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★「天皇に戦争責任あり」を本にした「つくる会」発行元


 「新しい歴史教科書をつくる会」の新しい教科書発行元でもある出版社「自由社」(石原萠記社長)が発行する月刊誌「自由」の1月号が発行されましたが、依然として皇太子ご夫妻批判に対する謝罪は掲載されていません。それどころか、石原萠記さんはその連載を『歌謡の変遷にみる天皇制度の変化-明治維新から昭和の終焉まで』という単行本(上の写真)にして12月15日付で出版しました。とても挑戦的です。
 
 この本には皇太子ご夫妻を非難する例の文章がそのまま掲載されています。

<お二人には公私を区別する心がない。全生活を日本の象徴として保証されている以上、行動に対する制約があるのは当然であり、それを人格否定、人権侵害というのであれば、その地位を辞する以外ない。生活を保証され気儘に生きられる“職”など、この世にはない><失礼ながら、徳仁親王が“妻”を愛する思いやりは微笑ましく、それに甘えている妃の態度は、平凡な市井の主婦としては許されようが、一国の祭祀宗家を継ぐ人として国民の尊敬をうるにはふさわしくない>(p185~186)
 
 昭和天皇の「戦争責任」については、連載にはなかった次のような文章が書き加えられています。
 
<昭和天皇が占領軍最高司令官マッカーサー元帥に、“戦争の責任はわが身にあり”と訴えた“行動”を、わが身を捨てた感激的美談の如くマスコミは報道したが、果たしてそうか。天皇の戦前の存在は、陸海空軍を統帥し、“上官の命は、朕の命である”という軍律の下に、軍を皇軍として成立させた天皇制度不可欠の地位にあった人である。このことは天皇制打倒を叫び続けた共産党員でなくとも日本人のすべてが認める。そこから、天皇に戦争責任ありと考える当然の判断であるから、天皇の発言は、遅きに失したとはいえ、国民を感激させる“美談”ではない>(p136)
<新憲法第一条の「天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であって、この地位は主権の存する日本国民の総意に基づく」は、何時、いかなる方法で、新しい天皇の地位を国民に問うたのか、誰も知らない。先の戦争の責任の決着が全くつかないなかで、何事もなかったの如く、昭和天皇を“象徴”と位置づける“無責任”な政治家の態度には驚くばかりだ。第二条の“皇位は世襲”とか、第九条の“戦争の放棄”も、第一条のことを考えると、「ハイ、ソウデスカ」とは簡単に言えない国民感情がある>(p142)
 
 石原萠記さんはこれまでも、昭和天皇に戦争責任ありと繰り返し繰り返し書いています。要約するとこういうことです。 
 
1.先の大戦の戦争責任は昭和天皇にある。
2.戦勝国が東京裁判で昭和天皇を訴追せず、軍人たちを裁いたのは不当である。
3.昭和天皇は日本国憲法公布または主権回復の際に退位すべきだった。そして日本人の手で昭和天皇を裁くべきだった。
4.昭和天皇の戦争責任をあいまいにしているから被害を受けた国は納得せず、教科書問題や靖国問題が起きている。
5.今の日本の道徳が退廃し、責任回避が横行しているのは、昭和天皇の戦争責任を明確にしなかったからだ。
 
 以下はこの問題について石原萠記さんが書いた文章の抜粋です。
 
▼「自由」平成13年10月号「巻頭言」
 占領当初、アメリカは天皇を裁判にかけることを考えていたが、日本国民の天皇崇敬の念の深さに感じ、占領政策を成功させるために、裁判にかけることを断念し、代って天皇に神格を否定する「人間宣言」の発表、廃墟と化した全国を宣撫巡行(ママ)する旅を課した。そして、戦争責任を東京裁判で、一方的に一部の軍人たちに押しつけて決着する形をとった。この裁判に不信、不満をもった人々も、天皇が免責されたことで沈黙した。だが、裁判によって戦争責任の法的決着がついたといっても、また「昭和天皇」が己れの意思に反して戦争責任を免責されることに一人苦しんだといっても、天皇の御名によって、戦場に斃れた人、内外で犠牲を強いられた多くの人がいた事実は否定できないし、その道義的責任は残る。それだけに、新憲法において象徴天皇とはいえ、「昭和」天皇がその任に就かれたことは、この道義的な責任を考えたとき、他国民から指摘されるまでもなく、容易に納得出来ない問題を含んでいたことは確かである。
 
