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★田母神支援、必死すぎる幹部と冷めた事務局員

東京都知事選で田母神俊雄選対に出入りしている人から「『新しい歴史教科書をつくる会』が陣営にいるのは迷惑だ」というメールが来ました。
 
「新しい歴史教科書をつくる会」元監事、川又和敏による選挙違反(事前運動)については、そのうち当局から連絡があるでしょう。
 
選挙戦で岡野俊昭という「新しい歴史教科書をつくる会」副会長が応援演説していますが、候補者より知名度の低い、誰も知らない奴の応援演説などマイナスでしかありません。
 
岡野俊昭とは何者か説明しておくと、平成18年の千葉県銚子市長選で経営難の市立病院の存続を掲げて当選したにもかかわらず、公約に反して病院を休止し、「嘘つき市長」と呼ばれて21年にリコール(解職請求)が成立し、出直し市長選で落選した人です。田母神俊雄さんの運が逃げそうです。
 
さて、「新しい歴史教科書をつくる会」理事、藤岡信勝フェイスブックを見ると、「あんた大丈夫?」と思うほど必死です。例えばこれ。

必ずやってくる直下型地震 生き残りたい人は田母神としおさんへ、死にたい人は他の候補へ

「災害がやって来る。死にたくなければ○○しなさい」と恐怖心を煽るのは霊感商法の「因縁トーク」の手法です。
 
一方で「新しい歴史教科書をつくる会」事務局員、清原弘行君はやる気がないのか冷静なのか、ツイッターでこんな予想をしています。
舛添は多くの国民が考える以上に票出すと思うけどね。現状だと。そして、細川は思った以上に離される。宇都宮は思ったとおりの共産票しか出ない。田母神氏も、まあ思ったとおりで、ネトウヨ層のイメージする半分も票は出ない。まあ、飽くまでも現状では多分こんな感じと思うが。

陣営のモチベーションが下がりますね。ところでこの「新しい歴史教科書をつくる会」事務局員、清原弘行君って、どんな青年なのでしょうか。

平成23年の東京都中野区議選に民主党から立候補して落選した子です(写真は民主党機関紙プレス民主号外、3連ポスター、選挙公報)。野田佳彦や長妻昭に応援してもらっていました。
 
民主党中野区政策委員 清原弘行オフォシャルブログ」というブログが生きているので、まだ民主党員なのかもしれません。
 
政治資金収支報告書も調べてみました。

な~んと、「新しい歴史教科書をつくる会」事務局員、清原弘行君は中野区議選が終わっても資金管理団体「清原弘行と未来を創る会」を持っていて、その会計責任者は「新しい歴史教科書をつくる会」事務局長、越後俊太郎君なのです。
 
「つくる会」では俊太郎君がボス、「創る会」では弘行君がボスだよ~。「新しい歴史教科書をつくる会」事務局で2人は、そんな遊びをしているのです。
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★「つくる会」元監事による東京都知事選事前運動

東京都知事選(23日告示)をめぐる前回の記事(★田母神俊雄氏を非難していた自由社…教科書発行はどうした)に対し、「舛添要一には投票したくないが、保守票が割れて細川護熙を都知事にするわけにはいかない」「都議会自民党に舛添都政を監視してもらう」と理解を示す声が寄せられています。「『新しい歴史教科書をつくる会』は選挙に足を突っ込む前に、組織内の左翼体質を一層すべきだ」という声もありました。
 
前回書いた通り、「新しい歴史教科書をつくる会」が組織として特定候補を推薦、支援するのは初めてです。そのせいか、危なっかしい事態が起きています。
 
例えば、「新しい歴史教科書をつくる会」の元監事で茨城県支部長も務めた元教員の川又和敏氏が10日、自らのブログ「ご隠居様の独り言」に「東京都知事は田母神氏だ!」という文章を書き、公職選挙法上の「文書図画の頒布」を行っています(WEB魚拓)。
 
そこにこんな文言があります。
東京都民に訴える。安倍総理の靖国神社参拝の快挙を後押しできる人は、この人を措いてない。この意味も込めて、田母神氏への一票を御願いする。
田母神氏の当選は日本を救う。そこが他の候補と決定的な違いだ。
折しも田母神としお候補の推薦を組織決定したとの「つくる会FAX通信」が入った。つくる会の全力を挙げて、日本を救う田母神氏の当選を勝ち取ろう。

ネット選挙は解禁されましたが、選挙運動は選挙期間中(告示日から投票日前日まで)しか認められていません。告示前に「田母神氏への一票を御願いする」「田母神氏の当選を勝ち取ろう」などと投票依頼、投票呼びかけを行ったら公職選挙法違反罪(事前運動)。1年以下の禁錮または30万円以下の罰金が規定されています。
 
告示前に投票依頼、投票呼びかけを行ってはいけないというのは常識で、だからみんな「応援」とか「支援」とか「期待」とか「最適」などと言葉を選んでいるのです。13日に開かれた田母神俊雄氏の総決起大会「東京を守り育てる都民の会結成大会」で三宅博衆議院議員が「どうか皆さん、選挙には田母神俊雄に一票をお願いします…というようなことは私は申しません」とジョークを飛ばして聴衆が笑ったのは、その共通認識があるからです(動画はこちら)。川又和敏氏はそんなことも分からないのでしょうか。
 
「新しい歴史教科書をつくる会」には副会長にも理事にも監事にも顧問にも事務局員にも選挙出馬経験者がいるのですから、きちんと指導してコンプライアンスを徹底してください。警視庁の取締本部から警告を受けると、田母神さんに傷が付きます。
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★田母神俊雄氏を非難していた自由社…教科書発行はどうした

「新しい歴史教科書をつくる会」は9日の緊急理事会で、東京都知事選で元航空幕僚長の田母神俊雄氏を推薦し、全面支援することを決めました。政治には関わらないはずだった「つくる会」が組織として特定の候補者を推薦するのは初めてです。出馬賛同者には会長の杉原誠四郎(本名・平田誠四郎)や副会長の岡野俊昭、高池勝彦、理事の藤岡信勝、富岡幸一郎らが名を連ねています。

しかし「新しい歴史教科書をつくる会」はどのツラ下げて田母神俊雄氏を支援するのでしょうか。当ブログは、「つくる会」が扶桑社から絶縁された後に教科書発行元に選んだ「自由社」という出版社の社長、石原萠記(いしはら・ほうき)が保守ではなく、昭和天皇の戦争責任を主張する反日左翼である―と、善良な「つくる会」一般会員の皆さんに平成19年から繰り返し警鐘を鳴らしてきましたが、自由社トップの田母神観についてあらためて紹介します。
 
石原萠記は「田母神論文問題」直後、月刊誌「自由」(自由社発行)の平成21年1月号「巻頭言」で、「田母神は日本の侵略を正当化している」「いつか来た道だ」と次のように書いています。
わが国防衛分野の最高幹部である田母神俊雄・航空自衛隊幕僚長が、日本の侵略戦争を正当化する論稿を発表し、問題になっている。
田母神幕僚長は、自分の主張にはいささかも間違いはない、という。そして、「私にも言論・思想・良心・表現・学問の自由があり、村山談話といえども制約することは出来ない」と発表の意図を述べる。また、発言に対する批判には、自衛隊員が何をやるにしても、許可を受けないといけないというのでは、共産国家の軍と一緒であり、問題の日本の植民地侵略への反省や謝罪を表明した政府見解(村山談話)は、言論弾圧の道具に使われていると反発している。幕僚長の言う通り、誰にも“言論の自由”は保障されているが、問題は、自己の信念を社会に問い、その影響力によって、他に変化を及ぼす言論には責任が伴うことは言うまでもない。そこから、その発言の内容、発言者の立場が問題になる。
政府や政治家たちは、田母神氏が間違いはないと主張する「日本が侵略国家と言われるのは濡れ衣か」どうか、「日本は日中戦争に引きずり込まれた被害者か」どうかを論ずるに足りないと一蹴したが、この発言の背景にある自衛官たちの政治への不満、憲法改正による自衛隊を軍として認証すべしの動きなどに対する配慮に欠ける点は無かったか、問題は残る。
自衛隊トップに上り詰めた人物の発言である。それだけに発言内容は強く問われなければならない。戦前軍部の独走が国を破滅させた反省の上に立って、戦後日本は平和国家としての道を歩んできただけに、占領軍の指示で発足した自衛隊は、文民統制の下におくことを大原則としてきた。その故に自衛官に言論の自由ありとは言え、国の運命を左右する軍事力を行使する組織幹部の発言には“責任”があり、“制約”の伴うことは当然のことである。
そんな思いから見る現状は、昭和初期の軍部が突出した時期に相似しているように思う。経済不況で経済が混乱し、人心が日常生活に不安を待つなか、独裁勢力―軍が台頭してきた。今、世界不況下で自衛隊幹部が“言論クーデター”とも言うべき発言をしたとマスコミが騒ぎ、発言者は「私が呼びかければ、1000人の同志が起つ」と壮語するなか、政治は事勿れと無為に過ごそうとしている。いつか来た道は、絶対拒否する。過去を繰り返すことのないよう、政府・自衛隊関係者・政治家・マスコミ人の冷静な対応を求めたい。

自由社トップがどんな歴史観を持っているかはこちらを参照を↓
  ★自由社の両社長(石原萠記、加瀬英明)こそ中共の手先
 
「新しい歴史教科書をつくる会」会長の歴史観はこちらを参照を↓
  ★『はだしのゲン』撤去要請、お前が言うか杉原誠四郎
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ところで、私たちプロジェクトJは左傾化した「新しい歴史教科書をつくる会」=自由社と違って田母神俊雄氏と歴史観で共通するところが多いのですが、都知事選では田母神氏に投票しません。安倍晋三首相の指示通りの候補者に投票します。
 
来年の中学校教科書採択を控え、保守票が割れて細川護熙・左翼知事が誕生する事態だけは絶対に避けなければなりません。細川は思想云々以前に、誰にも制御不能な厄介なじいさんです。舛添要一なら自民党を通じてコントロールできます。そのへんの機微は、賛同者になっている渡部昇一さん、田中英道さん、小林正さんらは分かっているのですが、「新しい歴史教科書をつくる会」は本気で田母神俊雄氏を支援しています。細川都政が誕生したら、どう責任を取ってくれるのでしょうか?
 
