新聞配達のバイトに行ったら、いつも乗ってるバイクがない。
聞くと、誰かが乗って行っちまったらしい。
「止まらないけど、このバイクに乗って行ってよ」
止まらないって、何が止まらないんだ?
エンジンがとまらないらしい。
キーの差し込み口が壊れていて、キーを回すと差し込み口も一緒にグルグル回る。
幸いにして、キーの差し込み口は「始動」の位置で壊れている。新聞屋のカブはキックでエンジンをかけるから、始動に問題はない。だが、これでは確かにエンストさせる以外にエンジンを切る手だてはない。
なんにしろ、エンジンは止まらないけど、走るんだから自転車や徒歩よりは何倍もマシだ。このバイクで配達に出かける。
で、配達を終えて、店に帰ってみて困った。
バイクを片付けて帰りたいのに、エンジンを切る手だてがない。
新聞屋のカブはいつまでもいつまでもブルブル言っている。まだまだカブは走る気満々だが、俺は家に帰りたい。しかし、ノークラッチのバイクをエンストさせる手段が思いつかない。朝刊の配達をした人間はどうやってエンストさせたのだろう。
クラッチがあるなら、エンストさせるのは赤子の手をひねるより楽勝だ。ギアをいれてクラッチをつないでアクセルを開けなければすぐにエンストする。
キル・スイッチのあるバイクなら、さらにエンストは胎児の手をひねるのより楽勝だ。だが、業務用のカブにキル・スイッチなんてついてはいない。
どうしようかな。
キーが壊れていて、エンジン絶好調のカブを止める手段がなかなか思いつかない。
ガソリンがなくなりゃ勝手に止まるだろうけど、それはあまりに不経済だ。
店の人に相談するが、やはりどうしようかなという顔をする。
フッと電光石火で電気が脳をかすめる。
そうか、電気。プラグだよ。
プラグ・コードに手をのばし、引き抜こうとしたら、店の人に注意された。
「危ないっ! バチバチッてくるよ!」
たしかに、素手でプラグ・コードを引き抜くのはバチバチッと危険そうだ。
だが、俺のアイデアはいけると思ったのか、店の人は長いプラスのドライバーを持って来て、そいつをプラグ・コードに引っ掛けて引き抜いた。
バチバチッ!
一瞬、火花が飛んでカブのエンジンは止まった。