▼「自由」平成15年9月号「日本の戦争責任・雑感」
 日本人の多くの人々、特に知識人は、戦争の最高責任は「昭和天皇」にあることを認めている。(中略)この天皇の責任が不明確に終わったことが、わが国戦後の人倫の道を衰退させた一因になったといわれている。指導者が自らの行動に対し、責任を回避する風潮を日常化させたということである。占領下では絶対権力をもつ戦勝国の意もあり、天皇の行動は抑圧されていたにせよ、独立を機に、戦争責任を内外に宣明して、退位すべきだった。そうしなかったために、わが国は新しい国家像を画く機を失したといえる。
 
▼「自由」平成17年8月号「巻頭言」
 強いて戦犯を求めれば、占領軍が当初決めていたように、最高責任は昭和天皇にあることは誰もが知っていた。これを自分たちの占領政策遂行上の都合から一方的に変更し、天皇を免責にしただけのことである。日本人として、天皇制度が維持されたことは好ましいことではあったが、その後の戦争責任問題を考える時、最善の政策であったかどうか。今日の各国の批判をみる限り疑問に思う。この問題を関係国が真摯に話し合わないかぎり歴史の正否など問えるものではない。
 
▼「自由」平成17年9月号「巻頭言」
 東京裁判で、東条らは「陛下に対して、国民に対して、国土を焦土化した責任」をとると発言している。また、後藤田正晴・元副総理がいうように、「天皇陛下に対する輔弼の責任を果たすことが出来なかった責任」を問われたにせよ、最高責任は“昭和天皇”にある。それだけに、なぜ、敗戦時にあくまで天皇は責任をとらなかったのか。また、独立後の昭和二十八年八月三日の閣議決定で、東京裁判で戦犯と指名された人々を免除した時、国民は日本独自の戦争責任を問わなかったのか。一般国民は、指導者たちの愚かな行為を批判しても、彼らが天皇に替(ママ)わって責任をとるなどということは、思いあがりも甚だしいと思っている。わが国が今日に至っても、誰がこれだけの人命、文明の遺産を失う惨禍をまねいたのか。その最高責任者を明確にしなかった。そのことが、アジア各国から問題視されているのである。この責任を明らかにしないかぎり、勝者の知慧から生まれた東京裁判は“勝者の裁きであり、不当である”と反発しても、被害をうけた国民は納得しないし、新しい日本を築く出発点にはならないと思う。
 
▼「自由」平成18年8月号「首相の靖国参拝・戦犯合祀と戦争責任」
 天皇制度に対しての賛否にかかわらず、日本の最高指導者は天皇であり、今次戦争の責任は“昭和天皇”にある。このことを国民は承知しているが故に、「東京裁判」における臣・東條英機らに対する戦犯判決を戦勝国の一方的判決と批判しつつも、“安堵感”をもって受け入れたといえる。だが、日本人は自らの手で、戦争責任を問う、裁きを回避、いや忘れて今日に至っている。そこに教科書記述問題、靖国参拝問題が問われる因があり、他国に加害した意識がない日本人の在り方、戦犯問題が問われているのである。 
 
▼「自由」平成18年10月号「巻頭言」
 批判者たちがいう一部の軍国主義者とは、戦争を主導した当時の主導者を指す、それは誰か。「陸海軍を総帥し、すべて天皇の名において“皇軍”への命令が下されたことを考えても、やはり天皇の戦争責任は免れない」『朝日』(01・8・15)と、天皇(昭和)の責任を問い、天皇のように“国家の最高位にあった人物が責任を負わないで、どうして普通の臣民が、自らを省みるか”と、断じている。故・丸山真男・東大教授は、わが国の戦前の指導体制は“無責任の体系”だったと指摘していたが、敗戦時、最高位にあった昭和天皇や政治指導者たちは、その後の冷戦で、天皇制度の弊害について考える機会を失い、天皇は戦犯を東條らの犠牲で回避したまま、在位し続けて逝去されてしまったため、日本人は指導者たちの道義的責任を問うことなく、今日に至っているといえよう。わが国はアジアに位置する他国と、小泉首相のいう“不戦を誓う心”が通じ合わなかった。その根底には、日本人自らの手による戦争に対する“道義的責任”を明確にしていないことに一因がある。
 
