手作り人形ドレスGOUDADA

ジェニーサイズ人形手作りドレスを楽しむゆるゆるブログ

1964号食べられる

2015-10-30 19:01:07 | Weblog
今日クレームにうろたえたか一年生社員さんが電話で「お客様が買って食べられたのですか」と何度も確認。パートの身で指導は控えた。
勿論彼は助動詞「る・らる」を尊敬の意味で使ってます。だがなんかギリギリ。この助動詞は他に可能・受け身の意味もあるからややこしい。(他に自発がある)‥ここは可能・受け身の意味を排除できる「召し上がったのですか」でないかい。ついでに云えば、お客様ならば「お買い上げ・ご購入」なさったものを「召し上がった」のではないかしら。召し上がられた、まで急ぐ話で言うことは要らないが。
食べられる、と連発すると何だか狼や熊でも出たみたい。あるいはこの茸は食べられるか、みたいな。自分のこの感覚が正しいとは言わないけど。でも年下の人から『食べられましたか』と聞かれたら戸惑いそう。
がこんな風に日本語は揺らぎまた進化するのでしょう。
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1963号迷走老人

2015-10-29 19:27:15 | Weblog
ゆうべ風呂をつかってそのまま居間で眠ってしまった。二度寝にもならず朝慌てて支度。髪が寝ぐせで、急ぎ前髪を揃え残りを編んだ。年内にはカットしなければ。
残念ながら夕方の今また髪が汚れている。朝から余裕がなかった。車で送ってもらって早く駅に着いたが、今日中にケアマネさんへ手紙を書きたかった。切手便箋封筒無しで出てしまい、仕方なくコンビニの白地を買いました。
車内で必死で推敲し、始業前にこっそり秘密の場所で15分書いた。ここで便箋2枚目。書き上げられず、昼休み食事前に10分。なんとか勤務ビル前のポストに放り込み食事へ。
投函してからちゃんと最後「草々」を書いたか不安になった。でももう出したから明日着くだろう。字もひどいふわふわの走り書きです。
老母は平日かなりの頻度でデイサービス行ってました。今日や明日は行けただろうか。
とりあえずの本当に報告とお礼だけの手紙でも、頭を使うものです。ましてや一日いなかった事務所も何かが微かにずれていてもわからない多忙さ。脳に負荷がかかると頭皮が汗ばむ。
うんざりして三か月休んだ実家行きはやはり身体に悪い。悪いけど行かなければ諸々もっと悪化する。老母の病状、老父の態度。病気なのは老父ではなく老母なのに、浅はかな父は自分の受けた鬱憤を全て拡大拡散して周りを苛立たせる。
正直に言います。昨日帰り際とてつもなく老父の襟首をつかんで締め上げ殴り倒したくなった。老父が帰る俺に何か持たせようと、自分は座ったまま老母に「おい」と指図して贈答品を探させ「馬鹿それじゃねえ何やってる」と罵った。二年ばかり前の正月と同じです。その時は「口だけじゃなく手や足うごかしなよっ」となじった。爺い本気になりやがって立って走った。病人を口で使って馬鹿とは何だ。許せないが性格も病気だ畜生。だいたい価値も無い隣の土地を買いたがる前に裏の空き家一軒に故障した家電や機械、本やガラクタを捨てろ。金があるならその金で処分しろ。そんなことを今回は黙って我慢したので大変健康に悪い。夢見も最悪でした。
隣家の土地も買ったら、きっとどうせ固定資産税がどうのとほざいて上物壊さずゴミ屋敷二軒目だ。
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1962号夫原病

