のんスケの‥行き当たりバッタリ!

ぐうたら人生を送ってきた私が、この歳になって感じる、喜び、幸せ、感動、時に怒りなどを、自由に書いていきたいと思います。

金木犀の香り、ほのかに漂って‥。

2012-10-11 20:07:26 | 日記

 先週の水曜日から日曜日まで外出が続き、その上、月曜日にはブログを3つも書いてしまった。

 ブログの終わりごろには、ぐったり疲れ、寒気もしてきた。

 その夜は、市販の風邪薬を飲んで寝たけれど、明くる朝になっても良くならず、身体がだるくて仕方がない。

 朝の用事だけ済ませて、早々に又お布団の人になった。

 ほんとはすぐお医者さんに行ったほうがいいのだけれど、外に出るのが何とも億劫だ。

 そこで、市販の薬を飲んでは寝、飲んでは寝、を繰り返した。

 今回の風邪は、咳と痰がひどくて、夜には熱も出てきた。

 もう、お医者さんに行かなければどうにもならない!

 そこで昨日の朝、お医者さんに駆け込んだ。

 お医者さんは、今は気管支炎だが、喘息になる可能性もあるからと、胃薬も含めて5種類の薬を出された。

 昨日は薬を飲んでもまだ好くなったという感じがしなかったが、今朝起きると、ずいぶん体が軽くなったような気がした。

 人間の気持ちって、不思議だなあ!

 身体の一部でも調子が悪いと、気持ちの方も沈んできて、心も暗くなる。

 でも、体調回復した私は、今朝はパッと起き上がって、窓を開けてベランダに出た。

 

 ベランダに出た私は、私の顔を、ほのかな懐かしい香りが、すぅ~と撫でていくのを感じた。

 あっ、金木犀だ!

 金木犀って、毎年必ず10月10日ぐらいには咲くもんなあ!

 今日は、11日。

 今年も金木犀は、季節を間違えずに咲いてくれたんだ!

 私は、うれしくなった。

 

 我が家のベランダに流れてくる金木犀の香りは、お隣のマンションに植えられた、比較的大きな金木犀からのものだ。

 私は急いで、金木犀が植わっているところ(植わっている土地はお隣だが、枝は我がマンションに向かって伸びている)に、行ってみた。

 ところが、いくら目を凝らして見ても、金木犀の花は見えないのだ。

              

 

 だとしたら、私を喜ばしたあの香りって、もしかして、私の(空耳ならぬ)空鼻?

 でも、ベランダに出た私の鼻にすぅ~と漂ってきたのは、間違いなく金木犀の香りだ!

 もしかしたら、マンションの周りに、私の知らない別の金木犀の木があって、そこから流れてきたのかも知れないし…。

 

 金木犀の花が撮れなかった代わりに、10月になっても元気よく咲いている、我が家のハイビスカスを撮っておいた。

             

 

 それと、夏の間は葉っぱを皆んな落として、冬眠ならぬ夏眠していたシクラメンが、最近葉っぱを伸ばし始めた。

 4鉢あったシクラメンのうち、残念ながら1つは根腐れしてしまったみたいだが、あとの3鉢は芽を出してくれた。

 ありがたいことだ。

                

 

 

 午後になって、市営住宅にも大きな金木犀の木があったことを思い出して、行ってみることにした。

 でも、ここの金木犀は、更にまるっきりダメだった。

               

 

 考えてみれば、市営住宅は今年になって改修工事をされたので、その時、周りに植えられている木々などを、かなり刈り込まれた。

 その時に、もしかしたら、花芽になる部分を刈り取ってしまわれたのでは‥?

 私の予想が当たっているかどうか、これからも観察を続けていくことにしよう。

 

 ここでも金木犀の代わりに、金木犀のすぐ傍に沢山実をつけたハナザクロの木があったので、撮っておいた。

                

 

 市営住宅の近くのお宅では、家の前のごく狭い場所にいつもきれいに花を植えられているのだが、今日はそこに色とりどりの可愛いコスモスが咲い

ていて、心が和んだ。

              

 

 金木犀の花が見られなかったのは残念だったけど、他の花たちに満足して、家に帰った。

             

 


突然の訃報‥「Yちゃん、がんばって!」

2012-10-08 21:35:38 | 日記

 10月3日の朝8時半くらいに、電話のベルが鳴った。

 文字盤を見て、Yちゃんからだと分かった。

 こんな早い時間にYちゃんから‥???

