毎日新聞のコラム、憂楽帳がちょっとした話題になっている。
中国を訪れた関東の学生が、必らず値切る・列に並ばない中国の人々を見て「大阪人みたいだ」と言ってしまった所から話は始まるのだが、「世界には値切らない国の方が少ない、全国一律価格なんて少数派だ」と断じ、何故かこう言う。
「私は関西弁を話しますが、京都の人間です。大阪の人じゃありません」
まず、値切るのが日常的かどうか、と全国一律価格を直接対立するものと考える発想が怖い。「逆」と「対隅」をすり替える手法は極めて稚拙なレトリックだろう。「○○ちゃんも持ってるし、持ってないの僕だけなんだよ、買ってよう」と駄々を捏ねる子供かっつーの。
そんな論理を転開して大阪の方がグ口ーバルスタンダードなので正しいとでも言いたいのだろうか。結論を見るとそうでもなさそうだ。
この文章のセンスといい、題材の選び方といい、何か一言、言いたくなる。
流石、プロの物書きは話題の獲い方が上手い。
手段は違うけれど、むしゃくしゃして有名になりたくて通りすがりの人を刺しちゃった女子高生と同レベルだな。
中国を訪れた関東の学生が、必らず値切る・列に並ばない中国の人々を見て「大阪人みたいだ」と言ってしまった所から話は始まるのだが、「世界には値切らない国の方が少ない、全国一律価格なんて少数派だ」と断じ、何故かこう言う。
「私は関西弁を話しますが、京都の人間です。大阪の人じゃありません」
まず、値切るのが日常的かどうか、と全国一律価格を直接対立するものと考える発想が怖い。「逆」と「対隅」をすり替える手法は極めて稚拙なレトリックだろう。「○○ちゃんも持ってるし、持ってないの僕だけなんだよ、買ってよう」と駄々を捏ねる子供かっつーの。
そんな論理を転開して大阪の方がグ口ーバルスタンダードなので正しいとでも言いたいのだろうか。結論を見るとそうでもなさそうだ。
この文章のセンスといい、題材の選び方といい、何か一言、言いたくなる。
流石、プロの物書きは話題の獲い方が上手い。
手段は違うけれど、むしゃくしゃして有名になりたくて通りすがりの人を刺しちゃった女子高生と同レベルだな。