シャボン玉で遊ぶネズミ
(画像は「カナダ・モントリオール出身の写真家ダイアナ・オズダマーさん」)
疎開して住まわせてもらった家には
天井がなかった
藁屋根を支える竹と縄ひもが
眠りにつく前のぼくの風景だった
安心して夢を見ることができる
焼夷弾の恐怖から逃れられる
機銃掃射で死にかけた兄の話も遠くなる
「そろそろ寝るぞ」父の声とともに灯りが消える
ネズミの運動会が始まったのはいつだったろう
終戦後10年も経ってやっと自前の家を持てた
天井があるからネズミも住み着くことができる
灯りが消えると夜通し駆けっこだ
猫のタマを夜番にやとったが
ぼくの布団の上でいつもスヤスヤ
「タマは役立たずだなあ」と父がからかうと
翌朝トトサマ捕りましたと下駄の上にネズミの死骸
父は稲わらでちょこちょこと払ってお出かけ
「まるでおとぎ話みたいだが、怒ったんだろうな」
タマは素知らぬ顔で目を細める
ぼくが残したごはんに味噌汁をぶっかけて朝飯だ
貧しかったが楽しかった
タマが捕って来たネズミはピクリともしなかったが
世の中には元気のいい仲間もいるんだな
トムとジェリーはぼくの最高のトモダチになった
おとなになって大森光章という作家と知り合った
ネズミの一家が登場する『漂泊家族』は
さまざまの困難に遭遇しながらも
力を合わせて生き抜く印象深い作品だった
実生活では禅僧のように無欲だった大森さん
自分が窮地に陥るのを覚悟で
他人に物心両面でのサポートを続けていた
はにかんだような微笑を絶やすことなく・・・・
幼いころ寺で育ったと聞いている
僧籍を得たのも多分その頃のことだろう
だからといってあの慈悲深さは類を見ない
作家の印象を根底からひっくり返す無言の唱道者だ
一匹のネズミが記憶の果てまで駆けめぐる
なんと可愛いパフォーマーなんだろう
猫をからかい人間を神妙にする
キョトンととぼけた目できょうも記憶を齧るのだ
(2018/06/24より再掲)
<芥川賞候補作家=大森光章の主な作品> 「シャクシャイン戦記」「たそがれの挽歌」「続たそがれの挽歌」「このはずくの旅路--ある開拓僧の生涯」「星の岬」など
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