 私はちょっと嫌な予感を感じつつ、受話器を取った。

 果たして、電話の向こうのYちゃんの声は沈んでいた。

 「何かあった?」と、私。

 すると、信じられない彼女の言葉が返ってきた。

 「昨日、主人が亡くなったの‥。」

 それと同時に、彼女はワッと泣き崩れられた。

 

 私も、言葉を失った。

 だって、私とOさんは、1ヶ月位前に彼女のお宅を訪問した折、Tシャツに半パン姿の、お元気そのものの(に見えた)旦那さんに、お会いしていたか

ら。

 私がやっと、「なんで!?」と尋ねると、Yちゃんは、必死で気持ちを落ち着かせながら、旦那さんが亡くなられたいきさつを話してくださった。

 

 それに依ると、私たちがお会いして間もない9月10日、病院に行かれた旦那さんに末期の癌が見つかり、その時点で「余命1ヶ月」が宣告され

たというのだ。

 そんなことって、あるの!?

 だって、私たちと会ったときもあんなにお元気そうだったし、8月末には家族旅行で北海道に行かれてもいたのに‥。

 

 でも残念ながら、それは、動かしがたい事実だった。

 ご主人はすでに、手術はもちろん、なんの治療も施しがたい状態だったのだ。

 そこで彼女は、ご主人を自宅で看護されることに決められた。

 そして、それから1ヶ月足らずの間、(その間仕事を休まれた)娘さんと二人で、じっくりと別れの時間を過ごされたのだった。

 

 「余命1ヶ月と言われたけれど、1ヶ月もたなかった‥。」

 そう言いながら、彼女はまた泣かれた。

 「痛みが無かったのが、せめてもの救い。」と言われる彼女に、私は、「最後に自宅で、濃密な時間を一緒に過ごすことができて、ほんとによかった

ね‥。」と言うのが、やっとだった。

 

 

 電話があった3日の夜がお通夜、明くる4日が、葬儀だった。

 私はお通夜にはどうしても都合がつかなくて行けず、葬儀だけに、共通の友人Oさん・Kさんと一緒に行った。

 私たちが葬儀場に入ってしばらくすると、Yちゃんと子供さんたちが、入ってこられた。

 泣きはらした彼女の顔と、少し丸まったような頼りなげな背中が、なんとも痛々しかった。

 彼女は、私たちを見つけると、私たちの方に、泣きながら小走りで近寄って来られ、一番近くにいた私に身を投げ出して、泣き崩れられた。

 私は彼女の肩を抱きながら一緒に涙し、最後に「Yちゃん、がんばって!」と肩をたたいた。

 彼女も意を決したように、「うん、がんばる!」と健気に言って、ご家族のところに帰っていかれた。

 

 葬儀が始まった。

                

 

 司会の方のお話の中で、旦那さんが66歳で逝かれたことが分かって、私たちは再び愕然とした。

 あまりに若すぎるではないか!

 怒りにも似た感情が、私たちを襲った。

 せめて、あと10年は生きて、Yちゃんとの夫婦生活を楽しんでほしかったのに‥。

 

 彼女の悲しみ・苦しみは、当分癒えることはないだろう。

 でも、旦那さんと強い絆で結ばれ、信頼しあって生きてこられたYちゃんは、亡くなられた旦那さんのためにも、きっと悲しみから立ち直られると、私は

信じている。

 「Yちゃん、がんばって!」

 (今はちょっと居る場所が違うけど、天国の旦那さんとYちゃんは、いつまでも仲のいい明るい夫婦なんだもの!)

 

 

 

 

 

 

 

 


初めての体験‥「日本舞踊」と「朗読・語り」の鑑賞。

2012-10-08 19:01:21 | 日記

 一昨日(6日)私は、豊中を拠点にして活動されている日本舞踊の流派、「天羽祥瑞(あもう・しょうずい)の会」の発表会に行ってきた。

 前日が朝早くから夜遅くまでのバスツアーだったので、ちょっとしんどかったが、がんばって出掛けることにした。

 この発表会のことを知ったのは、以前、ご近所のMさんに、5000円もするチケットをいただいたから。

 Mさんのお知り合いの方が「天羽祥瑞の会」に属されている舞踏家さんなのだそうだ。

 私は本格的な日本舞踊というものを、(ナマでは)今まで見たことがない。 (歌舞伎の中で演じられる踊りは見たことがあるけれど)

 それに、今までは、興味もあまりなかった。

 でもせっかくチケットをいただいたのだから、今回は行ってみようと思ったのだ。

 

 発表会は、国立文楽劇場で、11時から始まる。

 文楽劇場に行くのは、本当に久しぶりだ。

 私としては珍しく、11時の開演に十分間に合う時間に、文楽劇場に着いた。

     

 

               

 

 最初の演目は、家元である天羽祥瑞さんの「清元 北州」だった。

 私には、清元も長唄も常盤津も、その区別さえよく分からないけれど、祥瑞さんのこの踊りを見て、とてもステキだと思った。

 カラダの芯がシッカリと定まっていて、簡潔な動きの中に、キリリとした品の良さが感じられ、よく分からないながら、さすが家元だと感じ入った。

 

 そして私が一番感動したのは、今年86歳になられたという、天羽祥楽さんの「清元 鳥さし」だ。

 とても86歳とは思えぬ、安定した身のこなしと、指先まで神経が行き届いた、細かな表現力!

