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世界の彼方此方へ行きたい

気ままな旅の様子を綴っていきます

気の向くままに、旅の様子を載せていきます。

【移転先】Hatenaブログ  左サイドバーのブックマークよりご覧ください  https://nomimisa.hatenablog.com/

箱根目指して(2025東海道no3)

2025-06-10 | 東海道

 箱根駅伝往路5区、復路7区の小田原中継所はここ、かまぼこの鈴廣のお店だ。毎年お正月の2日と3日、5区の山登りに向かう走者そして翌日6区山から下ってきた走者が7区のランナーにたすきを渡す中継所、

 毎年箱根駅伝のドラマが生まれる芦ノ湖まで登っていく登坂路。20.8kmを駆ける青春が楽しめるのです。選手にとっては楽しめるなんて言葉はないかも知れませんが。

 国道1号線を芦ノ湖まで走ってからこの道を上ってきた。この辺をかっての東海道路が通っていたのか1号線旧道にある「甘酒茶屋」でひと休み。

 「参勤交代諸大名休息処」看板は新しいものですが、やはりここには歴史があったことでしょう。

 お店の中にこんな写真が飾られてた。東海道膝栗毛に書かれる東海道街道と言うことでしょう。道路にはニワトリが数羽、のどかな景色です。朽ちてしまいそうなお店の中には数人の人影が見える。この写真は大正時代のものだとの説明書きがありました。明治13年には国道1号線が開通したとのことですが、この街道を改修せずに別のルートを選んだらしい。でないとこの写真とのつじつまが合わない。

 当時の旅人が1日10里 (1里は4km) を旅するというのに箱根路では8里しか歩けなかった・・・と書いている。そしてこの地には4軒の茶屋があったけれど明治13年 (1880) 国道1号の開通などから現在はこの地に1軒が残るのみとなっている・・・という、そのお店がこの「甘酒茶屋」だ。外国からのお客さんもいらっしゃった。これからは外国人がいっぱい訪ねる貴重な存在のお店になることでしょう。

 お店の中は歴史ありでメニュー書きもなかなかよろしい。「今日は主人はいません」という女将さんのお話を聞きながら、ふきのとうのおつまみをつつきながら甘酒500円也をいただくのでした。

 甘酒といえばアッチッチなんでしょうに、猫舌の私は冷たい甘酒を選択するのでした。

甘酒茶屋さんからこんなお守りをいただいた。

 浅間神社の鳥居が見えてきた。これから箱根関所の見学になります。

前にも触れましたが、このブログのサービスが終わるとの告知があった。

サービス終了に伴い、10月1日にブログ記事の新規投稿及び編集機能を終了させていただく予定です。

 よって私は「hatena  blog」への引っ越しをすることとし、過日引っ越しが完了しました。以後のブログはそちらでご覧いただくよう、よろしくお願いいたします。

引っ越し先のアドレスはこちらです。

                                                                  

  <はてなブログ>世界の彼方此方へ行きたい  

 https://nomimisa.hatenablog.com

「世界の彼方此方へ行きたい」と打って検索いただいても現れてくれます。ただし「gooブログ」「はてなブログ」が並んで出てきますのでご注意を。

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小田原城(2025東海道no2)

2025-06-08 | 東海道

 日本橋を出てすぐに首都高そして東名高速は海老名SAで小休止、小田原厚木道路を走って小田原にやって来た。この間宿場は八つあるのですが、どこも宿場の影も形もないのでしょう、全部飛ばして小田原宿。といっても宿ではなく小田原城だ。

 小田原では老舗料亭だという「だるま」に到着したのがちょうど12時。名物だという天丼を含めた会席料理をいただき小田原城に向かいます。

 お城ではガイド協会さんによる説明を聞きながら小田原城見学。

 

