ガンジス・河の流れ

インド・ネパール。心の旅・追想

ジャンキーの旅              ブラック・アウト・・・18

2012-08-30 | 2章 ブラック・アウト
「トミーさん、問題は明日中に解決します。27日に出頭して下さい。逮捕の心配はありません」
「有難うございます」
メインバザールの通りにあるクリニックでフィリップスとアルファーがドクターと話し合っている。バクシ弁護士からすべての手順は連絡されている。ドクターはぼくの問診を始めた。以前、刑務所内の診療所や病院でやった手口と同じだ。ぼくは病気で出頭することが出来なかったと、ドクターのメディカル・レポートはそれを証明する。この証明書を明日中に弁護士が裁判所へ提出すれば今回のぼくの問題は解決するだろう。
 フィリップス、マリーと別れた後もアルファーはぼくに付き合ってくれた。彼は刑務所内でスタッフ売買をする組織とは関係を持たずチャラスだけを売っていた。スタッフのジャンキー達はどうしてもチャラスが必要になる。彼は腰の低い売人だった。
ぼくのホテルの部屋への訪問は、マリーを除いてアフリカンは断わるようマネージャーに頼んである。だが2度と出頭をキャンセルするわけにはいかない。その恐れがあるぼくは迎えに来てくれると言うアルファーの誘いに乗った。
 バクシ弁護士への支払いが突発の出費となり、日本へ急ぎ送金依頼の電話を掛けた。週末を挟んでいるので受取りは来週の水曜日頃になるだろう。パスポートのコピーを使う送金では今回は間に合わない。大使館口座を使ってしまった。非常にまずいやり方だが至急お金が必要だ。その為にどうしても大使館へ行かなければならないようになった。厳しい追求があるかもしれない。
 27日の朝、裁判所へ行く用意をして窓から通りを見ているとアルファーが歩いて来るのが見えた。帰りにパテラハウスへ寄る予定にしている。スニッフで軽くスタッフを入れているとドアをノックする音、彼を外に待たせてすぐ出発した。
「大丈夫だろうか?」
「心配するな。メディカル・レポートは俺が直接、バクシ弁護士に渡した」
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ジャンキーの旅              ブラック・アウト・・・17

2012-08-27 | 2章 ブラック・アウト


「アルファー、トミーをバクシ弁護士の事務所へ連れて行け」
「心配するなトミー、何とかなる」
エマが励ましてくれた。長い刑務所生活が続いているエマがぼくを助けようとする。保釈されたぼくは1度も彼の面会に行っていない。何もかも悪いのはドラッグのせいにしてぼくは逃げている。
 バクシ弁護士の事務所のドアには鍵が掛っていない、中へ入って待っているとフィリップスとマリーが急ぎ足でやって来た。事情は既にエマから聞いているようだ。
「急がないとまずい事になるぞ」
そう言うと彼は弁護士を捜しに外へ出て行った。急がないとまずいとは?そうか明日は金曜日だ。明日中に裁判所へ手を打っておかなければ、土曜と日曜は閉館になる。ぼくがキャンセルした問題を、明日中に解決しておかなければ、27日の月曜日に出頭日したとき逮捕される可能性がある。
 バクシ弁護士の電話は続いている。9月23日夜にぼくが保釈されてから今日で、ちょうど2ヶ月が経っている。次から次に起こる問題はぼくを追い詰めていく。どこまで深い闇の中を落ち続けていくのか。ぼくがすべき事は分かっている。ドラッグから抜け出し裁判に正面から取り組むことだ。ぼくは逃げてばかりいる。逃げ続けてドラッグの深い闇をジャンプすれば全ては終る。それでも良い、ぼく自身の意思なんかどこにもない。ぼくを包む生と死がある。それは一枚の布として織り合わされている。生と死は判然とせず死のように生き、生きようとして死ぬ。生と死は細い一本の線と融合し消えていく。
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ジャンキーの旅              ブラック・アウト・・・16

2012-08-24 | 2章 ブラック・アウト
悪夢かこれは、何故だか分からないがどうしてぼくと裁判官の間にこれ程の日数差がでるのか。信じられない。どうなっているのか、ぼくの頭の中は大混乱状態に陥った。心臓の音だけが身体の中を激しく打ち続けている。そんなぼくにとどめを刺すかのように裁判官は
「デリー刑務所に再び収監される事もあるだろう」
ぼくは裁判官の机の前に立っている、が足は小刻みに震えよろけそうだ。法廷内にいるすべての人がこの成り行きを見ているだろう。何も見えない。ぼくの頭の中は真っ白になっていた。
「追って、処分の通達があるだろう。帰ってよろしい」
ホテルへ帰って裁判所からの通達をじっと待つのか、再収監が有り得るというのに。逃げるかネパールへ、だがこの身体では逃げ切れない。大使館はこの件について一切関与は出来ない。法廷を出て待合所の椅子に座り、震える手でぼくは煙草に火を点けた。煙草を吸いながら状況を整理したかった。ゆっくりと吸う、冷静になれ何か打つ手は必ずある。どんな悪い状況でも生き延びてきた。一本の煙草を吸う時間はぼくに少しの落ち着きを取り戻させた。1人で考えるな、1人の知恵は小さい。パテラハウスへ行こう、アフリカンに会える。彼らが何か良い方法を考えてくれるだろう。
 ぼくがパテラハウスに入っていくと皆は心配してぼくの回りに集まって来た。
「ネパールへ行ったんじゃないのか?」
「何してたんだ、トミー?」
「今日は何日だ、教えてくれ」
「二十三日の木曜日だ。お前は20日の出頭をキャンセルしている」
「本当にそうなのか」
アフリカンの情報網は広くて素早い。ぼくが20日の出頭をキャンセルした事を彼らはもう知っていた。出頭をキャンセルした以上、ぼくはデリーにいる事は出来ない。ネパールへ逃亡したに違いないと彼らは思っていた。ぼくはホテルに籠って何もせずただスタッフを吸い続けていた。1日だけじゃない、3日も遅れている。その事さえ気付かずに平気な顔で裁判所へ出頭した。リリースされたアルファー以外、ここにいる彼らには自分の審理がありそれが終ると護送車で刑務所へ戻る、ここを動く事は出来ない。
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ジャンキーの旅              ブラック・アウト・・・15

