雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺の連載小説「幽霊新三、はぐれ旅」 第三十回 三太郎の木曽馬

2014-02-13 | 長編小説
 佐貫三太郎が戻って間もないある日、下城してきた父上の慶次郎が、三太郎に言った。
   「三太郎、殿のお目通りが叶ったぞ、晴れて嫡子の許しが降りるのだ」
   「そうですか」
 慶次郎が喜んでいる割に、三太郎は気のない返事であった。自分は、弟鷹之助の一時的な身代わり嫡子だという思いが心の隅にあるからだろうか。
   「殿のお目通りの後は、ご隠居様にもご報告に参ろう」
 殿とは、慶次郎が使える上田藩主松平兼良候であり、ご隠居様とは、先の藩侯松平兼重候である。

 三太郎は、兼重候が藩主であった頃、父慶次郎にくっついて幾度か城に上がったことがある。家老の矢倉宗右衛門が、その娘である兼重候の側室「お菅の方様」と企んで、兼重候を砒素で亡き者にし、嫡男の兼良候が少数の供を従え、馬で善光寺参りの途中に狙撃されようしたのを父慶次郎と当時の三太郎(緒方梅庵)父子が護った折である。

 慶次郎と三太郎は、殿の御前に進み出た。
   「三太、久しいのう」
   「お久し振りで御座います」
   「あのチビすけが、大きくなりよって、余の背丈を越えたであろう、この無礼者めが」
   「それは、私を育てた父上と母上の所為です、お殿様こそ、あの腕白若様が、ご立派なご領主になられて…」
 横に居た慶次郎が血相を変える。
   「これ、何を申すか、言葉を慎みなさい」
   「よい、よい、腕白は余にとって褒め言葉じゃ」
   「恐れ入ります」慶次郎が畏まる。
   「ところで三太、今は懐にひよこは入ってはおらぬのか」
   「いませんよ、あの頃のことを、お殿様はご覧になっておられたのですか」
   「見ておったわ、腰元たちも大笑いしておったぞ」
   「ひよこが可笑しかったのですか」
   「いいや、ひよこを庇って、慶次郎の馬に乗る三太の格好が可笑しかったのじゃ」
   「ひどい」

 慶次郎の養子となり、佐貫家の嫡子と認めて頂いたのは良かったのだが、三太郎にはハラハラさせられどうしであった。

   「それから三太郎、昨日幕府の御偉方のお使者が見えて、三太郎の活躍を上様がお褒めになられたそうじゃ」
   「恐悦至極に御座います」
   「余は鼻が高かったぞ」
 慶次郎が、自分には何も聞かされていなかったことに不満げである。
   「三太郎は、江戸の町が火の海に、はては謀反も起きかねないところを鎮めたのじゃ」
   「父のそれがしには、何も申さなかったのは何としたことか」
   「恐らく、上様のご褒美を独り占めしたのであろう」
 三太郎が大真面目で否定した。
   「違いますよ、ご褒美を四つに分けて、お世話になった中岡慎衛門おじさんに一つ、弟の鷹之助への仕送りに一つ、生活に窮する弟子浩太の父母へ一つ差し上げました」
   「残りはどうしたのじゃ」慶次郎は、まるでお裁きをする奉行さながら。
   「残りは、父上に馬を買って差し上げようと…」
   「嘘をつけ、自分の馬であろう」慶次郎もそれくらいは察しがつく。
   「お城大事の折は、いち早く馬で馳せ参じようと…」
   「あはは、それは忠義なことである、慶次郎、責めるではない」
   「ははあ」
 ああ言えば、こう言う。三太の頃に舐めた辛酸が、ここまで三太郎を強かに育てあげたのかも知れぬと、慶次郎も心のうちではこの義理の息子を頼もしく思うのである。
 殿は、側用人に命じて、三宝に乗った褒美をもって来させた。
   「三太郎、これは余からの褒美じゃ、慶次郎にも分けてやるがよい」
   「ははあ、有り難き仕合せに存じます」

 ではこれから、ご隠居様へご報告に伺いますと、殿の御前を下がって隠居松平兼重の庵に向かった。

 ご隠居にも「三太郎が戻りましたら、ご挨拶に参ります」と、知らせていたらしく、兼重候は心待ちにしていた様子である。
   「おお三太、来よったか、懐かしいぞ」
   「ご隠居様には、ご機嫌麗しゅう、慶賀の至りに存じます」
   「頼もしく成長致したのう」
   「はい、父上の厳しい仕込みの賜物で御座います」
   「拙者は厳しくした覚えはないぞ」慶次郎が口を挟む。
   「慶次郎も甲賀で仕込まれた猛者(もさ)であるから、三太には厳しかったのであろう」
   「それはもう、辛い日々でありました」
   「嘘をつけ、この優しい父が厳しい訳がないであろう」
   「父上、ご隠居様の御前でありましょう、一度ならず二度までも嘘付けとは何事で御座います」
   「これは、見苦しいところをお見せして、ご無礼仕りました」
   「面白い父子(おやこ)よのう、そち達は」
   「恐縮で御座います」

