林檎乃「とほほ・・・。」ブログ

林檎乃麗の「とほほ・・・。」な日常を綴っています。 

愛と青春の旅立ち-柵原ふれあい鉱山公園の旅19.

2024-02-29 | 鉄道・旅行

 19.岡山の夜と朝-棒天とヴィアイン岡山の朝食

岡山に戻り、「中華そば山冨士・本町店」で夕食を喰ってから、
駅前で少し岡山電軌軌道の車両取材して駅ビルに戻る。
ホテルにチェックインする前に、売店でつまみなど購入する。

まず最初に寄ったのは駅ビル「さんすて」2階の、
「阿藻珍味・さんすて岡山店」の棒天全7種類2,030円である。

 じゃこ棒天
 海老玉ねぎ棒天
 たこ生姜棒天
 枝豆棒天
 たこねぎ棒天
 明太チーズ棒天
 いかごぼう棒天

1本ずつの価格は330円だが、まとめ買いで280円引きになった。
更にセブンイレブンで地ビール「独歩」やスコッチハイボール缶など買う。

コインロッカーから荷物を取り出し、
予約していたヴィアイン岡山にチェックインする。
さんすて西館の5階が受付カウンターである。
事前にアプリで予約していたが、
前回利用してから引っ越ししていて、現住所が違っていたため、
受付機で住所登録した。

用意されていた部屋は12階の1231で、
部屋に入ってカメラのメンテナンスをしながら棒天でハイボールなどを愉しむ。

翌朝は6:00a.m.に起床し、シャワーを浴びて6:30a.m.を待ち、
5階に降りて朝食会場に行く。
ヴィアインホテルは以前は無料朝食が提供されていたが、
最近は有料に切り替わり、
メニューもバイキングではなく固定になっている。
和食と洋食から選べるようになっていて、和食をチョイスした。

ご飯やサラダなどはバイキング形式になっていて、
サラダはレタスとコーン、ごぼうサラダをチョイスした。
梅干しと明太子も小皿で取る。

ご飯、みそ汁はお替わり自由で、みそ汁のみお替わりする。
更に食後にはコーヒーでブレイクした。
ここは有料なので食べ終わったものはそのままにしておいて、
スタッフが片付ける方式になっている。
テーブルには札があって食事中の場合は、

の表示になっており、
食べ終わって席を立つ時はこの札を裏返し、

を表示することで、スタッフが片付ける目安になる。
部屋に戻って歯を磨き、支度をする。

部屋からは岡山の街が見えた。
7月24日月曜日は帰りの新幹線の時間まで四国で駅取材する。

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愛と青春の旅立ち-柵原ふれあい鉱山公園の旅18.

2024-02-28 | 鉄道・旅行

 18.貸し切り状態の中鉄北部バスと津山の乗り換え-岡山へ

柵原ふれあい鉱山公園で3時間29分の取材を終え、
バス停で15:54吉ヶ原発の中鉄北部バスを待った。

バスはほぼ定刻通りに到着した。
今回は先客もなく、ここで乗り込んだ乗客も自分しかいない。
実質的に貸し切り状態のまま、33分かけて津山に向かった。
津山での乗り換え時間は7分で、16:37に乗り換える。
事前に計画を考えていた時は、交通事情でもしバスの到着が遅れた時は、
1本あとの17:28津山始発でもいいかと思ったが、
乗り込んだバスはほぼ定刻に津山駅に着き、
津山駅の改札を東京都区内から津山までの往復切符の「かえり」で入場、
停車していた16:37津山行きに乗り込んだ。

津山から岡山までは1時間27分の乗車時間である。
しかし車内アナウンスで津山線で5分から10分の遅れが発生していると案内があった。
津山から3つめの亀甲駅で下り列車との待ち合わせで7分遅れになっていた。
岡山に到着して、ここで途中下車しで改札を出る。
事前に調べていた「中華そば山冨士」に向かう。
地図をプリントアウトしていたが、地図の見方が分からず迷子になる。
それでも少し彷徨してたどり着き、ここで天ぷら(ゲソ天)中華900円を喰う。

駅まで戻り、少し岡山電軌軌道の車両取材してから駅ビルに入り、
買い物してからコインロッカーから荷物を出し、
予約していたヴィアイン岡山にチェックインする。

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愛と青春の旅立ち-柵原ふれあい鉱山公園の旅17.

