荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『愛の予感』 小林政広

2007-12-14 23:38:00 | 映画
 そのキャリアを通じて、数々の毀誉褒貶に晒されてきた53歳の自主映画作家・小林政広だが、本人的には「あまり自信がない作品」だったにもかかわらず、ロカルノ映画祭で金豹賞(グランプリに相当)を受賞。人生とはわからぬものである。
 シャンタル・アケルマン女史の旧作『ジャンヌ・ディエルマン』(1975)も斯くやと言いたくなる、日常描写の執拗な反復と、僅かなる偏差・亀裂が生み出すミニマルなスリルを愉しむべき作品であろう。また不思議なことながら、こうした僻地における垢抜けない人間模様こそ、大都会の観客が案外好むところでもある。

 ただし、中学生の娘を同級生に殺されて生きる気力を失った父親(監督自演)と、加害者の母親(渡辺真起子)が、それぞれ世捨て人となり、北海道・苫小牧の住込み旅館で偶然にも、ひとりの肉体労働者と、ひとりの賄い婦として再会し、あまつさえ密かな恋愛感情さえ芽生えさせる、などという設定は、呆れるほど突拍子もないものである。

 たしかにあの偉大な成瀬巳喜男でさえ、夫を人身事故で亡くした未亡人(司葉子)と、加害者の男(加山雄三)の間の禁断の愛(仇だと知っていながらだんだん愛に変わっていく)というご都合主義的なシナリオで、遺作『乱れ雲』(1967)を撮りはした。しかし、その形式の徹底的な禁欲性ゆえに、物語のご都合主義は完璧に正当化されてもいたのである。
 だがこれとは対照的に、『愛の予感』における反復の執拗さは畢竟、作者が自分に許してしまった遊戯的な試みなのだ、と言ったら言い過ぎだろうか。

 画面には徐々にベテランらしい味わい(危険な言葉だが)が醸し出されてきた。あと一歩なのは、(イラク人質事件を基にした『バッシング』(2005)でもそうだったが)センセーショナルな題材選びに対する緊張感そして距離感ではないだろうか?


ポレポレ東中野にて上映中、以後全国順次公開予定
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