ガンジス・河の流れ

インド・ネパール。心の旅・追想

ジャンキーの旅         マリー・・・・・10

2011-06-30 | 2部1章 マリー
帰り道マリーが郵便局に行きたいと言うので寄った。デリー中央郵便局はコンノートンにあるが此処は支局だ。かなり大きな支局だろう彼女は有料のメールボックスを持っていて、それはちょうどコインロッカーのような箱が整然と並び表には番号が書いてあった。鍵は其々個人の頑丈な鍵が掛けられていた。インドでは家庭内でさえ自分の持ち物には鍵を掛ける。ぼくも旅の間は中国製の頑丈でピッキング出来ない鍵を持ち歩いていた。外出から戻って来るとぼくの部屋の前で何やらごそ々しているインド人を見たのは一度や二度ではない。鍵を見ただけでギブアップさせてしまえば安心だ。ケニアの家族からの便りだろうか彼女はその手紙を大切にバッグに入れた。ぼくはケニアという国名は知っているがアフリカの何処にあるのかさえ知らない。彼女の日本に対する知識もそんなものだろう。ぼくは裁判を含めた日常生活でマリーの手助けを必要としている。彼女はその事から得るお金が必要だ、ぼく達の関係はそれだけで十分だ。ヘロインは性的欲望を抑えきってしまう、ぼくとマリーが同じアパートで共同生活が出来るのは性的欲望の煩わしさからぼくが解放されているからだ。
 ぼくのような旅行者は各国にある日本大使館に出入りすることはない。利用させてもらうとすれば手紙の受け取りと新聞の閲覧くらいだろう。カトマンズでの手紙の受け取りは中央郵便局が近くて便利だが誰でも入れるし持ち出しも簡単なチェックだけ、紛失の不安があり大使館宛で手紙や小さな小包は送ってもらっていた。在インド日本大使館は遠くて今まで行ったことがない。コンノートンに日本情報センターという政府の出先機関があり、その事務所で用は足りた。日本の情報に飢えたぼくらにとって手紙と少し遅れた新聞だが新鮮で嬉しかった。熱くて長いインド生活、冷房が効いた部屋に入った記憶は数少ないが、驚くなかれその閲覧室にはなんと冷房設備があった。この魅惑的な冷風に負け、足繁く通ったぼくは机に凭れ掛かり居眠り三昧、夢心地とはこのことか。
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ジャンキーの旅         マリー・・・・・9

2011-06-25 | 2部1章 マリー


それはぼくを精神的に落胆させない為の言葉で、インドの裁判は何年かかるか全く分からないという事情を彼女は知っていたから。今回の釈放でぼくのケースが全て終ったとは思っていない、如何いう形の釈放であったのか曖昧にしかぼくは理解していなかった。ぼくの英語力の低さが原因だ。
刑務所内で使われる釈放に対する英語は release だ。
「俺は今夕、リリースされる」
「奴は近い内にリリースされるだろう」
ぼくはフィリップスからの面会があった時、ビィルという発音を何度か聞いたような気がする。釈放の前日、パテラハウス高裁から戻って来たアフリカンからフィリップスの連絡メモを受取った。その中に多分release on bail と書いてあった筈だ。残念な事にぼくはビィルの意味を知らなかった。釈放後、大使館へ行ったとき日本から送られてきた荷物の中にあった英和辞書によって初めて保釈という意味を理解した。保釈による釈放。週一回、裁判所への出頭の主な理由は審理ではなく刑務所外での拘束であり自由の制限であった。
「多分あと三ヶ月で終るだろう」
というマリーの言葉は或る意味に於いて当たっていたのかもしれない。正規の裁判手続きによって終わるというシナリオとは異なっていたが約三ヵ月後、ぼくはぼくなりのやり方で決着をつけようとは、この時点では想像もしていなかった。

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ジャンキーの旅         マリー・・・・・8

2011-06-17 | 2部1章 マリー


暫らくするとマリーは小さな声で
「トミー、英語が話せませんと裁判官に言って、後は私が上手くやるから」 とぼくに言った。
ヘロイン所持で逮捕、刑務所に収監され釈放中にも関わらずスタッフを吸って裁判所に出頭するなんて不味いに決まっている。目を直視されたらスタッフをやっている事ぐらい直ぐに感づかれるだろう。それに日常会話くらいは何とか分かっても裁判所の専門用語を使われるとお手上げだ。ぼくは彼女に任せた。法廷の正面は30cmくらい高くなっており、その中央には威厳を感じさせる大きい裁判官の机があり、一段下がった左側に書記官がいた。前に進んで裁判官の正面に立ち審理が行われる。裁判官の声がする、少し上を見ると何か問いかけたような裁判官と目が合った。
「私は英語が分かりません」
そう告げた後、ぼくは黙って真っ直ぐ裁判官の机だけを見ていた。マリーは時々ぼくに確認の為だろう話しかけてきたがそれは英語だった。
審理は終ったのだろう帰りましょうと彼女、今日はただ次回の出頭日と時間が決められただけだと言った後、少し沈黙があり次回だけではなく毎週、月曜日の十時~十一時の間に出頭しなければならないとぼくに告げた。
「それはいつまで続くの?」
というぼくの問いに、彼女は多分三ヶ月で終るだろうと言った。
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ジャンキーの旅         マリー・・・・・7

