雑文の旅

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猫爺の連載小説「幽霊新三、はぐれ旅」 第三十一回 さらば鷹塾

2014-02-17 | 長編小説
 弟の鷹之助が、血塗れになって戻り、入り口でばったりと倒れた。
   「鷹之助、何が有ったのだ、新さんはどうした」
 三太郎は、思わず鷹之助に駆け寄って抱き起こした。
   「鷹之助、しっかりしろ、誰にやられた!」
 三太郎は鷹之助を裸にして、とめどなく流れ出る血を止めんと苦闘した。
   「兄上、私は志(こころざし)半ばでこのようなことになって、悔しいです」
 鷹之助は、まだ何か言おうとしたが力尽きてこと切れた。
   「鷹之助、鷹之助、戻って来い、戻ってきて兄上と呼べ!」

   「先生、三太郎殿、大声を出してどうしました」
 三太郎は、目を覚まして自分を揺り起こしている護衛藩士の腕を掴んだ。三太郎は、ご隠居松平兼重候の護衛につきながら、迂闊にも微睡(まどろ)んでしまったのだ。
   「盛んに、鷹之助と名を呼んでいらっしゃいました」
   「ああ、夢でしたか、不吉な夢を見ていました」
   「三太郎殿は、お疲れになられていらっしゃるのでしょう」
   「その所為でしょうか」
   「きっと、そうですよ、鷹之助殿は確か上方へ行かれているのでしたね」
   「そうです、あまりにも気掛かりでしたので、ついこんな夢を見たようです、面目ない」

 どんなに気掛かりでであっても、今の任務を放り出して上方へ行くことはできない。頼みは、新三郎のみである。せめて、その新三郎が鷹之助の様子を知らせてくれたら、無事でいれば安心するし、鷹之助に危険が迫っているなら、何を捨てても駆けつけるのにと、心ならずも新三郎を恨んだ。

 見張り番から情報が入った。この庵(いおり)の周りに黒装束の男たちが一人、また一人と集まりだしたようである。
   「やはりそうか、上田藩で元大名いえば、富豪と思うのは当然であろう。その上、隠居庵なれば、手薄だと考えるに違いない」
 ここを襲撃の的にするのは、当然のことかも知れない。
   「来やがったな、天誅組め」
 三太郎は、襷(たすき)をかけ鉢巻きをして敵に望んだ。
   「拙者は、ご隠居と奥方を確(しか)と護る、貴殿たちは心置きなく敵と戦ってください」
 三太郎は、護衛の藩士たちに叫んだ。その時、三太郎の目に敵が矢に火を点けるのが見えた。その火が離れ座敷寄りに集まってきた。敵も然(さ)る者、先に母屋を全焼させては盗みが難しくなる。まずは離れ座敷に火を点け、こちらの気を離れ座敷に逸らせて置いて母屋に押し入る。盗んだものを持ち出した後に、母屋が全焼するという目論見(もくろみ)らしい。
 三太郎は、素早く敵の手の内を読んだ。こともあろうに、火がつくかも知れぬ離れ座敷にご隠居と奥方と使用人の女たちを導き、三太郎は外に飛び出した。
 戸板を二枚はずすと、放れ座敷の前に立て、その後ろで抜刀して火矢を待った。一本目の矢が戸板に命中して燃え上がった。その矢は捨て置いて、二本目の矢を待った。これまた戸板に命中した。三本目は戸板を逸れたが、三太郎の剣は素早く火矢を叩き落した。
 何度か繰り返したが、矢が尽きたのであろうか、やがて矢は途絶えた。三太郎は離れ座敷に戻り、ご隠居たちに伝えた。
   「もう、離れ座敷は安全です、決してここを出ないように」
 そう叫ぶと、三太郎は再び外に出た。戸板は、ますます勢いを増して燃えている。

