雑文の旅

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猫爺の短編小説「高倉文太」 中学生編

2015-02-24 | 短編小説
 彼の名は「高倉文太」、乳児院の女院長が高倉健と菅原文太のファンだったことから、二人の有名俳優の名前を半分ずつとって付けたのだ。こう書けば、文太が棄児であったことが分かるだろう。
 生まれて間もない赤子が、駅のトイレにタオルに包れて捨てられているのを、用足しにきた中年の女性に見付けられた。救急車で大学病院の新生児科に運びこまれ、危うく命を取り留めたのが13年前である。元気になった彼は乳児院に移され、さらに児童養護施設で育てられ、今年は中学校に入学した。

 孤児であることを理由に、虐めを受けるのは慣れっこになっていたが、中学生になると覚えのない盗みの濡れ衣を着せられるようになった。特に校長の差別は酷かった。学校内で物が無くなったと聞けば、真っ先に文太を呼びつける。
   「盗んでいない」
 文太が突っぱねると、余計に意地になって「白状しろ」と迫る。そんな時、文太は「警察を呼んで調べて貰って下さい」という。学校の名誉を護る為か、証拠がない所為か、校長は「往生際の悪い奴だ」と、ブツブツ文句言いながら引き下がる。

 ところが、そうは言っていられない事態が起きた。同じクラスの女子生徒が、財布を盗まれて騒ぎになったのだ。しかも、その財布が、文太の机の中から見つかったというのだ。昼休み、弁当を食べ終わった時、放送室のアンプの調子が悪いと放送部員が機械ものに強い文太に助けを求めてきた。
 行ってみると、誰かが接続コードをいじったらしく、間違えて接続されていた。正規に戻してやって教室に戻ると、その騒ぎが起こっていたのだ。
   「俺は知らんよ」
 弁当を食べたあとは放送室へ行っていて、他人の財布を盗む機会は無かったと弁明しても、誰も聞き入れず、校長に告げ口されて文太が呼ばれた。
 文太が校長室に入ると、校長はニタッと笑みを浮かべた。
   「今度は証拠が挙がったな」と意地悪げに言った。
 放送部員の生徒が来て、「弁当を食べた後は、ずっと一緒でした」と証言したが、校長は、
   「盗んだのが昼休みの時間内とは言えん」と、突っぱねた。

 他の生徒であれば、穏便に治めたであろう校長の判断で、文太は警察に突き出されることになった。

 文太は取調室ではなく、警察の接客用のソファーに座らされて司法警察官に事情を聴かれた。日頃、万引きの噂をされていることも含めて何もかも話すと、警察官は文太を待たせてその場を一旦外したが、暫くして戻ってきた。
   「君には万引きも盗みの補導歴も無いな」と言った。
   「そんなことは一度足りともしていませんから」と、文太は少々膨れっ面で言い返した。 
 電話で施設の責任者と、中学校の校長が警察に呼ばれた。施設の責任者は、ろくに説明も聞かずに、ただ「申し訳ありません」と謝るばかり、校長は「証拠も有りますし」と、寧ろ「早く処分してくれ」と言わんばかりであった。
 警察官は「ムッ」とした顔をして、校長に向かって言った。
   「どれが証拠ですか?」
   「この子の机から盗まれた財布が見つかったことだし」
   「それが証拠になりますか? 誰か他の生徒が盗み、文太君の机に放り込んだとは考えられませんか?」
   「その可能性はありますが、うちの生徒に他人を陥れようとする子はいませんよ」
   「そうでしょうか?}
 警官が校長の目を見据えて言った。
   「実は、文太君の小学時代のことをよく知っている巡査長がいましたね」 
 巡査長は、文太のことを正直者で、小銭を拾ってもわざわざ交番まで届けに来ていたと話していたそうである。
   「万引きなんて、とんでもない、彼はしませんよ」とも言っていたそうである。
 現に補導歴を照会してみたが皆無だったことも話した。
   「分かるものですか、この子は要領の良い子ですから」と、校長。
   「そうですか。それでは警察は文太君をどうすれば校長先生はご満足ですか?」
   「それはそちらでお決めください」
   「そうですか。警察も、現行犯でもない文太君を、少年院に送りたくはないですが、家庭裁判所に送致の手続きを取りましょう」と、警察官は言った。
 校長は満足げに頭を下げた。児童養護施設の責任者まで終始異論を唱えることなく容認している様子だった。 
   「この人も、俺の味方ではないな」と文太は思った。

 警察は、あまりにも軽微な犯罪であり、しかも現行犯でもないとして、簡易送致を家庭裁判所に送った。文太は施設に戻され、今まで通り通学していた。
 ある日、下校中の文太に、同じクラスの板倉悠斗が近寄ってきて、こっそり打ち明けた。
   「俺、見たのだ。坂崎が財布を盗むところを…」
   「あの、俺の机に入っていた財布か?」
 そうだと悠斗が言った。しかも、文太の机に放り込むところも見たそうである。しかし、坂崎は金持ちの息子で、金魚の糞みたいな仲間が多く居るうえ、暴力団組員の若い衆が付いて居るそうで、目撃したことを口に出せなかったそうある。
   「わかった、打ち明けてくれて有難う、でもこのことは誰にも言うな」
 文太は悠斗に口止めした。
   「言えばお前が虐めを受ける、俺は大丈夫だ、少年院に入れば、少年院で勉強するまでだ」
 自分は両親も兄弟も居ない孤児だ。自分がどうなろうと、肩身が狭いと嘆く者は居ない。
   「気にするな」
 文太は悠斗の肩を叩いた。