そもそも、「新しい歴史教科書をつくる会」=自由社にとって、今は教科書検定申請目前の大事な時期のはずです。都知事選にお金や労力をつぎ込む余裕は全くないはずです。「都知事選があったから『新しい歴史教科書をつくれない会』になりました」なんて言い訳を善良な一般会員にするつもりでしょうか?
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★自由社の両社長(石原萠記、加瀬英明)こそ中共の手先

6年前の平成18年、「新しい歴史教科書をつくる会」から八木秀次氏や日本会議グループなど正統保守陣営が出て行って残された西尾幹二は、八木氏らを「公安のイヌ」「宗教右翼」と罵倒しました。ところが最近、西尾支持者は八木氏らに「中共の手先」「左翼とつながっている」と遠吠えしています。一体どっちなんでしょうか。
 
八木秀次氏らが公安当局と親密なのは事実でしょう。共産主義から日本を守るという目的では一致していますから。平成18年に中国社会科学院の蒋立峰日本研究所所長らが来日した際、わが国の外事警察(中国、朝鮮担当の警視庁公安部外事2課)は一行を行確(行動確認)していました。一行と歴史認識で激しく討論した八木秀次氏らは、外事警察と緊密に連絡をとって蒋立峰らの動向を報告していたと思われます。この問題は、ただそれだけの話です。「公安のイヌ」と呼ぶならご自由に。
 
「アベコベ史観」という言葉があります。大東亜戦争は白人による500年間の侵略の歴史に対するわが国の自存自衛の戦いであるにもかかわらず、わが国が侵略国家呼ばわりされています。それと同じ「アベコベ史観」が「新しい歴史教科書をつくる会」の一部幹部・会員の中にあります。「中共の手先」はどっちなのか…。
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当ブログは、「新しい歴史教科書をつくる会」が扶桑社から絶縁された後に教科書発行元に選ん自由社の社長、石原萠記が保守ではなく、江田三郎や松前重義ら社会党員に連なる社会主義者である―と、善良な「つくる会」一般会員の皆さんに警鐘を鳴らしてきました。「つくる会」が平成19年9月9日に発表した「日本国民へのアピール」は「伝統ある保守系の出版社・自由社が名乗りをあげ、つくる会の教科書を発行していただけることとなりました」と会員を騙しています。
 
自由社は平成15年に『日本回想―戦前、戦中、戦後想い出の記』という本を出しています。著者は張香山、監訳は自由社社長・石原萠記です。
 
張香山は1933(昭和8)年から37年に東京高等師範学校に留学。治安維持法違反で逮捕歴があります。帰国後、八路軍に入ってわが国と戦い、38年に中国共産党入党。戦後、対外工作機関である党中央対外連絡部(中連部)の副部長や中日友好協会副会長などを務め、孫平化、肖向前、王暁雲らとともに対日工作の責任者でした。2009年に死去しました。
 
張香山はどんなことをしてきたのでしょうか。1950(昭和25)年1月17日付の中国共産党機関紙「人民日報」は「日本人民解放の道」と題した社説を掲載し、「占領下平和革命」路線をとっていた野坂参三ら日本共産党「所感派」を激しく非難しました。日共に武装闘争を指示したのです。これがきっかけとなり日共は四全協、五全協で武装闘争方針を決定しました。この人民日報社説を書いたのが張香山です。
 
文化大革命が始まった60年代半ばから98年にかけて中共と日共は関係を断絶していましたが、そのころ張香山は日共から分かれた「日本共産党(左派)中央委員会」「日本労働党」「日本労働者党」など親中共系過激派を支援しました。日本労働党は連合赤軍と同根の組織です。
 
要するに張香山は、わが国に暴力革命を起こそうと北京から工作を続けた司令塔でした。そんな人間と同志的親交を深め回想録まで出版したのが自由社社長・石原萠記なのです。
 
自由社社長・石原萠記は天安門事件直後の1989(平成元)年10月、西側諸国が経済制裁する中、北京にノコノコ出かけていって、孫平化や張香山に会って感激しています。著書『戦後日本知識人の発言軌跡』でこう書いています。
和平門の料亭「北京ダック」には、張香山先生のほか、中共中央対外連絡副局長の段元培氏、中国国際交流協会副総主事の劉遅氏などが待っていた。簡単な挨拶ののち、張先生の隣で「ダック料理」に舌つづみをうつ。先生は六・四事件(引用者注:天安門事件)について、貴方のいわれるように事態は異常だったが、学生たちの民主化要求の域をこえての政権打倒の動きは行きすぎて、軍による鎮圧はやむを得なかった。しかし、不幸なことだと思うと語り、私もすでに七十路のなかばを超えた、老兵は消え去るのみと、淡々とのべる胸中には何か言うに言われぬ思いがこめられているようで、聞く者の耳をうつ。その合間に、料理を一つ一つとっては、これはこうして食べると美味しいよと説明してくださる。何とも心のやさしく美しい方だと思った。(p395)

そこから自由社社長・石原萠記と中共の対日工作の責任者・張香山の関係が始まり、昨年紹介した「愛華訪中団」につながります。
 
「愛華訪中団」とは、東京電力がカネを出し、自由社社長・石原萠記が主宰するマスコミ関係者に対する支那接待訪問団です。江田五月や日野市朗ら民主党政治家も参加しています。下記に第1回(2001年)から第8回(08年)までの参加者名簿を掲載しています。
★自由社・石原萠記-中国共産党-東京電力の赤いトライアングル←クリック 
  
自由社社長・石原萠記を迎えた中共側のカウンターパートは張香山です。そのほかに駐日大使を務めた王毅や江沢民の次男・江綿康(現・人民解放軍総政治部組織部長)の名前もあります。
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「愛華訪中団」には現「WiLL」編集長の花田紀凱が第3~6回と第8回に参加しています。このリストにはありませんが第9、10回にも参加しています。常連なのです。
 
ここでピンと来た人もいると思います。「WiLL」が八木秀次氏を攻撃する藤岡信勝の文章を掲載しているのは、花田紀凱が「愛華訪中団」=石原萠記にお世話になったことと関係しているのです。
 
さて、第10回「愛華訪中団」が北京を訪れていた昨年3月11日、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故が起きました。東京電力の勝俣恒久会長と皷紀男副社長がこの訪中団に参加していたため、事故対応が大幅に遅れたのです。
 
一緒に北京にいた自由社社長・石原萠記と「WiLL」編集長・花田紀凱は出版人でありながら、この日の出来事を書こうとはしません。
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自由社という会社はもう一つあります。平成21年4月、初めて教科書検定に合格した自由社(石原萠記社長)は、前年9月に登記されたばかりの同名の別法人・自由社(加瀬英明社長)に版権を譲渡しました。「新しい歴史教科書をつくる会」はこの不可解な手続きについて会員に一切説明していません。加瀬は自由社(石原萠記社長)の取締役ですから、両方の自由社に関係しています。
 
加瀬英明も支那とズブズブで、人民解放軍幹部が来日した際は自宅に泊まりに来ると公言しています。自社から出版した石平氏との対談本『徹底解明!ここまで違う日本と中国―中華思想の誤解が日本を亡ぼす』でも次のように話しています。
ぼくはね、中国の人たちとお付き合いをして、共産党の幹部とか、軍の将官が多いんですけど、中国人と西洋人では、酒の飲み方がまったく同じですね。(p73)
中国では接待は、芸術です。麻布の中国大使館に、夫婦で夕食に招いてくれるんです。その時にね、他国の大使館では絶対にしないことですが、先生と親しいご夫婦の名前と住所を、4組か、5組、お教え下さいといってくるんです。
それで、大使館からみなさんに招待状が、送られてくる。皆さん、中国大使館によばれるなんて、喜びますからね。それに、中国大使館の食事って、さすがにうまいですねえ……。(p135)

ちなみにこの本で加瀬英明は、毛沢東を「毛先生」と呼んでいるほか、「江沢民先生」「胡錦濤先生」「金正日先生」などと表現しています。
 
自身のホームページのコラムにもこう書いています。
私は中国と親しくしてきた。1979年にはじめて中国に招かれた。人民大会堂で、私のために李達人民解放軍副参謀総長が歓迎晩餐会を催してくれてから、中国に10回あまり夫婦で招かれて、内モンゴル、新疆、チベットまで、軍服の高級将校が案内人としてついて旅した。
私は中国で率直に自説を述べてきた。平成4年に天皇が御訪中される前に、宮沢内閣が学識経験者14人を首相官邸に招いて、御訪中について意見を聴取した。私も1人として選ばれた。もっとも、人選は賛成派が多かったから出来レースだった。
私は加藤紘一官房長官に、「天皇が外国へ行幸されるのは、その国を祝福されるためであり、中国は国内で人権を蹂躙している全体主義国だからふさわしくない」と強く反対した。新聞が報じたから、中国も知ったはずである。
それでも、中国に招かれた。いまでも、中国と親しくしている。互いに大切な国だ。
このあいだ都内のパーティで、中国の高官と再会した。「先生は中日友好の井戸を掘って下さった1人ですから、今後も期待しています」と、褒めてくれた。(「加瀬英明のコラム」7月23日付)

加瀬英明については韓国との関係のほうが有名です。週刊新潮が「加瀬英明と同棲していた韓国人元ホステスが不審死した」と報じたことを5年前に紹介しました(加瀬は「私の仕事の手伝いをしてくれていた」と説明)。
★「不敬を正す会」も作ってください。加瀬英明さん←クリック 
 
現在も別の韓国人女性が身の回りの世話をしています。日韓親善にいそしんでいるのです。
 
善良な「新しい歴史教科書をつくる会」会員の皆さんには、「アベコベ史観」に毒されず新たな出版社を探すことをお勧めします。

※石原萠記、加瀬英明 関連記事
  ★自由社創業者・石原萠記は不敬な社会主義者  ★月刊「自由」、つくる会を軍国主義と批判
  ★月刊「自由」、慰安婦強制連行説を主張  ★石原萠記「沖縄戦集団自決は軍命令」
  ★石原萠記、不敬記事を謝罪せず  ★あくまで不敬を謝罪しない石原萠記
  ★不敬を開き直る石原萠記  ★加瀬英明「韓国人ホステス」報道
  ★「天皇に戦争責任あり」を本にした石原萠記  ★自由社は社会主義の出版社
  ★石原萠記あくまで「沖縄戦集団自決は軍命令」  ★「インチキ保守」「偽装保守」の見分け方
  ★石原萠記「昭和天皇は戦争責任をとれ」  ★自由社の本社は石原萠記の自宅
  ★石原萠記「田母神論文はいつか来た道」  ★社会主義系雑誌「自由」が突如廃刊
  ★「日本出版協会」専務理事と拉致事件  ★「日本出版協会」専務理事と万景峰号
  ★「日本出版協会」の赤くてグレーな歴史  ★自由社の不可解な二重設立
  ★自由社役員「慰安婦は強制連行された」  ★石原萠記-中共-東京電力の赤いトライアングル
  ★反日・江田五月に献金を続ける自由社創業者
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★反日・江田五月に献金を続ける自由社創業者

