郎女迷々日録 幕末東西

薩摩、長州、幕府、新撰組などなど。仏英を主に幕末の欧州にも話は及びます。たまには観劇、映画、読書、旅行の感想も。

幕末明治の洋菓子

2009年03月19日 | 幕末東西
 ようやく青色申告も終わり、いいかげんお部屋の整理をしなければ、頭の整理もできない、と思うこのころです。
 生麦事件連載が途中ですが、えー、なぜか……、生麦事件で小説を書いてみたい! と思うようになり、主人公は生麦村の女の子、と決めたあたりから、もう、調べることがいろいろ、でして。
生麦村については、桐屋の位置など、これまで書いてきたことがまちがっていた部分もありまして、事件当時の村の地図を作ってみました。

 幕末の生麦村をしのぶ

 主人公は、米屋(与次右衛門)のおじょうちゃんで、しのちゃんといいます。架空の人物です。
 おじょうちゃんは、明治になって横浜へ出て、お菓子屋さんをはじめます。
 でー、ですね、明治日本の洋菓子導入について、いろいろ本も読んだのですが、詳細は省きます。

 洋菓子の基本の材料というのは、小麦粉と卵とバターに砂糖、といえますよね。
 このうち小麦粉は、中華王朝から、室町時代に伝わってきた饅頭の皮は、小麦粉ですわね。砂糖も早くから入ってきますし、卵は安土桃山時代から江戸時代初期あたりにかけて、ポルトガル、オランダあたりから、カステイラだの鶏卵素麺だののレシピが伝わり、高級品南蛮菓子として、ですが、江戸時代には日本人の口にもなじんだわけです。
 カステイラは、ですね。朝鮮のお役人も日本の名菓としてとても好んで、釜山の倭館につめていた対馬藩士が、朝鮮の役人を接待するとき、むこうから催促されるほどの大人気で、かならずメニューに加えていたようです。

 明治、日本人がもっともなじみの薄かった製菓材料が、バターだったわけです。
 私、しのちゃんが作るお菓子として、バターを使わないサブレを考えていました。で、バターの代わりには、油分をたっぷり含んだ練り胡麻はどうだろうか、と思ったのです。しかし、バターを全部練り胡麻に代えてしまって、上手くサブレになるかどうか不安で、少し暇が出来たら実験しようと思っていたのです。
 ところが、その話をいたしましたところ、なんと!!! 胡麻味洋菓子はお嫌いなfhさまが、先に実験してくださったのです。

 fhさまのごまジンジャービスキュイ

 これに勇気づけられました私も、さっそく実験してみました。



 一応、レシピを。

 練り胡麻一瓶    180グラム
 洋菓子用米粉    110グラム
 きな粉        25グラム
 アーモンドパウダー  25グラム
 きび砂糖       60グラム
 蜂蜜         少々
 卵          3個
 黒胡麻        少々

 卵は、2個は全卵、1個は黄身だけを生地に練り込み、残りの一個分の白身は、つや出しに使いました。
 練り胡麻をバターに見立てて、これに全卵2個、卵黄一個、砂糖、蜂蜜をいれてよく練り、米粉、きな粉、アーモンドパウダーはいっしょにふるっておいて、さっくりとまぜあわせます。
 まとめた生地を冷蔵庫で一時間ほどねかせ、のして、型抜きして、黒胡麻を飾り、卵白をはけで塗って、焼きます。

 砂糖は、赤砂糖を使いたい、と思っていたのですが、近所のスーパーにはありませんでして、代わりに「きび砂糖」という名の黄色い粉砂糖を使いました。
 できあがりの色が濃いのは、練り胡麻がどうも磨き胡麻の練り胡麻ではなかったようで色がついていたのと、きび砂糖、きな粉、なんでしょう。

 
 一応、成功です。
 バターを使わなくても、クッキーみたいなサクサク感はそれなりにあります。ただ、サブレというには、ちょっとパリッと感が足りないかなあ、という気がしないでもないのですが。
 お味? そこそこ、悪くはないです。
 しかし、こう、しまりがない、とでもいうんでしょうか、そうですねえ、ちょっと胡麻風味の蕎麦ぼうろっぽい感じで、もうちょっとしまった味にしたく……、fhさまのジンジャー入り、というのは、正解ですわ。いっそ、生姜をすりおろして生地にまぜてもよかったかも、です。

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