おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

「ファイティング寿限無」 立川談四楼

2009年01月25日 | た行の作家
「ファイティング寿限無」 立川談四楼 筑摩文庫 (09/01/25読了)

 ホント、上手い。上手すぎます。これだけの文章を産み出すには、もちろん、わが身を削るようなご苦労をされているのだと思いますが、でも、それも含めて、天才的です。

 「ファイティング寿限無」は、ひょんなことからボクシングジムの門を叩き、プロボクサーにまで駆け上がってしまった二つ目落語家・橘家小龍のリングネーム。名前を付けてくれたのは、愛してやまない龍太楼師匠。「落語以外に一芸を持て」「とにかく売れろ」という師匠の教えに従うべく、小龍はボクシングにのめり込んでいく。落語とボクシングという二足のわらじを履き、悩みながらも突進するしかない日々。小龍クンと共に、青春を駆け抜けるような一冊です。龍太楼師匠のモデルは立川談志師匠と思われます。小龍のセリフを通して、著者である談四楼さんの談志師匠へのどうしようもない愛があふれ出ていますが、もちろん、立川一門ファンでなくとも、十分に楽しめる小説です。

 さすが、言葉のプロと思わせるのは、これでもかこれでもかと畳み掛けてくるかと思うと、ヒュッと引くのです。たとえば、小龍クンの最初の独演会の描写。開催が決まり、どんなネタをやろうか兄弟子に相談に行き…「そうか、そういう、ネタをやれば、きっとお客さんの心を掴めるぞ!」小龍クンとともに、ちょっと希望を持ち、独演会が待ち遠しく気分になったところで、ページをめくると、もう独演会後なのです。つまり、独演会本番の場面描写はゼロなのです。ボクシングシーンもしかり。小龍クンのパンチがどんなふうに相手を仕留めたのかは、意外なほどにあっさりしている。というか、最初は、勝ったのか負けたのか、分からないぐらいにしか書かれていない。それは、多分、小龍クン自身が感じる「オレ、勝ったのか?」「やられちゃったんだろうか?」という一瞬の空白を読者にも体験させてくれているのです。なんでもかんでも、詳細に描写すりゃいいってもんじゃないんですよね。多分、落語と同じなのだろうと思いますが、絶妙の間が、この小説を並の小説とは違う次元に引き上げているんだと思います。

 最後の最後まで面白いです。愛してやまない談志師匠の化身でもある龍太楼師匠をそんなイジり方するか-と思う反面、実は、それも著者の談志師匠への愛情なんだろうなと。そして、最後、小龍クンの選択も清清しい。「これって、続編ないんでしょうか?」と次が楽しみになります。

keiさんご推薦ありがとうございました!