雑文の旅

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猫爺の短編小説「私小説」

2014-03-15 | 短編小説
 日も高いというのに、何をする気にもなれずに布団に潜り込み、どうにも遣る瀬無い夢を見た。随分若い頃に戻って、私は寮生である。寮の5人ばかりしか入ることが出来ない湯船で、寮生が押し寄せると湯船に入れないままにシャワーだけで出てゆく者が多い。
 私は、どういう訳か一番乗りでやって来て、「湯船に浸かれるぞ」と、大急ぎで服を脱いでいる。湯船に飛び込もうとして気が付いた。まだ服が脱ぎきれていないのだ。
 慌てて更衣室に戻り、脱ぎにくいぴったりの服を脱ぐと、また下に服を着ている。脱いでも脱いでも、下から湧くように出てきて脱ぎきれない。次第に煩わしくなってくる。
 その内、どやどやっと男達が押し寄せ、更衣室も浴室も、人で埋め尽くされた。諦めて脱いだ服をまとめて部屋にもどろうとするのだが、他人の服と混ざり合って見分けが付かないでうろうろするばかりである。
 こんな取るに足りない夢であるが、私は精も根も尽き果てていた。目が覚めると汗ばんでいて、気持ちの悪い疲労感だけが残っていた。

 私の長い人生の経験から、奇妙な夢を見たあとは、得てして熱を出したりするものだ。下着を脱ぎ、汗を拭き、以前に医者が処方してくれた「風邪薬」と称する薬が残っていたので、してはならない行為と知りつつそれを飲み、養生した積りになった。

 食欲だけは旺盛なので、気を奮い立たせて、近くのスーパーまで夕餉の食材を買いに行ったのだが、背筋に悪寒が走る。こんな日は、出来合いのお惣菜を買って帰えり、早く布団に潜り込みたいという欲求にかられた。
   「やはり風邪をひいたらしい」
 年寄りの独り言を漏らしながら買い物をしていると、初老の女が近づいてきて囁いた。
   「大将、ズボンの前が開いてまっせ」
 この女性、どうやら商売人らしい。爺さんつかまえて大将は、商売人の世辞というよりも符丁のようなものだ。
   「あ、ほんまや、おおきに」
 これが、どういう訳か、無性に恥ずかしいのだ。前が開いていようが、縮みあがった一物が覗いていようが、羞恥心に麻痺がきている年寄りには何でもないことだ。しかもトランクスがちろっと覗いているだけである。若い者であれば、これもみっともなくて恥ずかしいのであろうが、私は年寄りである。それがこうも恥ずかしいのはどうしたことであろう。
 気が付くと先ほどの悪寒が消えてしまったっていた。気分は悪くない。むしろ、やる気が回復して、買い物籠の中の出来合いの惣菜をそっと戻し、鶏手羽と白菜の鍋物でも作ろうと食材に換えた。

 昼間の夢と言い、先ほどの羞恥感と言い、もしや私は若返っているのではないかと、勝手な想像をする。
 まさかではあるが、皺の一つでも消えているのではないかと、そっと鏡を覗き込んでみると、心が振りまわされた所為かどうかは分からないが、老人斑がひとつ増えているような気がした。

 真夜中に目が覚めた。やはり微熱があった。年寄りというものは、あまり高い熱が出ないものだ。だが、熱の割にはダメージが大きい。気分の悪い中で、下着を脱ぎ、汗を拭き、洗濯をした下着に替えて再び床に就いたが、また奇妙な夢を見てしまった。
 空を飛んでいる夢だ。こんな夢は若い頃からよく見ていたので「あの世に行く予知夢」だとは思わないながらも、家族に見られたら恥ずかしいパソコンの画像を、そっと消すのであった。


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