2024-02-27 | 鉄道・旅行

 17.黄福柵原駅の保存車両

徒歩で黄福柵原駅に移動して、ここで保存されている車両を取材する。
ホームから延長された場所にある留置線には、
ディーゼル機関車が1両、気動車が2両保存されている。
また、駅のホーム側にも事業用車両が1両置かれていた。

黄福柵原駅は旧片上鉄道には元来なかった駅で、
体験乗車会の終点用に1998年に新設された駅である。
正確には柵原ふれあい公園内の施設という扱いで、
隣接する駐車場の休憩スペースという位置づけでもある。

留置施設には3両が保存されていて、連結した形で保存されている。

 ディーゼル機関車 DD13形551号機

国鉄で活躍した構内入れ替え用のディーゼル機関車を、
片上鉄道での仕様に変更した機関車で日本車輌製である。
1965年から1968年までに計5両が導入された。
機関形式DMF31-SBI、機関出力1200馬力である。

 気動車 キハ303

1934年に川崎車輌でガソリンカーとして製造された、
旧国鉄最初の量産型内燃動車であった。
1952年に片上鉄道に移籍、1956年にエンジンをディーゼル化された。
機関はDMF18、6気筒、排気量13リットル、出力135馬力である。

 気動車 キハ312

1952年に宇都宮車輌で新設された片上鉄道オリジナル車で、
製造当初はガソリンカーだったが、1956年にエンジンをディーゼル化された。
機関はDMF13、6気筒、排気量13リットル、出力135馬力である。

駅のホームには事業用車両が置かれていた。
形状からモーターカーと思われ、「003」の車体番号も確認出来るが、
元来車籍のない車両なので詳しいことは分からない。

吉ヶ原駅でモデル撮影会をしていた一部が黄金柵原駅まで来ていた。
彼等が立ち去るのを待って駅舎の陰で着替えした。
猛暑の中を歩いてきたのでTシャツも汗でびしょびしょになっていた。
カメラバッグの中には着替え用のTシャツを入れてきたので、
周りに人がいないことを確認して、これに着替えた。
上に着ていたシャツも汗で湿っていたので、
日当たりのいい場所に置いて乾かし、その間に車両取材した。
服が乾くのを待って吉ヶ原駅に向かった。
行きは一般道を歩いてきたが、帰りは線路を歩いて行くことにした。
この方が近道だし、撮影しながら移動できる。

途中に踏切があったが、既に体験乗車はコロナ過以降中止されていて、
踏切にはご丁寧に「使用中止」と表示されていた。

折角廃線跡を歩いているので、
営業鉄道線では絶対に出来ない、
バラストに寄った写真も撮ってみた。
吉ヶ原駅まで戻り、日陰でバスの時間まで待った。
個人撮影は時間で撮影するモデルを変えているようだ。

吉ヶ原駅の駅舎の中にはつばめが巣を作っていた。
小鳥が口を開けながら、親鳥が餌を運んでくるのを待っている。
結局今回は柵原鉱山資料館には入場せず、
駅前のバス停で、15:54吉ヶ原発の中鉄北部バスを待った。

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愛と青春の旅立ち-柵原ふれあい鉱山公園の旅16.

2024-02-26 | 鉄道・旅行

 16.黄福柵原駅への徒歩移動と臨時休業の「らん」

旧片上鉄道吉ヶ原駅でホームに留置されていた客車、気動車、貨車2両、
柵原鉱山資料館横の貨車2両、駐車場の客車2両を取材、
更に柵原ふれあい公園に静態保存されている坑内軌道用の車両も細かく取材する。

柵原鉱山内で産出された鉱石を坑道から地上に運搬していた電気機関車。
「EB403」の形式名から2軸であることが分かる。
銘板には「昭和27年」と「三菱電機株式會社製造」とある。

形式名不明の坑内用バッテリー機関車。
“30 100”と“30-12”と“3-12”の数字が見えるが、意味は分からない。

形式名不明の車両で、パンタグラフの下にヘッドライトのある電気機関車。
たぶん、EB403と同様に坑道内の鉱石輸送に使用されたと思われる。

「0.6-4」の番号がある車両で、形状から蓄電池機関車のようである。
銘板には「日本輸送✕株式会社」と「昭和✕年✕月製」とあり、一部は読めない。

これらを取材して、黄金柵原駅を目指すことにする。
コロナ過前は吉ヶ原駅から黄金柵原駅の間で月イチで体験乗車会をやっていたようなので、
線路沿いを歩いて行けばたどり着けると判断、
駅前を出て線路が続いていた方向に歩いて行った。

