goo blog サービス終了のお知らせ 

宮代NOW(GOOな情報)

埼玉県宮代町及び周辺のGOOな情報。

見沼代用水(40)・氷川神社

2013年02月20日 07時26分36秒 | gooな場所



新出戸橋から東大宮駅の近くで昼食をとろうと思って丸ケ崎停留所まで来た。



この地域の案内板によれば、近くに氷川神社がある。(画面中央)



神社の赤い鳥居が通りからも見えている。



正面の鳥居側に回り込む。
一の鳥居の脇に大きな銀杏の木がある。



一の鳥居をくぐる。



二の鳥居をくぐる。



右に阿の狛犬、左に吽の狛犬。
さらに、拝殿に向かって敷石の上を進む。



正面から見る拝殿。



拝殿の後ろ側に本殿、その脇に境内社がある。



境内社内にある置物に目が留まった。



右に置かれているのが恵比寿様。
右手に釣竿、左手に鯛を抱えて笑っている。



左側に置かれているのが大黒様。
米俵の上で打出の小槌を振っている。
恵比寿様と大黒様は二人(二神)並べてセットで置かれる事が昔からの風習のようだ。
なにはともあれ、目出度くもありあやかりたくもあり。
我が家の繁栄をお二人にお願いをする。



氷川神社を辞して昼食をとり、また新出戸橋に戻るとさらに下流へと下る。

 

(写真と文 by pokkunさん)


見沼代用水(39)・市道下越

2013年01月25日 07時08分00秒 | gooな場所

  

お地蔵様の近くの名無橋を渡り、ここからは右岸を下って行くことにする。
 


3分ほど下った所で遊歩道が下り坂になった。
 

 
高さ2.5mなので歩行者と自転車しか通れない。
 


上の道路は、さいたま市道である。
 


一番低いところでは、見沼代用水の水面と同じぐらいか、水量の多い時では水面の方が高いくらい。
 


市道の下を潜り抜けると、当然のことながら今度は上り坂に。
 


坂を上りきったところで、上流側を振り返って見た様子。
 


市道に回り込む。
見沼代用水の右岸側から左岸側を見る。
橋の名前は「新出戸橋(しんでんどはし)」という。
 


橋の先は丸ケ崎(南)の三叉路。
左に(北に)曲がれば国道16号を超えて蓮田方面。



新出戸橋からみた見沼代用水上流の様子。
 


見沼代用水左岸側から見た右岸側。
 


橋の先は三叉路で右に曲がれば上尾方面、真直ぐ行けば東大宮駅、大和田方面。
 


とりあえず、腹ごしらえかたがた東大宮駅方面に寄り道してみることにする。

 

(写真と文 by pokkunさん)


見沼代用水(38)・地蔵様

2012年12月18日 06時36分01秒 | gooな場所



見沼代用水の左岸側を下っている。
さいたま市見沼区に入ったばかりのところ。
 


さいたま市に入って最初の橋。
今までは橋の袂がゴミ集積所になっているようなことはなかったので軽い違和感がある。
 


名盤はなく、いわゆる名無橋。
 


橋の近くの左岸に石碑が建てられている。
 


庚申塔の文字が読み取れるが、庚申塚と呼ばれるものと同様と思われる。
 


庚申塔の向こう(下流側)にお地蔵様の姿が見える。
 


今は駐車場であるが、おそらくは畑であった所なのだろう。
お地蔵様は見沼代用水の方を向いている。
 


左下から見上げるお地蔵様。
 


陽射しはあっても寒風の中。
赤い毛糸の帽子が暖かそうである。
 


土台に文字が彫られているのだが、残念ながら私には完全に読み取る事ができない。
 


真横から見ると、すぐ目の前の見沼代用水を見守るように見える。
 


お地蔵様は駐車場入口にあるので、車にぶつけられなければいいのですが・・・
 


名無橋から見る下流側。
まだまだ見沼代用水東縁を下る。
 

(写真と文 by pokkunさん)


見沼代用水(37)・さいたま市へ

2012年12月08日 16時45分25秒 | gooな場所

 

鳥ケ谷戸橋から見る下流側。
もう少し下れば、さいたま市へ入るもよう。
 

 

見沼代用水東縁の左岸を下る。

 

防草シートの上を歩いて下る。
 

郊外型大型ディスカウントショップが見えてきた。
地図によれば、もうそろそろ上尾市からさいたま市になる頃である。
 

防草シートの歩道がなくなった。
どうもこの辺りが市境のようである。


 

後ろを振り向くと、こんな風景である。
市境を示す案内板はないが、この辺が市境のようだ。

 

用水を背にして北側を見る。
国道16号線に抜ける丁字路があるが、画面右側がさいたま市、左側が上尾市のようである。
 

 

この判断は地図と現地を見比べた上での、私の判断なので実際とは異なるかも知れません。
 

 