2011-06-15 | 2部1章 マリー


午前十時過ぎティスハザール裁判所に着いた。何時もぼくは刑務所の護送車で来て収監者専用の鉄格子の潜り戸から中に入り、留置場に入れられ審理の順番を待っていた。裁判所の玄関から入るのは今日を含めて二度目だ。一度目はちょうど十一ヶ月前、去年の十月二十五日ぼくを逮捕した私服のポリに連行されて来た。デリー中央刑務所への収監手続きの為だった。裁判所の二階建ての建物を正面から見ると横の長さは50mくらい、その両翼は前にせり出た玄関ホールになっている。これと同じ建物が中庭を鋏んだ反対側にあり、左右と真中を通る建物によって連結され、四ヶ所のコーナーは玄関ホールになっている。建物の右玄関側に護送車がバックで入れる建物の切り込みがあり、そこで収監者の乗り降りが行われていた。もしかしたら此処は裁判所の裏側だろうか、反対側の建物の真中に正面玄関があったのかもしれない。
 朝の出発時間やオート力車の値段交渉等は全てマリーがやってくれる。裁判所から何時頃に帰って来られるのか分からない、出発前に大目のスタッフを吸ったぼくは裁判所に着いた頃にはちょうど良い気持ちになっていた。彼女は目的の法廷が何処にあるか、正確には分かっていなかったのだろうか、人で混んだ廊下や階段を探し歩いた。ぼくは少し遅れながらも彼女を人ごみの中で見失わないようについて行く、やっと見つけた場所は左端の一階玄関から入って直ぐ左側にある広い法廷だった。裁判所の敷地内には大型護送車が4~5台停車している。一台の護送車には大体50名は乗って来る、そうすると毎日約200~250名の収監者の審理をこの裁判所で行わなければならない。被告と刑務官それに面会の家族や何か目的があって来ているのだろうが、雑多な人間で裁判所内は何時も大混雑している。もし此処に案内所があったとしても親切な案内を受けられる事など有り得ない。たぶんバクシ弁護士からこれからぼくの審理を行う法廷について知らされていた筈だ。裁判官と書記官にぼくの名前を告げ法廷内の一番前の椅子にぼくとマリーは並んで座った。
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ジャンキーの旅         マリー・・・・・6

2011-06-11 | 2部1章 マリー


午後、近くのバザールへ買物に行く、高級住宅地のバザールへ行くのは初めてだ。野菜やフルーツ類は一般のバザールと同じ様に屋台で売っているが中心には何と大きなスーパーマーケットがあった。生鮮食品は扱っていないが保存できる食品、飲料、日用品等の品揃えは豊富だった。インド人との値段交渉は神経を使うが此処では値札が貼ってありレジで清算出来るようになっている。肉、魚類はやはりバザールの外れに店を出していた。冷蔵設備がないので悪臭が漂い蝿が飛び回っている。マリーはあれこれと注文を付けてマトンを買っていたが今日の夕食に使うのだろう。ぼくはライター、煙草とビリそれに歯ブラシを買った。
「トミー、明日は裁判所への出頭日よ」 とマリー。
九月二十五日の出頭は以前から決まっていた事だ、彼女が同行してくれる。大使館行きについて話し合ったがオールドデリーのティスハザール裁判所から大使館へ回るには無理がある、取り敢えず電話でアポイントを取って翌日、大使館へ行った方がベターだろうという事になった。スタッフとチャラスは二~三日以内で準備出来るだろうとフィリップス、その時点で大使館に預けていたお金はぼくの手許にあるので刑務所内の支払いも含めて清算するつもりだ。帰り際の彼を呼び止めてショッカンの居場所を調べてくれるよう頼んだ。ショッカンはぼくより二週間程前に釈放されていた。ぼくの逮捕に深く関わっていたのは奴しかいない。インド人のマフィアを使ってでも奴を締め上げ腕の一本でも叩き折ってやりたい。キシトーの近況について知りたいと思ったが彼には聞けなかった。
 