強い日照りの中を事前に用意した地図を頼りに歩いて行く。
濃緑の山に夏を感じる。

その途中には「たまごかけごはんの店 らん」があった。
開いていればここで早めの夕食を喰ってもいいと思っていた。
しかし臨時休業だった。
更に進んで吉ヶ原八幡神社まで行き、
少し戻る形で黄金柵原駅に行く。
ここにもホーム上に車両が保存されていた。

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2024-02-25 | 更新情報

「Station-駅から始まる物語」を第1643回更新しました。

1922.JR東海道本線栗東駅を公開いたしました。

https://ringono.nengu.jp/


「駅名標コレクション」を第405回更新しました。

「か」に天竜浜名湖線岩水寺駅を新規公開いたしました。

https://signboard.gionsyouja.com/


「REI RINGONO Railway Encyclopedia」を第626回更新しました。

「廃車&保留車 電車」に京浜急行電鉄にデハ230形デハ236を公開いたしました。

https://encyclopedia.shikisokuzekuu.net/

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2024-02-24 | 更新情報

「REI RINGONO status」を第299回更新しました。

「飲食店ブログ記事」の「千葉県」に津田沼「松のや津田沼南口店(マイカリー食堂併設)」を新規公開いたしました。

https://status.garyoutensei.com/


「Station-駅から始まる物語」を第1642回更新しました。

1921.JR東海道本線草津駅を公開いたしました。

https://ringono.nengu.jp/

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2024-02-23 | 更新情報

「Station-駅から始まる物語」を第1641回更新しました。

1920.JR東海道本線南草津駅を公開いたしました。

https://ringono.nengu.jp/


「駅名標コレクション」を第404回更新しました。

「み」に天竜浜名湖線宮口駅を新規公開いたしました。

https://signboard.gionsyouja.com/


「気動車」を第919回更新しました。

第三セクターの京都丹後鉄道にKTR800形KTR801の画像を添付いたしました。
JR試験用・事業用気動車にキヤE195系気動車を追加いたしました。
JR試験用・事業用気動車一覧表を加筆修正いたしました。

https://dieselcar.bokunenjin.com/

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愛と青春の旅立ち-柵原ふれあい鉱山公園の旅15.

2024-02-22 | 鉄道・旅行

 15.柵原ふれあい鉱山公園の保存車両

柵原ふれあい鉱山公園には片上鉄道で使用されていた車両が保存されている。
動態保存されたディーゼル機関車が1両、
気動車が3両で全て動態保存である。
また客車も3両、貨車が5両保存されている。
さらに炭鉱の中で活躍していた坑内軌道車両も保存されていた。
一部は黄金柵原駅で保存されていたが、多くは吉ヶ原駅と、
隣接する柵原鉱山資料館横、更には駐車場の横にも保存されていた。
それらをひとつずつ丁寧に取材していく。

旧片上鉄道吉ヶ原駅は単式1面1線と島式1面2線の、
計2面3線の構造の地上駅で、2つのホームは構内踏切で結ばれている。
駅舎側のホームには留置車両はなく、
島式ホームの奥側に客車1両、気動車1両、貨車2両が留置されている。

 客車 ホハフ3002

1981年に国鉄のオハ35 1227を購入し、
便所、洗面所を撤去し、車掌室を設けた。
形式名の“ホ”は自重22.5t以上27.5t未満、
“ハ”は普通車、“フ”は緩急車、ブレーキ設備のある車掌室があるという意味である。

 気動車 キハ702

1936年に製造され、片上鉄道には1967年に入線した。
全長20m級の大型気動車で、前面の独自のスタイルが特徴である。
機関はDMH17C、8気筒、排気量17リットル、出力180馬力である。

 有蓋車 ワム1807

1986年に国鉄から払い下げられた10両のうちのひとつで、
原番はワム184740だった。
形式名の“ワ”は有蓋車、“ム”は自重+最大積載量が14tから16tを意味する。

