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林檎乃「とほほ・・・。」ブログ

林檎乃麗の「とほほ・・・。」な日常を綴っています。 

東急線ワンデーパスの旅-東急新横浜線と相鉄新横浜線の完乗20.

2025-01-31 | 鉄道・旅行

 20.東急東横線東白楽の駅取材と予定前倒し横須賀線-旅の終わり

白楽を16:51で隣の東白楽まで行く。

東白楽駅は相対式2面2線の高架ホームを有する東横線の駅である。
1番線は下り横浜方面、2番線は上り渋谷方面が使用する。
画像は西口で、高架下に駅機能が集約されている。

東白楽に駅が出来たのは1927年3月10日で、
開業時は地上ホームだったが、1930年11月1日に高架化された。
駅所在地は神奈川県横浜市神奈川区白楽だが、
かつて「白楽」は「東白楽」と「西白楽」に分かれていて、
「東白楽」に位置していたためこの駅名となった。

ここで予定していた「らー麺つけ麺・みやがわ」で夕食を喰う。
ちょうど店の開店の5:00p.m.に駅取材が終了した。
ここで醤油ラーメン800円を喰った。

東横線であと隣の反町が未取材だが、既に光量的に取材が厳しいと判断、
反町は断念してそのまま横浜まで行き、東急の改札を出て、JRに乗り換える。
横須賀線のホームに行き、ホーム上の券売機でグリーン席情報を購入する。
横浜から津田沼まで1,000円だった。
ホーム上で総武快速線直通の列車を待ち、
18:12発の成東行きに乗り込む。

グリーン車もかなり席が埋まっていて、
2階建ての下の席に何とか場所を見つけて座った。

2階建て部分は網棚がないため、
足元にカメラバッグを置かなければならない。
横浜から津田沼まで1時間10分で、19:13に津田沼に到着した。

ここで総武緩行線に乗り帰り帰宅したが、
4番線で各駅停車を待っていると、3番線を「B.B.BASE」が通過していった。


今回の旅で東急新横浜線と相鉄新横浜線の乗り潰し、
東急の21駅の新規取材が完了した。

東横線では未取材8駅のうち、
新丸子、元住吉、綱島、大倉山、妙蓮寺、白楽、東白楽の取材が完了、
未取材は反町のみとなった。

目黒線は未取材5駅のうち、
西小山、洗足、奥沢、新丸子(東横線と重複)、元住吉(東横線と重複)が完了、
目黒線の全駅取材が完了した。

東急新横浜線は2駅のうち、地下ホームの新綱島が未取材である。

田園都市線は今回取材対象ではなく、
池尻大橋、三軒茶屋、駒沢大学、桜新町、用賀、二子新地、高津、
梶が谷、宮前平、たまプラーザ、江田、市が尾、藤が丘、青葉台、
田奈、つくし野、すずかけ台、南町田グランベリーパーク、
つきみ野が未取材である。

大井町線も今回は取材しておらず、
大井町、下神明、戸越公園、中延、
荏原町、北千束、緑が丘が未取材である。

池上線は未取材11駅、
大崎広小路、荏原中延、長原、洗足池、石川台、雪が谷大塚、
御嶽山、久が原、千鳥町、池上、蓮沼の全てで駅取材か完了した。

東急多摩川線は今回未取材で、
沼部、下丸子、武蔵新田、矢口渡がまだ取材出来ていない。

世田谷線は全駅取材済みである。

こどもの国線も今回未取材で、恩田、こどもの国が残る。

今後は田園都市線を中心に、東急線ワンデーパスで駅取材を企画したい。

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東急線ワンデーパスの旅-東急新横浜線と相鉄新横浜線の完乗19.

