おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

「沖で待つ」 絲山秋子

2011年01月26日 | あ行の作家
「沖で待つ」 絲山秋子著 文春文庫 11/01/25読了   

 短編3編収録。表題作の「沖で待つ」は2005年の芥川賞受賞作。

【勤労感謝の日】
 私は表題作よりも、圧倒的に「勤労感謝の日」に脳天直撃されました。主人公はエロ上司にブチ切れした結果、会社で居場所を失くし、「自己都合退職」した36歳女子。

 職安に通ってみたものの、「自己都合退職」したような独身女に簡単に転職先が見つかるわけがない。同居する母親に生活費を入れることのできない自分をふがいなく思いつつも、でも、職を失う原因となった「攻撃性」をセーブする気はまるでない。

近所のおせっかいなおばちゃんが、38歳の一流商社マンを紹介してくれるが、とにかくこの男が気に入らない。顔も気に入らない、靴下のセンスが気に入らない、甘ったるいガムを噛んでいるのが気に入らない、手土産のお菓子も気に入らない(確かに、見合いの食事会に「もみじまんじゅう」はイカンです)。「ボクって会社大好き人間なんです」→【そんなに会社が好きならクダらない見合いなんてしてないで、土曜も日曜もなく365日働いてろ】 「近く海外転勤があるので結婚を考えるようになった」→【南極2号でもつれていけ。そのために開発されたもんだろ!】 心の中で唱える呪詛の言葉が心地よいほどにど真ん中ストレート。

男女雇用機会均等法のチョイ後世代。しかし、社会がまだ総合職の女子をどうやって扱ってよいものか戸惑っていた時代。気力はある、制度もできた、しかし、ソフトは整っていない- 歯車がかみ合っていないことに対する、持って行きどころのない不満。男が持つ無意識の優越感に対する侮蔑。そういうのが、全部、凝縮されている感じ。

今ドキの男の子は草食系と言われているが、女の子もこの10年、20年ぐらいでずいぶんとこギレイになったし、攻撃性が衰えたように思う。振り返ってみると、90年代はもっと向こう見ずで、乱暴で、でも、元気があった。そんな時代感まで漂ってくる作品です。


【沖で待つ】
私が絲山作品から感じるのは、やっぱり、「同時代感」なんだなぁ-と改めて認識。

就職して、共に福岡配属になった同期の「太っちゃん」との男女の友情物語。「同期って、理由もなく、ただ、それだけでいいよね」っていうのがすごく伝わってくる。  

2人は、どちらかが死んだら互いのPCのハードディスクを破壊する約束をかわし、壊すための道具と合鍵を預かる。家族にも恋人にも見られたくないもの。そして、約束した相手は、きっと、自分のヒミツを侵食することはないだろう-という絶対の信頼感。なんか、そういうのって、いいなぁ。

そして、予期もしない不慮の事故で太っちゃんが死んでしまい、泣きながら、PCを分解してハードディスクを壊すことになる。

決してお涙頂戴ではなく、親しい人との死といかに向き合うかを綴った心温まるストーリー。

そういえば、私も誰かにHDDの破壊を依頼しとかなきゃ。私のPCには何の産業ヒミツも入っていなければ、人に見られて困るような写真や動画もないけれど…でも、HDDって「その人の頭の中(心の中?)の写し(全部ではないけれど、確実に一部は)」みたいなものだなぁと思う。可能な状態であるならば臓器提供をしたいし、死んだ後に検死を受けることになっても特にイヤではないけれど、でも、心の中だけはほじくり返さないで、そっとしておいてほいなぁと思うのです。

【みなみのしまのぶんたろう】
「ぶんがくのさいのうもあって、まつりごともやっているしいはらぶんたろう」が主人公の童話風の物語。最初、てっきり、石原慎太郎をおちょくっているかと思いきや、結末は、いかにも普通の童話風。私にメタファーを読みとる力が無いだけなのだろうか??ほとんど趣旨が理解できない作品でありました。