酒飲みのご託

普段は言えない話だけれど、
酔った勢いで話しちゃうよ~!
でも、「心神耗弱状態」ですから!

760km日帰りの旅 ~その3~

2018年02月01日 21時36分27秒 | 戯れ言
 駅に降りたらビルが眼に入った。
 さて~。
 前はこんなビル無かったと思うけど。

 駅前のタクシー乗り場に並んで他のは5組。
 だがタクシーがなかなか来ない。

 20分ほど待ったが、この時間が一番寒かった。

 葬儀場へ向かうタクシーの運転手さんに聞いたら、
 駅前のビルはかれこれ20年くらい前にできたとのこと。

 もう結婚していた頃だから、車で来ルのがほとんどで、
 覚えていなかったのかも。

 葬儀場に着いたら『ご飯を食べろ』と言われた。

 マックを食べ、3時間ほど座っていただけなので空腹では無かったが、
 おこわに鮭の切り身、きんぴらなどが入った質素な弁当を食べる。

 自分の隣に親戚が座って話しかけてくるが、誰だったか思い出せない。

 母親に話したら「従姉の旦那」だった。
 小さい頃お世話になったが、会うのは20年ぶりくらいかも。

 亡くなった伯父さんの娘3人の他、従兄弟は6名ほどいたが、
 名乗らずに自分のことをわかったのは2名だけ。
 1名は名乗ってわかり、
 1名は名乗ったけど向こうが小さい頃にしか会っていないので覚えておらず、
 後の2名とは話をしなかった。

 おじさん、おばさん達にも挨拶したが、
 流石に皆覚えてくれていた。
 おばさん達のほとんどが腰が曲がっている中、 
 一人だけ背筋を真っ直ぐにしたおばさんがいたのが印象深い。

 読響が終わり、火葬場へ行って火を入れた後、
 再び葬儀場へ戻り、そこで本当の食事になった。
 刺身、天ぷら、とんかつ、鰻、カレイの煮物が入ったお重が目の前に置かれたが、さっき弁当を食べてから1時間ちょっとしか経っていない。

 ほとんどの料理に一口くらい手を付け、
 おじさん達に挨拶して回ってる間に、火葬場へ戻る時間になった。

 電車の時間が気になっていたので、自分は火葬場へ行かず、
 葬儀場へタクシーを呼んでもらい失礼してきた。

 叔父さんの一人が言っていた。
 「もう葬式以外では集まることもなくなったな。」。

 そう言えば蒲田の叔父さんが亡くなったときは
 おじさん、おばさんにしか会っておらず、
 従兄弟達には会っていない。

 これだけの親戚が集まったのは、
 亡くなったのが父方の長男だからだろうし、
 20年近く前に祖母が亡くなったとき以来だろう。
 あのときは孫やひ孫、その配偶者まで来てたから、
 それこそ誰が誰だかわからなかった。

 段々と葬儀も寂しくなるのだろう。