さいたま市へ入り、さらに下流へ下ります。
 

 

見沼代用水の案内板がありました。
 

 

現在地を示す赤い文字と矢印は消えていますが、やっぱりもう既にさいたま市へ入っているようです。
 

念のため振り返ってみますが、市境を示す案内板は見当たりません。
 

さらに見沼代用水東縁の左岸を下ります。
進行方向左側(北側)には国道16号線が走っています。
 

国道16号線の案内板です。
この辺りを右へ曲がれば東大宮駅のようですが、私はさらに見沼代用水東縁の右岸を下っていきます。
 

(写真と文 by pokkunさん)


見沼代用水(36)・国道下越

2012年11月23日 16時54分14秒 | gooな場所

   
宮浜踏切から30mほど下流に橋がある。
 


名前は大島橋(おおしまはし)で、人と自転車だけが右岸へ渡れる橋である。
 


橋の中央から見る上流側と宮浜踏切。
 


ここからは見沼代用水の右岸を下る。
国道16号線バイパスがすぐそこに見える。
 


見沼代用水が国道の下を越すというよりは、国道が見沼代用水の上を越すというのが正確であろう。



東側は、岩槻・春日部方面。
 


西側は、川越方面である。
歩行者がJR東北線の東西を行き来するためのものであろう階段があるので登ってみる。
 


階段の上から見た宮浜踏切。
階段は跨線橋の北側にあるので、蓮田駅側は見えるが東大宮駅側は見えない。
 


階段を降りて用水に戻り、さらに下る。
 


すぐに坂下橋(さかしたはし)がある。
 


坂下橋から見る上流側。
国道16号の跨線橋はかなり重圧感がある。
 


なにか工事をやっているらしいが、とにかく右岸を下ってみることにする。
 


工事の予告であって、今日工事をしている訳ではないらしい。
 


ゆっくり歩いて15分ほどで、鳥ケ谷戸橋(とりがやとはし)に着く。
 


鳥ケ谷戸橋から見る下流側。
ここはJR東北本線にある東大宮駅の近くなのだが、遠くのJR高崎線に駅がある上尾市の瓦葺地区である。
もう少し下ったところでさいたま市になるようだ。
 

(写真と文 by pokkunさん)


見沼代用水(35)・宮浜踏切

2012年11月15日 12時49分05秒 | gooな場所

見沼代用水東縁を下ることになった。
掛樋公園脇で東縁と西縁に別れるためか、フェンスに取り付けられた番号は0からになる。
 

西縁は直進して南へ、東縁は左に曲がって東へ流れる。
 

50mほど下って曲がりきった所に、東縁で最初の高橋(たかはし)がある。
画面左は掛樋公園である。
 

 
高橋から見る下流側。
正面にJR東北本線を越える跨線橋が見える。
 


この先の踏み切りは事故が多いため自動車の通行を禁止にしたというが、歩行者と自転車は通れるということだろう。
 

左岸を下るにつれて、踏切の警報音が大きく聞こえてくる。
ここではまだ車道と歩道に分かれているのだが。
 


踏切の手前で車道と歩道がひとつになり、
車止めが建てられている。
 

警報が鳴り、遮断機が降りた途端に列ができた。
緑のヘルシーロードでもあるためか、サイクリングの自転車族の通行も多いようだ。
 


踏切直前は急坂でもあり確かに危険を感じる。
 


宮浜踏み切りは、起点から37.180Kmで1.8mの巾である。
 


歩行者と歩行者、自転車と歩行者、自転車と自転車が入り乱れて通行するのを目の当たりに見て危険を感じ、皆が渡り終えるまで待ってからゆっくりと踏み切りを渡る。
 


進行方向左は、蓮田・久喜・宇都宮方面。
蓮田駅までは2.5Kmといったところである。
 

進行方向右は、東大宮・大宮・東京方面で、東大宮駅はここから1.5Kmほどのところ。
すぐそこを国道16号バイパスが線路を跨いで通る。
線路にある緑色の鉄板の下を見沼代用水が流れている。
 

踏切を渡りきってから振り返ってみた様子。
今まで自動車の通行も許されていたというのが信じられないような踏切である。
 

踏切を越えて、さらに左岸を下る。

 

(写真と文 by pokkunさん)


 


見沼代用水(34)・掛樋公園

2012年11月07日 19時06分41秒 | gooな場所



瓦葺伏越に隣接する綾瀬川右岸に、上尾市によって掛樋公園が作られている。

 

赤い○印のところが掛樋公園。
 


正確には掛樋井史跡公園というようだ。
 


公園の西側(画面左)に見沼代用水、そして北側(画面奥)に綾瀬川が流れる。
綾瀬川の対岸には瓦葺分水工(画面右)も見えている。
 


暫くの小休止にはもってこいの場所である。
 


案内板が作られているので覗いてみる。
 


説明文は消えかかってしまっているが、昔は掛樋を通してあったこと、その後はレンガの掛樋になったこと、さらにその名残のシンガが残してあること などが記されている。
 


江戸時代の木製掛樋の様子。
見沼代用水の水は、掛樋によって綾瀬川を渡り、その先で西縁と東縁に分かれて流れている。
明治期には木製からレンガの掛樋になったが、そのレンガが今もこの公園に残っているという。
 


