「う・・・・・?」
随分長く寝ていたようで意識がはっきりするまで時間がかかった。
しかし酷い頭痛が未だに頭に響いている。
「目が覚めたかね?」
「はい・・・・え・・・・。」
振り向いた先に白い服を着た男性は医者という職業の人間だと分かるが
それよりも、
「おじさん、どうして体中に『線』が書かれているの。」
「何を言っているのかな?線なんてどこにもないが大丈夫かね。」
脳に障害でもあるのか、とブツブツと医者は呟く。
でも私にはそれが見える。
それが『死』を表すものであると脳髄が訴えている。
アタマが、いたい。
「それより君は自分の名前は分かるか。」
「名前・・・・・・・・。」
そうだ、名前。
自身のアイデンティティーたる名前は・・・・・。
「・・・ゲルトルート・バルクホルン。」
「ふむ、自我の認識には異常はないようだ。」
違う、私は××××だったはずでゲルトルート・バルクホルンなんかじゃないのに。
なのに、自分はゲルトルート・バルクホルンだと認識してしまっている。
「ところで、何か体に違和感を覚えないかな。」
「違和感?」
違和感なんて体の作りが幼女体系で頭痛はするし
しかもアソコがあって違和感だらけ・・・・アソコがある?
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「その様子だと分かったようだね。」
股間にはなぜか前世で見慣れた代物が鎮座していた。
はっ、はっ、はっ
走る、走る
もう息が切れているがそれでも走る。
ひ、はぁ、はぁ
あんな所に、
ただでさえ『死』が多い場所にいたくない。
はぁ、はぁ、はぁ
自分は知っている。
この『眼』が何であるかを、だから余計に病院にいたくない。
はぁ・・・はぁ、はぁ
やっとたどり着いたカイザーランドが見渡せる病院の丘に倒れ込む。
そんなに距離がないはずなのに直ぐに疲労するこの肉体が忌々しくてしかたがない。
『眼』から見える世界がとても怖くてしかたがない。
不可不思議な能力を手に入れた喜びと好奇心よりもこの場合恐怖が勝っている。
ぜえ、ぜえ、ぜえ
臭いほど青く生い茂る草のなか
これから起こり得ること、この後についてボンヤリ考えていた時に、
「これ、こんな所で寝ていると蹴られるぞ。」
老人にカールスラント語で上から話かけられた。
黒く、冷たい雨が降っている。
服がびしょびしょに濡れるが私はそれに構わず空を見上げ続ける。
大昔、空襲の後に黒い雨が降ったなんて祖母から教えてもらったが
まさか実体験するなんて夢にも思わなかった。
それにしても・・・・・・
「それにしても酷いものだ」
カールスラントの首都ベルリンはすっかりと廃墟と化している。
これまで東部からジリジリとネウロイの攻勢に押されてきたとはいえ、とうとう首都まで攻撃にされるとは。
・・・・・・カールスラントが陥落するのも時間の問題だな。
「トゥルーデ」
自分の名前が呼ばれ後ろを振り向く。
「エーリカか、あの新人はやはり・・・・。」
「うん、あの子はもう・・・・・・。」
しばらく沈黙が続いたが、エーリカは口を開いた。
「首都は放棄するみたいだよ、部隊は明日からさらに西部へと転進するだってさ。」
「転進?ようは撤退だな、我々がネウロイに勝てないから。」
自分でも、
自覚できるほど皮肉気味に口が歪んでいるのが分かった。
「ハァ、そこは言わない約束だよ。それより・・・・。」
エーリカはポケットから黒い包帯を差し出す。
「忘れもの」
「すまない」
包帯を受け取り、そのまま右眼に巻く。
もう何千何百回とすっかり慣れた動作で魔眼殺しを巻く。
「相変わらずその眼は綺麗だね。」
「見た目は、な」
一瞬見せた魔眼の輝きにまたエーリカは見せられたようだ。
「さて、急いで基地に帰還して荷支度するか。」
基地といってもアウトバーン(高速道路)だけどねとエーリカが付け加える。
「次はせめてシャワー付きで屋根付きであることを祈ろう。」
「トゥルーデは本当にシャワーが好きだね」
「私たちはすでに3日近くもお風呂に入ってからその位の欲求はむしろ当然だと思うが。」
「しょうがないでしょ、水道が機能しないだから。」
歩きながら集合地点へと向かう。
巻かれてない左眼と魔眼殺しで覆われている右眼から入った視覚情報には時間通りすでに中隊全員が待機している。
本来いたはずであろうゲルトルート・バルクホルンはこの時何と思っただろうか。
何の因果かこの世界へと転生してしまった私。
何故私がここにいるかは分からないし、
生活のために軍隊に入ったとは言え正直戦うことは怖くてしかたないが
これだけは絶対に譲れぬ思いは確かにある。
この世界で生きる私やこの子達を守るためにも頑張る、ということだけは。
「これより基地へ帰還する。全員離陸せよ。」
「「「了解」」」
この場で一番階級が高い私が命令を下す。
皆雨の中疲れているにもかかわらず飛び上がる。
エーリカと二人で組んだロッテで先頭を飛びつつ地上を見下ろす。
雨が降っているため下がよく見えないが私には見えなくとも気配でわかってしまう。
今日もこの世界は『死』が溢れていることを。
1940年の6月、この月ベルリンが陥落した。
私が14歳になって約2ヶ月の雨の日のことだった。
第52戦闘航空団のウィチ達はその後殿として地獄を経験し、ブリテンへ渡った。