札幌から8時間19分かけて青森に到着です。
新幹線が開業してから在来線の任を仰せつかった三セクの鉄道会社。三セクはどこにでも転がっている現象ですが、格好いい名前のこの会社、いわて銀河鉄道と一緒に盛岡までを運行しているという。その営業状況はどうなんでしょうか。
新青森駅はすぐそこ。どこからいただいた(失礼)列車でしょう。格好いい青い森鉄道。青森駅を出発します。
私たちが乗車するグリーン車。普通車においくらプラスすればこの座席に座れるのか知りませんが、個人旅行では間違っても使わない乗車券です。
こちらは最上級の「グランクラス」 お客さんはいませんが、これから乗車されるのでしょうか。
盛岡駅。長いお鼻の「はやぶさ10号」が大きくお口を開けて、秋田から走ってくる「こまち10号」を待っています。
6分の停車時間で無事結合。8:50東京に向けて発車オーライ。
遅い朝食。盛岡駅で積み込まれた「岩手のおべんとう」をいただきます。お弁当や車内の様子しか被写体がない、カメラにとっては悲しい時間が続くのです。
つまらないブログにちょっと色を付けるために寄り道。昭和46年(1971)福島へのお遊び旅行。驚きです、遊びに行くというのにネクタイをぴちっと締めて。皆が紳士すぎたらしい。飯坂温泉に泊まって、観光バスで「磐梯・吾妻めぐり」スカイラインを走ったり、猪苗代湖や野口英世。最後に飯盛山・鶴ヶ城や白虎隊。
この時の運賃1940円が、今日にでも会津若松へ向かうと、計算を間違えていなければ8420円のお支払いとなりそうだ。
東北新幹線「はやぶさ」11:04 東京到着。お江戸の写真を探してみました。はとバス1966年(昭和41)鈴本演芸場前での集合写真が見つかりました。確かに私は写っているのですが、拡大鏡で覗いてみても知っている顔はひとりとしていません。東京にあこがれを持って、ひとりふらりと「お上りさん」したのでしょうか。この時のことは、何一つ思い浮かばないのです。
この写真も前のお江戸と同じ昭和41年。私のアルバムの中に、白黒写真に混ざって初めて登場したカラー写真がこの時。霧ヶ峰での長野県平和友好祭とメモしてありました。女の子がいるからかな、この写真の記憶は鮮明。当時組合に青年婦人部、属にいう「青婦部」というのがあった。その代表選手6名のお祭り参加。アルバムをめくると飯ごう炊さん、輪になって踊ろ、白樺湖でのボートなどなどの2日間、仲間との思い出がよみがえるのです。