ガンジス・河の流れ

インド・ネパール。心の旅・追想

ジャンキーの旅    マリー   14

2011-07-17 | 2部1章 マリー


夕方、フィリップスがスタッフ50gとチャラスを持って来た。何度も見た事のある黒いビニールで厳重にパッキングされた50gの大パケだ。アフリカン・シンジケートはこの様にパッキングする中卸しと大きなパイプを持っているのだろう。中卸し1g、200ルピーとして50gでは一万ルピーになる。前金なしで50gのブツを渡してくれるのは中卸しとフィリップスとの信頼関係が出来上がっているからだ。中卸しは信頼できる数名のプッシャーとだけコンタクトを取りドラッグ・ビジネスをやる。一見の客と商売はやらない、密告の危険を伴うからだ。中卸しはピラミッドのトップであり彼が逮捕されればアフリカン・シンジケートは大きなダメージを受ける。メインバザールの殆どのプッシャーがデリー警察に逮捕されたが中卸しを守った。デリー警察はトップに辿り着けないだけでなくデリー中央刑務所内のアフリカン・シンジケートの活発なドラッグ・ビジネスをも取り締る事が出来なかった。
 ダンボールに入っているお金はマリーにも見せていない。アパートに戻って大使館から引き取った荷物を整理していると、そのダンボールの中には何が入っているの、と彼女の質問、ぼくは日本から送られて来た本だと嘘を言った。フィリップスに支払うスタッフ代金とマリーへ渡す生活費それにぼくが必要な金額だけダンボールから取り出した。フィリップスが持って来たスタッフは上質だった。二万ルピーを支払った。まだ刑務所に収監されているエマへの支払いもある。
「それだけあれば当分お金の心配はない」
というB高官の言葉はその後に続く
「ドラッグさえ手を出さなければ」
という言葉をぼくは感じ取っていた。これ以上大使館口座を使うのは不味い、何らかの送金方法を考えなければならない。

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ジャンキーの旅         マリー・・・・・13

2011-07-11 | 2部1章 マリー
ぼくとA書記官は事務的な後処理を行った。日本からの送金と弁護士、裁判所それにぼくの生活費等の収支明細と残金を確認した。大使館の金庫に保管されていたぼくのお金は百ルピー紙幣で二千枚、二十万ルピーは小さなダンボールに入れて運ぶ量だった。簡単に開けられないようにダンボールに入れガムテープで封印した。日本から荷物が届いていた。A5サイズくらいの英和、和英二冊の中辞典、これはたぶんA書記官が面会に来られたとき日本から送ってもらうようぼくが依頼していたものだ。スタッフのせいだろうか、随分と目が悪くなっているぼくにとってフォント数の大きい中辞典は見易かった。ぼくと甥はよく熱海や真鶴に釣りに行っていたが、ぼくがどんな本を読んでいるか知らない筈なのに、辞典と一緒に大江健三郎著「あいまいな日本の私」という新書を同封してくれていた。
引き取る荷物の整理が整いBさんの所へ挨拶に行くと
「これで当分お金の心配はないでしょう。あ、ひとつ頼みが有るのですが、刑務所内のレポートを書いてくれませんか?」
ぼくは顔を上げてBさんの目を捉えた
「いや、一応、刑務所の実態を知っておきたいので、何でも構いません収監者の日常生活や、それに刑務所内の略図のようなものがあれば分かり易いですね・・・」
「分かりました、出来上がり次第お届けします」
パールガンジ警察署に面会に来てくれた女性のCさんが玄関フロアーへ出るドアの所まで送ってくれた。執務室に入って一時間くらいは経っただろうか、見るとマリーは待合室でマガジンを読んでいた。ぼくに気付くとそれをテーブルの上に置き、待っているぼくの所へ来ると一緒に玄関へ向かった。少し感傷的になっていたのだろう、黙って歩くぼくを彼女は記遣い声を掛けなかった。

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ジャンキーの旅         マリー・・・・・12

2011-07-07 | 2部1章 マリー
「大変でしたね、もう二度とこういう事はないでしょう」
「日本のお姉さんが心配されています、この電話で元気な声を聞かせると良いでしょう、お姉さんとの約束ですから」
とBさん。大使館の時計は十一時を指している。時差は三時間、日本時間は午後二時になる、こんな時間に姉は家に居るだろうか。呼び出し音が何回か鳴って
「もしもし、・・・です」
と姉の声、一瞬ぼくは息を呑んだ
「もしもし、あ、ぼくです。釈放になって今,大使館から電話しています。もう何も心配する事はありません。裁判の後処理で二~三ヶ月くらい掛るでしょうが、それが終ったら一度カトマンズに寄り、荷物の整理が済めば帰国します。母にも心配かけましたけど、そのように伝えて下さい」
何か話そうとする姉の言葉に圧し被せるようにして
「また電話します」
と言ってぼくは電話を切った。気持ちが挫けそうになる自分の弱さを引き摺りたくはなかった。

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ジャンキーの旅         マリー・・・・・11

2011-07-04 | 2部1章 マリー
 インディアンゲートと政府機関が入ったパーラメントハウスの間を通り過ぎると整然と区画された地区がある。広い敷地内には其々の国の特徴を表現し工夫を凝らした各国大使館の建物があった。どの建物も高い塀と頑丈なゲートによって守られている。日本大使館の入口には警備員詰所がありその前だけ人が通れるようにゲートは少しだけ開けられている。マリーは何度も此処へ来て勝手を知っているがぼくは初めてだ、警備員が差し出したノートに名前と目的を記入し、ぼく達は本館玄関へ向かった。ぼくは幾つかの外国大使館へ行った事はあるがそれはビザ収得の為である。ビザ・セクションは案内板に従って進むと大体、敷地内の外れにある別館である事が多い、大使館本館に入る事はない。玄関フロアーまでは入れるがそれから先は全て中からロックされて許可を得た者だけしか中へは入られない。マリーを待合室に残してぼくだけ内部へ案内された。本館内部に入り執務室へ到るまでに何ヶ所かロックされたドアがあった。それ程複雑ではないにしてもちょっと迷路のように建てられていると思った。
 広い執務室に入ると何度も刑務所へ面会に来てくれたA書記官がぼくの方を見ている,お辞儀をして書記官の机の前へ行った。自分の身体が少し硬くなるのを感じながらぼくは収監中、お世話になった事についてお礼とお詫びを述べた。
「早く出られて良かった。そんなに硬くならずに気持ちを楽にして」
面会時や連絡書面の厳しさとは異なって優しい言葉を掛けてくれた。
「一度、上司に会ってもらいましょう」 とA書記官はさらりと言った。
大使館内の役職とはどんな風になっているのか一般人のぼくには分からない。大使、公使を別にすれば書記官の上の役職と言えば領事、参事ということになるのだろうか。一際大きい机の前に連れて行かれたぼくはBさんに自己紹介をした後、今回ぼくに関わる一連の件についてお詫びをし大使館の援助に対して感謝とお礼を述べた。
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