明治期のシンガの掛樋の名残り。
 


伏越(サイフォン)になった今でも明治期の掛樋のレンガがよく残されている。
 


綾瀬川右岸から見る掛樋史跡公園。
画面右が見沼代用水。
 


さて、ここで一つの問題が発生。
見沼代用水は、ここで西縁と東縁に分かれる。
この先、どちらに行くべきか決めねばならない。
悩んだ時には、もちろんこの方法で決めるに限る。
靴底が上(天気でいうなら雨)ならば西縁、通常の向き(天気でいうなら晴れ)ならば東縁へ進む。
えいっ!
 


靴は通常の向きになった。
これから先は東縁を下って行くことにする。

 

(写真と文 by pokkunさん)


見沼代用水(33)・瓦葺伏越

2012年10月31日 18時02分59秒 | gooな場所



見沼代用水は、綾瀬川左岸で流れが見えなくなる。
 


そして、綾瀬川の右岸でまた姿を現している。
 


綾瀬川のすぐ下流側にある立合橋から見沼代用水のその様子を見ることができる。
 


瓦葺分水工(画面右上)からの流れは綾瀬川左岸でいったん見えなくなる。
 


そして、綾瀬川の下を潜って(サイホン方式)川を越え右岸(画面左上)にまた姿を現している。
 


この付近の案内図。
 


綾瀬川右岸側にある見沼代用水下流側。
 


綾瀬川の対岸にある見沼代用水の瓦葺分水工までは100mぐらいありそうだ。
 


見沼代用水は、この川の底のさらに下を潜って流れている。
 


見沼代用水下流側。
 


下流に向かい右側が「西縁」で左側が「東縁」である。
 

(写真と文 by pokkunさん)


見沼代用水(32)・瓦葺調節堰

2012年10月17日 19時47分45秒 | gooな場所



下蓮田踏切から見沼代用水を下ること数分。
水路上に構造物、道の反対側に石碑が見えてくる。
 


石碑のほうから先にみる。
 


「東西縁竣工記念」ということは、この先で用水路が東と西に分かれる工事を実施したということであろう。
 


石碑には見沼代用水発祥の江戸時代から今日に至るまでの歴史と変遷が刻まれている。

 
水路の上にある構造物は瓦葺分水工。
 


瓦葺分水工と呼ばれてはいるが、瓦葺調節堰というのが正式なようだ。
 


用水の反対側(右岸)から見る瓦葺調節堰。
 


水門の上部には「東縁用水路」「瓦葺伏越水門」「西縁用水路」と書かれている。
 


水門から下流側の様子。

 
下流側から見る水門。
水門を抜けた水は二つ分かれて流れる。
 


水門からおよそ数十mのところで水路がなくなり、コンクリート壁になる。
 

コンクリート壁から見る水門と二つに分かれて流れる水路。
向かって左(右岸側)が西縁、右が東縁である。
 


気になるのは、この先の流れである。
実は、このコンクリート壁があるのは綾瀬川左岸である。
ここまで流れてきた水は何所へどのように流れて行くのか。

 

(写真と文 by pokkunさん)

 


見沼代用水(31)・下蓮田踏切

2012年09月30日 20時04分46秒 | gooな場所

 稲荷神社で一服の後、下流へと下る。



踏切の警報音が聞こえ、北に向かう電車が見えた。
特急スペーシア号、日光行きである。
東武日光線浅草~日光間でしか見られなかった電車だが、今ではJR東北本線で見ることも珍しいことではなくなった。
 


下流に橋が見えてきた。
 


橋の名盤を探したが見つからない。
道路はどうやら市道のようだが、いわゆる名無し橋か。
 


ここで橋を渡って左岸側が、緑のヘルシーロードだと言っている。
 


名無し橋から見た上流側。
 


右岸側から見た左岸側。
名無し橋の東側に踏切がある。
 


JR東北本線の踏切だが、見沼代用水と踏切との距離はわずか十数mほどである。
 


下蓮田踏切は、基点から37.636Kmの地点。
起点とは東海道本線と東北本線の境界、つまりJR東京駅のことである。
 


踏切を東側に渡った所から見た西側。
 


名無し橋に戻り、下流側を見る。
東北本線に接近した見沼代用水だが、ここから右にカーブして鉄道から離れていく。
 


案内板にあるように、緑のヘルシーロードに沿って下る。
 


それにしても暑い。
無理せず、木陰があれば小休止したいところである。

 

(写真と文 by pokkunさん)