林檎乃「とほほ・・・。」ブログ

林檎乃麗の「とほほ・・・。」な日常を綴っています。 

東北横断と北海道新幹線-三連休東日本・函館パスの旅14.

2019-08-15 | 鉄道・旅行
 14.新幹線駅取材-七戸十和田と新しい木古内
 
盛岡から47分、08:47に七戸十和田に到着する。
七戸十和田も新幹線単独駅であり、新幹線でないと行くことができない。
昨日の天気予報では今日は雨ということだったが、
朝のうちは曇って入るものの、まだ雨は降っていなかった。
 
 
今日は3つの新幹線駅の取材を予定している。
その一つ目が七戸十和田で、曇りながら何とか駅取材することができた。
駅舎は七戸町観光交流センターが併設されている。
その中には大正天皇が皇太子時代に乗ったという高等官馬車(偽装馬車)が飾られている。
「七戸立」というねぶた祭の飾りのようなものも設置されていた。
 
 
そこの解説には以下のように書かれている。
 陸奥国の民は遙か昔より馬を尊び、馬と生活を共にしてきた。
 なかでも七戸(青森県七戸町)は今も昔も名馬の産地である。
 七戸立とは七戸産の馬のことを指す。
 この呼称を一躍世に知らしめたのは、
 かの有名な「宇治川の先陣争い」で梶原源太景季を負かし、
 佐々木四郎高綱に 先陣の功をもたらした天下一の名馬、生接。
 元より源頼朝の愛馬で、気性が荒く、
 馬でも人でも噛みついて傍に寄せないことからこの名がつけられた。
 よく肥えて逞しく大きな体躯を持ち、
 轟轟と荒れ狂う宇治川をものともせずに一直線に渡り切ったと瞬く間に名が知れ渡ると、
 武士らは続々と七戸立を求めた。
 七戸に住まう人日ごとは更に、
 生接のごとき野性味あふれる悍馬の調教に励み、
 いまなお数多くの名馬を排出し続けている。
 良馬産出祈願を以て、馬頭観音の御加護を得た七戸立調馬図をここに顕す。
また待合室にはスマホやノートパソコンの充電用にコンセントが設置されていた。
47分の待ち時間で東北・北海道新幹線「はやぶさ1号」で木古内に向かう。
 
 
乗車時間は1時間10分なので普通席に指定を取っていた。
新青森を抜けるといよいよ北海道新幹線の区間に突入する。
陸路での北海道移動は今まで何度もあるが、
全て在来線特急時代で、新幹線に乗っての青函トンネルは初めての体験である。
木古内に到着したのは10:44で、十分に駅取材する。
 
 
木古内は2003年12月に初めて訪問したが、
その時は勿論新幹線のホームはなく、駅舎も在来線専用だった。
 
 
 ※撮影時刻 2003/12/08 11:55:57
 
木古内といえば「寒中みそぎ」が有名で、これは天保2年から続く。
毎年1月15日に4人の若者が佐女川神社の御神体を浄めるために、
冷水で自らの体を浄め、御神体を抱いてみそぎ浜で禊ぎをするというものである。
2003年に訪問した時に確認した駅の掲示板には以下のように書かれていた。
 
 佐女川神社みそぎ事はじめ
 天保2年(1831年)神社守が夢枕に『御神体を潔めよ』とのお告げがあり、
 目をさますと寒気肌をさす1月15日の早朝でした。
 神社守は目覚めるとすぐに御神体を抱き、神社の真下を流れる小川に行き、
 一面にはっている氷を打ち砕いて身をきるような冷水で自分の体を潔めました。
 神社守りは再び御神体を抱いて海岸へ行き、
 幾度なく波に打たせて清め、神社に奉納しました。
 その年から豊漁豊作が続き村は大変潤ったと言われています。
 穢れのない優秀な4人の青年はみそぎの御神体 当別、稲荷、山の神、弁財天の4体を潔めます。
 13日の参籠祭りから鍛錬に入り、15日の朝まで水ごりを行います。
 寒中みそぎは毎年1月15日厳寒の津軽海峡に面したみそぎ浜で行われます。
 
駅舎取材後に駅前にある「道の駅みそぎの里きこない」に行く。
 
 
予定では近くにある食堂まで行くことにしていたが、
天気が良くないので駅に戻りやすい道の駅の食堂が開くのを中で待った。
11:00a.m.を待って道の駅みそぎの郷きこない内「どうなんde's」に入り、
昼はシェフのキーマカレー~木古内の野菜と~500円を喰う。
+300円のセットという設定があり、
これを選ぶと塩パン、サラダ、スープ、ジェラートが付いてくる。
ジェラートは6種類の中から選べるようになっており、
ブルーベリーをチョイスした。
昼食後に外に出るとポツポツと雨が降り出してきた。
やはり駅から離れなくて良かった。
このあと12:33木古内始発の南いさりび鉄道で函館を目指す。
コメント
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