岡田暁生氏著「恋愛哲学者モーツァルト」
岡田氏と言えば、あの「シャンドールピアノ教本」を翻訳された方です。
「恋愛哲学者モーツァルト」は、モーツァルトの
後宮からの誘拐、フィガロの結婚、ドン・ジョヴァンニ、コジファン・トゥッテ、魔笛の5つの傑作群をひとつのチクルスとして読み解くという内容です。
まだ読んでいる途中ですが、モーツァルトの立ち位置がわかり興味深いです。伝記を読むよりずっと時代背景やその中のモーツァルトがどのような存在であったかがわかります。
オペラのことを知らなければ、と思いながらなかなか聴けずにいる身ですが、この本を読んでいてこの場面だけでもまずは聴いてみたい!と思う所が色々とあります。
モーツァルトのオペラが、近代オペラの始まりだったのではというのが著者のお考えです。
私はオペラの種類にも疎いので、かなり勉強になっています。
アリアがただただ並べられていて二重唱・三重唱は滅多になく、大半が高音の超絶技巧のオンパレード、対話によって変化する情感は一切なし、カストラートのための一種のショーというオペラ・セリア(バロック時代のオペラ)。
イタリア語で歌われレチタティーヴォを持ち、大規模なアンサンブルやセリア的コロラトゥーラが入るオペラ・ブッファ(喜劇オペラ)。
ドイツ語で歌われ、レチタティーヴォの代わりにドイツ語の台詞のあるジングシュピール。
モーツァルトがオペラの創作に本格的に乗り出したのが、オペラ・セリアが斜陽になってきた頃。
モーツァルトのオペラが他と決定的に異なることは、登場人物の心情が他者との関係の中で心の色合いを変化させ、そうしてドラマが進んでいくことだそうです。
オペラというのはそういうものだと思っていましたが、これを最初に始めたのがモーツァルトではないかと。著者によるとこの感情の相互浸透は若きモーツァルトが書いた1770年に初演された「ミトリダーデ」が最初ではないかと。なんと14歳の時の作品。
詳しくは、是非本を読んで頂きたいです。
オペラ以外のことでも、そういうことだったのかと納得できたことがありました。父親の存在やウィーンに脱出できた経緯など。
ひとつ面白いと思ったことを書き残しておきます。
オペラの序曲は予告編のようなもので、フィガロの結婚は破格に多い登場人物と予想外の事件の連続を表すような恐ろしく速いテンポで表現される。
この熱狂と疾走は尋常ではなく衝動の破片とでも呼んだ方が良いと。主題の異様さが速いテンポにより気付かれない。
そして2つの録音を紹介されています。
ひとつはクレメンス・クラウスによる演奏。コーダを猛烈な加速で途轍もない熱狂で演奏していると。聴いているだけで目が回りそうだと。
もうひとつはクレンペラーのもの。極端に遅いテンポで演奏され、きらめくフィガロ序曲が実はシャンデリアが崩れた瓦礫の山のような断片でできていることが生々しくわかる、と。(ピアノでゆっくり弾いてみると、モチーフの断片が並べられているだけだとわかるそうです)
こちらムーティ。割と速い気がしますがコーダはクレメンス・クラウスの方がやはり目が回りそうです。
伝記を読むより、このような本の方が作曲家の人物像や時代背景がつかめる気がします。
リストが書いたショパンの本や、ブラームスの知り合いとクララの娘が書いた本もそうでした。