goo blog サービス終了のお知らせ 

徒然なるまゝによしなしごとを書きつくる

旧タイトル めざせ、ブータン

イタリア旅行 悪党ども

2011年05月24日 | 旅行

海外に出ると、多かれ少なかれ日本国内では経験しない目にあうものである。しかし、その頻度は2週間の旅行で1回とか、1年間住んでいて2,3回とかが普通で、そんなに頻繁なものではない。ところがイタリアときたら、始めから終わりまで小悪党のお世話になりっぱなしだった。アメリカ人が”イタリアは素晴らしいが、イタリア人が居なければもっと素晴らしい”と嘆くわけが良くわかる。

まず、入国の際に入管の列に長々と並んでいると後から来たイタリア人団体客が、EU居住者ラインではなく我々の並んでいる外国人ラインに割り込んできて、係官が注意をするとイタリア割り込みおばさんが腰に手を当てててまくし立て、係官を撃退してしまう。私は割り込みは嫌いなので、連中を押しのけてカウンターに手を伸ばしたが、逆に割り込みするななどと理不尽なことを言われ、思わず逆上して”ちゃんと列に並べ!”と怒鳴ったが通じたかどうか?係官は肩をすくめていたが...

やっとの思いで入国してタクシーに乗ると空港から市内は40eur固定料金のはずがメーター料金を請求されるしその後、タクシーに乗るたびに遠回りをしたり、おつりをごまかしたり、わざと別の場所にいったり、およそ乗った8割のタクシーに不愉快な目に合わされた。ただ、小銭程度のごまかしばかりで、チップと思えばそんなに気にならない。しかし、気持ちよく乗って、気持ちよくチップをもらうほうがお互い得だとは思うが。

レストランはレストランでレシートに品目を書かずに高めの請求をしたり、日本人と見て手抜き料理を持ってきたりの目にもあった。ガイドブックに乗っているレストランやピッツアリアはまず駄目だと思ったほうが良さそうだ。(もちろん、良いレストランもたくさん有ります。)

一番危なかったのはローマ・テルミニ駅で早めについて、列車に乗ろうと待っていると、妙な親父が近づいてきて、この列車はフレンツェ行きなのでさっさと乗れと言う。列車にはまだ乗客は誰も乗っていず、ガランとしているところへ荷物を持ち上げていると、何処から現れたか3人娘に取り囲まれ財布を掏られそうになった。おりゃーと言って荷物をホームに戻すと脱兎の如く逃げていった。危ないところでした。

おまけに、帰りの飛行機では私の頭の上で、イタリア人同士が延々と一時間以上もしゃべり続けるので頭に来て、立ち上がり面と向かって指を立ててシーと言ってやったら、コソコソと自分の席に帰っていった。

ただし、良い人達ももちろん居る。テルミニ駅では危ない目にあったので荷物は手元に置くほうが良いと思い席まで引っ張っていったが、30kg以上ある大型スーツケースを荷物棚に持ち上げるのに躊躇していると、そばに居た190cm位の若者が、ひょいと手伝ってくれた。その態度に感激して、思わずグラツェと握手を求めた。横にいた新婚らしい若い健康的な奥さんの誇らしげな表情が印象的だった。またローマのホテルではセフティBOXが故障していたので修理を頼むとローマ男の親父がやって来て、床に四つん這いで、お尻を半分出して修理してくれた。イタリアは伊達男ばかりかと思っていたが、ローマ男は実は胸毛モジャモジャのマリオタイプが多い。樽の様な腹と腕をした重量挙げ選手みたいな体型です。

...と色々有りましたが、それでもイタリアは素晴らしいところです(本当に!)