 三太郎は敵の中へ飛び込んだ。敵も相当の人数である。刀の峰で戦っていた三太郎であったが、とうとうその余裕を無くしてしまった。返した峰を戻すと、斬りこんでくる賊の小手を狙って斬り付けた。最初は手心を加えていたが、つい力が入り、どさっと鈍い音がして、賊の腕が草叢に落ちた。
   「しまった、遣り過ぎた」と、後悔する三太郎の足元で、腕を斬られた男が、「うわーっ」と声を上げて、のた打ち回っている。
   「引け!」と、号令がかかって、天誅組の賊たちが引き上げていったが、傷ついて逃げられぬ五人の男たちがとり残された。
 三太郎は、腕を斬りおとした男の上腕を自分の襷を切って縛り止血をした。男が暴れないように縛り上げ、腕の切り口を消毒すると、骨を削り皮膚を引っ張って絹糸で縫い合わせた。
 続いて傷ついた男達の傷口を消毒してやり、血止めの絆創膏を張り、逃げられぬように手足を縛り上げた。

 三太郎は、「賊がまだそこらに居るかも知れない、拙者が奉行所へ知らせに行きましょう」と、馬に跨(またが)り上田藩奉行所に向けて走った。
 丁度、町の警戒に当たっていた慶次郎に出会った。状況を話し「当方に、手負いの者なし」と伝え、捕り方への知らせを依頼した。

 捕り方がやってきたのは、夜が明けてからであった。賊の男たちは、荒々しく引っ立てられて行った。


 鷹塾があったボロ家は、跡形もなく壊され、瓦礫(がれき)も近くの空き地に運ばれた。やがて更地に建築の資材が運び込まれ、少しずつ建物が建ちはじめると、鷹之助は絶望感に襲われた。元ここに建っていた廃屋は、鷹之助が買ったものではなく、ただ同然の店賃(たなちん)で借り受けていたものである。その廃屋が新築の建物に変わると、大家さんは欲を出すに違いない。鷹之助は追い払われて、もう鷹塾やっていけない。自分の身の振り方さえも分からないのだ。
 鷹塾の塾生たちの親たちが、ぽつりぽつりとやって来るようになった。
   「何かお手伝いをしましょう」
   「空き地に瓦礫が積まれて居ます、木を集めて束ねましょう」
   「敷地周囲の草を刈りましょう」
 斧や鎌や鋤を持って手伝いに来てくれる。鷹之助は、建ちつつあるこの建物が、自分のものではないと言い出しかねていた。
   「皆様のお仕事に差し障りましょう、お気持ちだけで結構です」
 鷹之助は、それだけ言うのが精一杯であった。その日の夜、新三郎が再び現れた。
   「三太郎さんに頼まれて、鷹之助さんを護りにきやした」
   「兄上がお願いしたのですか お願いしたものの、兄上は困っているのではありせんか」
   「大丈夫です、暫くは鷹之助さんの傍にいます」
   「嬉しいです、本当は一人で心細かったのです」
   「立派な屋敷が建ちそうですね」
   「壊した親方を、新しく建てるように脅したのは、新三郎さんでしょう」
   「わかりやしたか」
   「わかりますよ、壊しておいて、すぐに新しく建ててやるなんて、おかし過ぎます」
   「鷹之助さんを苛めた罰ですぜ」
   「けど、わたしはここに住めないと思います」
   「どうしてずすか」
   「すぐわかりますよ」

 廃材を集めて作った鷹之助の塒に、翌朝、大家がやって来た。
   「わしが鷹之助さんに貸したのはボロ家です、それを壊して新しく建てるのは鷹之助さんの勝手ですが、建った建物はわしの物です」
   「はい、わかっています」
   「ボロ家だから、一ヶ月五十文で貸したが、新建てなら一分は頂戴します」
 現在までは五十文だったのが、一気に二十倍の一分(千文)になるので、鷹之助にはとても払えそうにない。早く言えば、鷹之助に出て行けということである。
 出て行くのは構わないが、今まで鷹塾に通ってくれた塾生に申し訳ない思いでいっぱいの鷹之助であった。
   「新さん、分かったかい、こう言うことなのだ」
   「そうか、あっしも迂闊だった」
   「ここを出る覚悟は出来ている、どこかこの近くに廃屋があれば良いのだが…」
   「よし、あっしが探しましょう」
 新さんは鷹之助から離れて、何処かへ行ってしまった。