きのう(11月30日)公表された平成22年分政治資金収支報告書を総務省のホームページ←クリック で見ていたら、「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書発行元である自由社の創業者、石原萠記(いしはら・ほうき)が反日政治家・江田五月の資金管理団体「全国江田五月会」に家族で36万円献金した事実が判明しました↓(信子氏は妻、圭子氏は長女)。

 
当ブログは、「新しい歴史教科書をつくる会」が扶桑社から絶縁された後に教科書発行元に選ん自由社の創業者、石原萠記が保守ではなく、江田三郎や松前重義ら社会党員に連なり、ソ連や中共と通じてきた反天皇の社会主義者である―と、善良な「つくる会」一般会員の皆さんに警鐘を鳴らしてきました↓
 
  ★自由社創業者・石原萠記は不敬な社会主義者
  ★月刊「自由」、つくる会を軍国主義と批判
  ★月刊「自由」、慰安婦強制連行説を主張
  ★石原萠記「沖縄戦集団自決は軍命令」
  ★石原萠記、不敬記事を謝罪せず
  ★あくまで不敬を謝罪しない石原萠記
  ★不敬を開き直る石原萠記
  ★加瀬英明「韓国人ホステス」報道
  ★「天皇に戦争責任あり」を本にした石原萠記
  ★自由社は社会主義の出版社
  ★石原萠記あくまで「沖縄戦集団自決は軍命令」
  ★「インチキ保守」「偽装保守」の見分け方
  ★石原萠記「昭和天皇は戦争責任をとれ」
  ★自由社の本社は石原萠記の自宅
  ★石原萠記「田母神論文はいつか来た道」
  ★社会主義系雑誌「自由」が突如廃刊
  ★「日本出版協会」専務理事と拉致事件
  ★「日本出版協会」専務理事と万景峰号
  ★「日本出版協会」の赤くてグレーな歴史
  ★自由社の不可解な二重設立
  ★自由社役員「慰安婦は強制連行された」
  ★自由社・石原萠記-中国共産党-東京電力の赤いトライアングル

 
以前も触れたことがありますが、石原萠記はずっと江田五月を支援していて、例えば34年前の昭和52年9月14日付の官報にも江田五月への献金が記載されています(上の写真)。
 
今さら説明するまでもありませんが、江田五月は元社会党書記長の江田三郎の長男。社青同(社会主義青年同盟)活動家で東大教養学部自治会委員長だった昭和37年5月11日、社学同(社会主義学生同盟)東京都委員会委員長の佐竹茂(後に岡田克也の政策秘書)らととともに「憲法改悪反対」「池田に会わせろ」と叫んで自民党本部に乱入、総裁室を占拠して警視庁に建造物侵入の現行犯で逮捕。同年11月1日には大学管理法反対デモを指揮して警視庁に東京都公安条例違反の現行犯で逮捕された2度の前歴があります。
青法協(青年法律家協会)所属の判事補(逮捕歴あるのに裁判官)から参議院議員になり、日本人拉致実行犯の辛光洙(しん・こうしゅ)の釈放嘆願書に土井たか子、菅直人らとともに署名。本会議で小泉純一郎首相の靖國神社参拝を非難し、議長(逮捕歴あるのに立法府の長)時代には全国戦没者追悼式での追悼の辞で「わが国の侵略行為と植民地支配により、アジア諸国をはじめ、広い地域の人々に多大な苦しみを与えました」と「加害責任」を強調しました。法務大臣(逮捕歴あるのに法相。元活動家なのに公安調査庁を所管)在任の8カ月間、死刑執行命令書への署名をサボタージュし続けました。
 
「全国江田五月会」といえば、こんな報道が記憶に新しいですね。
平成21年9月30日付毎日新聞1面
民主党5議員の団体、政治活動費で飲食 03~07年、計500万円 クラブ、キャバクラ、ラウンジ、ニューハーフショーパブ 「江田五月会」は237万円

 
政権交代を受け、毎日新聞が要職に就いた民主党議員の政治資金を調べたところ、江田五月参院議長(岡山選挙区)=会派離脱中=や川端達夫文部科学相(衆院滋賀1区)ら5議員の政治団体が、女性従業員らに接客される「キャバクラ」などへの支払いを「政治活動費」として計上していたことが分かった。支出は03~07年に計500万円超。支出した政治団体には党本部からの寄付を主な収入源とする団体もあり、原資には国庫から支出される政党交付金が含まれ、使途の妥当性を巡って議論を呼びそうだ。
毎日新聞は民主党の閣僚や主要幹部について、昨年公開された07年分政治資金収支報告書からさかのぼり、過去5年分の報告書を調査。支出先の会社名などを基に調べたところ「クラブ」「キャバクラ」「ラウンジ」「ニューハーフショーパブ」など風営法2条2号で定められた店への支払いを、5議員の計7団体で確認した。
江田氏の資金管理団体「全国江田五月会」は東京・西浅草のキャバクラなど計11店で27件、計237万円余を支払った。同会は07年、選挙対策費として党本部から2000万円の寄付を受け、これは同年の全収入の半分。
 
平成21年9月30日付毎日新聞社会面
民主党5議員団体、歓楽街で「政治活動費」 「行きたいという後援者がいて…」 江田氏の秘書弁解

 
チャイナドレスや看護師姿の女性らが接客をする「キャバクラ」への支払いを「政治活動費」として計上――。政権与党となった民主党議員の政治資金を巡る支出の一部に、こんな実態があることが浮かんだ。高い支持率で始動した民主党政権だが、識者からは「こうした費用は私費で支払うべきだ」「政治活動とは無縁な支出を禁じるような法改正が必要」との指摘も出ている。
キャバクラやクラブへの支出が最も多かった江田五月参院議長の資金管理団体「全国江田五月会」は、07年8月に江田氏が議長に選出された後も、東京・西浅草のキャバクラに2回、計13万円余の支払いがあった。この店によると、日によって「ワイシャツのみでお出迎え」「ナースのお仕事」「浅草中華街」などと称し、女性従業員が下着の上にワイシャツだけ着た姿で接客したり、看護師姿やチャイナドレス姿で接客することもあるという。
公職である江田氏の議長秘書は、この店に自分も行ったことを認め、「行きたいという後援者がおり、情報交換という形(で行った)。議長は一切参加していない」と説明。ほかの店についても、選挙区の岡山県の後援者が上京した際などに使ったという。また、「中には新聞や雑誌を含めたマスコミ懇談会もあった」としながら、具体的にいつの会合だったかについては「分からない」と言葉を濁した。
五月会が03~07年の収支報告書で政治活動費として計上した飲食代のうち、9割はこうしたキャバクラやクラブへの支出。議長秘書は「『問題ではないか』という話になり、今年からやめた。計上した分は今後、対応を検討したい」と述べた。
◇民主党議員の政治団体の支出例◇
<江田五月参院議長>
・07年8月17日 東京・西浅草 キャバクラ 6万7730円
※「浅草中華街」の日は女性従業員がチャイナドレス姿で、「ナースのお仕事」の日は看護師姿で接客
・05年6月13日 東京・湯島 キャバクラ 7万4400円
※「浴衣の日」は女性従業員が浴衣姿で接客

平成21年10日1日付毎日新聞社会面
民主党 政治団体・飲食費支出 4議員、08年も飲食費に支出 「韓国クラブ」にも

 
民主党議員の政治団体が政治活動費としてキャバクラやクラブなどへの支出を計上していた問題で、30日に総務省が公開した08年の政治資金収支報告書でも、江田五月参院議長ら4人に計6件、77万円余の同様の支出があった。江田氏の資金管理団体「全国江田五月会」は、韓国女性が接客する「韓国クラブ」など3店に計24万円余りを支払っていた。

石原萠記さん一家の献金も「浅草中華街」や「韓国クラブ」に消えたのでしょうか。 
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お金ついでに、この人のことにも触れておきましょう。
 
8月31日付で「新しい歴史教科書をつくる会」会長に就任した杉原誠四郎(本名・平田誠四郎)は奥様の実家が資産家ということで、自らの退職金は教科書発行につぎ込んでいるそうです。
 
自由社に多額の出資をした大株主であり、「新しい歴史教科書をつくる会」にも率先して100万円単位の寄付を続けています→
 
ちなみに9月18日の「つくる会」総会での会計報告によると、「つくる会」は今年の教科書採択のために募った「教科書基金」4800万円を自由社に貸し付け、うち2700万円について債権放棄した上で、教科書の市販本を300万円分買い上げたそうです→
 
「つくる会」は自由社の運転資金集めのトンネル組織と化しています。
 
それもそのはず、自由社の登記簿を見ると、杉原誠四郎(本名・平田誠四郎)がいつの間にか取締役に就任しています。

 
「新しい歴史教科書をつくる会」と自由社の一体化が名実ともに完成していたのです。教科書の代表執筆者であり、採択運動組織のトップが役員に就任している教科書会社なんて他にありません。
 
石原萠記杉原誠四郎(本名・平田誠四郎)ら財産を残した老人たちは、世の中のために「生きた金を使う」ことを心がけたほうがいいでしょう。
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★自由社・石原萠記-中国共産党-東京電力の赤いトライアングル


▲左から藤岡信勝、西尾幹二、石原萠記、加瀬英明(「自由」平成20年2月号から)
▼石原萠記(左)と江田三郎の関係は江田五月に引き継がれている江田五月ホームページから)
 
当ブログは、「新しい歴史教科書をつくる会」(藤岡信勝会長)が扶桑社から絶縁された後に教科書発行元に選んだ「自由社」という出版社の社長、石原萠記(いしはら・ほうき)が保守ではなく、江田三郎や松前重義ら社会党員に連なり、ソ連や中国と通じてきた社会主義者である―と、善良な「つくる会」一般会員の皆さんに警鐘を鳴らしてきました。
★「つくる会」と「自由社・石原萠記」と「ソ連」と「中国」と「社会党右派」と「創価学会」 など
 
その中で触れた自由社社長・石原萠記と東京電力のただならぬ関係が、福島第1原発事故を機にクローズアップされています。週刊文春は2号続けて石原萠記のことを取り上げています。

