皮膚呼吸しか知らない蛙

アスペルガー症候群当事者が、2次障害に溺れることもありながら社会に適応していく道のりを綴っていきます。

アスペルガー障害と雇用 - 高次脳機能障害者に見る就労から -

2008-11-27 23:31:19 | アスペルガー症候群

成人当事者が各都道府県の発達障害支援センターに駆け込んだ際、多くの人が手帳の取得を提案されると思います。

手帳には「身体障害者手帳」、「療育手帳」、「精神障害者保健福祉手帳(以下精神手帳)」の3つがあり、アスペルガー障害当事者の場合はWAIS-ⅢのFIQ70をボーダーとして「療育手帳」と「精神手帳」を取得するよう説得されるのが実情です。

手帳には、

・各種税の減免あるいは免除
・各種公共交通機関の割引
・博物館、美術館などの各種公共施設の利用料の減免あるいは免除
・電話料金、携帯電話料金など、通信費の減免

などのサービスが付加されますが、上記が手帳所得者の本来の要望ではないと個人的に思っています。
もう一歩踏み込むと、上記サービスの必要性は「定額給付金」と同じくらい意味の分からない代物だと思います。

手帳を取得するということは、現実問題として『障害者枠』での企業採用を意味し、自治体は当事者の状態を考慮せず、事務処理的に障害者へと選別しているのが実態でしょう。
当事者の多くはICDカテゴリー上、複数項目に該当する『精神疾患』を罹患しており、書類上は千差万別だと思います。
手帳を取得する際の書類は、主治医が記載します。
ICDカテゴリー及び、項目⑥、⑧によって級数が分類されるでしょう。
目に見えない主治医のさじ加減で区別されてしまうというのが事実です。
懇願して疾病にしてもらう等という方もいるでしょうが・・・ここでは触れません。

広汎性発達障害はICD-84ですが、『先天性脳器質性障害』という概念からすると、F06,07,09に近い症例が出るはずですが、現実はF20~F69と診断されるでしょう。
それが現在の精神医療であり、療育の現場の概念であると思います。
仮に今後『神経科領域の問題』との社会通念が形成されると、また異なった道が拓けると思います。

WAIS-Ⅲの全IQ(FIQ=70)によって「精神遅滞」と「精神障害」に区別されることも問題ですが、“軽度”と表現される当事者の困難さに対する社会の対応は問題点が多数存在すると思います。

今現在『軽度発達障害児』を抱える親御さんは、子供の未来を現在の障害者システムで納得しているでしょうか?
療育の先にある“普通の”生活を望まれているでしょうが、ふるい分けしてふるいからこぼれ落ちたものは、同じような困難が待っているという現実に目を向けている方は、それ程多くないかも知れません。
残念ながら“我が子もいつかはノーベル賞”などと言われている方は・・・

二次障害と発達障害関連社会で呼ばれる精神疾患を長年患ってきた当事者達は、『精神障害者』というレッテルがどの様な扱いを社会で受けるか・・・嫌というほど知っている事と思います。

さて今回の記事では、高次脳機能障害者の就労に関する論文から、アスペルガー障害当事者の抱える問題との共通点を探って行ければと思います。


<高次脳機能障害者の重傷度と就労率  Jpn J Rehabil Med 2008 ; 45 : 113-119>丸石正治・近藤啓太・上野弘貴

要旨:就労年齢の高次脳機能障害者113名に対して、厚生労働省の高次脳機能障害等級表により労働喪失率を推定し、神経心理学的検査所見、社会的行動障害評価、および実際の就労実態との関係について検討した。高次脳機能障害者の就労実態は障害等級で定められた労働喪失率に数値的に近似していた。障害等級とWAIS-R、RBMT、TMT-B、社会性行動障害は有意に関係していたが、障害等級が同じ群内では、就労の有無と認知機能に有意差を認めなかった。障害等級整理表がわが国における高次脳機能障害者の就労実態をほぼ正しく反映していることが明らかになるとともに、同程度の障害であれば、就労の有無は障害者個人に起因しない要因に影響を受ける可能性が示唆された。

 

厚生労働省により提唱された高次脳機能障害診断基準は、注意障害、記憶障害、遂行機能障害、社会的行動障害の4つであると定義されました。 これらの認知機能を統合する神経基盤のなかに、社会性認知(social cognition)と呼ぶべき固有の神経基盤があることが明らかにされています。


参照① 厚労省労災補償「高次脳機能障害整理表」による評価方法

評価項目 ①意思疎通能力(記銘・記憶力、認知力、言語力等)
       ②問題解決能力(理解力、判断力等)
       ③作業持続・集中力
       ④社会行動能力(協調性・攻撃性・易刺激性等)
評価段階 A:多少の困難はあるが概ね自力でできる
        B:困難はあるが概ね自力でできる
        C:困難があり多少の援助が必要
        D:困難はあるが援助があればできる
        E:困難が著しく大きい
        F:できない


参照② 社会的行動障害に関する観察項目
挨拶:自分から挨拶できる。感謝・謝罪を伝えることができる。
会話・言葉遣い:場や人に合った言葉遣いができる。相手が不愉快になることを言わない。相手の話に耳を傾けることができる。
自発性:自発的にグループExに参加できる。
積極性:積極的にグループでの課題に取り組むことができる。
コミュニケーション:他者と適切な距離を保ち、社会常識的な対応をすえることが可能。
ルールの遵守:グループの中で決められたルールを守ることができる。
攻撃性:障害に起因する攻撃性が認められない。些細なことで怒ったり、感情に任せた行動をしない。
易刺激性:障害に起因する不安定性が認められない。