イタリア旅行 鉄道

2011年05月24日 | 旅行

移動はTRENITALIA(イタリア鉄道)をインターネットで予約して乗った。鉄道料金は総じて安い。例えばベネチア-ミラノ間Euroster(300km出る超特急、下左写真)が二時間半の距離で15EUR(Mini割引適用)。振動も無く快適である。ただ、発車時の放送など有ったり無かったりでローマ・テルミニ駅からフレンツェへ発車するときなどは発車ベルも、車掌の笛も、放送も全く無く、時間が来たら静かに、いきなり発車したのには少々驚いた。車内の表示ボードは関係ないデフォルト表示をぐるぐる回しているし、一体この列車で間違えていないのか心配になる。そういえば駅の改札が無く、外部からいきなり列車に乗車できるのも日本とは違う。つまりはただ乗りが簡単に出来るのだが、車掌の検札でばれるとキツイペナルティーが課せられるらしい。おまけにフレンツエ到着は予定時間より10分も早くついた。日本の新幹線では考えられませんね。


イタリア旅行 最後の晩餐

2011年05月24日 | 旅行

しばらくブログをご無沙汰して、イタリアに旅行に行ってきました。ローマ二泊、フレンツェ二泊、ベネチア二泊、ミラノ一泊の旅でした。イタリアは本当に見所が多く、色んな所を歩き回り、正直言ってヘトヘトになって帰ってきました。

その中でのハイライトの一つが、ミラノでレオナルド・ダ・ビンチの最後の晩餐を見ることでした。左の写真がその壁画があるサンタマリア・デッレ・グラッチェ教会です。この教会は第二次世界大戦で爆撃を受け壊滅したのですが、奇跡的に最後の晩餐の描かれた壁は残り、最近になってダ・ビンチが描いた当時の状態に精密に再現されています。

ここへは15分毎の人数限定で入場が制限されており、中央写真の入場切符を手に入れるのが中々大変です。我々は12;45からの組でしたがアメリカ人の団体が20人ほどと、我々と数人の個人客25名ほどで同時入場しました。

内部は薄暗く、壁画だけに比較的弱い照明が当てられている状態です。写真撮影は禁止なのですが、フラッシュ無しでこっそり撮影したのが右の写真です、ゴメンナサイ。因みにこんなに薄暗いのに手ぶれなく取れるのはSONYの裏面CMOS+高速多重露光技術のおかげです。

イタリアではバチカン博物館やフレンチェのウフィッチ美術館などの壁画や絵画をたくさん見ましたが、この最後の晩餐のような絵は一枚もありませんでした。色使い、人物の表情、伝統的宗教絵画ルールからの逸脱など、その他のノッペリ、ベッタリした宗教絵画とは一線を画す絵で、映画を見ているようなリアルでストーリー性がある素晴らしい絵です。敢えて申し上げると、日本の上質なアニメに通じるトーンの絵です。(素晴らしすぎるアニメとでも言いましょうか...)

この絵は伝統的なフレスコではなくテンペラ手法で描かれています。フレスコ画は生乾きの漆喰の上に顔料を使って描く技法で、一発勝負で色の混ぜ合わせ無しに描く必要があります。完成後は1000年経っても色があせないほど耐久性があるのですがどうしても生の顔料のベッタリとした色調しか使えません。ダ・ビンチはそれを嫌って敢えてテンペラ手法でこれを描きました。そのおかげで、今見られるような中間調を使った写実的な壁画に仕上げることが出来たのです。しかし、テンペラは湿度に弱くダ・ビンチの存命中から傷みが入りボロボロと顔料が剥がれ始めました。これを修復・復元したのが現在の絵です。

この絵の意味する寓意はダビンチ・コードで詳細に指摘されているところですが、正に西洋キリスト教文明の根幹に関わる秘密をダ・ビンチは描き入れています。使徒ヨハネの女性としての姿、その姿勢とキリストとの間の寓意をこめた空間、聖杯なき卓上。これらは明快な意思の基に描かれた事は明らかです。つまりフランス・メロヴィング朝に繋がるキリストの血脈を示していると思われます。これが、単にダ・ビンチの思い込みなのか、真実なのかは私には判りませんが少なくとも、世界的に有名なこの壁画に明らかなメッセージが込められている事は間違いはありません。

あとつまらない事ですが、実物を見て初めて知ったことは、この絵には足が描かれていることです。絵画集や絵葉書ではテーブルから上しか印刷されていませんがテーブルの下には各人物の足がしっかり描かれています。ともかく、この絵は持ち運びが出来ず、現地に来て見るしかないのですが、それが出来る幸運に恵まれ非常に満足しています。