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論文)キャベツにおける優性雄性不稔自然突然変異

2024-03-13 14:13:30 | 読んだ論文備忘録

A natural mutation in the promoter of Ms-cd1 causes dominant male sterility in Brassica oleracea
Han et al.  Nature Communications (2023) 14:6212.

doi:10.1038/s41467-023-41916-0

春キャベツ(Brassica oleracea)の集団から同定された優性核遺伝子雄性不稔(DGMS)突然変異体79-399-3(その原因遺伝子座はMs-cd1 と命名された)は、花と葯の大きさは正常であるが、生存可能な花粉粒を作ることができない。この変異体をドナーとして、キャベツ、ブロッコリー、コールラビ、カイランのDGMS系統が作出され、それぞれのハイブリッド育種に利用されている。中国農業科学院 蔬菜花卉研究所Lvらは、Ms-cd1 の原因遺伝子のマップベースクローニングによる同定を試み、最終的に10.9 kbの区間にマッピングした。BRADデータベース(http://brassicadb.cn)のキャベツリファレンスゲノムから、この領域は、Bol035718 のプロモーター領域、第1エクソン、第1イントロンの一部を含んでいることが判った。しかし、DGMS系統と野生型植物の間でBol035718 のコード領域に塩基配列の変異は見られなかった。そこで、10.9 kbの全塩基配列を決定した結果、DGMS系統ではBol035718 の開始コドンから597 bp上流に一塩基欠失が検出された。したがって、この欠失が優性雄性不稔の原因ではないかと推測した。Bol035718 の機能を確認するため、プロモーター領域の一塩基欠失を含んだBol035718 遺伝子ゲノム断片をキャベツ近交系01-20に導入したところ、この系統は、DGMS01-20と同一の雄性不稔性を示した。形質転換雄性不稔系統と野生型01-20の交配から得られた後代は、1:1の割合で分離した。したがって、Bol035718 は雄性不稔を制御するMs-cd1 に相当し、Bol035718 遺伝子プロモーター領域の一塩基欠失が原因変異であると結論した。以下、DGMSを引き起こす対立遺伝子をMs-cd1PΔ-597、野生型対立遺伝子をMs-cd1PWTと呼ぶ。Ms-cd1 は、PHD-fingerモチーフを持つ転写因子をコードしており、シロイヌナズナのMS1、イネのPTC1/OsMS1、トウモロコシのZmMs7と相同である。これらのホモログは葯や雄性配偶子の発生に関与することが報告されているが、対応する遺伝子の変異体は劣性遺伝を示し、本研究で観察されたDGMSとは全く異なる雄性不稔表現型を引き起こす。Ms-cd1PΔ-597 は、MS1 ホモログの中で唯一優性の自然対立遺伝子であることから、雄性不稔を制御する別の分子機構の一端を担っているものと思われる。Ms-cd1 の機能を解析するために、CRISPR/Cas9により機能喪失変異体を作出した。その結果、ホモ接合型ms-cd1PWT 変異体は完全に雄性不稔であったが、DGMS変異体とは異なり、葯が縮れ、成熟期に花粉粒が形成されなかった。ms-cd1PWT×01-20から得られたF1植物は完全に雄性稔性であり、自殖F2世代の表現型は3:1(稔性:不稔性)に分離し、ms-cd1PWT は劣性雄性不稔突然変異体であることが示された。これらの結果から、(I) Ms-cd1 は葯と小胞子の発達に必要であること、(II) Ms-cd1PΔ-597 が優性雄性不稔を引き起こすには特異的プロモーター変異と機能的Ms-cd1 の両方が必要であること、(III) 79-399-3DGMSは機能獲得型雄性不稔であり、その不稔性はms-cd1 変異体のものとは異なることが明らかとなった。Ms-cd1 は、野生型植物および優性遺伝雄性不稔系統において、花粉四分子形成期の葯のタペート細胞および小胞子で特異的に発現していた。また、qRT-PCR解析の結果、DGMS01-20では01-20と比較して有意にMs-cd1 転写産物量が減少していた。