              

 

                  

 

 長年精進を重ねてこられたからこそ得られる、動きであり表現だと思った。

 

 祥楽さんと比べればはるかに若い私が、最近では、立ち上がる時は、何かにつかまって「ヨッコラショ!」と掛け声掛けて、立ち上がる。

 最近は、朝のラジオ体操も太極拳もサボってばかり。

 これでは、イケナイ!

 私は祥楽さんの踊りから、叱咤と励ましをもらって、身も心も引き締まる思いがした。

 

 そして今回の発表会を見させていただいたことで、日本舞踊に対しても興味が湧いてきた。

 バレーも社交ダンスもヒップホップも、はたまた日本舞踊も、身体を使って何かを表現するという点では、同じだと思う。

 そして、何かを表現しようとするときに必要な身体能力にも、共通したものがあるような気がする。

 

 私はこれからも、いろんな踊りを(お金と時間の許すかぎり)どんどん見たいと思う。

 そして、自分の身体の老化を少しでも遅らせて、少しでも長くダンスを楽しみたいと思った。

 

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 昨日(7日)は、友人Kさんの誘いで、≪語り芸花舞台≫という催し(舞台)に行ってきた。

 Kさんは、学生時代の放送部の経験を生かして、数年前から、聾者のための朗読ボランティアをされている。

 ≪語り芸花舞台≫は今年で12回めを数えるそうだが、彼女は、かなり以前から行かれているとのこと。

 今回、私を誘ってくださった。

 今年は、私にとって懐かしい、あの“日色ともゑさん”が出演されることもあって、行ってみようという気になった。

                

 

 最初に出演された中島さよ子さんのことは、私は今まで知らなかったが、彼女の語りの表現は、情緒豊かな中に凛としたものがあって、とても素晴ら

しいと思った。

 次に演じられた「あめんぼ座」の朗読劇(と言うか、群読と言うか)は、内容的にも表現的にも、私にはちょっとなじめなかった。

 

 今回の目玉の“日色ともゑさん”の語りは、マリオネットという音楽ユニットの演奏とともに進められた。

 「茨木のり子の世界」と題して、彼女の詩を朗読しつつ、自らの思いも語られるという趣向だ。

 彼女の親しみやすい人柄と、茨木のり子さんの詩に対する深い理解(私も茨木のり子さんの詩は好き!)から紡ぎ出される彼女の言葉は、時にユー

モアを伴って、私たちの心に、共感の渦を巻き起こしてくれた。

 会場全体に、あたたかい空気が流れ、とても楽しい時間だった。

 この会にも、参加させてもらって、ほんとうにヨカッタ。

 来年も、ぜひ(出演者を見てから、だが)参加したい。

 

 

 

 

 

 

 

                

 

  


「ゆうゆうくらぶ」の日帰りバスツアー♪ (^_^;)

2012-10-08 14:16:25 | 日記

 私は2年前から「中津ゆうゆうくらぶ」という、「?人クラブ」に入れてもらっている。

 「?人クラブ」の「?」には漢字一字が入るのだが‥、さて何でしょう?

 なぁんて、思わせぶりなことを言うのはさて置いて、先日10月5日(金)に、その“ゆうゆうくらぶ”の、日帰りバスツアーが行われた。

 

 今回のツアーは、「秋の収穫祭!」と銘打って、昼食は伊吹山山麓で“松茸御膳”、近江八幡では“食べ歩き”、プラス「お楽しみ10大特典」として、巨

峰・近江米・野菜1キロ・よもぎ餅・甘栗等々が、お土産としていただけるという、ありがた~い催しなのだ。

 しかも、代金は、3000円なり!