2015-10-28 16:37:20 | Weblog
認知症の老母がもう3ヶ月もデイサービスに通っていた。あれだけ嫌がっていたのにびっくりポンや。老母が馴染む農作業デイサービスを見つけて下さったケアマネさんのお陰です。最初お話を伺った時同席してたが老母の拒否が強く、期待してませんでした。雑草取りや収穫の作業を何とかやったようです。
しかし3ヶ月の間には症状も進み、物忘れはひどく火を使う台所は目が離せないと老父ストレスぶちまけ。精神的に参っているのは老父のほうかも。加熱過剰にならない装置を出火前に装備したらと勧めると、「いいんだ火事で死ねば」などと暴言。馬鹿じゃねえか全く。わざわざ早出して来たのが空しいわっ。
老父が心療内科医院の待ち時間も医師も気に入らないと演説ぶちあげるのを聞いてた。ケアマネさんのアドバイスは金目当てでデイサービスの内容もなりゆきも老母の気持ちも彼は興味ない。感謝もない。没交渉の同居息子も半端者居候扱い。ずーっと老母のせいで気が抜けない、誰に話しても「ああそれはそういう病気だものね」と流されるのも腹が立つ。こんな幼稚な愚痴を聞いてました。
ではどの病院がいいのさ、と突っ込むと理想が高い。きちんと検査をして原因を突き止め、ちゃんと話を聞き効く薬を出し治療してくれる病院だって。はー夢だ‥
いわゆる大きな総合病院以外なさそうだが、北大病院等レベルは紹介状なしでは受け入れないし数時間待ち数分診療はもっとすごいよと釘をさした。再来月また付き合うが、社交を嫌う病の老母より、文句てんこ盛りの老父も一緒に受診しろ。
最後に何とか尿失禁用品を買って老母の部屋に置いた。本人はまだ自分の症状を認めません。持って帰れと何度も言う。
介護日誌をつけろと老父には言った。それを見せれば受診する意義が有るはずです。
隣家が空き家になったが買って家を建て貸家にしたら何年で完済するかと聞かれた。もう戸建を借りる人も少ないし八十二歳の老父に不動産投資はそぐわない。それより地下鉄沿線のマンションでも買えば、独立した次女が住むかもよ。馬鹿老父は可愛い孫娘ならうちに住まわせるとほざきやがった。どこまで馬鹿なんだ。
老母は俺にすまながる。違う。あの馬鹿が止まらない爺に病人の世話をさせている俺と弟の責任なんだ。
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1961号幸せのありか

2015-10-27 19:25:47 | Weblog
新ストーブのあとストーブガードも設置。そして孫一家が来た。孫は猫にとって容赦ない悪魔、一歳二か月。毛をむしり鼻を殴る、飼主は笑ってとめない。哀れだにゃ。
日没からはぐんぐん下がる気温をストーブ前で二匹しのぐ。暖気は吹き抜けから二階にもいくらか届くがボイラーの上や直接の輻射熱を貪欲に享受。
‥無防備に意識を失い腹も何も丸出しの姿は蒸し饅頭とか茹で焼豚に似る。ああ無様無精無情と涙しそうになります。しかも何やあの肉球無駄にピンクで。
仕事してる間にもう孫一家は出発したろう。一昨日遅く迎えただけであとは(泊まったのに)姿を見ず終わりました。あちらもこちらも忙しい。冬タイヤに換えてないと聞いてこちらがドキドキです。
夫の幸せは孫や娘やコンサートにあるんだろうなあ。喜んでいる姿はほのぼのします。猫気の毒だけど。
本当はアレも渡しコレも話すはずだったのですが、昨日こちらも仕事疲れで遅い帰宅の彼等に会わぬまま爆睡した。多分全部次回まわしだ。本人達にはもっと重要な目先の事がたくさんある。きっと充実してるでしょう。
先日柴門ふみさんがテレビ「久米書店」で「男は成功に嫉妬し、女は幸福に嫉妬する」とおっしゃいました。俺も結婚してよほど経ってから、男性の嫉妬の深さ厄介さを知りました。今職場でおじさん兄さん達の嫉妬のスイッチが「乗る車」「あまねく知られた美人の妻」「座る机」等々収入学歴以外にもあるのを目の当たりにしています。確かに、決して『あいつは(もしくはあいつの妻子は)心がきれいで羨ましい』などとは言いません。
そして夫本人からしばしば俺は叱られました。えーと実は夫は家事育児にたいへん協力してくれました。俺の入院とか色々あり、本当に姑と夫には感謝してる。元は他人です。しかし、『すごく手伝ってることを人に言うな』と叱られる。特に夫の知己その夫人には口止め。後で、あの旦那さんはあんなにやるのにアナタはしてくれない、と夫の友人達が妻に締め上げられる。そして夫に苦情が来ます。『俺達の迷惑だからしないでくれ』あはは。
確かにあんなに優しい義兄でさえ『よくやるな。俺はやらない』と謗りとも感嘆とも侮蔑とも言い訳ともつかないつぶやきがもれます。世代とはいえ、下の世話は女の仕事と無意識に隔てるものを俺は静かに憎みます。
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1960号人として?