2012-08-21 | 2章 ブラック・アウト
 裁判所へ出頭した。法廷の入口から裁判官の横顔を見ると前回、送金について親切にアドバイスをしてくれた方だった。裁判官へ会釈し前列の椅子に座ろうとしたとき、裁判官はいきなり強い口調でぼくを呼びつけた。不機嫌そうな顔から、一目見て彼が怒っているのが分かる。分かるが何故そんな剣幕でぼくを呼びつける必要があるのか。興奮すると声は少し大きくなる。彼は早口で喋りだした。会話は全体を理解しなくても良い、ポイントさえ掴めば何とかなる。聞き耳を立てていると裁判官が言わんとする意味が分かってきた。
「どうして君は、決められた日に法廷へ出頭しなかったのか」
何を言ってるんだ彼は。ぼくは彼の言い分が全く理解出来ない。出頭日の今日、ぼくはこうして裁判所に来ているではないか。
「ぼくはこの様に決められた日に出頭しています」
このぼくの言葉を聞いた裁判官は、何を言うか、と益々頭に血が上ったようだ。何をそんなに怒っているのか、ぼくにはさっぱり不明だ。
「今日がその決められた日なのか、君にとって」
書記官はまずいなぁという顔をしている。
「どういう意味ですか」
ぼくもちょっと頭にきてむきになった。
「君は11月20日の月曜日に、当法廷へ出頭しなければならなかった。分かるか」
「イェッサー」
「今日は何日だ、答えろ」
「今日は11月20日の月曜日です」
裁判官へそう答えながらぼくは不安に囚われるのを感じた。
「今日は11月23日の木曜日だ」
裁判官は確信に満ちた顔でそう言うと、ど~んと机を叩いた。
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ジャンキーの旅              ブラック・アウト・・・14

2012-08-05 | 2章 ブラック・アウト
夜中、喉と鼻に異常な刺激を感じてぼくは目が覚めた。壁に凭れ左側へずり落ちるようにして眠っていた。何が起こったのか?延ばした左手の先を見ると、ローソクの灯かりでも黒くなっているのが分かる。部屋の中には煙が籠っていた。身体を起こしベッドの真中辺りを見ると、白いシーツの黒い部分から煙を出ているように見える。やばい、ベッドから飛び降り電気を点けた。ベッドマットの真中辺りで円を描くような部分から煙が出ている。煙草の火が燃え移ったのだ。シーツを剥ぎ取りバケツに汲んだ水をコップ入れ、円の外周に沿うようにベッドマットに水を流し込んだ。窓を開けると煙は外へ流れ出している。扇風機を回すと煙は勢い良く外へ吐き出されていった。火は消えたようだが厚いベッドマットの中にはまだ火が残っているかもしれない。少しずつ水を滲みこませた。
 ぼくはのろのろと椅子に座り込もうとして、すくっと立ち上がった。そっとドアを開けホテル内の様子を窺う、吹き抜けに少し煙が残っているようだが静かだ。誰も気付いてはいない。音がしないようにドアを閉め鍵を掛けると、ぼくはぐったりと椅子に座り込んだ。部屋の中は惨憺たる状態だ。何という事をしてしまったのか、火の点いた煙草を指に挟んで眠るなんて。
「火事になった」
茫然としたフレッドの顔が浮ぶ。ぼくもそのような顔をしているのだろう。
刑務所内で白黒のテレビを1300ルピーで買った。それから考えるとベッドマットの値段は500ルピーくらいだろう、買い換える事については問題はない。だがホテル内で火を出した事の責任を追及され、ホテルを追い出されるのは困る。ベッドマットを調べてみた。表面は広く焦げているが火はそんなに深くまで焼いてはいない。幸い気付いたのが早かったのだろう、ひっくり返せば分からなくなりそうだ。シーツの焼けた穴も大きくはない。その部分が見えないようにベッドと壁の間に押し込んだら見えなくなった。シーツはぼくが要求しない限り1ヶ月でも交換しない、ぼくがチェックアウトした後に交換する。何時までここにいるか分からないが、もう2度とキーランに来られない事だけは確かだ。臭いはインセンスを焚けば分からなくなる。眠る事は出来ないだろうが夜が明けるまで外には出られない。ベッドの上で横になった。
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