 無蓋車 トラ840

1962年帝国車両で製造された無蓋車で、
鉱石の運搬のために使用された。
形式名の“ト”はトラック、つまり無蓋車、“ラ”は自重+最大積載量17t~19tの意。

駅舎側のホームの線路の先にも無蓋車が保存されていた。

 無蓋車 トラ814

1955年に中国工業で製造された無蓋車で、
硫化鋼鉄輸送のために利用された。
形式名の“ト”は無蓋車、“ラ”は自重+最大積載量17t~19tのこと。

吉ヶ原駅に近接する柵原鉱山資料館の屋外にも貨車が2両、
駐車場の横には客車が2両保存されている。

 有蓋緩急車 ワフ102

1947年日本車輌で製造されたワフ22006を、
1976年に購入して両デッキ式に改造した。
形式名の“ワ”は有蓋車、“フ”は緩急車、つまり車掌車の意である。

 無蓋車トム519

1949年に汽車会社岡山工場で製造された無蓋車で、
柵原鉱山で産出された硫化鋼鉄を運搬した。
形式名の“ト”は無蓋車、“ラ”は自重+最大積載量14t~16tの意味である。

 客車 ホハフ2004

1950年6月にナニワ工機で製造されたである。
形式名の“ホ”は自重22.5t以上27.5t未満、
“ハ”は普通車、“フ”は緩急車、つまり車掌室があるという意味である。

 客車 ホハフ2003

ホハフ2004と同様、1950年6月にナニワ工機で製造されたである。
形式名の“ホ”は自重22.5t以上27.5t未満、
“ハ”は普通車、“フ”は緩急車、つまり車掌室があるという意味である。

これらの車両を十分に取材し、ここを出て黄金柵原駅を徒歩で目指すことにした。

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愛と青春の旅立ち-柵原ふれあい鉱山公園の旅14.

2024-02-21 | 鉄道・旅行

 14.柵原ふれあい鉱山公園と個撮の邪魔

津山駅を2分遅れで出発した中鉄バス高下行きは、
吉井川沿いを進み、時刻通り33分で吉ヶ原バス停に到着した。
津山に到着した時には乗っていた数人の乗客は全て下車し、
新たに乗り込んだのは自分ひとりだった。
実質貸し切り常態のまま、バス停をお知らせする車内アナウンスだけが空しく流れ、
ダイヤより1分遅れの12:26に吉ヶ原バス停に到着した。

ここのバス停は廃止になった片上鉄道吉ヶ原駅の駅前にある。
ここの駅舎は保存され、柵原ふれあい鉱山公園の入口的な役目を果たしている。

柵原鉱山で算出された硫化鉄鋼は、
吉井川を高瀬舟を使って運搬されていたが、
これに変わって鉄道輸送する目的に敷設されたのが片上鉄道である。
敷設したのは非鉄金属の同和鉱業で、
1923年に片上から和気までが部分開業、1931年には終点の柵原まで全通した。
しかし鉱石輸送が鉄道からトラックに切り替えられ、
1991年7月1日に片上から柵原までの全区間33.8kmが全廃された。

吉ヶ原駅は片上鉄道の終点からひとつ手前の駅であった。
終点はここから1.3km先にあった柵原という駅である。

旧片上鉄道吉ヶ原駅駅舎は登録有形文化財であり、
また産業遺産学会推薦産業遺産でもある。
柵原ふれあい鉱山公園は駅周辺の線路や施設を保存しているだけでなく、
片上鉄道で使われていた車両も保存されている。

吉ヶ原駅周辺の線路だけでなく、
終点の柵原方面に約300m線路が残されており、
そこには黄金柵原駅という片上鉄道時代にはなかった駅も設置されていて、
コロナ過前は動態保存車両に乗車することも出来た。
3時間29分の滞在時間の間に、
これらの保存車両を取材する。

ここは岡山駅からもバス路線があり、
また駐車場もあって自家用車でも訪問できる。
“柵原鉱山資料館”も併設されていて、
入場料大人500円で鉱山としての柵原の歴史も学べる。
コロナ過前はそれなりに賑わっていたが、
体験乗車などがなくなり、訪問する人も激減していた。
しかしこの日は先客が多くいた。
撮影機材を持ち込んだカメラマンとセーラ服などを着た女性たちだ。
柵原ふれあい鉱山公園の施設や車両などを背景に、
個人撮影会を行っているようだった。
保存車両の前に撮影機材を置いたり、撮影などをしていて、
モデルなどを写さないように車両取材しなければならないため、
正直云って邪魔だった。

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愛と青春の旅立ち-柵原ふれあい鉱山公園の旅13.

