世界の彼方此方へ行きたい

気ままな旅の様子を綴っていきます

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頭ケ島天主堂(2018九州no4)

2018-11-18 | 九州

 

 

  ある旅行社のページからいただきました。いろいろ探した中でこれがNO1。この12か所の遺産をまとめて「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として世界文化遺産に登録されたのでした。登録理由はいろいろ書いてありますが、ざっと言えば「江戸幕府がキリスト教を禁じた17~19世紀に、社会と共生しながら、仏教や神道の信者を装い、ひそかに信仰を守り続け、250年にもわたって「潜伏キリシタン」として育んだ独特の文化的伝統を示す遺産群」ということのようだ。

 世界遺産の村が見えてきた「頭ヶ島の集落」名前のとおり島なのだ。昔は小船でしか来られなかったような隔絶された孤島で役人の目も届かなかったため、この島には多くのキリシタンが潜んでいたという。世界遺産は、その建物だけでなく村全体が遺産としての位置づけのようだ。数多くある教会の中で、この町唯一の世界遺産なのです。あまりにも遠いのでズームしてとらえたのが次の写真。

 

 山を一回りして天主堂に向かっています。 

 

 2006年に閉鎖したという上五島空港からシャトルバスに乗り換えてやってきました。頭ケ島天主堂。

 どこの教会へ行っても、こうした説明書があります。英語のほか韓国・中国さんの言語でも記しています。いっぱい書かれていて転写しきれませんが、抜き書きしてみれば 『この島は江戸時代末期までは無人島だった。安政6年(1859)迫害を受けたキリシタンがやってきた。そして慶應3年(1867)教会らしきものができた。現天主堂は、明治43年(1910)から9年の歳月をかけ完成した。設計施工は鉄川与助であり、教徒が石積み工事に参加した』 

 病人を助けるため荒海に漕ぎだした宣教師他12名が遭難して波間を漂っていた。救助に来たと思われた船が、宣教師が多額の金品を所持していることを知ると、全員を舵棒で撲殺したという。そのとき皆は異口同音に「おお唯一の希望なる十字架よ」の歌を口にしていたという・・・なんてことが書いてあります。

 

   石垣の上、左が「フレール師同伴信徒殉教者記念の塔」神父他12名のお名前と年齢が刻まれています。真ん中に「キリシタン拷問五六石之塔」右に「五島キリシタン信仰復活の碑」がありました。 

 

 

 撮影はここまで、教会堂内の撮影は禁止。 

 信者が島にある砂岩を切り出して積み上げたといいます。重厚感のある外観、左の壁にも二か所、ステンドグラスの窓を作ろうとしたのでしょうか。こうした石造りの教会は、全国でも珍しいそうです。 

 添乗員とガイドさんが入って集合写真。いつものとおり私は写すひと。 

 スタンプラリー台紙。29コマあっても立ち寄る教会は数か所しかありません。

 

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矢堅目の塩(2018九州no3)

2018-11-17 | 九州

 

 長崎の日の出は遅い。やはり教会の島を意識してか、夜には見えなかったおおきなステンドグラスがホテルの高いところにあった。 

 楽しいガイドさんだった。もう引退したOGですって。忙しい時に駆り出されるんですという。遺産登録されてから毎日が忙しいそうだ。ユーモアもいっぱい。さすがベテランとうなってしまう心地よさ。 

 ここの塩有名なんですって。 その製法について説明を受けます。彼は Facebook にこう書いている。・・・(前略)我が家の「手塩にかけた塩」を愛してくれる人がいる。うちの塩は、大量生産はできないし、重労働だし、体力的に身体は正直しんどいのかもしれません。私には、特に優れたものはないし、人より秀でたものもない。それでも私は、私にとって『塩屋』が天職だと思っています。(後略)・・・

 塩の結晶はキラキラ。 

 この窯で薪を燃して海水を煮詰める。一つの窯で4トンの海水、その出来上がりは35から40kgだと聞いた。いくつもの工程を経て2週間ほどで製品になるという。

 「海水はどこからとるの」と聞いてみた。きれいな海だ。このパイプで汲み取って近くの大きなタンクに貯水するようだ。 

 工房の隣にはこの物産館。塩をはじめ島の物産がいろいろ。塩とにがりの入ったソフトクリームを食してみた。塩味あまりなし。 

 

 島にある教会がずらっと並んでいた。 

 走るバスから撮影。1907年(明治40)完成「冷水教会」 隣に櫓、十字架の下のドームの中には鐘が見えた。

 遠くに教会。いっぱいにズームしてもこれまででした。 明治12年(1879)頃は集会所風だったという。明治43年(1910)完成した赤レンガ造りの「青砂ヶ浦天主堂」国指定の重要文化財だという。

  丸尾教会 1928年(昭和3) 創建、1972年(昭和47)に改修という。少し斜め撮りになってしまったけど、何とかカメラに入りました。 

 墓地があった。真ん中にドンと構えてるの「鉄川与助」という大工であり建築家のお墓だと聞いたつもりですが定かではありません。この方、長崎をはじめ九州各地で教会建設にたづさわった「教会建築の父」ともいわれる有名人だそうだ。 

 元海寺、前の写真で紹介した鉄川与助さんの菩提寺だという。この山門も彼による設計施工によって、大正13年(1924) に完成。ここも横に見ながら通過。

 海童神社。鳥居の奥に鯨のアゴの骨が使われているという。慌ててシャッター切りました。 

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新上五島町到着(2018九州no2)