▼週刊文春3月31日号 東京電力の「大罪」

夜の料亭や高級クラブでの接待、原発視察を兼ねた温泉ツアーへの誘い……。大手新聞やテレビ局、小誌を含む雑誌、ミニコミ誌まで、東電のマスコミ懐柔網は編集幹部から末端の記者に至るまで縦横無尽に張り巡らされている。その象徴が、日中友好を旗印にした東電幹部とマスコミが参加する“中国ツアー”だった。
震災当日の3月11日。東電の勝俣恒久会長を団長とする約20人の「愛華訪中団」は北京にいた。6日から中国入りしていた一行は、上海、南京を経由し、12日の帰国を前に中国の要人に面会に行くバスの中で地震を知ったという。
参加者の一人が明かす。
「今回東電から参加したのは勝俣会長と副社長の鼓紀男氏ら3人でした。他には中部電力や東京・中日新聞、西日本新聞の幹部や毎日新聞の元役員、月刊誌編集長、元週刊誌編集長などがいました。このツアーはすでに十年続いており、 参加者は全額ではないにせよ、一部負担金も出しています。金額? それは勘弁して欲しい」
小誌が発見した 過去十年の参加者リストには、東電、関電、中電の錚々たる幹部のほか、現法務大臣の江田五月参議院議員ら政治家や連合元会長で現内閣特別顧問の笹森清氏、さらには大物マスコミ人がズラリと名を連ねていた。
05年と06年、08年の訪中では東京電力顧問の荒木浩氏が団長を務めており、勝俣会長も今回を除き2回団長に就くなど、一見する限り東電のアゴ足付きツアーの様相を呈している。
 
歯切れの悪い参加者
 
ツアーを主催している月刊誌「自由」の元発行人、石原萠記氏(86)はこう語る。
「私は東電の社長だった故木川田一隆先生との縁を通じて、総務担当だった平岩外四先生(元東電会長で、元経団連会長)と知り合い、以来彼が亡くなるまでの53年間、縁戚のように深い付き合いをしてきました。彼の助言で始まったのがこの訪中ツアーです。私以外の参加者の負担金は各5万円。宿泊費などは中国側が負担し、実費は東電が持つ。他の参加者の不足分は私が何とかして集めるという形でやっています」
ツアー参加者リストは、石原氏が自著『続・戦後日本知識人の発言軌跡』(自由社)の中で明らかにしていた。他にも東電、関電、中電が1年ごとの持ち回りで世話役を務める国内の発電所見学ツアーも催している。 こちらは宿泊費のみを電力会社が持ち、 参加するマスコミ関係者らの負担はタダだという。石原氏は決して接待ではないと否定するが、一方では「昭和の時代には、カネに窮して年も越せない時、東電の副社長は100万円用意してくれたなぁ」と遠い目で語るのである。

東京電力の勝俣恒久会長が震災当日、マスコミOBと日中友好ツアー「愛華訪中団」に出掛けていたため対応が遅れたと批判されていますが、そこには自由社社長・石原萠記が一緒にいたのです。かつて東電から100万円のモチ代をもらったことを恥ずかしげもなく自供しています。
 

▼週刊文春4月7日号(現在発売中)東京電力の「罪と罰」

渡部氏(引用者注・渡部恒三民主党最高顧問)は故・平岩外四氏、那須翔氏の両元会長とも親しかったが、現在の菅内閣の中にも渡部氏と同様に、東電幹部と親しい大臣がいる。
それは、江田五月法務相と、海江田万里経産相だ。彼らは東電幹部がメンバーとして参加する「十人十色の会」という会合を定期的に開いているのだ。
「雑誌『自由』の発行人だった石原萠記氏が主宰する十人ほどの懇親会です。東電の次期社長候補といわれた鼓紀男副社長、元東電労組書記長で元連合会長の笹森清氏(現内閣特別顧問)もメンバーです。2、3年くらい前から始まり、当時、江田氏が参院議長だったので公邸で集まったことも数回あります。もともと民主党に縁の薄かった東電側にとって、関係を深める良い機会になったでしょう」(同会関係者)
会の趣旨について、主宰者の石原氏はこう答える。
「別に電力の話をするわけでもないし、僕が仲のいい人を集めた単なる情報交換会です。(東電副社長の鼓氏がメンバーなのは)昔、平岩外四先生から『(東電の)経営者は社外の人と会って、見聞を広めないといけない。色んな人たちと会わせてやってよ』と頼まれていたから」

東京電力の金でマスコミ関係者を日中友好ツアー「愛華訪中団」に連れて行くだけでなく、東電と民主党を結び付ける役割を果たしたのが自由社社長・石原萠記なのです。江田五月は元社青同活動家、海江田万里は元フロント活動家。「十人十色の会」ならぬ十人赤色の会です。
 
「つくる会」が平成19年9月9日に発表した「日本国民へのアピール」には「伝統ある保守系の出版社・自由社が名乗りをあげ、つくる会の教科書を発行していただけることとなりました」とありますが、元日本共産党員・藤岡信勝は善良な会員を騙すにもほどがあります。自由社の取締役、加瀬英明は同一名称の「自由社」を設立し、伝統ある社会主義系の出版社というDNAを継承しています。
 
最後に、自由社社長・石原萠記主催の日中友好ツアー「愛華訪中団」の第1回から第8回の参加者名簿を独占掲載します。これを見ると、石原のカウンターパートが中国共産党の対日工作の責任者、張香山(2009年死去)だったことが裏付けられています。
 
それから、西尾幹二らエセ保守文化人を使い続けるWiLL編集長・花田紀凱が自由社社長・石原萠記とグルで、東京電力のお世話になっていることも分かります。


 
第1回訪中団<01年3月18~24日>
訪問地=北京、杭州、上海
団長
江田五月(参議院議員・元科技庁長官)
副団長
日野市朗(衆議院議員・元郵政相)、山本勝(東京電力副社長)
団員
星野利一(大成建設常務)、大橋博(教育財団理事長)、元木昌彦(週刊現代元編集長)、野口敞也(連合総研専務)、石原圭子(東海大学助教授)、藤井弘(日本対外文化協会常務)、江田洋一(江田事務所代表)
顧問
石原萠記(日本文化フォーラム専務、(社)日本出版協会理事長、情報化社会を考える会代表)
 
張香山(21世紀日中賢人会議代表)、陳昊蘇(中国外交学会会長、陳毅氏長男)、沈祖倫(前逝江省々長)、王国平(杭州市常任書記)の各氏、国家自然科学基金、中国学会、政界人と交流。ほかに清華大学、上海交通大学、上海総工会の代表や阿南・駐中国大使と懇談。
 
第2回訪中団<02年10月6~12日>
訪問地=秦皇島、北京、杭州、上海
団長
大森義夫(NEC専務)
副団長
大橋博(教育財団理事長)
片桐俊博(荏原製作所専務)
団員
田島克己(東京電力企画部長)、佐々木孝一(JR東日本施設部長)、松本豪郎(日立製作所電力統括部長)、元木昌彦(週刊現代元編集長)、有馬克彦(全国栄養士養成協会常務)、石原圭子(東海大学助教授)、藤井弘(日本対外文化協会専務)、江副行昭(ガラス工芸家)、江田稔(原産会議理事)、長岡正道(NEC中国担当)
顧問
江田五月(参議院議員)、石原萠記(日本出版協会理事長)、坂井隆憲(衆議院議員)、徐迪旻(亜州友好協会理事長)
 
張香山(21世紀日中賢人会議代表)、成思危(全人代副委員長)、王毅(外務省次官・駐日大使)、楊振亜(元駐日大使・21世紀委、中国側首席)、陳宝鑒(前ビルマ大使・中国人民外交学会副会長)、王国平(杭州市常任書記)、王建忠(秦皇島市書記)、菅瑞亭(秦皇島市長)。上海・市政府関係者ほかと交流。
 
第3回訪中団<03年11月2~8日>
訪問地=呉江、北京、上海、杭州
団長
大森義夫(NEC専務)
副団長
水谷克己(東京電力常務)
森本正(中部電力常務)
団員
生駒昌夫(関西電力支配人)、長岡正道(NEC中国担当)、石原圭子(東海大学助教授)、野口敞也(連合総研専務)、元木昌彦(週刊現代元編集長)、花田紀凱(週刊文春元編集長)、赤塚一(週刊新潮元編集次長)、有馬克彦(全国栄養士養成協会常務)、高橋透(ラストリゾート代表)
顧問
石原萠記(日本出版協会理事長)、徐迪旻(亜州友好協会理事長)
 
張香山(21世紀日中賢人会議代表)、呉江市長、趙凱(文匯新報グループ社長)、黄誠毅(国家電力代表)、江綿康(上海市プランナー・江沢民氏次男)、王国平(杭州市常任書記)ほか。趙凱(上海文江新報集団社長)。精華大科技センターで討議。
 
第4回訪中団<04年8月13~20日>
訪問地=瀋陽、北京、上海、杭州
団長
勝俣恒久(東京電力社長・日本経団連副会長)
副団長
水谷克己(東京電力常務)
越智洋(中部電力常務)
団員
濱田康男(関西電力取締役)、田中豊蔵(財務省財政制度等審議会委員・元朝日新聞論説主幹)、大林主一(中日新聞常務)、石原圭子(東海大学助教授・お茶の水大学講師)、元木昌彦(講談社社長室付・週刊現代元編集長)、花田紀凱(宣伝会議常務・週刊文春元編集長)、大河原正太郎(勝俣社長秘書)、江田洋一(江田議員秘書)
事務局長・有馬克彦(全国栄養士養成施設協会常務理事・自由社取締役)
顧問
江田五月(参議院議員・民主党副代表・参議院議員会長・元科学技術庁長官)
石原萠記(日本出版協会理事長・日本対外文化協会副会長)
徐迪旻(NPO法人亜州(アジア)友好協会理事長・「愛華」編集長)
 
何魯麗(全人代副委員長)、李道豫(元駐米大使・国際公共協会々長)、沈国放(外交部副部長)、王国平(杭州市常任書記>、国家電力公司総裁、藩陽市長、上海テレビ局。在日中国人留学生との会合。資生堂工場、同済大幹部と交流。
 
第5回訪中団<05年8月28~9月3日>
訪問地=深圳、広州、杭州、上海
団長
荒木浩(東京電力顧問・元社長)
副団長
大林主一(東京・中日新聞・相談役)
団員
和田馨(関西電力・秘書室長)、高木洋隆(中部電力・工務部長)、増田祐治(東京電力・総務部長代理)、恒川昌久(“信毎”東京支社長)、石原圭子(東海大学助教授)、秋山実(ラストリゾート常任監査)、花田紀凱(元・週刊文春編集長)、福住一彦(創志グループ部長)、神尾正充(「連合」組織拡大センター次長)、大嶋敬史(東京電力秘書部副長)、藤井弘(情報化社会を考える会・事務長)
顧問
石原萠記(代表・日本出版協会理事長、日本対文協副会長)、徐迪旻(NPO法人亜州友好協会理事長)
 