2025-01-30 | 鉄道・旅行

 19.東急東横線妙蓮寺と白楽の駅取材

大倉山で駅取材して16:20で2つ先の妙蓮寺に行く。
隣の菊名は既に2004年7月3日に取材済みだったのだ。

東急妙蓮寺駅は相対式2面2線の地上ホームを有する東横線の駅である。
1番線は下り横浜方面、2番線は上り渋谷方面が使用す
画像は正面口で、2番線上りホームに隣接している。
かつてはこちら側にしか改札がなく、下り横浜線とは構内踏切で結ばれていた。
1965年頃、地下道が設置され、構内踏切は廃止された。

駅が出来たのは、1926年2月14日に、
東京横浜電鉄が神奈川線の路線名で、
丸子多摩川(現・多摩川)から神奈川(現・廃止)の区間を、
開通させたのと同時に開業した。
開業時の駅名は「妙蓮寺前」だったが、
1931年1月1日に「妙蓮寺」に改称された。
1番線下りホームに隣接した東口駅舎が出来たのは2002年6月である。


 
駅名は隣接する妙蓮寺から来ているが、
東京横浜電鉄が妙蓮寺の敷地を通過する代償として、
「妙蓮寺前」の駅を設置させたとされている。
妙蓮寺は日蓮宗の寺院で、1935年に現在の横浜市神奈川区神明町に、
長光山大経院妙仙寺が開かれた。
1908年に横浜鉄道臨港線(現・JR横浜線)敷設のため、
現在の東神奈川駅付近から現在地に移転を余儀なくされた。
また菊名池畔にあった淨壽山蓮光寺の移転先として合併した。
両寺院から1文字ずつ取って長光山妙蓮寺とした。

妙蓮寺から16:35で隣の白楽に行く。

東急白楽駅は相対式2面2線の地上ホームを有する東横線の駅である。
1番線は下り横浜方面、2番線は上り渋谷方面が使用する。
画像は西口で橋上駅舎化されている。
また、西口から直接2番線ホームに平行移動出来る改札口も設置されている。

2002年に新設された東口はホームと同じレベルの高さだが、
西口は橋上駅舎の2階部分と同じレベルの出入口である。
駅所在地は神奈川県横浜市神奈川区白楽で、
地名の「白楽」はかつてこの辺りが神奈川宿の伯楽があった事に由来する。
伯楽は「ばくろう」と読み、馬を治療したり売買したりする人のことで、
この「伯楽」が転じて「白楽」となり、「はくらく」と読むようになった。
余談だが、「伯楽」は「博労」や「馬喰」などとも書く。

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東急線ワンデーパスの旅-東急新横浜線と相鉄新横浜線の完乗18.

2025-01-29 | 鉄道・旅行

 18.東急東横線綱島と大倉山の駅取材

西小山で駅取材後、今度は東横線の駅取材に入っていく。
目黒線と東横線は田園都市から日吉までは複々線で並行している。
日吉から先は東横線は横浜まで行き、
地下に入ってみなとみらい線で元町・中華街まで繋がっている。
一方、目黒線は日吉までだったが、
相鉄との相互直通のため新横浜まで新横浜線が新設され、
目黒線の列車が直通することになった。
日吉から横浜までの区間はJR横浜線の取材時に、
接続する菊名のみ取材済みで、他の6駅は未取材である。
そこで日吉から横浜に向かって駅取材していく。

先ずは日吉の隣の網島まで行く。

綱島駅は相対式2面2線の高架ホームを有する東横線の駅である。
1番線は下り横浜方面、2番線は上り渋谷方面が使用する。
画像は西口で、高架下に駅機能を集約している。

開業は1926年2月14日で、開業時の駅名は「綱島温泉」だった。
相対式2面2線の地上ホームとして開業したが、
1933年7月に島式ホームに変更されている。
戦時中の1944年10月20日に「網島」に改称された。
開業時はこの地を温泉街として発展させることを目的に開業したが、
戦況悪化に伴い、贅沢を禁止する風潮に伴い“温泉”が外された。
1963年11月26日に高架化された。

網島16:06発で隣の大倉山に行く。

大倉山駅は相対式2面2線の高架ホームを有する東横線の駅である。
1番線は下り横浜方面、2番線は上り渋谷方面が使用する。
傾斜地にホームが設置されているため、渋谷方は地上とほぼ同じ高さで、
改札のある横浜方は高架下に大倉山エルム通りが通っている。