そこで、Ms-cd1 の変異プロモーター(PΔ-597)および野生型プロモーター(PWT)制御下でGUS レポーターを発現するコンストラクトをシロイヌナズナに導入してGUS活性を観察したところ、qRT-PCRの結果とは対照的に、PΔ-597::GUSPWT::GUS と比較してGUS活性とGUS 遺伝子発現が劇的に増加し、PΔ-597 は高いプロモーター活性を示すことが判った。さらに、ms-cd1PΔ-597 変異体におけるms-cd1 の発現量は、ms-cd1PWT 変異体における発現量よりも約3倍高くなっていた。一方で、ms-cd1PWT およびms-cd1PΔ-597 におけるms-cd1 の発現は、Ms-cd1PWT およびMs-cd1PΔ-597 におけるMs-cd1 の発現に比べて劇的に増加しており、機能的なMs-cd1 が自身の発現を抑制していることが示唆される。Ms-cd1 の発現に影響している因子を酵母one-hybridスクリーニングにより探索したところ、 キャベツethylene response factor 1-like(BoERF1L)をコードするBol028757 遺伝子が陽性を示した。そして、解析の結果、BoERF1LはMs-cd1PWT プロモーターの-604から-589までのGACを中心配列とした領域と相互作用をして発現を抑制していること、Ms-cd1PΔ-597 プロモーターでは一塩基欠失がBoERF1Lの結合を妨げていることが判った。BoERF1L は葯発達初期に発現しており、boerf1 変異体は花粉生存率が低下していた。したがって、BoERF1L はMs-cd1 の発現制御を介してキャベツの稔性に影響していると考えられる。Ms-cd1 のオルソログであるシロイヌナズナMS1 は、葯と花粉の発達に重要なDYT1-TDF1-AMS-MS188-MS1 ネットワークに関与していることが報告されている。そこで、これらの遺伝子の発現を調べたところ、DGMS01-20ではBoTDF1BoAMSBoMS188 の発現が低下していたが、ms-cd1 変異体では発現が上昇していることが判った。よって、Ms-cd1 は、BoDYT1-BoTDF1-BoAMS-BoMS188-Msc-d1 モジュールにおいてフィードバック抑制の役割を果たしていると考えられる。興味深いことに、BoLTPsBoEXLsBoGRPs などの花粉外被関連遺伝子は、DGMS01-20では発現が上昇し、ms-cd1 変異体では発現が低下していた。このことから、Ms-cd1 は花粉外被形成の活性化因子である可能性が示唆される。以上の結果から、以下の作業モデルが考えられる。Ms-cd1 は転写因子BoERF1Lの直接のターゲットであり、安定した発現レベルが維持される。このことは、BoDYT1-BoTDF1-BoAMS-BoMS188-Ms-cd1 ネットワークと、それに続く花粉形成に必要な一連の遺伝子のフィードバック制御に不可欠である。DGMSでは、プロモーター変異がMs-cd1 の制御異常を引き起こし、BoDYT1-BoTDF-BoAMS-BoMS188-Ms-cd1 モジュールの強い負のフィードバックが起こり、それに続いてBoQRTsBoTEKBoPKSAなどの花粉外被発達関連遺伝子も制御される。ms-cd1 変異体ではモジュールのフィードバック制御が行われないため、BoTEKBoPKSA のようないくつかの遺伝子が発現上昇し、BoLTPBoEXL のような花粉の発達に関連する遺伝子が発現低下する。全体として、Ms-cd1 の正確な制御が、雄性稔性に不可欠であると考えられる。Ms-cd1PΔ-597 が他の植物種でも雄性不稔を誘導できるかどうかを調べるため、シロイヌナズナ、ナタネ、トマト、イネにPΔ-597::Ms-cd1 を導入した。その結果、導入個体は対応する野生型植物と同一の正常な植物形態と雌性稔性を示したが、安定した雄性不稔性を示し、生存可能な花粉を作らず、自殖しても種子を生産しなかった。また、PΔ-597::Ms-cd1 導入個体と野生型植物との交配から得られたF1は、1:1(稔性:不稔性)の割合で分離した。これらの結果から、Ms-cd1PΔ-597 の異所的発現は優性雄性不稔を誘導し、双子葉植物と単子葉植物で保存されていることが示された。

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