▼「自由」平成19年10月号「巻頭言」
 今の日本は狂っている。戦後の日本は何故こんなに狂ってしまったのか。敗戦の一九四五年八月十五日を境に、敗戦という日本人としての屈辱に何の反発もみせず、また歩みを反省することなく、敗戦を受け入れてしまった。(中略)要は天皇以下、当時の指導者たちには、国民に対する責任感が全くなかった。この無責任な人間としての心を失った姿が、戦後日本の狂いの初めであると思う。苦境に際して、己の責任を回避して、他に責任を転嫁、己の生き残りを優先する。迷惑をかけた人々に対し、何らの責任を取ろうとしない。この無責任体制が、今日の日本をもたらしたと言えないか。(中略)先の参議院選挙で、戦後最強の保守勢力・自民党が歴史的大敗北をした。その時とった、安倍総理の姿勢をみて、思わず敗戦時の昭和天皇のことを想い出した。安倍総理も彼を支える側近の人たちも、終戦時の天皇同様、責任を回避する言動に終始し、党・支持者に対し、責任を取る発言をしなかった。そして世論の過半数が辞めるべきだというなか、総理は内閣続投の意思表示をするだけだった。敗戦時に天皇や側近者たちが、敗戦の責任を国民に詫びることなく、天皇制度の維持画策に狂奔したのと全く同じである。日本の最高指導者たちが、国の危機に際して取る思考態度は、常に自己保身であるとは、全く情けない。敢えて訴える。礼の国・日本再生の道を考えたいものである。
 
 
 昭和天皇の戦争責任を関係国が真摯に話し合わない限り歴史の正否は問えない。つまり歴史教科書など書けないということです。石原萠記さんは、東京裁判を批判し、首相は靖国神社に参拝すべきだと言っていますが、その理由は、戦争責任は昭和天皇にあるのだから、身代わりになった「A級戦犯」は悪くない、という理屈なのです。私は「保守」を名乗る人でこのような論理を展開する人を他に知りません。それにしても、冷戦で考える機会を失った「天皇制度の弊害」って何なんでしょうか。
 
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★モラロジー研究所と倫理研究所が大同団結


↑ 日本教育再生機構の広報誌「教育再生」の師走号が届きました。モラロジー研究所の廣池幹堂理事長、倫理研究所の丸山敏秋理事長、全日本教職員連盟(全日教連)の植田宏和委員長、日本青年会議所(JC)の小川洋次郎・教育の拠り所策定委員長と、日本教育再生機構の八木秀次理事長のビッグな顔合わせの座談会が掲載されています。
 
 モラロジー研究所と倫理研究所は“商売敵”のような関係で、トップが顔を合わせたのはこれが初めてです。しかしこの座談会が縁で、今後は協調していくことを確認しあいました。歴史的な座談会です。読んでいてジーンとくるものがありました。全日教連とJCも、4団体が力を合わせることを強調しました。
 
 八木理事長は座談会をこう締めくくっています
「ネットワークを作るというわれわれの活動が意味があるんだと改めて分かりました。きょう、モラロジー研究所の廣池理事長と倫理研究所の丸山理事長が初めて会われて、大同団結を約束されたことは非常に感動的でした。このところの保守系の団体を見ていると、『俺が俺が』と大同団結を否定する組織もあるわけですが、私たちは固く結束して、そしてさらに同志を増やしていきたいと思います」
 
 良識派教科書の発行でも大同団結が実現してほしいものです。扶桑社の中学校歴史・公民教科書を継続発行するフジサンケイグループの教科書会社、育鵬社のホームページがこのほど開設されましたが、その中で片桐松樹社長は「これまで以上に各界の賛同を得て、幅広い知恵をいただき、採択において理解が深められる、より完成度の高い教科書づくりを進めてまいりたい」と呼びかけています。
 
片桐社長あいさつ ←クリック
 
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