陳文江(深圳市人民政府副秘書長)、蕭錦哲(広東省人民政府外事弁公室局長)、夏林泉(大亜湾核電送・副総経理)、肖耀堂(広東省公共関係協会会長)、徐尚武(広東省人民政府秘書長)、夏林楽(広東原子力発電所)、田蕪軍(粤電集団・党委書記)、王国平(杭州市委書記・浙江省委常委)、單人(杭州市電力局長)、薛沛建(上海メディア・グループ総裁)、陳梁(東方衛視総編輯兼総経理)ほか。中山記念堂、西冷印社など見学。
 
第6回訪中団<06年8月28~9月3日>
訪問地=西安、紹興、杭州、上海
団長
荒木浩(東京電力顧問・元社長)
副団長
笹森清(“連合”前会長)
団員
坂上要一(関西電力・監査役室長)、岩堀剛士(中部電力・秘書部長)、増田祐治(東京電力・総務部長代理)、大林主一(東京・中日相談役)、田中豊蔵(元・朝日論説主幹)、石原圭子(東海大学助教授)、元木昌彦(元・「週刊現代」編集長)、花田紀凱(元・「週刊文春」編集長)、有馬克彦(全国栄養士養成施設協会・常任理事)、佐藤淳(東京電力秘書部副長)、藤井弘(情報化社会を考える会・事務長)
顧問
石原萠記(日本出版協会理事長、考える会代表)、 徐迪旻(NPO法人・亜州友好協会理事長)
 
王成文(西安市人民政府副書記)、王忠徳(西安市長)、成麗娟(西安人民対外友好協会会長)、陳洪涛(西安開発区管理委副主任)、池芳(開発委副局長)、王国平(杭州常任書記)、金勝山(杭州副市長)、薛沛建(上海メディア・グループ総裁)ほか。西安の華清池、兵馬俑、大雁塔、乾陵、ハイテク開発区など見学。
 
第7回訪中団<07年8月13~18日>
訪問地=南京、姜堰、無錫、蘇州、上海
団長
笹森清(労働者福祉中央協議会会長。“連合”前会長)
団員
半谷栄寿(東京電力・事業開発部長)、竹田芳弘(関西電力・購買部長)、西村文宏(中部電力・用地部長)、田中豊蔵(元・朝日論説主幹)、加藤順一(元・毎日中部本社編集局長)、淡川邦良(北海道テレビ・常務)、野口敞也(前連合総研専務)、元木昌彦(元「週刊現代」編集長)、赤塚一(元・「週刊新潮」編集次長)、鈴木隆一(ワック・マガジン社長)、石原圭子(東海大学准教授)、大橋英夫(創志学園グループ・専務)、永川祐三(AVプロジェクト社長)、藤井弘(情報化社会を考える会・事務長)
顧問
石原萠記(代表・日本出版協会理事長)、徐迪旻(NPO法人・亜州友好協会理事長)
 
叶晧(南京市委・常務委員・宣伝部長)、孫文学(南京人民対外友好協会副会長)、南京電力局幹部と意見交換(三電力団員)。王嵬(市政府宣伝部副部長)、呉静(南京人民政府新聞弁公室処長)、高紀明(泰州市常務委員)、徐志良(姜堰市副市長)、王仁政(姜堰市市長)、繆鴻(経済開発区管理委主任)、沈亮(蘇州国家高新区管理委副局長)、王平(蘇州高新区日本事務所長)、王葛先(蘇州高新区管理委副主任)、薛沛建(上海メディア・グループ総裁)ほか。霊山(禅寺)、寒山寺、南京中山陵などを見学。
 
第8回訪中団<08年8月31~9月6日>
訪問地=上海、武漢、杭州
団長
荒木浩(東京電力顧問)
副団長
笹森清(“連合”前会長)
鼓紀男(東京電力副社長)
団員
鷲尾潤三(関西電力・法務部長)、服部邦男(中部電力・国際事業部長)、平野裕(元毎日新聞専務・評論家>、大林圭一(東京・中日新聞相談役)、石原圭子(東海大学教授)、花田紀凱(「ウィル」編集長・元週刊文春編集長)、元木昌彦(編集者学校校長・もと週刊現代編集長)、赤塚一(評論家・元週刊新潮編集次長)、久保田司(“安全輸送”社長)、佐藤淳(東京電力・秘書部副長)、永川祐三(ミクル・プランニング代表)、 藤井弘(情報化社会を考える会・事務長)
顧問
石原萠記(代表・日本出版協会理事長)、徐迪旻(NPO法人・亜州友好協会理事長)
 
武漢の黄鶴楼上より六十有余年前、この地に在りし日を偲ぶ。かつての面影や全くなし。蛇山公園の緑園に歴史の興亡を偲びつつ、行き交う老若男女の嬉々とした語り声に、日々の平安を思い、頭を垂れる。
 
薛沛建(上海メディアグループ総裁)、吉村明朗(上海環境球金融センター公司総経理)、辺玲(武漢人民政府友好協会会長)、李運霊(武漢供電公司総経理、党委副書記)、藩堂林(長江報業集団社長・党委書記)、雷騰芳(武漢総工会副主席)、袁善謄(武漢市副市長)、周嵐(阿里巴巴総監)、蔡奇(杭州市市長)、佟桂荊(杭州市副市長)、柴尭迅(上海楊浦区副区長)
 
上海森ビル展望台、武漢・黄鶴楼、杭州・雷峰塔などを見学する。
 
※石原萠記著『続・戦後日本知識人の発言軌跡』(自由社)から作成
(C) http://blog.goo.ne.jp/project-justice
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★自由社役員「慰安婦は強制連行された」


扶桑社から絶縁された「新しい歴史教科書をつくる会」の新しい発行元「自由社」が検定不合格を経て合格させた中学校歴史教科書が間もなく書店で市販されるそうです。2月14日のエントリーで「自由社」には石原萠記社長の自由社に加え、加瀬英明社長の自由社が二重に設立されているという不可解な事実をお伝えしました(便宜上、前者を自由社A、後者を自由社Bと呼ぶこととします)。文科省に検定申請したのは自由社Aですが、市販本の発行元は自由社Bだそうです。自由社Bの役員を再掲します。
 
代表取締役 加瀬英明(外交評論家、自由社A取締役)
取  締  役 植田剛彦(著書で慰安婦強制連行説を主張する親韓派ジャーナリスト)
取  締  役 松本謙一(前「つくる会」東京支部長。シンポで小林よしのりさんに野次を飛
         ばした男)
取  締  役 石井弘子(作家の石井竜生の妻、井原まなみの本名。朝日新聞社の懸賞
         論文で準入選)
監  査  役 三堀  清(弁護士、パチンコチェーンストア協会の法律分野アドバイザー)
 
今回は「著書で慰安婦強制連行説を主張する親韓派ジャーナリスト」植田剛彦(うえだ・たかひこ)氏を取り上げます。植田氏は、週刊新潮に「韓国人元ホステスと同棲していた」と報じられた加瀬英明社長(平成19年11月12日付エントリー参照)の人脈です。
 
その植田剛彦氏の著書に『在日韓国人の底力―21世紀へ向けて“韓国系日本人”の確立を』(日新報道)という本があります。この本には芸能界やスポーツ界の在日韓国・朝鮮人とされる人たちが実名で書かれているため、その部分が興味本位でネット上に盛んに引用されています。
 
パラパラめくってみると、伊藤博文を暗殺した安重根を持ち上げていました。
 
<安に、私怨は全くあろうはずがなかった。ただただ、韓国、日本、東洋の平和を願ってのことだった。東洋の平和と韓国独立のためには、それを阻む伊藤をまず倒さねばならなかった>
 
韓国併合については、
 
<日本の行った行為は“民族の精神的ジェノサイド”であったことは否定できまい><あらゆる詭弁を用いようとも、日本の韓国に対してとった投資的施策は、敢えて汚い言葉を弄すれば、「豚は太らせてから食え」の譬えであったといえよう><これまでの「日韓併合」にまつわる日本の行った行為を肯定した論文や論説が韓国人の神経を逆なでし、徒らに問題をまき散らしてきた。また、併合によって韓国の被った功罪について、例えば社会資本の整備、社会改革、国内の近代化などについて、日本が多大な貢献をしたと論陣を張る識者もいるが、インフラなどの整備に寄与したことは事実であろうが、これも日本の国益と都合であって、韓国自らが望んで日本に依頼したわけではない。貢献論は、善意の押し売りである><日本は侵略という言葉を嫌い否定するが、加害者であったことは否定できまい。私は徒らに事を蒸し返すつもりはないが、歴史の事実に照らし合わせ、もう一度、不幸な事実に政治の光を当て、政治が置き忘れてきた不幸な人々のことを見直すべきではあるまいか、と思うのだが…>
 
さて、問題の慰安婦です。
 
<美名の下に狩り出された20万の従軍慰安婦たち><日本兵相手のこの強制売春は、日中戦争下の三八年ころから大規模に始まり、その主な供給源として軍が着目したのが朝鮮人女性であった。彼女らは「お国のため」と称して、“特志看護婦”とか“軍用員”あるいは“女子工員”といった名目の下、強制的に集められ、日本兵の残酷かつ野蛮なセックス処理の慰み物になった悲しい女たちである。これらの女性は当初、特志看護婦なとと称した特殊要員は「皇軍の名誉」に関わるということで、民営の形をとり、日本人業者が警察官や面長(村長)らと村を回り、若い娘を騙して連れて行った><娯楽所はいつしか慰安所になり、婦女子の勧誘および売春行為が半ば公然と行なわれるようになった。こうなると、今までコソコソとやっていた女狩りを、軍の要請によって、総督府から道庁、道庁から郡庁へ、そして面へと下達され、軍から委ねられた民開業者は駐在所の巡査と連れ立って、騙しと、脅しと、おだての三拍子に加えて、「お国のためだ。お国のためになる仕事だ」の決り文句で、半信半疑の若い娘たちを慰安婦として狩り出した。また、朝鮮民族の独立の美名の下、“女子愛国奉仕隊”なる名で半強制的に集めたのも事実である。戦火が拡大され、戦況が著しく悪くなる四三年頃からは、「女子挺身隊」の名の下に、およそ二十万人の朝鮮人女性が労働動員されたが、そのうちの若い未婚女性の大半が慰安婦にされた><「挺身隊は慰安婦ではない」とか、「当時、私のいた村では強制的に誘拐して慰安婦にされた例はない」などという説を曲げない人もいるが、この悲劇は事実であったのだ><過去、日本の政治家は、奥野誠亮、中西啓介、永野茂門、桜井新各代議士らが侵略戦争をめぐる発言で、配慮と言葉に慎重さを欠いたため、大臣を更迭される、もしくは辞任するなどの手痛い火傷を負っている。歴史は歴史として、事実をしっかり把握するべきである。歴史を見失って、事実を霧の中に包んではなるまい>
 
ここまで読んで、本を放り投げました。こいつ左翼じゃないか!
 