2024-02-20 | 鉄道・旅行

 13.津山の昼食と中鉄北部バスの旅

岡山駅9番線、10番線で津山線、桃太郎線の気動車を車両取材し、
09:50岡山始発の快速「ことぶき」に乗り込む。
この列車は以前にも乗車したことがある。
車内は思ったよりも混雑していた。
岡山から津山までは1時間10分の旅である。
岡山近辺はまだ住宅地が広がっていたが、
少し走ると里山風景が広がっていた。

濃い緑と雲の多い青空に夏を感じる。
11:00ちょうどに津山に到着する。

津山には何度か来たことがある。
姫新線の乗り潰しでも立ち寄ったし、
津山まなびの鉄道館訪問のために来たこともある。
今回はここから更に中鉄北部バスで柵原ふれあい鉱山公園を目指すのだが、
津山から最寄りの吉ヶ原バス停までは1日5本しかなく、
その朝イチのダイヤが11:52津山発なのである。
乗り換えの52分の間に昼食を喰うこととして、
事前に調べていた「東姫楼」という中華料理店を目指す。
去年までの計画では、「とん喜」というとんかつ店に行くつもりだったが、
ここが2023年1月29日に移転してしまったため、
その代替としてこの店を探したのだ。
駅を出て吉井川を渡り、鶴山通りから出雲街道を右折したところにある。

ここでやきめしセット935円を喰った。
やきめしは関東でいうチャーハンのことで、所謂半チャンラーメンのことである。
鶴山通りから出雲街道を左折したところは“ソシオ一番街”というアーケード街で、
「津山出身 ウエストランド 井口浩之さん河本太さん
M-1グランプリ2022優勝おめでとうございます」という横断幕が掲げられていた。

昼食を喰い、再び津山駅に戻った。
津山駅に到着したのは11:42a.m.で、バス到着予定の7分前である。
乗り場を確認するため、駅前観光案内所を尋ねる。
津山はウエストランドだけでなく、B’zの稲葉浩志さんの出身地でもある。

駅前には特大パネルが設置され、そのことをアピールしていた。

津山駅の駅前には「SAKU美SAKU楽」の顔はめパネルが設置されていた。
観光案内所でもらった時刻表によると津山駅発は11:52になっていたが、
時間になってもバスはやってこなくて少し不安になった。

2分遅れで高下行きがやってきた。
やってきたバスは少しクラシカルな・・・古いタイプのバスで、
首都圏ではなかなか見ないタイプの路線バスである。
吉井川沿いをずっと進み、ダイヤより1分遅れで吉が原バス停に到着する。
吉ヶ原バス停は柵原ふれあい鉱山公園の真ん前であり、
廃止になった片上鉄道吉ヶ原駅の駅前に位置していた。

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愛と青春の旅立ち-柵原ふれあい鉱山公園の旅12.

2024-02-19 | 鉄道・旅行

 12.品川のZAZYと岡山の41分-なんそれ!

06:00に東京を出発した「のぞみ1号」は、
新しい車内メロディ「会いにいこう」で出発を知らせた。
“のぞみ”を含む東海道新幹線全列車が品川、新横浜に停車する。
ダイヤが乱れた時に間引き運転に対応するために、
品川には臨時の折り返し対応の車両留置所が設置されている。
ここで社内清掃などをして、品川駅に折り返し入線できるようになっている。
東京駅を06:00に出た「のぞみ1号」は7分で品川に到着する。

駅弁を食べながら何となく外を見ていたら、
ホームにZAZYが立っているのが見えた。
そして列車が停車すると隣の車両に乗り込んでいった。
ピンクの衣装でもなかったし、羽も生えていなかったが、
一目見てZAZYだと分かった。
変装することもなく、普通に髪を束ねているだけだった。
あとで家に戻ってから調べてみたら、
7月23日日曜日は10:00a.m.開演の、
「よしもと漫才ライブ」に出演予定になっていた。
場所は「よしもと漫才劇場」で、
所在地は大阪府大阪市中央区難波千日前になっていた。
「のぞみ1号」は08:24に新大阪に到着する。
そこから大阪メトロ御堂筋線に乗れば9:00a.m.前には到着する筈である。
“漫才ライブ”にピン芸人が出演するのは「なんそれ!」と思うけれど・・・。

