父は俳号を「牛歩」と称して自己流の俳句を作っていた
どこの結社にも属さず農作業で目にしたり感じたことを
農協の発行する雑誌に投稿していた
中学生だったぼくの目から見ても上手くはなかったが
たまに入選して大きめの活字で掲載される句の中には
我が家に起こったことだけに胸を打つものがあった
<母ヤギを売ってガランと秋の暮れ>
父の目には母ヤギがいなくなった飼育小屋がガランとしていて
その空間に秋の夕暮れが忍び寄る様を読んだのだろう
ぼくとしては田舎道を引き立てられながら鳴きかわす
母ヤギと小屋に残る子ヤギたちの声が耳に残り
しばらくは子ヤギに餌をやるのもつらかった
父「牛歩」の作品は句集などでまとめられることもなく
ぼくの記憶の中に留まるだけだ
農協の雑誌など翌月にはもう見る人もいない
ぼくは銀杏落葉が散る早朝の公園を
牛の歩みのようにノロノロと散歩する
散歩のできるうちにポストへ投函しに行こう
わたしも俳句には興味があり毎週みております。
しかし私には才能がありません!
先生の直し方に文章力を付けております。
夏井いつき先生の添削は抜群ですね。
ほとんど納得しますよね。
生徒さんのタレントも辛口批評を受けて参ってるところが面白いです。
<母ヤギを売ってガランと秋の暮れ>
ヤギを売って家計の足しにするようなときがあったのですね。
。。。ガランと秋の暮れ秋の晴れ。
母ヤギがいなくなった、寂しさを上手く表現していますね。
朝夕の気温も下がり、秋が感じられるようになってきました。
終戦後は食糧不足と金欠症でどこの家でもでヤギやニワトリを飼っていました。
時に親のヤギを売り払って家計の足しにしたりしました。
戦争はイヤですね。
俳句を理解していただき、悲しい時代を思い返しました。