雑文の旅

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猫爺の連続小説「江戸の辰吉旅鴉」 第八回 鳥追いの小万

2015-03-13 | 長編小説
 北陸街道疋田宿(ひきたしゅく)に近付いたところで、疋田宿方面から三味線を小脇に抱えた女が走って来た。その直ぐ後から、三人の遊び人風体の男が女を追いかけてきた。
   「待ちやがれ、この盗人女!」
   「誰が盗人だ、いい加減なことをぬかすと、ただではおかないよ」
   「威勢はいいが、直ぐに吠え面をかくことになるぜ」
 男の一人が、女の首根っこを捕まえた。
   「何をしやがる、このスケベ野郎」
 女は抱えていた三味線の胴で、その男の下腹を突いた。
   「痛てえ、やりやがったな」
 男が女を殴ろうとした腕を、江戸の辰吉の六尺棒が割って入り「ぴしり」と手首を打った。男は「痛えーっ」と悲鳴を上げて手首を腹に抱えて、その場に蹲(うずくま)った。
   「儂(わし)らは盗人(ぬすっと)を捕まえているのだ、邪魔しやがるところを見ると、てめえこの女の仲間だな」
   「あたいは盗人じゃねえ、貰うべきものを貰っただけだ!」
 辰吉は男たちを睨んで言った。
   「姐さんは、こう言っていなさるじゃねぇか、お前らこそがケチな悪人面をしてやがるぜ」
   「喧(やかま)しい、お前も黙らせてやる」
 二人の男が、懐(ふところ)から匕首(あいくち)を出した。
   「ばーか、俺はお前らに殺られるような腑抜(ふぬ)けじゃねぇ」
 辰吉に突進してくる男をひょいと交わし、辰吉は男の背中を六尺棒で強く打った。男はよろけながら道脇の立木まで歩き、木に縋(すが)って呻(うめ)いた。
   「お前も来るか!」
 残りの一人は、逃げ腰である。
   「待ってくれ!」
 左手の掌を広げて、恰(あたか)も降参だという格好をしたが、右手の匕首を握る手に力が入っているのを守護霊の新三郎が見逃さなかった。
   『辰吉、油断するな、騙(だま)し手だぜ』
   「あいよ、わかった」
 男は頭を下げ下げ辰吉に近付いてくる。だが、男が匕首を辰吉に向けた途端に、辰吉の六尺棒がそれを叩き落としていた。   
 
   
   「兄(あに)さん、ありがとね」
 女は伊勢の国、関の小万(おまん)と名乗った。三十路(みそじ=30才)に達したばかりであろうか、母親お絹の面影を偲ばせた。
   「俺は江戸の辰吉、姐(あね)さん、どうしたのだい?」
 辰吉は小万が盗人呼ばわりされて追われる訳を訊いた。
   「いえね、十日ほど賭場で壺振りに雇ってもらったのだけど…」
 小万の言うには、片膝(かたひざ)ついて内腿(うちもも)をチラチラ見せて壺を振ってくれたら一日一両だすと貸元が約束してくれた。ところが然程(さほど)客の入りが増えなかった為に、それはお前の所為だと、十日で一両しか呉れなかった。小万は怒って金箱(かねばこ)から十両かっ攫(さら)って逃げてきたのだそうである。
   「ははは、それは約束を破ったしみったれの貸元が悪い、姐さんには罪はないよ」
   「そうだろ、お礼に辰吉さんに一両あげる」
   「いいよ、いいよ、姐さんが働いて貰った金じゃないか、大切にしなよ」
   「そうかい、済まないね」

 二人、疋田宿に向かって歩きながら、辰吉は女一人旅の事情を訊いた。
   「旅に出たまんま帰らない情人(いろ)を尋ねての一人旅さ」
 この女には惚れ合って一つ屋根の下で暮らした「関の弥太八」という遊び人の男が居た。弥太八は賭場で博打仲間と喧嘩をして相手を死なせてしまい、その脚で旅に出て八年の歳月が流れた。その後も音沙汰は無く、小万は逢いたくて毎日泣いて過ごしたが、ただ待つだけの明け暮れに我慢が出来ず、二年前に男を捜(さが)して独り旅に出たと語った。
   「もし、元気でいれば、この汚れきった身は見せたくない、木立の影から一目見るだけでいい。もし、死の床に就いていたら、付きっきりで看病もする。万が一、死んでいたら、持ち物の一つでも、骨の一本でも持って帰りたい。そんな思いで旅を続けているのだそうである。
   「汚れきったって?」
   「女の一人旅だよ、きれいなままでいられる訳がないだろ」
   「襲われたのかい?」
   「そればかりではないよ、金(かね)に困れば体を売ることもある」
   「三味線があるじゃないか」
   「あはは、こんなものでは満足に稼げないよ」
 小万は、三味線を見せてくれた。
   「棹の部分に匕首が仕込んであるのさ」
 もしもの時は、これで命を守るのだという。
   「わっ、くノ一みたいだ」

   「辰吉さんも訳ありの一人旅らしいね」
 俺も弥太八と同じようなザマだと言おうとしたが、自慢気に吹聴できることじゃないと気付き、辰吉は止めた。
   「ひとりではないのだよ」
   「そう、お連れさんが居るのかい」
   「幽霊だけどね」
   「ふーん、幽霊と道行(みちゆき)かい、それはいいね」
   「うん、親父と旅をしているようなのだ」
   「何だ、男の幽霊かい」
   「めっぽう強くてね、俺をがっちり護ってくれる」
   「あたいも、優しくて男振りのいい、辰吉さんに似た幽霊と一緒だといいのにな」
 小万は、茶化して本気にしていないようである。