大倉山に駅が出来たのは、1926年2月14日に、
東京横浜電鉄が神奈川線の路線名で、
丸子多摩川(現・多摩川)から神奈川(現・廃止)の区間を、
開通させたのと同時に開業した。
開業時の駅名は「太尾」だったが、
1932年3月31日に「大倉山」に改称された。
かつては構内踏切が設置されていたが、
1936年6月に地下道が設置された。

1980年代、大倉山から新横浜まで路線を敷設し、
相模鉄道が新横浜から二俣川まで路線を敷設し、
相互直通する計画があった。
しかバブル崩壊などによりこの計画は頓挫した。
その後、東急が日吉から新横浜、
相鉄が新横浜から西谷まで敷設する計画に変更され、
2023年3月18日に開通している。

駅所在地は神奈川県横浜市港北区大倉山一丁目だが、
開業時の地名は「太尾町」で、駅名もそれに合わせてた。
近接する実業家の大倉邦彦が「大倉精神文化研究所」が設置され、
のちに横浜市に売却されて「横浜市大倉山記念館」となった。
駅名もこの「大倉山精神文化研究所」に合わせて変更されたが、
2009年11月に住居表示が変更されて、この付近が大倉山となった。

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東急線ワンデーパスの旅-東急新横浜線と相鉄新横浜線の完乗17.

2025-01-28 | 鉄道・旅行

 17.東急目黒線洗足と西小山の駅取材

東急多摩川線で多摩川まで来て、ここから洗足、西小山を目指す。
・・・つもりが、間違って東横線の車両に乗ってしまう。
そこで田園調布で下車して、ホーム反対側の目黒線に乗り換える。
田園調布から日吉までは東横線、目黒線は複々線で並行しているが、
上り方面は田園調布から分岐して、東横線は渋谷、目黒線は目黒に進む。
目黒線に乗り換え、3つ先の洗足に行く。

東急洗足駅は相対式2面2線の地下ホームを有する目黒線の駅である。
1番線は下り日吉方面、2番線は上り目黒方面が使用する。

洗足に駅が出来たのは目黒蒲田電鉄が1923年3月11日に、
目黒から丸子(現・沼部)の区間が開通したのと同時である。
計画時の駅名は「碑文谷」だったが、
この付近が田園都市が分譲した「洗足田園都市」に因み、
駅名が洗足となった。
池上線の洗足池と駅名が似ているが、
開業時は洗足は目黒蒲田電鉄、洗足池は池上電気鉄道と別会社だった。

開業時は地上ホームだったが、
環七通りとの立体交差のために地下化が計画され、
1967年2月16日に上り線、同年2月26日に下り線が地下化された。

洗足で駅取材して、15:07で隣の西小山に行く。

西小山駅は島式1面2線の地下ホームを有する目黒線の駅である。
1番線は下り日吉方面、2番線は上り目黒方面が使用する。

西小山に駅が出来たのは1928年8月1日で、
この付近は立会川流域の窪地であったため、
急勾配を避けるために盛土をして高架ホームを設置していた。
2006年7月2日に地下化され、
2008年4月10日に画像の駅ビルが完成した。

駅所在地は東京都品川区小山六丁目で、
近くに小山八幡神社があり、その西側に位置していることが由来とされている。

駅取材して少しあたりを散策する。

昼食に予定していた「西洋料理杉山亭」に行ってみた。
ランチタイムの閉店は3:00p.m.で、
店の前に到着したのは3:16p.m.だった。

店の前にはメニューが出たままになっていた。

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東急線ワンデーパスの旅-東急新横浜線と相鉄新横浜線の完乗16.

2025-01-27 | 鉄道・旅行

 16.1000系「緑の電車」と多摩川線の移動

蓮沼で駅取材して池上線の全駅取材が完了した。
このあとは目黒線、東横線の駅取材するため、
14:03で隣の蒲田まで行く。
ここから東急多摩川線で終点の多摩川まで行けば、
ここから目黒線、東横線の駅取材が出来る。
しかし蒲田まで行き、そこで1000系「緑の電車」を見かけた。

そこで東急多摩川線に乗り換える前にこの車両を取材する。

東急1000系は1988年12月26日に登場した、
東急電鉄の通勤形車両で、東横線8両編成×8本=64両、
東横線、目蒲線供用4両編成×4本=16両、
池上線3両編成×11本=33両、計113両が1992年までに登場した。