2015-10-26 22:09:12 | Weblog
営業の全員会議と総務の全店舗給与の仮締が重なった月曜、信じられない位電話に出た。以前5時間で100本以上出たことがあるけどもっと電話とった気がする。もおぼくらめれす。体温も上がっているかも知れない。
まだ昼下がりなのに「TAKE FIVE」脳内再生が始まった。これはよほど脳が嫌がっている証拠。厭きた助けてのサインです。やばい。
しかし状況は変わらずもう言語発声能力と短期記憶力のストックを使い果たしたみたいです。脳内の音楽もなんだか壊れかけの機器で再生しているようです。
昔サークルの先輩が、実験中水と間違ってビーカーのトルエンを飲んでしまった方の話をしてくれました。「もうそいつぱにっぱに」声もだせなかったそうな。危ねー‥。キャンパスの大多数の学科は理系、学食は白衣や作業着ザラでした。薬品や動物、微生物を扱わない我々文系の中には神経質に怖れをなすひともいて確か『食堂に白衣如何』とちょっと物議をかもした。‥しかし白衣は理系人には肌に等しいもの。冬場は白衣にダウンなどをはおって食堂に来るのは当然です。ソフトボールの練習も前庭で白衣でやる。
そんな事を言い出したらきりが無い。だいたい平気でアパートや寮からパジャマに綿入れ半纏で来て飯食う奴が珍しくない。(昔の寮は全くプライバシーが無い大部屋多数、コタツに犬と一緒に入ってるの見たことある)応援団などは文字通り幣衣蓬髪(着物や袴は意外に一般市民から寄付されると聞いた。‥喜捨?)で校舎の廊下タイルのを下駄で歩くのは禁止故下駄を手に持って裸足で教室にむかう。校舎の外に出たら下駄OK。ちょっと慣れた奴は雪駄はいてました。雪駄草履は校舎内大丈夫。
自宅外学生のほとんどは風呂なしアパート、学生が毎日銭湯行ける訳ないし。どうしても白衣の汚染とかが気になるなら、極力避けて座るか学食利用自体を減らすしか無いでしょう。みんなの学食だもんね。
中学校の時の担任の先生も、神経質だったのに学生寮に入って鍛えられ(?)琺瑯だかアルマイトだかの洗面器でふかした芋も平気で食べるようになったと授業中雑談で教えて下さいました。
学内は治外法権?とはいえ立て看板と校舎の間に明け方寝てる人やフンドシ集団がいきなり他の人を巻き込みまくり円陣に肩を組み歌い踊る「ストーム」(‥本学特有の習慣)はギリギリですよね。
しかし「アルトハイデルベルク」の中で瀕死の元家庭教師が教え子に言ったように、馬鹿馬鹿しくも人間にとって大切なもの「あんなに馬鹿みたいに○○してた」記憶。大人になって誰かがよくまああんな馬鹿なことをと言っても、(リアクションはともかく)決して本気にしてはいけません。
青春がどんなに愚かでカッコ悪いものでも、貧しくても辛くてもあるがままに自分の強さしたたかさ、狡さ弱さにして生きる。生きてればそれができると信じています。
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1959号一天俄かに

2015-10-25 20:51:15 | Weblog
かき曇り、夜かと見まごう濃き闇にざんざんばららざんばらら、音もすさまじくふる霰。真昼のものとも思われず、夜来の雷音雷光も思い出されて秋嵐。
蜜柑を買い、洗い忘れていたシーツを慌てて洗い、コタツを置き直して中に座布団と湯たんぽ。電気スイッチを入れるのは短い時間。中の座布団がふっくら暖まれば充分コタツになります。
今朝の買物で頑張ってくれた愛車はご覧の有り様、黒サドルに積雪です。明日は霜か氷の道か。ええいもひとつ蜜柑だ。
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1958号机上の倫理

