スウェーデン生活+その後

2010-2013年スウェーデンに在住し帰国。雑記、鳥・植物の写真
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南仏旅行その18 ロスチャイルド邸

2012-01-14 18:48:48 | 旅行(フランス・ニース2012)
もし今、ニースに旅行に行く時にどこかお勧めな場所はないか?と聞かれたら、ここを挙げたいと思う。ロスチャイルド邸である。
Villa Ephrussi de Rothschild
ちょっと遠いのが難点であるが、足を運ぶ価値は間違いなくある場所だと思う。市内から81番と書かれたバスに乗れれば、Passableというバス停から下りてすぐである(ホームページでは100番のバスでも行けるとあるが、あまりお勧めしない)。あの銀行一家のロスチャイルド一族の女性が建てた豪邸である。女性の名はベアトリス・エフージ・デ・ロートシルト(Béatrice Ephrussi de Rothschild)という。
Wikipedia「Béatrice Ephrussi de Rothschild」
本来はRothschildはロートシルトと読むのが正しいし、ロスチャイルド邸というのも正確にはエフージ・デ・ロートシルト邸(Villa Ephrussi de Rothschild)と呼ぶのが正しいと思うのだが、ここは通例に従ってロスチャイルド邸と呼ぶ事にする。
ロスチャイルド一族について簡単に。元はユダヤ系ドイツ人、マイアー・アムシェル・ロートシルト(Mayer Amschel Rothschild)が18世紀にドイツのフランクフルトで古銭の売買を始めたのが最初である。やがて頭角を現して富豪となり、息子たちを欧州の各都市に派遣する。このうち末子のジェームスがパリに派遣された。
Wikipedia「ジャコブ・マイエール・ド・ロチルド」
彼は当時黎明期だった鉄道に着目、これに投資して大富豪となる。そしてその孫娘がベアトリスである。
写真を見ても分かる通り、彼女は中々の美形であり、加えて大富豪の一族であった。彼女に求婚者が引きも切らなかったのは道理である。最終的に彼女が選んだのは15歳年上のユダヤ系ロシア人、モーリス・エフージ(Maurice Ephrussi)である。当時注目され始めていた石油の利権を持つ一族であり、父親の友人でもあった。
その彼女が財産をつぎ込んで作り上げた豪邸がこれである。1905年から7年間を費やして建てられた。凄まじい豪邸である。建物そのものはさして大きくはないが、お金がかかっている事は素人が見ても明らかである。上が外見。下左から2枚目が玄関を入ったところ。3枚目はサロンで、中央の奥にかかっている布はドン・キホーテの一場面を書いたもの。そして暖炉の前にある小さな衝立はマリー・アントワネットが作らせた特注品である。4枚目もサロンだが、手前のソファの下に引いてある絨毯はルイ15世が作らせた特注品で、5枚続きの品であるが、残り4枚は革命で焼失したためこの1枚のみが世界で唯一現存するもの。一時が万事この調子である。6枚目は2階から庭を眺めた所であるが、これは旅行で乗った船が印象に残った為、船の甲板を模して作ったものである。最後は庭から見えるヴィルフランシュ・シュル・メール(Villefranche-sur-Mer)の町の景色である。この邸宅は左右いずれからも海が望めるという絶好の立地条件に作られているのだ。

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