 これに行かぬ手はないと、友だちから誘われてすぐ申し込んでいた。

 

 こう書くと、食い気にだけ惹かれてツアーに参加したように思われるかもしれないが、私には、午前中に行く「木曾三川公園」というところの、“200万

本のコスモス”が、食い気と同じく(いや、それ以上に)魅力的だったのだ。

 

 木曾三川公園に到着。

 入り口を入ってスグのところに、広大な花壇?があり、花が咲き揃っていて、きれいだった。

            

 

 手前に植えられているピンクの花(写真下)がとっても可愛く、しかも丈夫そうだったので、我が家のベランダにも植えられるんじゃないかと思ったが、

残念ながら、花の名前が分からない。

               

 

 そこから、お目当てのコスモス畑に向かう。

 しかし‥。

 バスの添乗員さんから、ちょっと時期が早くてコスモスはまだ3~5分咲きだと聞いていたので覚悟はしていたけれど、実際にコスモス畑に着いてみ

ると、咲いている花の少なさにガッカリ!

 これでは、一面のコスモス畑の写真はとても撮れない。

 でも、(キバナコスモスではない)濃淡のピンクや白のコスモスを真近に見るのは今年初めてなので、とにかくカメラに収めることにした。

         

 

 

                 

 

         

 

 

 コスモス畑を通りすぎた辺りに大きな池があって、その中央の噴水から、勢いよく大量の水が噴き出していた。

              

 

            

 

 

 木曾三川公園を後にして、バスは一路、伊吹山の麓のお食事処へ!

 「ここで、待望の松茸御膳が食べられる!」と期待に胸を膨らませたいところだが、なにしろ全部込みで3000円の費用‥まともな「松茸御膳」など出

て来るわけがない、と初めから覚悟していた。

 案の定、松茸そのものは、全くだめ。 (香りマツタケの香りはどこに~?って感じの代物だった。)

 でも、お店&旅行会社の名誉のために言っておけば、松茸入りすき焼きは、飛騨牛や他の野菜が美味しく、味付けも良かったので、とても美味しかっ

た!

 それ以外の料理も、結構美味しくいただけた。

 何遍も言うようやけど、3000円の旅行代金では、まあ、こんなモンやろ‥。

 

 

 バスはその後「胡麻の里」に立ち寄って、近江八幡へと向かった。

 

 ところが、しばらくして、私たちが乗っていたバス(3号車)に、事故発生!

 どうもバスがエンコしてしまったようなのだ。

 運転手さんがいろいろ試みられるも、バスはなかなか動かず。

 やっと、動き出したと思ったら、ユックリの自転車にも負けそうなほどのノロノロ運転。

 やむなく交替のバスを要請して、途中でバスを乗り換えることになった。

                 

            (ノロノロ運転の途中で見た琵琶湖。ノロノロ運転の車中からでも、上手く撮れない‥)

 

 その間ずいぶん時間のロスがあったので、私たちの号車は、近江八幡の食べ歩きは1ヶ所に留め、あとはバスの中でいただくことになった。

 添乗員さんは責任を感じられて平身低頭!

 とりあえずのお詫びにと、コンビニでお茶とお菓子を買われて、それをバスに運ぶ途中で(あまりの重さに)地面にぶちまけられてしまったりして、気の

毒この上なかった。

 

 結局バスは、予定の時間を1時間半くらいオーバーして、夜8時くらいに出発地点に帰還。

 バスを降りると、旅行社の方々が特別に何人か迎えに来られていて、お詫びにと、あの“たねや”の最中を手渡された。

                   

 

 私は、なんだかえらく得した気分だった。

 まだ最中はいただいていないけれど、“お楽しみ10大特典”で貰ったお米や野菜や果物は、帰ってからすぐいただいた。それぞれ、なかなかに美味

だった。

 

 コスモスがイマイチだったり事故があったりで、良くないこともあったけれど、終わってみれば、今回もまあまあ楽しいバスツアーだった!

 シツコイようやけど‥「何しろ、3000円やもん!」

 

 

 

       

           

 

 

 

       

 


ブログ開設一周年!

2012-10-03 22:47:51 | 日記

 私が初めてパソコンなるものを買ったのは、2年前の9月だった。                 

 でもその年は、年末に、四苦八苦しながら、拙い年賀状を作っただけで、終わってしまった。

 そのあとは、ホッタラカシ!

 宝の持ち腐れになりかけていた‥私のパソコン。

              

 

 それを救ってくださったのが、北海道のKさんだ。

 彼女ははるばる北海道から、私にブログの開設の仕方を教えてくださったのだ。

 それ以来、俄然、私とパソコンは大の仲良しになった。

 

 私がなんとか最初のブログ(とは言えない代物だけど)を書いたのが‥2011年10月3日。

 あれから、1年が経った。

 その間に書いたブログは、今数えてみたら、175件。

 375÷175= ‥‥??

