試飲されてうまいと一言漏れるときああ
良かったとほっとします。
何も言われないときも多々あります。
しかし、そのうまいにも色々あり、飲み終わり
ああうまかったというのは本当にうまいのか
というのもときにあります。
というのは、良く新しい豆を試すときに
何なんだろうと思い何度も何度も飲んでいる
豆があります。
何がおいしいのか、何がいいのか、というより
繰り返し飲みたくなるとか、体が欲しくなり
舌が欲しくなり、気がつくともうないというのが
本当はうまいのではないかと思います。
現在の広告などみてもみんな頭で考えた
おいしさの表現になっており、作り手も
味わったほうもどちらもおいしい珈琲が飲みたいと
思っていないし、飲んだこともないのだというのが良く
解ります。
良く解らないけどまた飲みたくなるんだよと
いう方が増えれば本物だと思います。
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