 門の名前は分かりませんが、写真では遠くに見えている門を潜って中に入ります。門に入る前にはお堀があり、そこにはちょっとした太鼓になった住吉橋を渡るのでした。

 銅門、「あかがねもん」と読ませる。この門が有名らしい。次の写真で説明。

 平成9年 (1997) に復元したと説明している。

 赤線のとおり歩いたのかどうか分かりませんが、天守閣と印されているところまでは間違いなく歩いているのです。

 3代当主北条氏康時代には難攻不落、無敵の城といわれ、上杉謙信や武田信玄の攻撃に耐えた。この小田原城は、関東支配の中心拠点とされていた。しかし、天正18年(1590)、石垣山(一夜城)の築城をはじめとする秀吉の小田原攻めにより北条氏は滅亡し、戦国時代が終焉を迎えたとのこと。左隅に秀吉の陣がある。図面のように秀吉勢にぐるりと囲まれたのではいかんともしがたかったでしょうね。

 姫と殿に扮したお客さんが記念撮影。でも観光客は私たちの集団を除けばパラパラ。

 天守が再建されたのは宝永3年(1706)だといい、この再建天守は明治に解体されるまで存続した。明治政府が発した「廃城令」この命令に抗したお城もあるのですが、多くのお城は解体の憂き目、残っていれば日本国中に世界遺産ありなのに。小田原城は1960年 (昭和35年)天守の再建工事が完成したという。 ただし、再建した天守は残念ながら鉄筋コンクリート構造。

 お城を案内いただいたガイドさんが観光案内所前でお見送りをしてくださった。

 ところで、こんなものを見つけた。24年版「全国行ってよかった日本のお城ランキングTOP20」どうやら「じゃらん」による調査らしい。1位は言わずと知れた姫路城、続いて松本城・五稜郭・熊本城・大阪城と続いて、小田原城は12番目にランクされていた。

  お城の公園を出るところにありました。「報徳二宮神社」二宮尊徳さんは、ここ小田原が出生地だそうです。この神社のご祭神が尊徳翁だと言います。

 広重さんはちゃんとここ小田原の浮世絵も残している。小田原は酒匂川との画題が書き込まれている。現在この川は小田原の街中をふたつに切りさくように流れている。この絵は江戸時代の川渡しの画だ。

 ところでこの goo blog

サービス終了に伴い、10月1日にブログ記事の新規投稿及び編集機能を終了させていただく予定です。

と告知している。よって私は引っ越し先として「はてなblog」を選択し、息子に手伝ってもらってお引っ越しを済ませています。でも慣れないblog形式には悪戦苦闘なんです。このblogと同じ東海道53次を書いてみたのですが、なかなかどうして苦しんでいます。

引っ越し先アドレスを下記に貼ってみます。ご用とお急ぎでない方は是非開いてみてください。

<はてなブログ>世界の彼方此方へ行きたい  

 

 https://nomimisa.hatenablog.com

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まずは日本橋から(2025東海道no1)

2025-06-06 | 東海道

 2023年に山陰道を旅してから今回は東海道53次を旅することとなった。この旅行社はかって奥州・中山道などいくつかの「街道をゆく」をやっていた。山陰道の印象がすこぶるよろしかったためでもあるのですが、今回の東海道は出発当初からあまり期待はしていなかったのです。何故かって、日本の大動脈、もう発展し過ぎちゃってて古は遙か昔にあっちに行ってしまっているだろうと思えるからなのです。

 東京駅集合でした。何とも人影まばらな高層ビルに囲まれた東京駅。

 

 中学生か高校生かな旗を持って先導するガイドさんのあとを東京駅に向かって歩く、多分修学旅行生。外国の方たちのグループも何組か歩いていた。

 駅南口のドーム型の八角形天井、白い鳩らしきと思ってみていたらワシですって、が8羽。太平洋戦争で焼損した駅舎を大正時代創建当時の姿にと2012年に取り戻したという駅舎。この八角天井も当時のままなんだろうと、勝手に見上げてみました。

 伊豆箱根バスに乗っけてもらって日本橋にやって来た。駐車場はありません。少しの時間すみませんと路上駐車。

 東海道53次といえば、なんといっても広重の浮世絵。53の宿場に併せて、日本橋と京都3条大橋を加えれば55枚の浮世絵となるのでしょうか。

 旅は53の宿場に沿って歩くだろうと思いきや、江戸時代は遠い昔の彼方、発展し続けてきた現代の世には何も残っていない宿場が幾つもあるのは当たり前のこと、どんどん飛ばしてバスは走るのでした。