『不屈の在日韓国人』(日新報道)という本にも同じようなことが書いてあります。この植田剛彦氏は民団(在日本大韓民国民団)と親密です。加瀬英明社長は“夜の日韓親善”。さらに監査役の三堀清弁護士はパチンコ業界団体の法律アドバイザーです。自由者Aの石原萠記社長はかつて在日韓国大使館の広報誌を発行し、竹島を「石ころ」と呼ぶほどの韓国贔屓(平成19年10月9日付エントリー参照)です。そして「つくる会」一部首脳と統一教会の接点(昨年8月30日付エントリー参照)…。
 
「つくる会」「自由社A」「自由社B」と朝鮮半島とのコネクションがますます浮かび上がってきました。
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★自由社は2つある-文科省さん、類似商号にご用心


昨年7月29日のエントリーで、「新しい歴史教科書をつくる会」の新しい発行元「自由社」(石原萠記社長)の登記上の本店が石原社長の自宅(練馬区谷原●-●-●)で、監査役は石原社長の妻…そんな教科書会社どこにもない、と書きました。そのことで先日、「永田町関係者」とおっしゃる方から情報募集メールアドレスに連絡をいただきました。「ブログで指摘されたためか、あわてて9月12日に文京区水道2-6-3を本店に同じ自由社という名称の会社が設立されています。社長は加瀬英明氏」「ところが石原萠記社長の従来の自由社も解散せずに並立しています」と、登記簿が添付されていました。
 
驚いて私たちも登記簿を取ってみました。確かに 自由社(石原萠記社長)と自由社(加瀬英明社長)が両方存在しています(便宜上、前者を自由社A、後者を自由社Bと呼ぶこととします)。役員は次の通りです。
 
自由社A 登記上の本店=東京都練馬区谷原●-●-● 昭和48年10月20日設立
代表取締役 石原萠記(日本出版協会理事長、日本対外文化協会副会長)
取  締  役 有馬克彦(全国栄養士養成施設協会常務理事、日本出版協会理事)
取  締  役 加瀬英明(外交評論家、自由社B社長)
監  査  役 石原信子(石原萠記社長の妻)
 
自由社B 登記上の本店=東京都文京区水道2-6-3 平成20年9月12日設立
代表取締役 加瀬英明(外交評論家、自由社A取締役)
取  締  役 植田剛彦(著書で慰安婦強制連行説を主張する親韓派ジャーナリスト)
取  締  役 松本謙一(前「つくる会」東京支部長。シンポで小林よしのりさんに野次を飛ばした
        男)
取  締  役 石井弘子(作家の石井竜生の妻、井原まなみの本名。朝日新聞社の懸賞論文で
        準入選)
監  査  役 三堀  清(弁護士、パチンコチェーンストア協会の法律分野アドバイザー)
 
これは一体どういうことでしょうか。登記上の本店を石原社長の自宅から実態に合わせて変更するなら移転登記すればいいだけの話で、新たに会社を設立する必要はありません。自由社Aが倒産して新社を設立したのかというと、自由者Aは登記されたままです。
 
商業登記法27条は
商号の登記は、その商号が他人の既に登記した商号と同一であり、かつ、その営業所(会社にあつては、本店。以下この条において同じ。)の所在場所が当該他人の商号の登記に係る営業所の所在場所と同一であるときは、することができない。
と定めています。
 
要するに、同じ場所に同じ名前の会社を登記できないということです。自由社Aの登記上の本店は練馬区谷原の石原萠記社長の自宅ですが、石原社長の自宅はオフィスとして機能しておらず会社は文京区水道2-6-3にあるのですから、自由社Bを文京区水道2-6-3に設立するのは、違法ではないにせよ法の趣旨には反していることになります。
 
なぜ法律が同じ場所に同じ名前の会社を作ることを禁じているかというと、説明するまでもなく、その会社と取引や契約をするときに相手が確定できないからです。「永田町関係者」さんは、自由社A自由社Bの両方の役員になっている加瀬英明氏について「経営者としてのモラルを問いたくなります」と書いてこられましたが、同感です。
 
別に自由社A自由社Bの取引先のことなど私たちの知ったことではありませんが、問題は教科書検定です。つくる会Webニュースによると、自由社Aは昨年4月17日に中学校歴史教科書を検定申請しています。通常ならこの3月下旬か4月上旬に結果が発表されますから、今が大詰めの段階とみられます。
 
自由社Bは昨年9月設立ですから、検定申請したのは自由社Aなのですが、自由社Bの登記簿を見ると、目的欄に「教科書並びに教育図書の出版及び販売」とありますから、教科書を発行するのは自由社Bなのでしょうか。しかし、つくる会が平成19年9月9日に発表した「日本国民へのアピール」には「伝統ある保守系の出版社・自由社が名乗りをあげ、つくる会の教科書を発行していただけることとなりました」とありますから、教科書を出すのは昨年9月にできたばかりで伝統のない自由社Bではないはずです。
 
頭が混乱してしまいます。文部科学省は自由社A自由社Bのいったいどちらと検定のやり取りをしているのでしょうか。まさか、自由社Aからの検定申請を審議していたら、知らない間に相手が自由社Bにすり替わっていたということはないでしょうね。こんな不可解なことをしている自由社A自由社Bは教科書発行者の要件を満たしているのでしょうか…。
 
文科省だけではありません。藤岡信勝さんや西尾幹二さんたちが福本修也弁護士を代理人にして扶桑社を訴えている出版差し止め訴訟で、裁判官は自由社Bの存在を知っているのでしょうか?
 
関係者の方、どういう事情なのか、情報募集メールアドレスproject-justice@mail.goo.ne.jpにこっそり連絡してください。それから、法律や経営に詳しい方、一般論として、こういう手続きを取る奴は何を企んでいるのか、解説していただければ幸いです。「永田町関係者」さん、ありがとうございました。今後も連絡を取り合いましょう。
  
自由社Bの役員の顔ぶれを見て驚いた方も多いと思います。その素性を次回以降お伝えします。
 
※日本教育再生機構を騙って、沖縄の少女をレイプせよとか教科書関係者の身の安全を保障しないなどと脅した脅迫事件について、たくさんの情報ありがとうございます。引き続き募集しています。脅迫状を受け取った方、犯人について知っている方は情報募集メールアドレス(project-justice@mail.goo.ne.jp)にご連絡いただければ幸いです。まだ被害届や告訴状を出していない方は警視庁に提出してください。

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★日本出版協会(つくる会の移転先)の赤くてグレーな歴史


「新しい歴史教科書をつくる会」本部の移転先のことを1月27日のエントリーで「『日本出版協会』という聞いたことのない組織」と書いたところ、年配の読者の方から「日本出版協会は今でこそ胡散臭い組織に落ちぶれたが、70年安保のころは左翼系書評紙『日本読書新聞』の発行元として有名だった左翼的団体だから、全共闘世代なら名前を知っている人も多いはずだ」というお叱りのメールをいただきました。そこで今回は、読者のご協力と「公的な組織」からの情報を元に「日本出版協会の歴史」を掲載します。
 
■GHQの手先
 
日本出版協会の前身は、大東亜戦争開戦前年の昭和15年12月に発足した出版界の国家統制団体「日本出版文化協会」です。18年3月には国家総動員法に基づく出版事業令によって、権限を強めた「日本出版会」に改組されました。
 
終戦後の昭和20年10月に「日本出版協会」となり(21年5月、社団法人登記)、戦争に協力していた立場から一転して、GHQの手先となって出版界の戦争責任追及を行います。21年1月に講談社、主婦之友社、旺文社など7社を戦犯出版社として追放する決議を行いました(このあたりのことは大阪国際大学名誉教授、岡本幸治先生の『骨抜きにされた日本人―検閲、自虐、そして迎合の戦後史』PHP研究所に詳しく書かれています)。

これらの動きに反発した21社が日本出版協会を脱退して、この年の4月に「日本自由出版協会」(後の全国出版協会、日本書籍出版協会)を結成し、加盟社は増えて日本出版協会は少数派になります(看板は持っているけど少数派に転落したというのは「つくる会」と同じです)。
 
■左翼書評紙の発行
 
さて、業界団体としての実体を失った日本出版協会ですが、昭和12年創刊の「日本読書新聞」の発行は続けました。紙面は左翼的で、39年3月9日号では義宮さま(常陸宮さま)と津軽華子さんのご婚約をめぐって「この御両人、どう見ても性的発育不能者。あのほうの夜のことを心配しますね」というとんでもない不敬記事を掲載して民族派から激しい抗議を受けました。
 
そして、60年安保から70年安保にかけて左翼思想界を扇動し、新左翼(極左暴力集団)の学生から支持されます。「新聞の中の新聞、出版社の中の出版社といわれ、大学祭のスローガンか学生運動の立て看板のような見出しで、左翼学生や文学青年を魅了してきた」(佐野真一『業界紙諸君!』ちくま文庫)。70年安保前後には公称14万部発行した年もあったそうです。
 
■総会屋の介入
 
しかし連合赤軍事件以降、部数が急減。昭和50年には大物総会屋の上野国雄氏が理事長に就任します。日本出版協会と総会屋の関係は54年4月24日の衆議院法務委員会でも取り上げられ、社会党の議員が「総会屋の上野氏が占拠しているのは日本出版協会。去年、上野氏は死んだわけでありますが、総会屋がそういう公益法人に顔を出している」と政府を追及しました(国会会議録検索より)。
 
日本読書新聞は昭和59年12月で休刊となります。原因は日本出版協会事務局長による使い込みです。協会が社屋を建て替えた際(今「つくる会」が入っている建物です)、1600万円の使途不明金が発覚し、Tという事務局長が使い込んでいたことが分かったのです。横領の総額は3500万円以上でした(59年12月22日付日本経済新聞)。
 
上野氏の死後も総会屋による支配が続きます。昭和60年から1年余りの間、「日本読書新聞を発展的に継承させた」という名目で「Book World」という月刊誌が発行されましたが、その誌面は「出版社の広告は全く見当たらず、それに代わって、トヨタ、日産など、大企業の広告が随所にはさまれており、見る人が見れば、総会屋系の雑誌であることが容易に読みとれる」(『業界紙諸君!』)。この当時の日本出版協会専務理事Y氏は平成2年に大手工作機械メーカーをめぐる利益供与事件で逮捕されました。
 
