カラタチの花
(ウェブ画像)より
学校へは人力車で送り迎えされた
成人してからもお嬢さん育ち丸出しだった
美貌ではあったが生涯スキだらけだった
最初の結婚で人生の厳しさを知った
理由はあったが姑に離婚させられた
こどもを取り上げられ死ぬまで面会できなかった
その女性の死は悲しい出来事だったが
病室にはいっときぼうっとした空気が滞 . . . 本文を読む
高田松原に隠しておいた思い出は
いまも陸前高田の海を漂っているだろうか
青春の甘くしょっぱい思い出は・・・・
松林をなぎ倒し大地を震わせた大津波
奇跡的に生き残った一本の松は
多くの人の思いをつなぎとめたが
ついに力尽きてモニュメントになった
青い嘆きと灰色の苦汁をまつわりつかせ
いまも復興のシンボルと目されているが
三つ編みの黒髪 . . . 本文を読む
注射針というやつは
付き合ってみると
なかなか面白いもんだぞ
いつも尖っているので
食えないやつかと思われがちだが
なかなか人懐っこいのだよ
ためしに太ももを出して
注射器をそっと置いてみようか
細い針がスーッと吸い込まれていくぞ
だって腕に刺す皮下注射は痛いじゃないか
筋肉注射は圧迫感もけっこうあるし
そうそうワクチン注射を . . . 本文を読む
(画像はブログ『黒ラブのいる生活』ベルさん提供)
不倫という恋があるわけではない
死につながる純愛があるだけだ
ジュリアン・ソレルよ
あなたは それを体現した
十九世紀の半ば
フランスの小説家スタンダールが
後世に残る名作『赤と黒』を発表した
野心に満ちた青年を主人公にして
美貌で聡明なジュリアン・ソレルは
ナポレオ . . . 本文を読む
彼岸花の芽
〈ウェブ画像〉より
そろそろ外の様子を見てみようか
彼岸花の鱗茎が囁いた
うん、もう9月だしな
隣の仲間がうなずいた
よし、出るぞ!
そろって首を伸ばす
隣どころか隣り組だ
白い仲間がグングンと
頭上でなにやら人の声
なに、これアスパラ?
バカ、彼岸花だよ
うっかり食べたら死ぬぞ
. . . 本文を読む
庭木が越境しているなどと
測量士の職業柄いうのはもっともだ
図面には描けないから
隣地との境界線を楕円の線で囲い
注意を喚起するのは測量図の基本らしい
人間のチマチマしたこだわりには頓着なく
もみじもイチョウも大手を広げる
困惑したって塀の近くに俺らを植えた以上
こうなるのは目に見えているはず
いまさら切るなんて殺生とも見える
お隣さんと越えたり . . . 本文を読む
ハリケーンが立て続けにやってきて
楽園を謳歌していた人びとも安泰ではなくなった
カリブ海の島々を打ちのめした余勢を駆って
フロリダの灯りを黒く塗りつぶした
「彼らは雑草を食べてでも目的を達しようとするだろう」
ハリケーンのさなかに突然プーチンの言葉が甦る
呼応するかのようにマイアミが騒ぎ出す
皮肉にも惨禍の跡がトゲとなって世界を引っ掻くのだ
毛嫌いし . . . 本文を読む
武蔵野の雑木林を切りひらいた一角に
ふた棟のアパートが並んでいた
メゾネットタイプの部屋には新婚夫婦が住み
朝50分かけて都心の職場へ向かう夫を
妻は戸口でぼんやりと見送った
祝福されることもなく結婚して
人目を避けるようにひそむことを望んだのは
恋愛に傷つき疲れ果てた妻のほうだった
夫はそうした経緯を知っていたが
林の中で妻の傷が癒えるのを待つ気持ちだった
& . . . 本文を読む
裕ちゃんの歌う「赤いハンカチ」が
全国の横丁を流れていたのと前後して
この白いハンカチを打ち振るような木は
なんと小石川植物園に輸入されていたという
中国四川省あたりが原産地で
そのハンカチに似た苞葉が目立つ高木は
パンダを初めて世界に紹介した神父にちなんで
「植物のパンダ」とも呼ばれているそうだ
標高2000メートルの高地に自生する木を
湿潤な . . . 本文を読む
ハナカマキリのようなスイカズラが咲いた
冬の寒さに耐えて待っていた白い生き物が
ムクムクと目を醒ましたのだ
この季節に逝ったひたむきな女性よ
あなたの小説には忍冬が効果的に描かれていましたね
裏切に悩んだすえ朝早く夫の元を立ち去る物語でした
密やかな言葉を絹のように紡いでいた女性よ
同人雑誌の合評会ではいつも目を輝かせていましたね
モデルはあなたかと . . . 本文を読む
中田先生は担任を持たなかった
田舎の中学校で音楽だけを受け持っていた
飴色のフチが特徴のメガネをかけ
レンズの奥から生徒たちに笑みを投げかけた
オルガンを弾くときは手元をしっかり見ていた
タクトを振るときは大きな躯を揺すってスウィングした
腰から上は可動域いっぱいまで動いたが
大きな尻は微動だにせず二本の脚が錘となった
「先生、モーツアルトって本当に . . . 本文を読む
歌舞伎じゃないけど早変わり
その名も妖しい七変化
山アジサイの隠しわざ
ピンク白あお黄に紅色
だいだい紫と咲きつづけ
初夏から晩秋まで一人芝居
都万太夫座の女形なら水木辰之助
犬、業平、老人、小童、六方、藤壷、猩々と
つぎつぎ役柄を変えて歌舞伎踊り
元禄、宝暦、文久と江戸でも変化は大はやり
四変化、五変化と変幻し清元、長唄にも引っ . . . 本文を読む
カタクリは地上のスティーヴン・ホーキング
天窓をみつめて宇宙の夢を見つづける
夜が明けると周りは緑の渦に囲まれ
彼を支える家族や友人が漂流しはじめるのだ
カタクリの葉のまだらは星雲の妖しさ
始まりも終わりも見定められない時間の概念に
ホーキングは時空の特異点をピン留めした
あらゆる真理は卓越した仮説によって覆される
カタクリの花は内気そうに下を向いて . . . 本文を読む
藤色のトッパーをまとったキミコの姿は
いまでも僕の胸腺を熱くする
風が冷たくなった夕暮れの道端で
あなたはフジバカマのように微笑んでくれた
肩にまわした僕の手のひらに
ふんわりと温もりを返してよこした貴い人よ
安物のコートを着ていたかもしれないが
月の出を待ちわびる秋草のように愛しかった
まぢかに感じた息のかぐわしさも
ひんやりとした夜気に匂い立つ . . . 本文を読む
駅に通じる商店街の歩道を行くと
ガラスの扉を開けて女性が出てくる
彼女の手には白いタオルが握られ
おもむろにショーウインドウを拭き始める
ぼくが出勤する時刻とかさなるのか
おなじ光景にときどきぶつかる
彼女は街の不動産会社の事務員で
ちょっぴり背の高いベテラン社員なのだ
彼女の視線の先には店内の物件情報が並ぶ
よく見えるようにガラスを拭くのはそのせ . . . 本文を読む