 文太の家裁での審議はなく、審判不開始となった。もともと、家裁への簡易送致の場合は、審判不開始となるもので、少年院送りはまず無い。文太も何事も無かった様に勉学に勤しんでいる。
 文太は努力の甲斐か、顔も見たことがない両親のどちらかのDNAの賜物か、成績が飛びぬけて良く、学年成績は常にトップであった。
 顔立ちは男前というよりも童顔の方で、見た目は頼りなげではあるが虐めと差別に耐えてきた芯の強い小さな苦労人である。背は低く、同学年の男子生徒に囲まれると、小学生かと思われる程であった。相も変らぬ校長の孤児への差別と、虐めグループの嫌がらせをのらりくらりと交わしながら、それでも徐々に級友の信頼を得るようになってきた。 


 文太は、中学二年生になっていた。新しい担任教師に文太の実行力が買われて、生徒会長に推薦された。生徒による選挙でも文太が勝利したが、校長の猛烈な反対を受け辞退せざるを得なくなったが、文太にとってはそんなことはどうでも良かった。それよりも、最近気になることがあった。盗みの目撃を打ち明けてくれた悠斗の元気がないことである。二年生になって悠斗とは別のクラスになったが、廊下で悠斗が坂崎に押し倒されているところを見た。どうやら虐めを受けているらしい。文太は下校時、校門で悠斗を待って一緒に帰ろうと誘った。 
   「悠斗、お前何か思いつめてないか?」
   「いいや、何も」
   「そうか、それならいいのだが…」
 文太は悠斗の横顔に目を遣った。
   「両親を泣かせるようなことは絶対するなよ」
 文太は「自殺するなよ」言いたかったが、悠斗が動揺するのを恐れてその言葉を押し殺した。
   「悩みがあったら、俺に話してくれ」
 一年のときの財布盗難事件で、文太の無罪を知る唯一の人間だ。お互いをよく知り得ていないので親友とは言い難いが、文太は悠斗に自分の気持ちを伝えた。
   「迷惑かも知れないが、俺は悠斗を友達だと思っている」
 悠斗は黙って下を向いていたが、「うん」と、呻くように答えた。
 文太は続けて、
   「 死んだら楽になるってよく慣用的にいうだろ、あれは嘘だ」
 死ねば苦しみは無くなるが、楽でもなくなる。言うなればオール・オア・ナッシングだと文太は言いたかったのだ。

 二人が肩を並べて話しながら歩いていると、いきなり坂崎のグループに囲まれた。文太は思った。「案の定だ」坂崎は子分たちと言っていいだろう仲間に命じて、二人を人通りのない路地に引き入れた。 
   「金は持ってきたか?」
 坂崎が悠斗の胸倉を捉まえて言った。
   「俺の貯金は全部下ろしちゃってもう無いのだ。許してくれ」
   「それなら、親の金をくすねて来い」
   「出来ないよ」
悠斗は、ベソをかいている。
   「やめろ!親の金といえども盗めば犯罪じゃないか」 
 文太は悠斗と坂崎の間に割って入った。
   「悠斗を放せ!」
大声をだして文太は虚勢を張った。
   「おっ、このチビ生意気だな」
組員らしい男が言った。文太もここ一年で急激に背が伸びたが、まだ坂崎たちには及ばなかった。
   「ここは俺たちで片を付けます、賢さんは見ていてください」
 坂崎は捉まえていた悠斗を放すと、いきなり文太に殴りかかってきた。文太は顔面にパンチを受け鼻血を出したが、怯まず坂崎を睨みつけながら悠斗に逃げろと顎で合図をした。文太はこの後、殴られ、投げ飛ばされ、足蹴にされたが、抵抗せずに耐えていた。 
   「賢さん、あなたはどこの組の人ですか?」
 倒れたままの文太が、賢と呼ばれた男に問いかけたが、男は答えなかった。
   「この近くの組なら、松本組でしょう」 
 文太が言って男を睨みつけると、男はほんの少しばかり動揺している様子だった。 