冒頭の写真は「噂の真相」平成元年10月号の記事です。日本出版協会に総会屋が入り込んでいて、海部俊樹氏(後の首相)が名目上の会長になっていたが、職員はその事実を知らないし、海部事務所も困惑している―といった内容です。そのほかにもなかなか興味深いことが書いてあります(全文読みたい方は電子書籍←クリック で購入できます)。
 
■K前理事長と石原理事長
 
日本出版協会に入り込んだ闇の勢力は登記簿で簡単に確認できます。大物総会屋で左翼系雑誌「創」の最初のオーナーであるF氏の名前もありますが、一番有名なのは理事長を務めたK氏でしょう。K氏は長年ブラックジャーナリズムの世界に身を置き、「政界ジープ」という国会情報紙を経営していた昭和31年、「暴露記事を書くぞ」と言って野村証券など一流企業から計6400万円を脅し取って逮捕されています(「政界ジープ事件」)。43年に摘発された「日通事件」では日本通運側の意を受けて政治家にわいろを渡しています(同年6月25日付東京新聞には「国会に巣食うダニ」という見出しが躍っています)。53年に発覚した航空機汚職「ダグラス・グラマン事件」でも、裏金の仲介役としてマスコミや国会で名前が出ました。
 
K氏は平成11年9月に退任。所管官庁である文化庁の意向もあり、翌12年6月から今の石原萠記氏を理事長とする「新体制」になりました。しかし現在の理事のうち石原理事長を含む3人の理事就任時期は下記の通りです。
 
・石原萠記理事長(自由社社長)平成9年6月
・柳沢徳次専務理事(日朝文化交流協会副理事長)平成2年6月
・山田晃理事(株式情報誌「産業と経済」会長)平成元年6月
 
この3人は「国会に巣食うダニ」((C)東京新聞)と呼ばれたK氏と一緒に日本出版協会を運営していたわけで、完全に血が入れ替わったわけではないのです(10年間K氏と一緒だった山田晃理事が出している「産業と経済」という雑誌←クリック は「手堅く儲ける戦略株式情報誌」だそうです。今度読んでみたいと思います)。
 
「つくる会」が机を置かせてもらっている日本出版協会が以上のような歴史を持つ団体だということは、所轄の大塚警察署は当然認識しています。しかし「つくる会」は自分たちが警備されるべき対象だと勘違いし、「前の事務所は過激派に放火されて本富士署にお世話になりました。新しい事務所も警戒よろしくお願いします」と要請しているのでしょうか。警察も大変だなあと同情します。
 
大丈夫ですよ。日本出版協会の中に入っていれば、左翼も闇の勢力も襲ってきませんよ。
 
※日本教育再生機構を騙って、沖縄の少女をレイプせよとか教科書関係者の身の安全を保障しないなどと脅した脅迫事件について、たくさんの情報ありがとうございます。引き続き募集しています。脅迫状を受け取った方、犯人について知っている方は下記の情報募集メールアドレスにご連絡いただければ幸いです。まだ被害届や告訴状を出していない方は警視庁に提出してください。
project-justice@mail.goo.ne.jp

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★203号室はありませんよ(笑)―「つくる会」移転先


「新しい歴史教科書をつくる会」の本部がきょう1月30日、東京都文京区水道2-6-3の「日本出版協会ビル」ことマンション「TOP江戸川橋」の2階に移転します。そこは「つくる会」の教科書発行元である「自由社」(石原萠記社長)や、ほとんど活動実態のない「日本出版協会」(石原萠記理事長)、「日本文化フォーラム」が入居しているフロアです。「つくる会」のホームページやFAX通信などで流れた「お知らせ」では「文京区水道2-6-」とありますが、これは「文京区水道2-6-」の間違いです(まだ訂正されていません)。ここまでは前回のエントリーでお伝えしました。
 
その後、自由社を訪問したことがあるという複数の方から情報募集メールアドレス(project-justice@mail.goo.ne.jp)に連絡をいただきました。「つくる会」のお知らせには移転先が「日本出版協会ビル203号室」とありますが、「日本出版協会ビル」こと「TOP江戸川橋」には「203号室」は存在しないというのです。エレベーターを2階で降りるとドアが1つだけあり、そこはワンフロアぶち抜きで201号室だといいます。
 
そこで、「TOP江戸川橋」の登記簿と各階平面図を見てみました。確かに2階全体の94.25平方メートルが丸々201号室です。ドアは1つしかないのです。
 
これはどういうことかと言うと、201号室に机や電話などを入れさせてもらい簡単なパーティションで仕切った「つくる会」は、文部科学省や左翼、マスコミなどから「つくる会と自由社は一体だ」と指摘されないよう、姑息にも、存在しない「203号室」を対外的に公表する住所としてでっち上げたのです。
 
要するに「203号室」というのはキャバレーの「3番テーブル」みたいなもので、ドアを開けて201号室に入ったら、その一角に通され「ここが203号室のつくる会です」…。笑っちゃいますね。番地が違ってるし、部屋番号存在しないし…郵便物届きませんよ。
 
さて、登記簿によると、この201号室の所有者は「日本出版協会」です。つまり「つくる会」にとって「日本出版協会」は同居人であり大家であるということです。
 
その「日本出版協会」の専務理事、柳沢徳次さんが日朝文化交流協会副理事長で、拉致事件に関連して名前の出る有名な親北派だという事実を前回のエントリーで紹介しましたが、柳沢徳次さんは万景峰号にも招待されたことがあるそうです。朝鮮総連機関紙「朝鮮新報」の日本語サイトから転載します。
 
「万景峰92」号/朝・日友好の絆強める
 
 建造・就航五周年を機に初めて横浜港に入港していた「万景峰92」号が3日、祖国を訪問する同胞、朝鮮学校学生らを乗せて出港し、1500余人の同胞らが見送った。同船は5月31日から同港・大さん橋に停泊し、同胞や日本市民の見学者、延2500人を受け入れた。一方、船長ら代表は神奈川県、横浜市を表敬訪問し、日本の各界人士を招いて宴席ももうけるなどして朝・日友好の絆を強めた。(7面に特集)
 3日の歓送セレモニーには、総聯中央の権淳徽、金守埴の両副議長と神奈川歓迎委員会委員長の金佑鍾・総聯県本部委員長をはじめとする歓迎委員、地元神奈川をはじめ関東地方の同胞らと、朝鮮学校生徒、日本市民らが参加。乗船した祖国訪問団との間に色とりどりの紙テープを渡すなどして見送った。
 これに先立ち、同船が92年6月2日に日本(新潟港)に初入港してからちょうど5年目にあたる2日、カン・スンファン船長ら代表が市、県を表敬訪問。市港湾局の安武啓揮・企画振興部長、吉田紀・県渉外部長らがそれぞれ応対した。
 また、同日夜にはカン船長の招待宴が催され、深田肇衆院議員(社民党組織局長)、齋藤勁参院議員(民主党神奈川幹事長)、安部正・県議会議員(社民党神奈川県連合代表)、井上周八・チュチェ思想国際研究所理事長、中小路清雄・日朝学術交流協会理事長、林亮勝・日朝文化交流協会理事長、柳沢徳次・同協会副理事長、渡辺道子・元社会党婦人局長、小川ルミ子・日本婦人会議事務局長、若林・朝鮮の自主的平和統一支持日本委員会事務局長、広瀬礼子・神奈川日朝婦人懇談会代表、安武啓揮・市港湾局企画振興部長、安斎義昭、斉藤正の両県議、竹田邦男県教組委員長ら148人の各界人士が参加した。
 カン船長があいさつし、2年連続の大水害で困難な状況にある共和国に対し「日本の人々から人道的支援が寄せられていることに大変励まされている」として謝意を表すとともに、いっそうの友好連帯を呼びかけた。
 また安武、深田、齋藤勁、安部の各氏があいさつ。
 安部氏は、「水害支援問題をはじめ、日朝両国が様々な問題を抱える今、今回の入港を機に、両国の友好の輪がさらに広がることを確信する」と語った。
 船員と神奈川朝鮮歌舞団、東京朝鮮歌舞団が歌を披露すると、それに合わせて踊りの輪があちこちに広がった。

 
「つくる会」の“友達の輪”も、随分広がりましたね。
 
※日本教育再生機構を騙った脅迫事件について、たくさんの情報ありがとうございます。引き続き募集しています。脅迫状を受け取った方、犯人について知っている方は下記の情報募集メールアドレスにご連絡いただければ幸いです。まだ被害届や告訴状を出していない方は警視庁に提出してください。
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★石原萠記よ、福留貴美子さんを救え!―「日本出版協会」の正体


「新しい歴史教科書をつくる会」の本部が本郷の地を離れ、文京区水道の「日本出版協会ビル2階」に移転すると、つくる会Webニュースが伝えています(そこには「水道2-6-」とありますが「水道2-6-」の間違いです)。日本出版協会ビル2階というのは、つくる会の新しい教科書発行元「自由社」(石原萠記社長)の所在地ですから、つくる会は自由社と同居するということです。平成19年10月9日付エントリーで紹介した通り、「日本出版協会ビル」という名前が付いていますが実態は「TOP江戸川橋」という賃貸マンションです。「つくる会」の藤岡信勝会長の自宅と直線距離で150メートルほどのご近所ですから、藤岡会長の都合という部分もあるのでしょう。
 
私たちは「日本出版協会ビル」こと「TOP江戸川橋」についてはとっくに調べ上げていて、現地調査したこともあります。2階には「自由社」と、実態のほとんどない「日本出版協会」「日本文化フォーラム」が同じ部屋に入っています。ここに「つくる会」もやってくるわけです。
 
ところで「日本出版協会」という聞いたことのない組織はいったい何をやっているのでしょうか。登記簿によると、役員は次の通りです。
 
・理事長 石原萠記(自由社社長)
・専務理事 柳沢徳次(日朝文化交流協会副理事長、日本対外文化協会常務理事、日本モンゴル親善協会理事長、前サントクエンタープライズ社長)
・理事 山田晃(産業と経済取締役会長)、藤井弘(日本対外文化協会専務理事)、野口敞也(元連合総研専務理事)、大橋英夫(関西文化芸術学院校長)、有馬克彦(全国栄養士養成施設協会常務理事、自由社取締役)
 