 すぐには計算できないので、今携帯の電卓を打ってみた。

 すると、2.1428(以下略)だそうだ。

 ということは、2.3日に1回は書いていることになる。

 えっ、ほんま!? だとしたら、我ながら、ようやるなあ!って感じ。

 

 最初思った以上に、どうも私って、ブログを書くのが、結構好きみたい。

 確かに、ブログは私に、いい効果をもたらしてくれた。

 その一つは、今までより、モノをよく見る(観察する)ようになったこと。

 二つ目は、以前よりずっと行動的になったこと。

 そして最後に、多少とも、ボケ防止になっているかも‥。

 

 でも、良くない点もある。

 撮りまくった写真の中からどれをブログに載せるか選び、選んだ写真を編集する。(大きさの変更など)

 ブログのタイトルを決め、文章の流れを考えながら、書いていく。 そして、適切な場所に、編集した写真を挿入する。

 それって、思った以上に、時間と労力(頭の‥)を要する。

 だから、パソコンの前に座っている時間が結構長くなる。

 すると、目はかすみ、血流が悪くなって、肩は凝るし、身体全体もメッチャ疲れる。

 ということで、ブログのやり過ぎは、決して体に良くない。

 この間田舎に帰ったとき、二人の姉から「去年に比べてずいぶん背中が丸くなったよ!」と言われたが、それって、パソコンを打つ姿勢も関係している

のでは?と思ったりする。

 

 まあ、いいことも悪いことも、どちらもあるけれど、今のところブログを止めようという気は、全くない。

 長くなるときは間に休憩を入れること、姿勢には十分気をつけること、などに注意して、好きなブログをこれからも続けていきたいと思っている。

 

                 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 (ブログ開設とは関係ないが‥)

 昨日やっと、葉っぱが黄色くなって見苦しくなっていたゴーヤのカーテンを取り払った。

 

 ゴーヤのカーテンには、今年の夏は、いろんな意味で、本当にお世話になった。

 が、生命力の強いゴーヤにも、やっぱり限界はある。

 もうだいぶ前から、ゴーヤの葉っぱが黄色くなって、緑のカーテンの役目を終えていた。

 早く片付けなくっちゃ!と思いながら、なかなかできなかった。

 それを昨日、近所のMさんに手伝ってもらって(Mさんは背が高い!)、やっと片付けることができた。

                    

                         ゴーヤを取り払ったベランダ

 

 汚くなったゴーヤを取り払ってスッキリしたのだが、ゴーヤは、この夏幾度となく私を驚かしたあの「忍術」で、最後まで私を驚かした。

 ゴーヤの蔓を切って下に引っ張り降ろすと、黄色くなった葉っぱの陰から、ゴーヤが小さいながら、アッチからもコッチからも現れてきたのだ。

 小さすぎて食べられないものもあるけれど、最後の力を振り絞って生ったゴーヤ!

 記念に写真に撮っておくことにした。

               

 

 

 

 

 


十月二日早朝の‥「十六夜の月」

2012-10-02 21:07:48 | 日記

 昨日から、もう十月・神無月だ。

 今年も、あと3ヶ月かあ‥。

 9月になったときは、まだ余裕がある感じがしたけど、あと3ヶ月となると、無性に焦りと寂しさを感じる。

 残り少ない2012年を、大事に過ごさなくっちゃ!と、今は思っている。

 

 中秋の名月が見られなかったので、せめて「十六夜(いざよい)の月」は見たいと、昨日の夕方から夜にかけて、何度も空を見た。

 でも昨夜は雲が結構厚く、月は顔を出してくれそうになかった。

 そこで諦めて寝た。

 

 今朝は5時半に目覚めて、すぐにカーテンを開け、空を見た。

 昨夜の雲は、ほとんどとれている。

 この分だと、月を見ることができそうだ。

 私は急いで服を着替えて、公園に向かった。

 

 公園に着くとすぐ、月が出ていそうな西側の空を見上げた。

 あった!

 まだ灰色の空に、ほとんど満月と変わらぬ「十六夜の月」が、くっきりと浮かんでいた。

            

 

 ここ数日待ち焦がれたお月さま‥私は、なんだかウキウキしてきた。

 

 東の空はどんな具合かと振り向くと、日の出が近いことを示すように、雲が少し、薄いピンクや黄金色に染まっていた。

       

 

 

 30日の日は、台風の中、慌てて公園をあとにしたので、今朝はちょっとゆっくりお花畑を見て歩いた。

 公園の曼珠沙華は、台風にもめげず、アチコチで赤や白の花を、まだ元気よく咲かせていた。

       

                                              (上の花は、今名前が出て来ない‥)

 

 

 公園を一周して、再び西の空に目をやると、だいぶ明るくなった空に、十六夜の月が、まだくっきりと浮かんでいた。