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ジャンキーの旅         マリー・・・・・5

2011-06-08 | 2部1章 マリー


マリーが用意してくれたスタッフ10gは一週間足らずで終ってしまうだろう。一日、小パケ二~三個で足りていたのに最後にはエマから5g単位で買っていた。フィリップスとの腐れ縁は長い、それを知っている他のプッシャーは彼に気を使っているからか、シンジケートの無言の決まりでもあるのか、ぼくへのスタッフの売りを控えていた。フィリップスのリリースを境にしてプッシャー達は動き出した。フィリップスとぼくのリリース迄の差は約一ヶ月足らずだ、その間にぼくは一日スタッフ1gを必要とする身体になっていた。
スタッフがキックする、夢のような幸福感に満たされ身体が心地よく揺れた。
 朝、トイレを済ましスタッフを一服した。窓のレースのカーテンは一日中開けられないだろう、スタッフを吸っている場面を隣の二階から見られては困る。キッチンに行って見るとトースト、ティーパックそれにミルク等が用意されていた。水道の蛇口を回したが水は出ない。フロアーには汲み置きしてあるのだろう水の入ったバケツが置いてあった。刑務所では朝のティーとトーストは当番によって運ばれてきたが、自分の事は自分で用意しなければならない。朝食を終えベッドの上で横になり至急やらなければならない事を考える。
フィリップスに会いスタッフ50gとチャラスの手配を頼む。大使館へは釈放の報告とお礼を兼ねて保管されているぼくのお金を引き取る。買物は小さなアラーム付きの置き時計、鋏み、アルミホイール、ライターそれに下着や洗面用具等、大使館からお金を受取った後になるだろう。
蛇口の下にバケツを置き水が出始めたら分かるようにバスルームのドアを開けて待っているが水はまだ出そうにない。給水の時間をマリーに確かめておく必要がありそうだ。

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ジャンキーの旅         マリー・・・・・4

2011-06-06 | 2部1章 マリー


ぼくはもうデリー中央第一刑務所、第五監房区へは戻らなくて良いのだ。窓の二重のカーテンを閉め扇風機を止めた。風が治まるのを待ってぼくはスタッフのパケを開き吸う準備を始める。急ぐ事はない、密告者もいなければ刑務官の抜き打ちのチェックもない。ぼくは深く、深くスタッフの煙を吸い込んだ。身体の隅々の細胞に広がっていくスタッフのエネルギーを感じ二度、三度とぼくは吸い込んだ。ベッドの上に横たわると心の緊張感が弛んでいく、だが頭の中に描かれるイメージは高い塀と鉄格子に囲まれた刑務所内の情景しか浮んでこない。もう終ったのだ、スタッフがキックしてぼくはそう呟いた。アシアナで五十日間、刑務所内の完全隔離治療でヘロインを断つ事に成功したかに見えたが薬物への強い依存体質は燻ぶり続けていた。
第一刑務所で再会したショッカンが用意したスタッフをその夜、ぼくは何の躊躇いもなく吸った。それから十ヶ月、刑務所内でスタッフを吸い続けた。心身は消耗している、それは異常な刑務所内の生活と過酷な熱波に襲われたデリーの夏が主要な原因と思われるが、その間に使用したスタッフも大きな要因であろう。このままスタッフを吸い続けていけばそう遠くない日、ぼくはカルロスのようにオーバードースで死に至るだろう。しかし今、自分の意志でスタッフを断つ事は不可能だ。アシアナのように外部と完全に隔離した医療施設で治療するしかヘロインから逃れる道はない。だが治療を終え街に戻った時、あまりにも安易に手に入るスタッフを断ち続けることは依存症者にとっては困難過ぎる。ベッドから起き上がり二回目のスタッフを吸う用意をした。
「ちよっと軽く、アメリカンだ」
吸い過ぎの言い訳を自分自身にして吸った。