東横線で運用されていた車両のうち、一部の車両は3両編成化され、
1000系1500番台に改番され、池上線、東急多摩川線に転用された。

この1000系1500番台は7000系とともに、
現在でも池上線、東急多摩川線で活躍している。
登場当初から池上線に投入された1000系は6本が現存、
1000系1500番台10本とともに雪が谷検車区に在籍し、
7000系15本と一体運用で池上線、東急多摩川線で運用中だ。

7000系は7700系や1000系置き換えのため、
2007年12月25日に登場した通勤形車両である。
それまでの東急車輌は切妻形が主流だったが、
この車両はオールステンレスの流線型を採用している。
2018年までに3両編成×15本=45両が誕生、
池上線、東急多摩川線で運用されている。

蒲田駅で見かけた緑色の塗色の車両は、
1000系「緑の電車」で、
「池上線活性化プロジェクト」の一環として、
1013編成を2019年11月25日から、
かつての東急車両の塗色であった、
緑色一色のラッピングが施されている。
この車両は2020年11月8日に戸越銀座で取材済みである。
また5000系も緑一色のラッピングを中目黒で目撃していた。

この「緑の電車」を十分に取材し、これを見送ってから、
次発の14:14で終点の多摩川まで行く。

多摩川は東横線、目黒線と東急多摩川線が接続する駅で、
東急多摩川線が地下ホームなのに対し、
東横線、目黒線は高架ホームである。

東横線、目黒線は高架ホームに上がっていくと、
東京メトロ9000系5次車が停まっていた。
9000系更新車は今日、新丸子で取材済みだったが、5次車は初めて見た。
ここから先ずは午前中後回しにした洗足、西小山を取材していく。

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東急線ワンデーパスの旅-東急新横浜線と相鉄新横浜線の完乗15.

2025-01-26 | 鉄道・旅行

 15.東急池上線池上と蓮沼の駅取材

千鳥町で十分に駅取材して、13:29で隣の池上に行く。

池上駅は相対式2面2線の地上ホームを有する池上線の駅である。
1番線は下り蒲田方面、2番線は上り五反田方面が使用する。
画像は北口で、橋上駅舎化されている。
駅ビル「etomo池上」は2021年3月30日に開業した。

池上線は池上電気鉄道によって、
池上本門寺への参拝客のために敷設された路線で、
1922年10月6日に蒲田から敷設された時に終着駅として開業した。
池上本門寺は日蓮宗の本山で、駅名、路線名もここから付けられている。
この地はもともとは「池亀」と呼ばれていた。
この辺りは湿地帯で池に亀が住んでいたことに由来するようだが、
その後、「池上」に改められた。
洗足池が本門寺の麓まであったから、蓮沼池の上部だから、
また鎌倉時代の領主であった池上右衛門太夫宗仲から取ったなど諸説ある。

駅南口に設置されていたポストは、「きになる電車」の塗色になっていた。
池上線の中心となる池上駅も木材を豊富に使った、
東急が進める「木になる駅」プロジェクトを実現した駅である。
13:49で池上から隣の蓮沼に行く。

蓮沼駅は相対式2面2線の地上ホームを有する池上線の駅である。
1番線は下り蒲田方面、2番線は上り五反田方面が使用する。
画像は蒲田方面口で、上下線ホームでそれぞれ改札があり、
構内でのホーム間の移動は出来ない。
池上電気鉄道が最初に蒲田から池上の区間が最初に敷設された、
1922年10月6日に中間駅として開業した。

駅所在地は現在では東京都大田区西蒲田七丁目だが、
開設当時は荏原郡矢口村大字蓮沼で、駅名もここに由来する。
この地は隣接する蒲田と同様に池や沼などの多い湿地帯であり、
そこに蓮の群生する沼があったことがこの地名になったという。

これで池上線の全駅取材が完了した。
ここからは目黒線、東横線の駅取材に突入する。

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ホームページ更新

2025-01-25 | 更新情報

「REI RINGONO status」を第347回更新しました。

「飲食店ブログ記事」の「兵庫県」に西宮北口「拉麺水輝」を新規公開いたしました。

https://status.garyoutensei.com/


「Station-駅から始まる物語」を第1744回更新しました。

2011.東急電鉄雪が谷大塚駅を公開いたしました。

https://ringono.nengu.jp/

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東急線ワンデーパスの旅-東急新横浜線と相鉄新横浜線の完乗14.