上記を見て、アスペルガー障害との近似性を感じる方は少なくはないと思います。
脳もしくは中枢神経系の疾病となると、この様な症例が表出すると言うことは、脳損傷患者に関する文献でも数多く確認されていますが、損傷・機能障害部位と症例が合致しないため確定された理論ではないというのが実情だと思います。

 

前述論文内では、113名の高次脳機能障害者を対象に障害等級、就労実態、神経心理学的検査の関連性を述べています。
・就労者は35.4%
・障害等級により就労実態に有意差あり
・軽度喪失群では就労者60.9%
・就労者のWAIS-RのFIQ、91.3±17.1
・就労の有無とFIQに有意差なし
・就労の有無と社会行動障害の重度に有意差なし
・障害重傷度とFIQに有意差有り
・社会行動障害と就労の有無は、危険率1%以下で有意差あり
・障害重傷度が重症なほど、社会行動障害も重度である


論文において、障害等級分類基準は、高次脳機能障害者の就労能力に関する全体像を捉えているという点において、妥当性があると考えられます。
その一方で、個々の障害者にとっての就労状況は、「全か無か」になっており、就労能力に応じた就労機会が均等に得られている訳ではないこと明らかになっています。

理由として、
・障害判定が全体的には正しい傾向を示しているものの、その詳細さに不備があり、就労に必要な因子を把握しきれていない可能性がある。

・就労環境に原因があり、非就労者は就労者に比較して就労支援が不十分である可能性がある。


詳細の不備さについては、自賠責保険における委員会報告書でも既に議論されており、
「高次脳機能障害者の就労を特に阻害する要因として、行動障害及び人格変化を原因とした社会的行動障害を重視すべきであって、社会的行動障害があれば労働能力をかなりの程度喪失すると考えるべきである
と指摘しています。
<自賠責保険における高次脳機能障害認定システムの充実について.  自賠責保険における高次脳機能障害認定システム検討委員会報告書,2007>


WAIS-Rの詳細な分析についても、富田らは、重症脳外傷患者のWAIS-R下位検査項目と就労の有無について判別分析した結果、PIQの数値と下位検査「絵画配列」と「符号」の成績が判別に有用であったと報告しています。

脳外傷患者には、身体的障害が軽度であっても認知や記憶などの高次脳機能の障害が重度である患者が数多く存在します。
検査結果として就労者群においてはVIQとPIQの間に有意差は認められなかったが、非就労者群ではPIQが著明に低下しており、VIQ-PIQの解離が明らかとなった。
Kurishioらは局所性損傷に比べ、特に瀰漫性脳損傷においてPIQの低下が重度で、VIQとの解離が見られると述べた。
FIM認知項目とWAIS-R下位検査の関係検討により、就労者群と非就労者群をわける因子として「絵画配列」と「符号」が判別指標として明らかになった。
佐々木らは因子分析を行った結果として、絵画配列問題を単独で「状況判断」の因子として抽出。Glyshawは絵画配列課題がカード選択テストと相関を持つことから、課題遂行能力、前頭葉機能の一部との関連を示唆し、Walshも前頭葉機能に特異性が高いとした。
符号課題は、一般的な注意集中力に加え、特に作業、学習能力も評価する点で、社会的能力の評価に結うようであったと考えられた。Prigatanoは、符号課題の評価点が6以上あれば技能を繰り返し練習することによって、合理的な速度で学習することができると述べた。また、局所性脳外傷患者において、職業復帰の可否の判断に有用であったと述べた。
主として絵画配列が社会的状況判断力を、符号が作業、学習能力を評価することで、脳外傷患者の社会的能力をよく反映したと考えられた。

<重症脳外傷患者の社会復帰状況とWAIS-Rとの関係:重症脳外傷患者の知的能力に関する問題点(第3報), リハビリテーション医学 1999; 36: 593-598>


アスペルガー障害当事者にとっての就労に関する困難さとして、 社会行動障害と命名されている“特徴的性質”が大きな要素を占めていることは、高次脳機能障害、脳外傷患者、瀰漫性脳損傷患者と非常に近似していることが推察できると思います。
それはWAISのFIQへの関連性は薄く、認知や記憶、特に社会的判断能力(社会性認知)に起因し、行動として表出する社会的行動障害によって、周囲の人々の目に特異さが認められるのではないだろうか。
流動性知能と表される動作性検査項目はアスペルガー障害者にとっては、先天的に弱い分野であり、そのことが就労における障害となっていることも大いにあるのではないかと感じます。
VIQ>PIQの解離が顕著であるが故に、社会生活に苦悩し、引きこもる。
社会との接点が希薄となるとより一層PIQを鍛える事が困難となり、解離はさらに深刻となる。
自身の脳内での論理的思考に物理的動作が追いつかず、堂々巡りを繰り返す危険性を孕んでいる事が雇用の面で大きな問題となっているような気がします。


以上のような観点から、アスペルガー障害当事者にとって、現行の「手帳取得」→「障害者枠採用」というレールが、たとえジョブコーチの利用が出来ようと、根本的な対処法になっているとは言い難いというのが、ワタシ個人の考えです。


またアスペルガー障害及び、広汎性発達障害の範疇とされる各疾病に対する個々の知識、当事者・支援者・行政の考え、今後目指していく方向性をきちんと考えていかないと、子の世代に嘆く結果になってしまうような気がします。



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