2018-11-15 | 九州

 

 教会の町、人口2万人弱という新上五島町に一歩を刻みました。 

 もう陽は西に傾き、島の連なりがきれい。 

 「これが教会なの」まるで民家。教えてもらわなければ、間違いなく目に留まらない1926年(大正15) 創立という若松大浦教会。

  町が発行している「カトリック教会拝観ハンドブック」をいただいています。とにかくこの町には29もの教会があるといいます。このブックに、その29の教会が並び、簡単なコメントが添えられています。

 中ノ浦教会。今日は宿に急ぐだけで教会には立ち寄りません。 

 中ノ浦湾の入り江の水面にその姿をきれいに映すことから別名「水鏡の教会」と呼ばれるとか。 

 

 運転手さん曰く「陽が落ちる直前には紫色に代わるんですよ」とおっしゃったけど、紫色を見つけることができませんでした。 

 もう闇に包まれるのも間近といった雰囲気。1975年(昭和50)に創建されたそうですが、2000年に建て替えられたというまだ新しい青方教会。 

 拝観ハンドブックを一枚開くとこの地図。 教会の所在地が並びます。青丸の港からピンク丸の宿まで走りました。カメラに収めた教会が①から③まで。

 「教会っぽい宿ですよ」と運転手さんに教えられていた。お魚いっぱいの夕ご飯を頂いて外に出てみました。すぐそこが奈摩港、灯りはこの宿「旅の宿やがため」だけでした。 なるほどステンドグラスが玄関上を飾っていた。

 

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五島列島へ(2018九州no1)

2018-11-14 | 九州

 

 

 五島列島の教会を訪ねようと思い立ちました。ついこの頃世界文化遺産登録されたばかり。無数の島が散らばっている列島。土地柄宿泊施設も少ないようで、なかなかツアーが組めないそうだ。

 出発前に旅行社から、こんな資料をもらっていた。長崎まで運んでくれたJALの乗務員さんからペタンシールをいただいた。搭乗していた4名の乗務員さんの出身地シール。話しかけてきたのは諏訪市出身のお嬢さん。私が長野県ってこと知っていたらしい、「かっこいいね」と言ったら、「お孫さんにあげて」と言って、それぞれの方が出身地シールを持ってきてくださった。そんなに配っている様子は見えなかったけど、わたし特別だったのなぁ。それとも最後尾列だった私の席がお気の毒ですね。ってことかも。記念に資料の表紙にペタペタ貼り付けました。

  長崎まで2時間。空港では、「くんち」の時奉納されるという龍踊りの「龍」のお出迎えだ。

 空港の外に出たら長崎県が「ドーン」と出迎えてくれた。 

 長崎の港に着いて、ランチは自由食。私はどうしても「長崎ちゃんぽん」だ。しばらく探してもお店がありません。まさかレストランに入って聞くわけにもいきません。総本店と書かれたこのカステラ屋さんで聞いてみた。カステラも買わずに。「すぐ裏の路地を入ったところですよ」天下の文明堂は優しかった。 

 長崎名物「ちゃんぽん・皿うどん」裏通りのこのお店。こんな場所では、ふらりと来た旅人には探し出せません。 

 本場のちゃんぽん。いやあ格別でした。 

 平成30年の「長崎くんち」今年は出番だったそうです。市内に町がいっぱいあるから7年に1度しか回ってこない出番らしい。私の神社の御柱祭も7年に一度ということなど、餃子を握っているお店のご主人といっぱいお話ししました。7年に一度、燃えるのは私たちも一緒で、意気投合といったところ。 

 親父さんは出島町。手ぬぐいをこう染め上げているのです。この手ぬぐいの左下に、根曳「中村吉秀」と染めてある。これが息子さんだとの紹介。じゃモデルになってよ。と手ぬぐいをバックに写した御主人が次の写真。 

 

 額入りの大きな写真がいくつも。平成9年に囃し方として、船に乗ってシンバルをたたいているのが息子の「吉秀君」どうやら舟の周りを駆けているのを「根曳」というらしいけど定かではありません。14時を回っています。遅いランチタイムでしたので、私ひとり貸し切りのお店で、ご主人との楽しいお話の時を過ごせるのでした。 

 モダンな造りの長崎港ターミナル。 

 手前に停泊している小さなジェットフォイル「ぺがさす2」に乗ります。 

 

 私たちは2Fの席。シートベルト着用必須といわれた高速艇。シートに身体を縛り付けられて、歩き回れません。九州商船のホームページから写真をいただきました。

 

 五島航路、長崎から新上五町の奈良尾港まで1時間15分。もう道半ばを超えているのに、Googleさんは、あと1時間5分といっている、この測定時間狂ってるみたいだけど、ひょっとしたら到着地点の設定を間違えているかもしれない。

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白川郷(2018日本海no20)

2018-11-12 | 日本海

 

 高速を走って名古屋に帰る途中、1995年ユネスコの世界遺産に登録された合掌造り集落に立ち寄ったという。私が訪ねた時には、展望台はこんなに立派ではありませんでした。ここでひとつ苦言を、このお人形さん環境になじまないね。どこかへ連れてって。 

 

 

 

 国の指定重要文化財としての和田家は代表的な合掌家屋らしい。 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休みのひととき その旅 おわる。  

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