東京駅を06:00に出た「のぞみ1号」は3時間9分で岡山に到着する。
今回は乗車時間が長かったため、グリーン車を予約した。

新幹線の車両で2席+2席の座席配置は、
ゆったりと乗車できる。

東京を出ると品川、新横浜、名古屋、京都、新大阪、新神戸と停車し、
そして09:09に岡山に到着した。
岡山で下車していったん改札を出る。
東京から津山までの切符で途中下車した。
そして「さんすて」奥にあるコインロッカーに旅行用バッグを預けた。

ここは以前にも利用したことがあり、場所は把握していた。
カメラバッグだけを持ち出し、再び途中下車した切符で、
在来線改札を通過し、9番線、10番線ホームに降りる。
9番線は津山方面の津山線が使用、既に快速「ことぶき」が停車していた。

隣のホームには桃太郎線の愛称のある吉備線総社方面の列車が使用する。
総社行きの列車が出たあと、回送列車が入線した。

この車両は「SAKU美SAKU楽」という観光列車で、「さくびさくら」と読む。
岡山と津山を結び、キハ40形をベースに、
全ての座席にテーブルを設置し、事前予約で弁当が楽しめる。
10:50に岡山を出発し、12:28に津山に到着する。
この列車の存在は今回初めて知った。
普通車指定席料金を追加するだけで乗車できるようだ。

ホームからは今日宿泊予定の「ヴィアイン岡山」が見えた。
09:50岡山始発の快速「ことぶき」に乗り込み、終点の津山を目指す。

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2024-02-18 | 更新情報

「Station-駅から始まる物語」を第1640回更新しました。

1919.JR東海道本線瀬田駅を公開いたしました。

https://ringono.nengu.jp/


「駅名標コレクション」を第403回更新しました。

「た」に遠州鉄道線第一通り駅を新規公開いたしました。

https://signboard.gionsyouja.com/


「REI RINGONO Railway Encyclopedia」を第625回更新しました。

「林檎乃麗鉄道辞典」を更新いたしました。

https://encyclopedia.shikisokuzekuu.net/

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2024-02-17 | 更新情報

「REI RINGONO status」を第298回更新しました。

「飲食店ブログ記事」の「千葉県」に千葉「かつ波奈・千葉そごう店」を新規公開いたしました。

https://status.garyoutensei.com/


「Station-駅から始まる物語」を第1639回更新しました。

1918.JR東海道本線大津駅を公開いたしました。

https://ringono.nengu.jp/

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愛と青春の旅立ち-柵原ふれあい鉱山公園の旅11.

2024-02-16 | 鉄道・旅行

 11.Suica新幹線自動改札通過と新チャイム-旅の始まり

7月23日日曜日、当日朝は初電の04:40に乗るため、
4:00a.m.には起床して慌てて支度して家を出た。
今回は予定通り、1日目は青春18きっぷを使わず、
事前に購入した東京都区内から津山までの往復切符のみを使用する。
都区内までの区間はSuicaを使用して入場した。
まだ夜は完全には明けておらず、薄暗い中、駅に向かう。
総武緩行線で秋葉原まで行き、山手線・外回りに乗り換え東京に行く。
東京到着は05:35で、今回はそのまま東海道新幹線の中間改札に行く。
今まで数え切れないくらい東京駅の新幹線中間改札を通過してきたが、
都区内までSuicaを利用してきたのは初めてだった。
最初に切符挿入口にここから先の新幹線特急券と乗車券を挿入する。

そのあとここまで乗ってきたSuicaをタッチすると改札のバーが開く。
反対側から出てきた2枚の切符を受け取って新幹線改札構内に入場した。
14番線、15番線ホームに上がっていくと、
既に「のぞみ1号」充当の車両が停車していた。

今回はN700Sが充当されていた。
東京から岡山までは3時間9分で、
乗車時間が長いためにグリーン車を予約した。
ホームの売店で駅弁とお茶を購入し、
予約していた10号車3番D席に着席する。

購入した駅弁「焼売中華弁當」1,080円を食べながら発車を待つ。
定刻通り、06:00に東京を出発する。
乗り込んだ車両はJR東海所属車で、
JR東海所属の東海道・山陽新幹線車両は2日前の7月21日から、
車内メロディがTOKIOの「AMBITIOUS JAPAN!」から、
賀来賢人氏出演のCMでも使われている「会いにいこう」に変更になった。
今回の旅ではこのチャイム音も初体験となった。
ずっと「AMBITIOUS JAPAN!」か「いい日旅立ち」に慣れてきたため、
ちょっとだけ違和感を感じたが、それも何れ馴染んでいくだろう。

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愛と青春の旅立ち-柵原ふれあい鉱山公園の旅10.