2025-01-24 | 鉄道・旅行

 14.東急池上線久が原と千鳥町の駅取材

御嶽山で駅取材してから13:02で隣の久が原に行く。

東急久が原駅は相対式2面2線の地上ホームを有する池上線の駅である。
1番線は下り蒲田方面、2番線は上り五反田方面が使用する。
画像は五反田方面口で、上下線でホームが独立している。

1923年5月4日に池上から雪ヶ谷(現・雪が谷大塚)まで延伸時に同時に開業した。
開業時の駅名は「末広」だったが、
1928年4月13日に「東調布」に改称、
1936年1月1日に「久ヶ原」に改称、
そして1966年1月20日に「久が原」に改称された。
駅所在地は東京都大田区南久が原二丁目で、
“久が原”は森や林が古くからあるという意味。
この付近はもともと「馬込領久河原」と「六郷領久川原」という地名で、
「久ヶ原」となったのは江戸時代に入ってからであった
住所表示が「久が原」になったのは駅名改称より遅い1968年からである。

久が原から13:16で隣の千鳥町に行く。

東急千鳥町駅は相対式2面2線の地上ホームを有する池上線の駅である。
1番線は下り蒲田方面、2番線は上り五反田方面が使用する。
画像は五反田方面口で、上下線でホームが独立している。

開業は1926年8月6日で、「慶大グランド前」の名称で開業した。
この駅名は東京府荏原郡矢口村(現・大田区千鳥二丁目)付近にあった、
慶應義塾大学新田運動場のことで、最寄り駅として開業した。
慶大グランドには野球場も併設されていて、
東京六大学野球などが開催された場合のみ営業していた臨時駅だった。
開業時は現在地より池上よりに敷設されていたが、
1927年6月24日に現在地に移転して複線化された。
この当時は五反田方面口の駅舎のみ設置されていて、
蒲田方面構内踏切で結ばれていた。
しかしこのホームが曲線上あったため、安全上の問題もあり、
のちに跨線橋が設置された。
2002年11月30日に蒲田方面の駅舎が設置され、
方面別改札が採用されて跨線橋は撤去された。
1936年1月1日に「千鳥町」に改称された。

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東急線ワンデーパスの旅-東急新横浜線と相鉄新横浜線の完乗13.

2025-01-23 | 鉄道・旅行

 13.東急池上線雪が谷大塚と御嶽山の駅取材

石川台で駅取材して12:29で隣の雪が谷大塚に行く。

東急雪が谷大塚駅は島式1面2線の地上ホームを有する池上線の駅である。
1番線は下り蒲田方面、2番線は上り五反田方面が使用する。
雪が谷大塚が終着、始発の列車のために蒲田側の駅前踏切の先に渡り線がある。
画像は西口で、橋上駅舎化されている。

蒲田方に雪が谷検車区が隣接していて、
池上線、東急多摩川線共有の車両基地として機能している。

雪が谷大塚駅は1923年5月4日に池上から延伸した時に、終着駅として開業した。
開業時の駅名は「雪ヶ谷」で、現在地より五反田方面に3つ先の踏切付近に設置されていた。
1927年8月19日に現在の車両基地付近に調布大塚駅が開業した。
翌年の1928年10月5日に新奥沢線が開業し、
それに合わせて約150m蒲田よりに移設された。
新奥沢線は雪ヶ谷(現・雪が谷大塚)から新奥沢までの1.44kmの単線で、
途中駅の諏訪分を含めて3駅の単線路線だった。
将来的には国鉄(現・JR東日本)中央本線の国分寺に接続させる予定だった。
しかし競合する目黒蒲田電鉄が現在の東急大井町線を計画していたこともあり、
同社の社長の五島慶太氏の妨害などもあり、この先の延伸は実現しなかった。
池上電気鉄道が1934年10月1日に目黒蒲田電鉄に合併すると、
新奥沢線は廃止申請され、1935年11月1日に廃止された。
1933年6月1日に雪ヶ谷と調布大塚が統合され、現在地に移転された。
移転時は「雪ヶ谷」のままだったが、1943年12月に「雪ヶ谷大塚」に改称、
戦後の1966年1月20日に「雪が谷大塚」に改称された。
現在の駅舎である雪が谷大塚駅ビルが完成したのは1989年9月26日だった。