2015-10-25 02:40:25 | Weblog
この机は無事にさよならできました。札幌市粗大ごみ回収、片袖机\900也。専用の金額シールが市内各所で買える。今まで精々\200程度のものしか経験がなかったから、今回初めて金額によりシールの色が違うのを知りました。\200は黄色っぽく\900は青い。
実は以前粗大ごみに古じゅうたんを出して痛い目をみました。規定通り指定日に相当額シールを貼り、シール枠内に指定された四桁番号も記入した。ところが『収集に行ったのに現物が出されてませんでした。いったんキャンセルになります』とお叱りの電話が来た。我々が帰宅した時すでにじゅうたんは無く、留守中に無事回収されたと思ってた。収集は電話予約制。
??そこに御近所の年配婦人が「ごめんなさい」とやっていらした。実はこの方が古じゅうたんを収集前に持ち去ったのです。大変驚いた。猫と人がボロボロにした本物の安物ゴミじゅうたんでっせ。
ご婦人は家庭菜園にたいへん丹精して手をかけており、丁度こんな晩秋に畑の土に被せるものがかねてから欲しかったそうです。雪の季節の養生になり、春少し楽らしい。
えーあんなもので良かったのですかと恥ずかしいくらいで、わかってみればどうということも無い。何とか目の前で収集される前にとつい手が出たそうな。ご婦人は「本当に欲しかったの」と何度も詫びて下さりこちらも恐縮しました。
…幸い不仲の間柄ではなかった。御近所様は近いがためにいろいろありがちで、下手をすれば口論になる場合もあります。
しかし、じゅうたんに貼ったはずの有料シールはどうなったかだいぶ前で思い出せません。返して戴いたかあやふや。こういう場合、またの機会があれば記入番号を訂正して使い回せた筈です。
今回、前日に捨てる机を表に出してからちょっとシールは保留しました。もう購入して番号も書き、貼るばかりでしたが実際に貼ったのは当日朝。せこいようですが、シールのみ盗まれるのを微かに怖れる気持ちになってしまった。
実はごみ収集が一部有料化されてから、かえってごみマナーが悪い場面があります。可燃物の家庭ごみは有料で、スーパーや駅や公共施設に少しずつこっそり捨てる人が後をたたずどこもごみ箱を置かなくなりました。コンビニの店外のごみ箱に明らかな家庭ごみを捨てるお客様もいる。
近所のスーパーでは外した正月飾を以前は引き取ってくれました。松の内が終わる頃出入り口に箱を置いてくれてたのですが、正月はごみ収集も休みな上たいへん生ゴミが増える。神宿る注連飾りを入れる箱に人目が無ければえいと家庭ごみが投入されてしまうことが多かったか、廃止されました。
近隣の高齢化で悪意という程ではないごみ出し間違いもちょっと増えました。我が家も高齢化、主収入が年金の暮らしになるとやはり生活の細かいところまでムダは省こうとする。暖房手当もボーナスも無いけど、身体は冷たい便座や寒い部屋が辛いから暖房費微妙です。夫からは便座の蓋をいつも忘れず下ろしてくれ、と念をおされた。節電です。が、やはり高齢化したうっかり妻は便座の蓋はおろか照明も消すのを忘れ、あまつさえ扉をきちんと閉めないまま半分寝ている状態で二階寝室に戻ったりする。最悪です。
妻からすれば夫の便座や部屋暖房の温度設定はやや高めに思う。が夜寝るまでの階段照明と同様、もう夫の身体には必要経費です。いずれは老眼鏡や補聴器の費用も要る。こんな日々の心境が、ごみ収集費節約に向かえば少しくらい、とコンビニごみ箱に捨てたくもなるでしょう。
消費税にもエコバッグにも慣れましたが、我々より高齢の方に有料ごみを忌々しく思う方がいても不思議は無い。市役所は施行前予想はしたでしょうが、仕方無い事です。制度だけでは倫理観は変わらない、と言えば大げさでしょうか。
越して来た頃は周辺に空き地が点在していました。不在地主の所有地で、夏の草刈に来ない地主を非常識に思う近隣もある。(ちなみにこの町内会は空き地や隙間的市有地の草刈は共同でやります)一方で、隣に空き地があるからと菜園や花壇につくってしまう手まめな住民もいます。管理に見に来た地主が『他人の所有地に勝手な事を』と怒り、『きれいに手をかけてあげたのに礼も言わない』とトラブルになる例も聞きました。
‥俺は土いじりが好きでは無いので、民法的には他人の所有地に花壇や畑はちょっとどうかと思う派。しかし農家出身の老母などに言わせると、空き地でも自庭でも墓地さえも雑草を生やし放置するのはとてつもなく非難される事だそうです。‥倫理は人の数だけありそうです。
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1957号♪抱きしめたい