2024-02-15 | 鉄道・旅行

 10.一週間前の雨予報と直前の好転-状況判断の計画変更

旅行に行く7月23日日曜日の5日前、
7月18日火曜日の午前中に日本気象協会tenki.jpで、
今回の旅行先の天気予報を確認してみた。
新幹線でのアクセスと宿泊を予定している岡山市では、
「曇時々雨」で降水確率は60%、
12時から18時には雨マークが付いていた。
更に23日日曜日に訪問する津山市では更に予報が悪く、
「曇時々雨」、降水確率は90%で、
同じく12時から18時には雨マークが付いていた。
今回の訪問先の柵原ふれあい鉱山公園は正確には美咲町であるが、
ここの天気予報が確認出来なかったので、
バストの乗換駅がある津山で確認した。
今回の訪問は午後からなので、ちょうど降水確率90%の時に訪問することになる。
屋外の保存資料取材のため、この天気では不可能である。
その一方で、2日目に訪問する高松市も「曇時々雨」で降水確率70%、
12時から18時には雨のち曇マークになっていた。
今回の旅も雨に悩まされそうである。

直前の状況判断で、もし23日日曜日に津山が雨予報で、
翌日に好転するのであれば、
1日目と2日目の予定を入れ替えてもいい。

 7月23日日曜日

幕張から青春18切符で東京まで行き、
東京でいったん改札を出てから新幹線切符で入場して岡山まで行く。
岡山からは再び青春18きっぷを使用して、
天気アプリで岡山近郊で雨の降っていないエリアを探し、
一日駅取材をして岡山まで戻る。
予定していたヴィアイン岡山に宿泊する。

 7月24日月曜日

元来の予定通り、09:50岡山発の津山線快速「ことぶき」で津山に行き、
昼食後に中鉄北部バスで吉ヶ原まで往復し、
柵原ふれあい鉱山公園で保存車両の取材をする。
日帰りで計画した通りに岡山まで戻って新幹線で帰京する。

1日目と2日目の予定を入れ替えることを決めたが、
3日前の7月20日木曜日に再びtenki.jpを見てみると、
岡山市の降水確率は40%まで下がっていて、「晴のち曇」になっていた。
だが、津山では「曇のち雨」になっていて、12時から18時は晴れのち雨になっていた。
降水確率90%、晴れのち雨マークが付いている。
しかも翌日の24日月曜日も「曇のち雨」で降水確率は80%、
多少良くなって入るが、高い確率で雨が降ることには違いない。
これには絶望的な気持ちになっていた。
柵原ふれあい鉱山公園を訪問する予定の12時から18時は、
23日日曜日は降水確率50%、曇のち雨、
24日月曜日は降水確率80%、雲のち雨で、
どちらかというと23日日曜日の方が降水確率が低い。
そこでやっぱり23日日曜日に柵原ふれあい鉱山公園を訪問する予定に戻し、
保存車両を取材する予定を強行することにした。

前日の7月22日土曜日、仕事から戻ってtenki.jpを確認すると、
岡山の1時間天気では23日日曜日には晴れマークが並んでいた。
更に津山の1時間天気も午前中は曇りマークになっていたものの、
13時からは晴れマークとなっていて、降水確率も10%から20%になっていて、
雨に関してはほぼ心配ない状況になっていた。
23日日曜日に柵原ふれあい鉱山公園を訪問することに決定した。
ただ、翌日24日月曜日の高松の天気予報は午後から雨マークと晴れマークが混在し、
午後から降水確率が40%から50%で安定していない。
ただ、24日月曜日は固定した予定があるわけではないので、
当日の天気アプリで予報を確認し、
岡山方面で天気が良ければ無理して四国にいないで、
早めに瀬戸大橋を渡り、宇野線などで駅取材するのもいい。
そこは現場判断で対応することにして、
前日は飲酒もせずに早めに就寝した。

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