雪が谷大塚で駅取材を完了し、12:52で隣の御嶽山に行く。

御嶽山駅は相対式2面2線の地上ホームを有する池上線の駅である。
1番線は下り蒲田方面、2番線は上り五反田方面が使用する。
上下線のホームは独立しており、画像は五反田方面口である。
御嶽山のホーム直下には、東海道新幹線と品鶴線が交差している。

1923年5月4日に池上から雪ヶ谷(現・雪が谷大塚)まで延伸時に同時に開業した。
開業時の駅名は「御嶽山前」だったが、
1929年6月1日に「御嶽山」に改称された。
駅名は近接する御嶽神社に由来する。
御嶽神社は独立峰としては日本で2番目に高い御嶽山を祀っている。
御嶽山は長野県木曽郡と岐阜県下呂市、高山市に跨がり、山岳信仰の山であった。
神社は1535年頃の創建と云われているが、当時は小さな神社に過ぎなかった。
しかし相模国津久井村出身の治兵衛が修験者・一山行者として木曽御嶽山に入り、
この神社を中興、1831年に大きな社殿を建立した。

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東急線ワンデーパスの旅-東急新横浜線と相鉄新横浜線の完乗12.

2025-01-22 | 鉄道・旅行

 12.東急池上線洗足池と石川台の駅取材

昼食を喰うためにいったん鎌田まで行ったため、
上り列車で取材済みの長原のひとつ手前、洗足池まで行く。

東急洗足池路駅は相対式2面2線の高架ホームを有する池上線の駅である。
1番線は下り蒲田方面、2番線は上り五反田方面が使用する。

1927年8月28日に雪ヶ谷(現・雪が谷大塚)から、
桐ヶ谷(現・廃止)まで延伸時、同時に開業した。

駅名は中原街道を挟んだ北側に位置する洗足池に由来する。
洗足池は湧水池であり、4箇所の湧き水により出来たと云われている。
この地は古くは“千束”と呼ばれていて、
それがこの池の由来となっているようである。

洗足池まで行って取材してから駅に戻り、
隣の石川台まで行く。

東急石川台駅は相対式2面2線の地上ホームを有する池上線の駅である。
1番線は下り蒲田方面、2番線は上り五反田方面が使用する。
上下線で駅舎は独立していて、それぞれ改札があり、
改札内の移動は不可能である。

1927年8月28日に雪ヶ谷(現・雪が谷大塚)から、
桐ヶ谷(現・廃止)まで延伸時、同時に開業した。
開業時の駅名は“石川”だったが、
翌年の1928年4月13日に“石川台”に変更された。
駅名は開業時の駅所在地である荏原郡池上村大字雪ヶ谷字石川に由来する。
この付近を流れる呑川はでは古くから「石川(石川原)」と呼ばれていて、
その「石川」がそのまま地名や駅名になったとも云われている。

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東急線ワンデーパスの旅-東急新横浜線と相鉄新横浜線の完乗11.

2025-01-21 | 鉄道・旅行

 11.蒲田の昼食と1000系「きになる電車」

長原からそのまま蒲田まで来て、ここで昼食を喰うことにした。
蒲田はJRと東急が駅を設置しているが、駅ビルは独立している。

東急蒲田駅と並ぶ「グランデュオ蒲田西館」。
蒲田を駅取材したのは2002年8月15日で、
今から22年前には西口の駅ビルは「西館サンカマタ」という駅ビルだった。

 ※西館サンカマタ
 ※撮影日時 2002/08/15 15:48:37

当時からJRの発車ベルは蒲田行進曲のテーマだった。

東急の方は当時から東急ストア蒲田店の中にあり、変わっていない。
池上線と多摩川線のホームが並んでいた。

当時の東急蒲田駅のホームの様子。
ホームに停車しているのは7700系で、
1987年から営業開始した通勤形車両である。
7700系は1962年から運用を開始した7000系の改造車である。
7000系は冷房設備がなく、電装品や内装の老朽化などが進んでいたが、
一方で車体はステンレス製で腐食などもなく、
強度的にも問題がないことから、これを流用し、
台車や電装品など総取り換えし、内装もリニューアルした。
7000系と区別するために赤い帯が着けられている。