   「こいつだぜ、寺子屋ごっこで、銭儲けをしている生意気な奴は」
 寺子屋に通っている鷹之助より少し年下の悪餓鬼五人組のようだ。
   「もう、ここで商売が出来ないように、痛い目に遭わせてやろうぜ」
 言うが早いか、鷹之助は腹を蹴られて、そのばに「どすっ」と倒れた。腹を抑えて苦しむ鷹之助を、寄って集って足蹴にした。鷹之助はやられるままに耐えていたが、その内、ぐったりとなってしまった。
   「おい、こいつ死ぬかも知れん」
   「構うものか、筵(むしろ)で巻いて、大川へ投げ込んでやろうぜ」
 度を越した悪ガキどもは、大笑いしながら鷹之助を筵で巻き、その上から縄でぐるぐる巻きにした。

 鷹之助は、遠退く意識の中で、兄上佐貫三太郎の名を呼び続けた。
   「兄上、鷹之助を助けてください」
 そして、新三郎にも語りかけた。
   「新さん、どこへ行ったの、わたしは死にますよ」
 鷹之助は考えた。
   「死ねば、新さんのように兄上の守護霊になろう」
 早くも、鷹之助の心は信濃の国の三太郎や父上、母上の元に飛んでいった。


 鷹之助は、意識をとり戻した。そこに鷹之助を覗き込む男の目があった。
   「兄上、兄上ですね」
   「そうだよ、もう大丈夫だ」
 覗き込んでいるのは、佐貫三太郎ではなく、緒方梅庵であった。梅庵は上方の蘭方医学診療院へ講師として呼ばれて三ヶ月契約の出張だった。鷹之助が籍を置く天満塾に行ってみたが、ここ二・三日休んでいると聞いた。鷹塾という塾を開いていると教わったが、場所が分からず、ただ誰かに導かれるような気がして無意識に歩いていると、五人の子供が倒れて気を失い、その中心に縄で縛られた鷹之助が居たのだ。五人の悪ガキたちは、それから直ぐに気がつき、梅庵を見て逃げていった。

   「新さんだ、新さんが助けてくれたのだ」
   「新さんとは、どこのどなた」
   「三太郎の兄上がよこしてくれた守護霊です」
   「守護霊 記憶にある、私の中の能見数馬さんの記憶だ、木曽生まれの渡世人で新三郎さんだろ」
   「そうです、新さんもまた兄上のことを知っていたのでしょう」

 鷹之助が開いていた鷹塾の建物が壊された経緯から、この度の殺されようとしたことまで、梅庵に打ち明けた。梅庵は、暫くこの診療所から塾に通いなさいと言ってくれた。鷹之助の治療代から食費まで、梅庵が出してくれことになったのだ。
   「新さんと話がしたいが、どうすれば良いのだろう」梅庵が言った。
   「それは簡単です、私の胸に手を当ててください」
   「こうかい、新三郎さん、鷹之助を助けてくれて有難う」梅庵は語りかけてみた。
   「いいえ、あっしが鷹之助さんから離れたばかりに、鷹之助さんを酷い目に遭わせてしまいました、面目ない」
   「新さんが戻っていなかったら、わたしは川の底に沈んでいました」
   「わたしは三ヶ月上方に居ますが、その後のことが心配です」と、梅庵。
   「あっしに任せてくだせぇ、もう鷹之助さんから離れませんから」
   「三太郎のところへ戻らずとも良いのですか」梅庵は、三太郎も心配である。
   「三太さんは強いから、あっしが居なくても大丈夫ですよ」
   「そうですか、だが私が上方に居る間に、新さん、一度三太郎のところへ行って鷹之助の様子を伝えてやってください」
   「へい、分かりました、では今夜発ちます」
   「有難う、そうしてやってください」

  第三十一回 さらば鷹塾  -続く-  (原稿用紙枚)

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