 
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ジャンキーの旅         マリー・・・・・3

2011-06-05 | 2部1章 マリー


スープは美味しかった。フライドライスは小皿に取って少し食べたが、あまり食が進まない。不味いのではない、たぶんシックが始まっているのだろう。
夕方六時の施錠後、釈放の為ぼくを引き取りに来る刑務官を待っていた。スタッフを吸っている場面を刑務官に見つかったら全て終りだ。釈放されたらいつでも、なんの心配もなく吸えるぼくは我慢した。そして今、夜九時過ぎ、二回目のスタッフも吸っていない。
「スタッフ、持ってる?」
「部屋に帰れば用意してあるわ」
食事を残してぼく達は部屋へ向かう事にした。ぼく達を乗せたオート力車はぼくが全く知らない道路を走っている。刑務所を出てからかなり走っている、デリー中心部に近い場所だろうと思えるのだが、オート力車はある高級住宅地の中へ入ろうとしている。団地の出入り口にはゲートがあり、銃を持った警備員が二名立っていた。夜間警備だろうが力車は一旦停止を命じられた。
 大きな二階建ての家だった。一階玄関横の路地を入っていくと鍵の掛ったドアがあり、内階段を上がると突き当たりに又、鍵の掛ったドアがあった。ドアを開けると廊下で左へ行くと直ぐ左側はキッチンになっている、その前のドアを開けると十五畳程の広い部屋だ。その部屋をぼくが使えるようにマリーは用意してくれていた。部屋の左奥の壁際にあるセミダブルくらいのベッドは清潔な白いシーツで包まれ、その横にはテーブルが置かれていた。右奥のドアの中は広いバスルーム、マリーは廊下の突き当たりの部屋を使っているのだろう、スタッフをぼくに渡すと自分の部屋へ戻って行った。
部屋の何処を見回しても見慣れた鉄格子はない。高い大きな窓には白いレースのカーテンが掛けられ白い壁には壁掛けの鏡があった。鏡に映るぼくを見る、頭にも髭にも随分と白いものが増え頬はげっそりとこけ、目だけが異様に大きくぎらついていた。Tシャツを脱ぎ上半身を見ると肋骨や肩の骨が浮き上がり、栄養状態の悪い半病人か難民のような姿に我ながら情けない。
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ジャンキーの旅         マリー・・・・・2

2011-06-03 | 2部1章 マリー


一九九五年九月二十三日夜、ぼくは釈放された。この日釈放されたのは約十五名、外国人はぼくとナイジェリア人のアシュラムだった。センターゲート・オフィスでの釈放手続きは長い時間を要した、いつもの事だ。インド的な非効率的事務処理で待たされるのにはもう慣れている。センターゲートの潜り戸から刑務所の外へ出、迎えに来てくれたマリーと一緒にオート力車に乗ったのは九時を過ぎていただろう。暗い荒地の中を真直ぐ延びる道路を走り続ける、と前方に明かりが見え街の中へ入った。彼女はちょっと高級な中華風レストランの前でオート力車を停めた。レストランの中は高カーストのインド人客で賑っている。アフリカン・ブラック女と膝の出たトレーナーにサンダル姿でビニール袋をぶら提げたジャパニー、それを見たボーイは奥の離れたテーブルにぼくとマリーを案内した。
まずビールを頼む、ボーイが歩いていく後姿を目で追いながら華やかなレストランの現実と30分前までのネガティブだった日常の落差に気持ちの整理がつかない。
「今日でちょうど十一ヶ月だよ」
「何が?」
「ポリに逮捕されてからさ」
「あぁ、そう、長かった?」
「分からない、長かったのか、どうか?」
グラスを鳴らしマリーと乾杯する。冷たいビールが喉を刺激し、ぼくは自由になったのだ、煙草に火を点け煙を深く吸い込む。


(ぼくは社会復帰して10年、当時のノートを見ることはなかった)


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ジャンキーの旅         マリー

2011-06-01 | 2部1章 マリー


「大変よ、トミー」
廊下をパタパタと駆けるサンダルの音。朝、マリーが新聞を持ってぼくの部屋に飛び込んで来た。
「刑務所内で大事件だわ」
『デリー中央第一刑務所内で集団肝炎発生、多数の死傷者が出たもよう。原因は調査中だが刑務所内の水源汚染によるものと思われる』新聞記事。
「クリス、死亡。モハンマド、これはパラの本名なんだけど重体・・・」
彼女は記事を読み続ける。皆、ぼくが知っている奴らだ。一週間前の夕方、ぼくの釈放を監房内から手を振り声を掛け見送ってくれた。
「トミー元気でやれよ」
「外でまた会おう」
クリスはピーターと同じ四房、パラは九房、六房のムサカそれに七房のチョコマ。其々の房は異なっているが全員スタッフの常習者だ。ヘロインは体力を低下させると同時に痛みを感じさせない。末期癌患者の激痛はヘロインから作られたモルヒネで緩和させる。スタッフの中毒者である彼らは身体の異常に気付かなかった。第五監房区には三ヵ所の水場がある、飲んではならない水場はぼくも知っている。
 今年のデリーは異常気象で乾季は連日四十七度の熱波が襲った。五十度を超える照り返しの熱風から逃れる術はない。唯一の方法は房の鉄格子のドアを厚い毛布で覆って閉め熱風の侵入を防ぐ、それしかなかった。朝、起きて首筋や腕を触るとざら々するのは毛穴から汗が蒸発し肌に残った微細な白い塩の結晶だ。多くの収監者は体力を消耗し疲れきっていた。
クリス、三十七才死亡、小柄で人の良いフランス人だった。もしぼくの釈放が一週間遅れていたら・・・
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