ガンジス・河の流れ

インド・ネパール。心の旅・追想

ジャンキーの旅          No2 Ward・・・・・3

2013-01-23 | 3章 デリー中央第一刑務所No2Ward
 Bバラックのアフリカンの話しではもう少しぼくも長くなりそうな気もする。それでも1年で出所出来ればパッピーと言わなくてはなるまい。ここにいる収監者で長いのは6年、7年、10年の刑の満期を待っている人間もいる。
 AとCバラックは幅10m長さ20mぐらいの大部屋だ。真中の通路を挟んで両サイドに10台のベッドが並んでいる。そこに60~70人の収監者が放り込まれていた。ベッドを確保しているのは古参アフリカン、ベッドの間、房内の通路に寝床を持っているのは欧米日ぐらいだ。インドでも12月~1月の夜は冷える、鉄格子だけの外房で毛布に包まり冷たい風を凌いでいるのはインド人だった。
 18時、施錠されるとぼく達は夕食の準備を始める。毎日17時頃には配給されているのだが監房が施錠される前、誰も入りたがらない。ワードの塀に沿った小道を運動を兼ねて散歩したり施錠後、必要なビリやスタッフの仕入れに急がしかったりする。施錠を知らせる鉄格子を打ち鳴らすガン・ガンと金属音がすると各A,B,Cバラックの入口に収監者達が集まって来る。集まっては来るが中々入ろうとしない、毎日の事である。刑務官が輪を絞りこんで入れようとすると逃げる。ちょうど夕方、鶏を鶏小屋に入れようとしている風景に似ている。鶏は入りたくないのだが最後には入れられてしまう、そんな感じだ。全員入れられてロックの金属音がした。
 ぼくが身を寄せているのはスリランカ人グループ、リーダーはディクソン他はショッカン、サンダー、セガ、それにポーランド人のダニエルだ。アミーゴは別のベッドの間に寝床を持っており食事やティーの時にやって来る。
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