東急蒲田駅を出てJR蒲田駅西口を横目に見ながら、
蒲田駅前をいろいろと回ってみて、
「麺屋なおと」というラーメン専門店を見つけ、
ここに入店して醤油らぁ麺950円を喰う。

昼食を喰って再び東急蒲田駅に入場する。
池上線のホームには旗の台で見かけた黄色と紺のツートン車両を見つけた。
この時は情報がなかったが、家に帰って調べてみると、
これは1000系107編成を2016年3月18日に、
デハ3450形が纏っていた旧東急電鉄標準色を復活させたもので、
戸越銀座駅木になる駅プロジェクトの一環として、
車内の吊革を木製に変更している。
この車両も「きになる電車」と名付けられた。
たぶん“木”と“黄”を掛けているのだろう。
側面にはとかつての東急を意味した“T.K.K.”の表示もある。
この車両を十分に取材して、ここから再び池上線の駅取材を遂行していく。

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東急線ワンデーパスの旅-東急新横浜線と相鉄新横浜線の完乗10.

2025-01-20 | 鉄道・旅行

 10.東急池上線長原と蒲田の駅取材

大崎広小路で駅取材して、今度は1番線ホームに行く。
ここで7000系に乗って長原を目指す。

大崎広小路の隣の五反田は既に取材済みなので、
今度は下り方面の旗の台の隣の長原に行く。

長原駅は相対式2面2線の地下ホームを有する池上線の駅である。
1番線は下り蒲田方面、2番線は上り五反田方面が使用する。

長原駅が出来たのは1927年8月28日に、
雪ヶ谷(現・雪が谷大塚)から、
桐ヶ谷(現廃止)まで延伸した時に同時に開業した。
駅名は開業当時の所在地の荏原郡馬込村字長原に由来するが、
開設前の予定では“馬込”であったが、
のちに“長原”の仮称が付けられ、正式に採用された。

開業時は地上ホームだったが、近接する環七通りの踏切解消のため、
1965年12月1日より地下化工事が開始され、
1968年6月9日に上下線ともに地下化され、
1973年11月30日に地下化工事は完了した。

長原で駅取材が完了したのは10:48a.m.で、
そろそろ昼食の時間だったためにこの先の取材は午後に廻し、
10:50蒲田行きに乗り込み、終点まで行く。

東急蒲田駅は頭端式5面4線の高架ホームを有する。
池上線と東急多摩川線が2線ずつ使用する。
各線路の両端にホームが接する形で設置され、
片側を降車ホームとして使用することで、
スムーズに乗り換えが出来る構造になっている。
1番線、2番線は池上線が使用、
3番線、4番線は東急多摩川線が使用する。
JR蒲田駅に隣接して建っている東急ストア蒲田店の、
2階部分にホームが設置されている。

蒲田に最初に駅を造ったのは国鉄(現・JR東日本)で、
1904年4月11日に東海道本線の駅が開設された。
現在の池上線にあたる池上電気鉄道が、
蒲田に駅を設置したのは1922年10月6日で、
当時から乗降分離を採用し、相対式2面2線で設置されていた。
翌年の1923年11月1日には目黒蒲田電鉄が、
目蒲線(現・東急多摩川線)が1面2線のホームを設置する。