 翌日の放課後、悠斗を家まで送り一旦施設に戻った文太は、施設の職員に外出の許可を得た。
   「松本組の事務所へ行ってきます」 
 もしものことを考えて告げたのである。
   「何の用があって…」
 不審がる職員を尻目に飛び出していった。松本組の事務所の前はよく通るし、黒いスーツの男が大勢出入りするところも幾度か目撃している。事務所は間口の狭い五階建てのビルの一階である。入り口は全開で、男が三人立っていた。
 文太はクリクリ頭をピョコンとさげると、
   「ここに、賢さんというお兄さんがいますか?」と、尋ねてみた。 
   「おう、賢の知り合いか?」
   「はい、ちょっと… 親分にお願いがあって来ました」
 男は、文太の体を舐めるように見て、刃物など持っていないのを確認した。
   「中へ入って待っていろ」
 言い残して男は階段を昇っていった。文太はその間事務所内を見回していたが、考えていたのと様子が違って、ただのオフィスだった。組の事務所といえば、入り口正面に神棚があり、神棚の両端に榊差しがあり、天上からズラッと提灯ぶら下がっている「ごくせん」の大江戸組を想像していたからだ。
 しばらくして、親分らしき男が下りてきた。
   「儂に逢いたいというのはこの兄ちゃんか?」 
 一緒に下りてきた男に尋ねた。
   「へえ、何でも賢の事で親分にお願いがあるとかで」
   「ほお、兄ちゃんどんなことだ、言ってみな」
   「僕は高倉文太と言います、賢さんに中学生を虐めるのを止めるように言って下さい」
   「賢が中学生をいじめているのか? かっこ悪い奴だな」
 親分は男に賢を呼びに行かせ、ソファーにどっかと座ると、文太にここへ来て座れとソファーを指さした。賢が下りてきた。
   「親分、何か?」
 言いかけて文太を見て足を止めた。
   「賢、お前中学生を虐めているのか?」
   「いえ、ただ虐めグループのガキに頼まれて、付き合ってやっているだけです」
   「そいつら、カツアゲもしているのか?」
   「まあ、それらしい事をやっているようです」
   「おまえ、こんなことが他の組に知れたら、儂は恥ずかしくて表を歩けないぞ」
   「へえ、すみません」
   「賢の小指を詰めるから許してやってくれ」
 親分は文太に言った。
   「やめて下さい、そんなこと」
 俺は素人でしかも子供じゃないか、掟かなんだか知らないけれど、俺の所為で賢さんが指を切られることになったら、俺も傷つく。もし、どうしてもというなら、俺の指も切り落としてくれ。文太は恐いというよりも腹が立って、つい捲し立ててしまった。
 親分は笑いながら言った。
   「 嘘だ、嘘だ、そんなことはしない、まして、中学生の指を詰める訳がないだろ」
   「いくら子供相手だからと言って、そんな酷い嘘をつかないで下さい」
   「賢、聞いたか、この兄ちゃん、賢の事を必死で庇っているじゃないか」
 賢も親分の言葉に騙されていた。一瞬、賢の顔が蒼白になったのが何よりの証拠である。
   「賢、お前のするべきことは判っているな」
   「はい、グループの奴らに、虐めを止めさせます」
   「それから、この度胸が据わった兄ちゃんたちを見守ってやってくれ」
   「へえ、わかりやした」
   「どうや、兄ちゃん、恐かったか?」
 親分が文太に言った。
   「恐かったです。でも、友達は虐めを受けて自殺もしかねない程悩んでいます」
 文太は、早く悠斗に知らせたかった。賢さんが、俺たちを護ってくれるぞと。

 悠斗の家のチャイムを鳴らすと、悠斗が玄関に出てきた。
   「悠斗、おれ賢さんの事務所へ行って来た」
   「松本組の?」
   「うん、賢さんが坂崎たちの虐めを止めさせてくれるそうだ、決して軽はずみなことはするなよ」
 そこへ、悠斗の母親が出てきて、悠斗に言った。
   「施設の子でしょ、帰って貰いなさい」
 悠斗の腕を引っ張って中に入れると、バタンと玄関ドア閉じ、カチャと鍵をかけた。
   「あの子は碌な大人にならないから、口をきいてはいけないとあれ程いったでしょ」
 母親の聞えよがしの声がした。文太はこうなることは判っていながら、つい早く悠斗に知らせたいばかり、勇み足をしてしまったことを後悔していた。

 その日から、悠斗と一緒に歩くことも、話すことも無くなった。ただ、学校でふたり目が合うと、お互いにニッと笑うだけだった。悠斗も悪びれていないし、もう悩みもしていないようだった。文太も玄関払いの仕打ちを根に持ってはいない。


 三学期の文太は、勉強に追われていた。
   「よし、俺は碌な大人になってやる」
 心に決めて、暇があれば一心不乱に勉強に打ち込んだ。この頃には、文太の背丈も急激に伸びて、チビとは言われなくなっていた。骨が伸びるスピードに、筋肉の成長が追い付かず、朝目覚めた時など身体の節々が痛むことがある。文太の場合、ちょっと遅い成長期だった。  

   「おい、文太」
 街を歩いていると、後で悠斗の声がした。振り向くと、悠斗が彼女を連れて歩いていた。なんだか悠斗が堂々としていて、むしろ文太が恥ずかしげであった。
   「悠斗、彼女か?」
 悠斗は首を縦に二度振った。彼女の方は、知らんふりだった。
   「やるな、お前も」
 悠斗は、「あははは」と笑って、「またな」と肩越しに手を振ってショッピングモールの中へ消えて行った。

   -続く-  (原稿用紙19枚)

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