 三太は、一旦他家に預けていたが、他家との折り合いがつき、殿の許しを得て、再び佐貫の養子に収まったことを報告した。
   「それで三太、改名致したか 佐助か 三四郎か」
   「三太郎で御座います」慶次郎が答えた。
   「やはり、三太郎か、確か三太が幼い頃に申しておった通りになったのう」
   「はい、兄上が医者になって改名したら、兄上の名を貰うのだと申しました」
   「わしは、昨日のように覚えておるわ、その三太郎も医者になったそうじゃな」
   「はい、医は兄上に、武は父上に学びました」
   「ほう、それで三太郎は文にはたけておらんのか」
   「文は弟の鷹之助に任せます」
   「ははは、慶次郎は頼もしい息子達を持ったのう」
   「これ三太郎、お前は謙遜という言葉を知らんのか、父は聞いていて顔が火照るわ」
 ご隠居の思いつきであるが、三太郎を側近として傍に来て欲しいと言い出した。医者と護衛人の二役をさせる気らしい。
   「私には、佐助と三四郎という二人の弟子が居ります」
   「それは、鶏(くだかけ)であるか」
   「違いますよ、医者を目指す若者です」
   「七歳と八歳の子供です」慶次郎がまたも口を挟む。
   「それは良い、この庵が賑やかになる、連れて来なさい」
 三太郎は暫く考えたが、慶次郎や母上小夜のことも気掛かりである。その上、馬の世話人親子も連れてきたので、佐貫の屋敷を出る訳にもいかない。
   「ご隠居様、佐貫の屋敷から通ってくるというのは如何で御座いましょうか」
   「それでは、わしの護衛としては全う出来ないであろう」
   「護衛は、屈強な藩士が付いておられます、私はご隠居様のご健康をお守りする医者として庵に参ります」
   「そうか、通いか、それも良かろう、毎日か」
   「五日に一度、弟子を一人連れて参ります」
   「わしは三太郎と弟子達を連れて、水戸の中納言様のように諸国漫遊がしてみたいのじゃが」
   「それでしたら月に一度、ご領地内をお駕籠で漫遊されては如何で御座いましょう、お供はご家来十人くらいと、ご隠居様をお世話するお女中を四・五人、お道具を一竿持たせます」
   「つまらん漫遊よのう」

 結局、ご隠居の目論見(もくろみ)とは程遠い、五日に一度の往診をすることになった。
   「ご領地のことは、この三太郎がご隠居様にお話申し上げます」
   「左様か、なんだか三太郎に丸め込まれたようじゃのう」
   「丸め込むとは恐れ多い、ご提案を申し上げ、ご了承を賜っただけで御座いましょう」
   「何も変わらぬわ」

 殿より頂戴した褒美は、将軍様と同じく百両であった。それは総て慶次郎に渡し、三太郎の懐の金子から大枚二十両を出して馬を買った。二歳の木曽馬の雌で、三太郎は「新山(しんざん)」と、名づけた。

 屋敷内の馬小屋を修理改装して、久作と新吉の寝泊りする間を設け、馬の世話を任せた。二人の弟子達も、自ら進んで馬の世話を手伝った。その甲斐甲斐しく働く弟子達に、三太郎は自分の子供の頃の姿が重なった。

 佐助を馬の前に乗せて、三太郎の腕のなかにすっぽりと収まるようにすれば、昔の自分を慶次郎が腹に紐で括ったようにしなくても滑り落ちることはない。あの頃の三太は四歳、佐助は七歳なのだから。

   「ご隠居様、三太郎に御座います」
   「お約束の往診ですか、ご苦労」
 ご隠居の奥方が出迎えてくれた。
   「ご隠居様は、お変わりありませんか」
   「はい、今朝も早くから、ご本をお読みあそばされております」
   「暫く、お待ちしましょうか」
   「いいえ、どうぞお上がりなさい」
 奥方は気さくな方で、お城に居た頃の大名家の「御前様」から、お武家の奥方様にすっかり変身していた。
   「あなた、三太郎が来ていますよ」
   「おおそうか、第一回目の往診じゃな、通せ」
   「失礼仕ります」
   「おお、来たか、来たか、心待ちに致しておったぞ」
   「医者を心待ちにしてはいけません、ご隠居様はご病人ではないのですから」
   「小煩いことを申すな、おや、そちが三太郎の弟子か」
   「はい、初めてお目にかかります、佐助に御座います」前もっての師の注意どおり、行儀よく挨拶をした」
   「そうか、この大きさでは懐に入らないな」
   「何でございますか」
   「よいよい、独り言じゃ」

 ご隠居の顔をみれば、ご健康であることは分かるが、一応脈を拝見し、形ばかりの問診をした。後は世間話をして、ご隠居の話を聞くだけの往診であった。
   「上田のご城下に、天誅組という富豪ばかりを狙う盗賊が現れたそうです」
   「盗賊団か、昔の事件を思い出すのう」
   「はい、お城は警戒を高めましたので、ご隠居様のお屋敷もおっつけ護衛官が参ろうと存じます」
   「三太郎も来てくれるのか」
   「はい、勿論で御座います」
   「そうか、それは心安らかである」
   「一度戻りまして、夕刻に単身で参ります」
   「慶次郎はどうするのじゃ」
   「町なかの襲われそうな屋敷を見回り、そちらを警戒します」
   「左様か、将棋の相手をさせようと思ったのに残念じゃ」
   「それでしたら、私がお相手しましょう」
   「そうか、三太郎も指すのか」
   「はい、父譲りですが、父を越えております」
   「こやつ、言いよったな、慶次郎に言いつけるぞ」
   「そればかりは、ご勘弁を…」


 戻り道で、鷹之助のことが気になった。
   「新さん、どうしたのかな」
 もう、二ヶ月も新三郎からの知らせが無いのは何事か起きているのかも知れない。新三郎が憑いているから安心ではあるが、やはり気になる。
   「行ってやることも出来ないなぁ」
 佐助は、無邪気に馬上で鼻唄などうたっていた。

  第三十回 三太郎の木曽馬  -続く-  (原稿用紙15枚)

  「第三十一回 さらば鷹」へ


最新の画像もっと見る