日本出版協会」というから出版社の組合かと思ったら、社会主義者の石原萠記さんのお友達が集まったサークルのような組織です。その中にびっくりするような名前がありました。専務理事の柳沢徳次さんです。柳沢徳次さんといえば、外事警察関係者や朝鮮総連ウオッチャー、「救う会」関係者なら誰でも知っている名前です。「日朝文化交流協会副理事長」という肩書きを見れば分かる通り、バリバリの親北朝鮮派です。石原萠記さんの左翼人脈を象徴する人物ですね。
 
柳沢徳次さんには、拉致事件をめぐって重大な疑義が持たれています。昭和51年に「モンゴルに行く」と言い残して出国し、その後北朝鮮でよど号犯の岡本武の妻になっていたことが確認された福留貴美子さんとのかかわりです。当時渡航が難しかったモンゴルへの出国を希望していた福留さんは、柳沢徳次さんが事務局長を務める「日本モンゴル親善協会」と、柳沢徳次さんが社長を務めるモンゴル旅行会社「サントクエンタープライズ」に相談に行っていたことが確認されているのです。福留さんが頼った柳沢徳次さんは親モンゴルであると同時に北朝鮮とも親密だった…。「救う会高知」は平成18年、福留さんは北朝鮮に拉致されたとして高知県警に告発しているのですが、告発状にはこのことが明記されています。
 
石原萠記さんは友人である柳沢徳次さんにこの事実を問いただしたことがあるのでしょうか? 石原さんは「つくる会」にかかわるより、まず福留貴美子さん救出運動に短い余生の全力を尽くすべきではないでしょうか。
 
そして「つくる会」は…。「日本出版協会」と同居していることで公安当局からマークされないよう気をつけてくださいね。
 
参考サイト
「トップ江戸川橋」の賃貸物件情報
Wikipedia日本出版協会
Wikipedia柳沢徳次
Wikipedia日本モンゴル親善協会
Wikipedia日朝文化交流協会
Wikipedia福留貴美子
電脳補完録 拉致問題解決まで
高知県警への告発状(救う会全国協議会ニュース)
 
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★社会主義系雑誌「自由」が突如廃刊


「新しい歴史教科書をつくる会」の新しい発行元「自由社」(石原萠記社長)が発行する月刊誌「自由」が、現在発売中の2月号をもって廃刊となったことが判明しました(「自由」編集委員会代表の加瀬英明さんがメールマガジンで「廃刊となった」と書いているので、休刊ではなく廃刊です)。昭和34年創刊の伝統ある社会主義系雑誌でした。
 
2月号の編集後記には「本誌に対する御協力・御支援に心より感謝すると共に、今後とも新生自由社への御協力をお願い申し上げる次第であります」とありますが、廃刊とも休刊ともどこにも書いてません(石原萠記さんの愛娘、石原圭子東海大教授によるオバマ大統領に期待する論文が載っていますが)。投書欄には投稿規定もちゃんと掲載されています。
 
自由社は急に雑誌をやめるほど経営難なのに、教科書を出せるのでしょうか。
 
宮崎正弘さん(いまだに西尾幹二さんを支持するKYな評論家)の文章が10ページに載っていますが、そこには「出版界に異変が起きている。雑誌界でも『現代』『論座』がなくなる一方で、『自由』『WiLL』『正論』などが売れている」とあります。
 
「自由」が売れている!!!!!! 爆笑してしまいました。売れてるなら続けてください。

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★つくる会を軍国主義と批判する月刊「自由」
★慰安婦に興奮する藤岡信勝-by「自由」11月号
★集団自決は軍命令だ-byつくる会の新発行元
★不敬・つくる会の新発行元 謝罪せず!
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★不敬を開き直る石原萠記さん(つくる会新発行元)
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★「つくる会」発行元は社会主義の出版社
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★昭和天皇が戦争責任をとらない限り靖国問題は続く-byつくる会発行元
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※日本教育再生機構を騙った脅迫事件について、たくさんの情報ありがとうございます。引き続き募集しています。脅迫状を受け取った方、犯人について知っている方は下記の情報募集メールアドレスにご連絡いただければ幸いです。まだ被害届や告訴状を出していない方は警視庁に提出してください。
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★「田母神論文はいつか来た道」―つくる会発行元


「新しい歴史教科書をつくる会」の新しい発行元「自由社」の石原萠記社長が旧社会党系の社会主義者であり、旧ソ連や中共との友好を進め、歴史認識でも「昭和天皇に戦争責任あり」を公言していることをこのブログで何度も何度も書いてきました。
 
石原萠記社長は、今月発売された「自由」の新年号の「巻頭言」で田母神俊雄・前航空幕僚長の論文問題を取り上げています。
 
書き出しからして<日本の侵略戦争を正当化する論稿を発表し、問題になっている>と、共産党や朝日新聞と同じ表現です。
 
ああでもないこうでもないと言った後、<自衛隊トップに上り詰めた人物の発言である。それだけに発言内容は強く問われなければならない>。そして<戦前軍部の独走が国を破滅させた反省の上に立って、戦後日本は平和国家としての道を歩んできた>
ああ、これがつくる会の新しい戦後観ですね。
 
文民統制だから発言には制約があると叱って<そんな思いから見る現状は、昭和初期の軍部が突出した時期に相似しているように思う><いつか来た道は、絶対拒否する><過去を繰り返すことのないよう>…。
 
まあ、私たちはもう驚きませんけどね。「伝統ある社会主義系の出版社」である自由社のDNAは、経営陣や編集者が代わっても消えないでしょう。
 
「自虐史観の社会主義者に発行を依頼したこと」と「反日・親朝鮮の統一教会と接点があること」は無関係ではないでしょう。つくる会に残っている会員の皆さんは、この構図にまだ気づきませんか?
 
プロフィール欄に情報受付メールアドレスを掲載したところ、つくる会に関する情報が殺到しています。衝撃的なものも含まれています。近々ご紹介します。
project-justice@mail.goo.ne.jp
文書類はPDFかJPEG形式で添付してください。お返事はできかねます。ご了承ください。
 
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★つくる会発行元の本社は石原萠記社長の自宅!


「新しい歴史教科書をつくる会」の新しい発行元「自由社」(石原萠記社長)はどんな会社なのか、公表されている資料で調べようと思い、靖國神社に参拝した後、九段下の東京法務局本局を訪れました。
本局の法人登記の管轄は千代田区、中央区、文京区、小笠原村です。自由社の本社は「東京都文京区水道2-6-3日本出版協会ビル」ですから、ここに登記簿があるはずです。
 
プロジェクトJメンバー「申請書類です。よろしくお願いします」
(4分後)
法務局職員「263番の方」
プロジェクトJメンバー「はい」
法務局職員「自由社という法人はうちの管内にはありません」
プロジェクトJメンバー「そんなはずありませんわ。発行している雑誌に東京都文京区水道2-6-3日本出版協会ビルとありますから、本社は文京区です」
法務局職員「でもないんですよ。どこの区か分かればここでも調べられますけど」
プロジェクトJメンバー「まったく手がかりはありません。出直してきますわ。印紙代1000円返してくださいね」
法務局職員「換金はできません。はがしてまた使ってください」
 
というわけで、私たちは東京、神奈川の法務局出張所を手分けして訪れました。
そして3週間後のきのう。あったのです。練馬出張所に。
自由社の登記上の本店(本社)は、石原萠記社長の自宅である練馬区谷原●-●-●の2階建て住宅なのです。
 
役員は次の通りです。
 
代表取締役 石原萠記
取  締  役 有馬克彦(全国栄養士養成施設協会常務理事)
取  締  役 加瀬英明(外交評論家)
監  査  役 石原信子(石原萠記社長の妻)

 
古い登記簿も調べると、あの親ソ連の親玉で社会党衆議院議員だった松前重義先生も死去まで取締役でした。
 
実態と違う場所に登記上の本社があっても違法ではありません。例えば日産自動車の本社は東京・銀座ですが、登記上は横浜です。
 
でも
 
・社長の自宅を登記上の本社にしている
・社長の奥さんが監査役に就任している
 
こういう教科書会社はどこにも存在しません。

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★集団自決は軍命令だ-byつくる会の新発行元(2)

★昭和天皇が戦争責任をとらない限り靖国問題は続く-byつくる会発行元

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★昭和天皇が戦争責任をとらない限り靖国問題は続く-byつくる会発行元


「新しい歴史教科書をつくる会」の新しい発行元「自由社」(石原萠記社長)の月刊誌「自由」の7月号の巻頭言です。巻頭言は石原萠記社長の執筆です(ついでに言うと、お年寄り言葉の「週刊誌記者匿名座談会」も石原萠記さんが1人でお書きになっているそうです)。

あっそれから、城島了(じょうじま・おえる)という人の連載が載っていますが、これは前「諸君!」編集長、仙頭寿顕君の社外アルバイト原稿です。文藝春秋社は承知しているのでしょうか?
 
石原萠記さんの天皇論、靖国論は取り上げるのが馬鹿馬鹿しくなってきましたが、記録のため引用します。石原萠記さんは先帝陛下が戦争責任をとらなかったことが、どうしても許せないのです。軍隊でよほど嫌な思いをしたのでしょうか。
 
<この政治不信を速やかに解消するには、サミット後、解散・総選挙を実施する以外ない。加えてこの際、国内はもとより諸国から疑念視されている靖国、憲法九条、天皇制度などに関し、明確な解釈を示して欲しい。特に靖国問題は、九条、天皇制度にも関わるので、明確にすべきであろう>
<日本の場合は明治以降の伝統祭祀を司ってきた名家が、政治に関与し、軍事国家の象徴として利用されたため、ぞの名家の紋章に飾られた〝社〟に参ずることが問題になっているのである。それ故に参ずる場を国立の〝社〟にする以外、誤解を円満裡に解決する道はないのではないかといわれているのである>
<天皇の神格は否定され、天皇は戦犯一号から除外され、〝象徴天皇〟と位置づけられたのであるが、戦前軍国主義の長・天皇が、戦後も天皇制度の象徴となり存在し、その方のかかわる靖国の社は、戦前と変わらぬまま、亡き軍人を祀っているため、他国の人々は変わらぬ軍国主義のシンボルと見る。このことを日本人は忘れて〝靖国〟を論じてはならない>
 
 
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★不敬・つくる会の新発行元 謝罪せず!  
★皇太子ご夫妻に謝罪してください。つくる会新発行元さん 
★不敬を開き直る石原萠記さん(つくる会新発行元)
★「不敬を正す会」も作ってください。加瀬英明さん 
★「天皇に戦争責任あり」を本にした「つくる会」発行元
★「つくる会」発行元は社会主義の出版社

★集団自決は軍命令だ-byつくる会の新発行元(2)

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