2015-10-23 19:22:03 | Weblog
朽葉をかさりと踏んで車を降り駅に向かう。滝もみじの絵葉書を静かに投函してホームへ。
昨日今日は晴れて朝陸橋から写真撮影してる方がいらした。藻岩も手稲も望める。そのむこうの東海大、更に奥の山も。紅葉ははや山から庭に降りました。一度雪に触れた山の天辺はもう森の枝が裸です。コートやマフラー姿が多くなりました。長月十一日の月が明るい。
♪風に病葉 冬に風花…つらく哀しく舞い落ちる
リアルジュリーは専ら「太ったよね」と言われて可哀想。毎年秋札幌でコンサート。‥きっと最前列のお客さまは毎年ほぼ同じ顔ぶれが揃うのでは。いいじゃないの幸せならば。実は沢田研二さんは、夫と年齢だけは同じです。
何でかわからないけど、♪今日まで二人は
…何と呼ぶべき旅をしてきたのだろうと考える時があります。人生に形の定まった意味など無いなら、恋人だか夫だのとの道行きも行方定かなものか。
漠然と自分達は人並みの夫婦だと思っていた。異論反論はともかく、子に恵まれめでたく子らは独立していきました。
‥きっとこっから先の事を何も考えていなかったんですね。幸い互いにそれなりの勤めができる程度に元気です。悩みは子どもより親の事にスライドしました。
我々もいつか子の悩みになるのかしら。加速度的に老いないうちに、少しずつでもやらなくちゃ。
♪さよなら さよなら
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1956号♪さよならは

2015-10-22 19:18:46 | Weblog
♪さよならは
で歌い出すのが二曲あると気づいた。‥実はもっとあるかも。今思い出せるのは、♪さーよーなーらーは だーれーにーいうー…の男声ドラマテーマ曲と♪さよならは別れの言葉じゃなくて…の女声映画テーマ曲。どちらも主人公自身が歌って た。今日の疲れ方はどちらかと言うと後者の曲の気分。
砂浜走って竹刀振る元気ないっす。事務パート婆さんは営業職の朝礼にも混ざり、利益のために売れかつ○○費を抑えろとか新商品△△を並べろとかの話を一緒に拝聴します。
自分の目下の事務とはやや捻れたあたりを手伝ってる。複数部署の仕事をやっていると、部署相互の利害が対立した時ちょっとだけ悩みます。本当はそれを避ける手を先に打つべきなんですが。上司は選べないが俺は複数の上司がいて、多方向から業務が降る。
新人営業職のビル内的質問に対応したり、経理人事の同僚パートが探す店担当新人にひき会わせたりしています。営業職も店スタッフも実にたいへん。だがスタッフ給与も店の経費現金も一大事。
…(右往左往する)社員さん達を守るとは傲慢な考え。ただ一緒に右往左往しているだけのパートです。
…♪思い出にかえて…
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1955号柿泥棒

2015-10-21 21:11:50 | Weblog
大昔のサザエさんは、毎年カツオがご近所の柿を取ろうとして怒られてました。家の主がお年の方でもお元気なら追いかけて来る。
道産子には身近にない果物でした。リンゴ蜜柑は買ってもらえて食べました。北海道ではほとんど柿の木を見かけません。修学旅行で秋に本州に行き、車窓からたくさんの実をつけた柿の木を見て感動します。
初めて柿を食べたのは多分学校給食。皮つきで出て、先割れスプーンの尖ってない部分で恐る恐るなんとか剥きました。ねっとりした滑る果肉は新鮮でした。干柿はすごく美味しいけど如何せん高価。
そういう意味では、猿蟹合戦も柿八年もバーチャルリアリティの無い道産子の世界です。『美味しんぼ』で、柿の甘味が駄菓子の味の基準だったと読みました。近世に砂糖が一般に普及する前は、干柿が一番甘いものだった由。
‥そんな訳で、実は大人になっても結婚しても柿を買って自分で食べることは希でした。夫は柑橘類が好み。リンゴやバナナが手頃で便利。
二人の娘のうち片方が柿好き。今年独立して拙宅からは去り市内に住んでます。先日たまに来たとき、『好物だから』と夫との買物ついでに買いました。
普通に喜んで食べてまた帰りましたが、ここでスイッチが入ってしまったのがこないだまで娘ロスで荒れてた夫。真夏に娘が引っ越してから、つい最近まで猫にまであたり散らしてました。夫が娘が来る予定も無いのにたくさん柿を買う。食べてます。
なんだかおかしくて、黙ってひとりでひとつ取って食べました。がんばれ夫。でも苦労して高い塀に登り、たたき落とした他家の柿を追いかけられて走って逃げてかじった美味さにはかなわない気がします。
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