   「あたいは、ここから若狭(わかさ)を通って京へ行くよ」
 疋田を出て少し行ったところで小万は立ち止まった。
   「弥太八は左耳の下に、大豆粒ほどのよく目立つ黒痣(くろあざ)があるのだよ」
 小万は、辰吉に向かって両掌を合わせて言った。
   「もし、伊勢の国生まれの関の弥太八という旅人に出会うことがあったら、後生だからその男に言っておくれな」
 関の小万と言う女が、京辺りの飯盛旅籠で働いているから、もし弥太八が怪我でもしているようなら、あたいが一生面倒を看るから訪ねてきておくれ、元気でいるなら、金の無心に来てくれてもいいから顔を見せておくれと言っていたと伝えてほしい。小万は、辰吉に言伝(ことづて)を頼んだ。
   「姐さんは、こころの底から弥太八さんに惚れていなさるのだな」 
 辰吉は、「きっと伝えるよ」と、気休めで言ったのではなく、積極的に捜してやろうと心に誓って言ったのであった。

 小万と別れて、辰吉は敦賀(つるが)の宿場町に入った。その後、三度笠の男と出会うと、辰吉は笠の内を覗き込み、左耳の下を見てしまうのであった。
   「おい、そこの若けぇの」
 辰吉は、覗いた男に声をかけられた。
   「へい、俺ですかい?」
   「そうだお前だ、何故にわしの顔を覗き込む」
   「済まねえ、人を探しているもので、失礼さんとは知りつつ覗いてしまいやした」
   「旅鴉は、脛に傷を持っているものだ、下手をすれば追っ手と間違えられて斬り殺されるかも知れねえ」
   「ご忠告、有難うさんにござんす」
   「うむ、以後気を付けるのだぞ」
   「へい」

 辰吉、殊勝な態度で忠告を受けておきながら、またしても男の顔を覗きこんでしまった。
   「そこのいい男、わっしは構わないよ」
   「ん?」
 辰吉、きょとんとしている。
   「行くかい?」
   「どこへ?」
   「わたしの家は無理なので、夜まで待って神社へ行くか、いま直ぐなら出会茶屋だな」
   「何をするのだね?」
   「そんなこと、分かっていて誘ったのだろ」
   「わからん」
 男は、辰吉の手を引いて、出会茶屋へ行こうとした。

   『辰吉、手を振り払って逃げなさい』
 新三郎が注意をした。 
   「何故?」
   『このまま付いて行くと、とんでもないことになりますぜ』
   「どんなこと?」
   『布団の敷いてある部屋へ連れて行かれる』
   「昼寝に?」
   『そうだ』
   「眠くない」
 新三郎は焦れた。
   『いいから逃げなさい』
 辰吉は興味をもってしまった。
   「新さん、行こうよ」
   『言っても聞かないのなら、勝手に行きなさい』
   「うん」

 辰吉は、男に手を引かれて出会茶屋へ向かった。
   「金の心配なら、しなくてもいいぜ」
   「うん、何か食べさせてくれるのかい?」
   「後でな」

 出会茶屋は、昼間なので客は殆ど居なかった。それでも男と女の二人連れが出てきて、すれ違いざまに「じろっ」と顔を見られた。

   「どうぞ、ごゆっくり」
 茶屋の中居が、部屋に案内してくれた。成程、小さい部屋に布団が二つ並べて敷かれている。
   「どうした、早く来ないか」
 男は、焦れているようである。
   「着物は脱がせてやる」
   「いいよ、脱ぐなら自分で脱ぐ」
   「下帯は、わっしが解いてやる」
   「いらんよ」
   「ささ、早くここに座りなさい」
   「昼間から何をする積りなのだ」
   「何をするって、することは一つ」
   「花札賭博だろ、それとも株札か?」」
   「違う」
   「チンチロリンか?」
   「それに近いかな」
 辰吉は踵(きびす)を返した。
   「博打なら賭場でやるよ」
 そう言うと、さっさと部屋から出て行った。
 
  第八回 鳥追いの小万(終)-次回に続く- (原稿用紙13枚)

「江戸の辰吉旅鴉」リンク
「第一回 坊っちゃん鴉」
「第二回 小諸馬子唄」
「第三回 父の尻拭い?」
「第四回 新三郎、辰吉の元へ」
「第五回 辰吉、北陸街道を行く」
「第六回 辰吉危うし」
「第七回 一宿一飯の義理」
「第八回 鳥追いの小万」
「第九回 辰吉大親分」
「第十回 越後獅子」
「第十一回 加賀のお俊」
「第十二回 辰吉に憑いた怨霊」
「第十三回 天秤棒の再会」
「第十四回 三太辰吉殴り込み」
「第十五回 ちゃっかり三太」
「第十六回 辰吉の妖術」
「第十七回 越中屋鹿衛門」
「第十八回 浪速へ帰ろう」
「第十九回 鷹塾の三吉先生」
「第二十回 師弟揃い踏み ...」
「第二十一回 上方の再会」
「第二十二回 幽霊の出る古店舗」
「第二十三回 よっ、後家殺し」
「第二十四回 見えてきた犯人像」
「第二十五回 足を洗った関の弥太八」
「第二十六回 辰吉、戻り旅」
「第二十七回 辰吉、旅のおわり」
「最終回 成仏」


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