 ここ日本橋を起点とする江戸五街道は、東海道・中山・甲州・日光・奥州街道の5つだ。甲州・中山道は地元長野県を通る路だからよいとして、残りの路をすべて歩いてみたい。

 これ麒麟像と言うらしいんですがどこがキリンなんだろうか。ここには「日本国道路元標」ってのが何処かに埋まっているらしいけど見つけることはできませんでした。

 日本橋の上を走る高速道路。これオリンピック道路だったのでしょうか。この道路が地下に潜るというのですが、日本橋から見上げたら何の遮蔽物のない青空が広がっていた・・・といった景色はいつになれば見られるのか分かりませんが。

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公園お散歩(2025/4)

2025-04-28 | 季節感

 久しぶりに宿の近く、横浜の小さな公園のお散歩。桜の時を終えて春から初夏に向けての花々があちこちに。

街路に咲き乱れていました。シャガと言うらしいのですが、私の生活の基地信州伊那の地では見たことがありません。

 

 ネモフィラがこっそり咲いてた。ひたちなか市の海浜公園に行けば地球まるごとこの花でしょうが。

 

 

 マガモっていうのかな。この池の近くでこの時期の風物詩、夫婦での子育てはナシらしい、父ちゃんの作業は「そのとき」だけなのか。母が連れ歩くようです。

 

 カイツブリ親子、この鳥はよく見かける。潜るとなかなか出てこないほど潜水の名人だ。どうやら水から出ることを好まないらしく陸に上がっているところは見たことなし。

 

こちらご夫妻か。まだ産卵してないかも・・・ですね。

「バン」これは初めて見た。足指の長いこと、これじゃ泳ぐことできないだろうね。

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ニューヨークの街その2(2025カリブ海no31)

2025-04-18 | カリブ海

後ろ正面がロックフェラーセンター。

 バルブがはじける前、1989年日本の某企業が買収しちゃって物議をかもしたロックフェラーセンター、かっての日本はすごい時代だったんだ。今は見る影もなしってところか。手前はスケートリンク。

   ビルの真下に行って見上げてみました。

 2014年5月トップ・オブ・ザ・ロックの70階に上ってニューヨークの街を眺めた歴史がありましたので貼り付けてみました。正面にエンパイア・ステート・ビル。右にハドソン川左にイースト川が流れる。

 

 中央左頂部がグリーンに見えているところがエンパイア・ステート・ビル、このビルにも展望台があります。

 クリスマスツリーって書いてある。毎年ロックフェラーセンターを背景に巨大なクリスマスツリーを立ち上げるのがここかな。

 

 そこの壁に見えるのは浮世絵の波濤らしい ⁇

 最後の夕食、全員でお別れを惜しんで乾杯でした。

 イースト川から夜の高層ビル群を写しました。遠くにエンパイア・ステート・ビルがかすかに見えている。

 

小雪が静かに舞っている夜でした。

搭乗チケットをいただきます。

 

 真夜中にラーメンとウイスキーをいただいてから夢の世界に・・・

 

 大変なことになってしまった。

  「gooblog サービス終了のおしらせ」という告知があった。11月18日には閉鎖されるという。私がこのブログを書き始めたのが2008年。振り返ってみれば16年余ということになるのか。長い間書く立場としても大いに楽しませてもらってきた。「みんな消えちゃう」となれば老々老後に歴史を振り返って楽しむ時が消えちゃうと思いきや、何処かのブログに引っ越しOKとのことで一安心。

 写真も綴りもつたないブログをご覧いただいていた皆様には感謝感謝です。引っ越し先はまだ決めていませんが「アメーバブログ」「はてなブログ」等どこにしようか思案中。選択したブログで今まで通り「世界の彼方此方へ行きたい」として書いていけるのか未知数ですが、書き続けることができ得れば、まだまだ挑戦を続けたいと85歳を過ぎた老人は考えています。その折には引き続きご支援をいただければ幸いです。

                                          野溝紀征

 

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