていたのです。
 人々がこれを憂えてお釈迦様に救いを求めたので、お釈迦様は人々の悲しみを憐れんで彼女の愛子賓伽羅(びんがら)を鉢の底に隠してしまわれた。鬼子母は七日間もの時間、地獄の世界から仏様の世界まで隈無く探し求めましたが愛子賓伽羅を見つけることができず、ついにお釈迦様のもとに来たって、子供の行方を尋ねました。
 お釈迦様は鬼子母の懇願に答えて、“おまえは万子があるのにただ一子を失って憂悲苦悩している。ところが世間の人々は一子、あるいは三子五子であるのに、しかもおまえはその子供を殺したのではないか”とその悪行を厳しく戒められたのです。
 鬼子母はやっと自らの悪事の罪を悟り、賓伽羅が戻れば二度と人の子供を殺さないと悔いたのでした。そこでお釈迦様は鬼子母に鉢の下の賓伽羅を見せしめました。ところが鬼子母がどのような神通力を用いても子を取りだすことができません。鬼子母はお釈迦様ににすがって賓伽羅を返して下さい願いました。
 そこでお釈迦様は、『三帰五戒(さんきごかい)』という教えを守り、常に守る事を約束させました。鬼子母はお釈迦様に従い、三帰五戒の教えを受けて、それからは困っている人を助け、仏の道を説き弘める人を守護する誓いを立てられ大善神となりました。」というものだそうです。

こちらは布袋さん。鬼子母神堂の脇に建っていました。

お稲荷さんとお地蔵さんです。mukssi

昔、明治の頃はこの辺りは多くの牧場があったようで、こんな標識がありました。どれが供養塔かわからなかったのですがどうもこれのようです。

駒沢通りの山門の脇の石碑

区役所に行くので駒沢通りを昇っていきました。少し時間があったのと、昼食場所を探しながら、ほぼ坂の上まで歩いてしましました。坂を少し下ったところにレストランがあったので入ってみました。魚定食がなくなったということでビーフシチューを注文しました。注文してから1800円ということで財布の中身を調べてしまいました。よくよく見ると11月9日開店したばかりでした。

サラダは小さい皿に葉物が載っておりドレッシングも塩辛く食べにくかったです。出てきたビーフシチューは

味はまずますだったのですが、肉が半分以上焦げ付いていました。ドレッシングが塩辛いことや焦げ付いていることを伝えようと思いましたが、食べに来ることもないかと思い、お金を払ってそのままごちそうさまを言って店を出ました。コーヒーは付きましたが、スープも欲しかったですね。後から入った女性2人もビーフシチューでしたので、目黒あたりでは昼食に1500円以上も使うのかと下町の私は思ったところです。

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