東急は1918年9月2日に設立された田園都市を祖として、
1922年9月2日に同社の鉄道部門を分離独立させたのが目黒蒲田電鉄である。
同年10月2日には五島慶太氏が専務取締役に就任した。
五島慶太氏は武蔵野電気鉄道取締役と兼任していて、
武蔵野電気鉄道は1924年10月25日に社名を東京横浜電鉄に変更し、
1934年10月1日に目黒蒲田電鉄が池上電気鉄道を合併、
1939年10月1日に目黒蒲田電鉄が東京横浜電鉄を吸収合併し、
同年10月16日に目黒蒲田電鉄は東京横浜電鉄に社名を変更した。
五島慶太氏は小田急電鉄、京浜電気鉄道などの社長に就任し、
1942年5月1日に東京横浜電鉄に小田急、京急を合併、
社名を東京急行電鉄に変更した。
1944年5月31日には京王電気軌道を合併、
戦後の1948年6月1日に小田急、京急、京王などが分離され、
現在の形になった。
目蒲線は2000年8月6日に目蒲線は目黒から武蔵小杉を目黒線、
多摩川から蒲田を東急多摩川線に系統分離された。

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ホームページ更新

2025-01-19 | 更新情報

「Station-駅から始まる物語」を第1743回更新しました。

2010.東急電鉄石川台駅を公開いたしました。

https://ringono.nengu.jp/


「駅名標コレクション」を第457回更新しました。

「お」に京浜東北線大森駅を新規公開いたしました。

http://signboard.gionsyouja.com/


「REI RINGONO Railway Encyclopedia」を第659回更新しました。

「ディーゼル機関車 図鑑」にDE10形1180号機を公開いたしました。

https://encyclopedia.shikisokuzekuu.net/


「電車」を第679回更新しました。

「直流」の近郊形に「E257系2000番『「踊り子』」の画像を添付いたしました。

http://train.bokunenjin.com/

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ホームページ更新

2025-01-18 | 更新情報

「REI RINGONO status」を第346回更新しました。

「飲食店ブログ記事」の「大阪府」に大阪梅田「心斎橋ミツヤ・ホワイティ梅田店」を新規公開いたしました。

https://status.garyoutensei.com/


「Station-駅から始まる物語」を第1742回更新しました。

2009.東急電鉄洗足池駅を公開いたしました。

https://ringono.nengu.jp/

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東急線ワンデーパスの旅-東急新横浜線と相鉄新横浜線の完乗9.

2025-01-17 | 鉄道・旅行

 9.東急池上線荏原中延と大崎広小路の駅取材

旗の台で五反田方面の2番線ホームに行き、
謎の塗色の1000系に乗り込み、隣の荏原中延まで行く。

東急荏原中延駅は相対式2面2線の地下ホームを有する池上線の駅である。
1番線は下り蒲田方面、2番線は上り五反田方面が使用する。

開業は雪ヶ谷(現・雪が谷大塚)から桐ヶ谷(現・廃止)までの延伸と同時で、
開業当時は地上駅だったが、1979年12月1日から連続立体交差事業が開始、
戸越銀座から旗の台の間を半地下化するもので、
1989年3月19日に地下ホームが使用開始された。

駅名は開業当時の所在地名の荏原郡荏原町大字中延に由来する。
町名の“荏原”と大字の“中延”を複合させて命名されたが、
一説によると池上電気鉄道と当時ライバル関係にあった目黒蒲田電鉄との因縁で、
当初は駅名を“中延”にする予定だったが、
目黒蒲田電鉄(現・大井町線)が先に“荏原町”と“中延”駅を開設したため、
それに対抗して“荏原中延”と名付けたとされる。

このあと2番線から2つ先の大崎広小路まで行く。
隣の戸越銀座は2020年11月8日に取材済みだ。

東急大崎広小路駅は島式1面2線の高架ホームを有する池上線の駅である。
1番線は下り蒲田方面、2番線は上り五反田方面が使用する。

駅所在地は東京都品川区大崎四丁目で、
駅前を走る山手通りの大通りを意味する広小路と合わせて命名された。
昭和中期には廃止された桐ヶ谷を復帰させて、
桐ヶ谷から大崎広小路を含む五反田までを廃止し、
泉岳寺線として桐ヶ谷から泉岳寺までを敷設、
都営三田線と相互直通運転する構想があった。
しかしこの計画は東急が半蔵門線との相互直通することとなり、
中止された。

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