暇人辰吉は、当分三吉の鷹塾に寝泊まりすることになった。親バカお絹は、せっせと料理の腕を振るって、美味しい物を差し入れしている。ついでに、今日は米、明日は味噌、魚に野菜と、「甘やかし過ぎ」と、亥之吉に言われた程である。
「なんやこれ、鷹塾で食料品のお店が出せる位持って来ている」
辰吉が呆れ返っているが、三吉は苦労人、貧しい塾生達に少しずつ持ち帰らせている。鷹之助先生の意志を受け継いで束脩(入学金)や謝儀(授業料)は取らず、先生へのささやかな心付けである二十文程度の月並銭だけで、おまけに食材を貰って帰ってくるために、父親や母親がせめて三吉先生のお役に立てばと、荒屋の修理や三吉の着物を洗濯に来る。
「お父さんも、お母さんも忙しいのに、どうぞ気を使わないでください」
三吉もめいっぱい気を使っている。地回りは相変わらず三日と空けずにやってきては辰吉に追い返されている。
ある日、ひょっこりと亥之吉と三太が鷹塾にやって来た。
「あんなぁ、東町のお奉行が、わいに会ってくれることになったのや」
「へー、どんな根回しをしたの?」辰吉が訊く。
「江戸の北町奉行に一筆書いて貰ったのや、何でも大坂東町のお奉行と若いころ長崎奉行所で同輩やったらしい」
「ははは、また虎の威を借るのか」
「何をぬかす、わいが精出して北町奉行の手助けをして広げた人脈や、それに鷹之助先生の名を出したら、憶えていた与力が居ましたのや」
「それで、乗り出してくれるのか?」
「いや、今はそれどころではないと言って、わいのすることに目を瞑ってくれるそうや」
「それだけか?」
「そうや、今大坂にナンチャラ組という非道働きの盗賊団が江戸から流れてきて、大店を襲っては店中の者を皆殺しにして千両箱を奪って去る夜盗が出没しているのやそうな」
「うわ、酷い、大店の人たちは、戦々恐々やな」
「そうや、三太のとこも大店や、気ぃつけたりや」
「へえ、がんばります」
ナンチャラ組と名乗っている訳ではない。亥之吉が名を忘れたのだ。奉行所が十文、二十文の恐喝に人を掛けられないのもわからないでもない。
「目を瞑ってもらうだけで十分や、わいらでごろつきの後押しをしている同心を炙りだしてやる」
「同心と言うても、本当かどうかわからへんと思うけど」と、三太。
「そやな、ハッタリかも知れんな」
と、話しているところへ、ごろつきが九人ずらり。その内一人は頰被りをしている。
「何や、また人数増やしおったな」
「三吉の用心棒も増えとるやないか、丁度良かった、今日こそは大坂の煩いおっさんと若造二人、叩きのめしてくれるわ」
「大坂の煩いおっさんて、わいのことか?」
亥之吉が不満気に聞き質す。
「そうや、お前や」
「そんな殺生な、まだこんなに若いのに」
「黙れ、糞爺」
「えっ、今度は糞爺か?」
「そやそや、折り畳んで腰の曲がった爺にしてこましたる」
「酷いやないか、わいまだ若造やで」
「なんかしてけつかる、すでに杖を突いているくせしやがって」
「アホ、これは杖やない」
「糞桶担ぐ棒やろ」
「当たり」
辰吉が焦れて、口出しをした。
「お父っつぁん、面白くもない掛け合い漫才やってないで、早く喧嘩しようぜ」
「まあ待て、コイツおもろいやないか、ええ漫才師になれるで」
「誰が漫才師や、いてもたろか」
「どこへ行くのや?」
「アホか、殺したろかと言っておるのや」
「さよか、折角もりあがっとるのに、何処かへ行かれたらどんならんなと思うたのや」
男の仲間も焦れてきた。
「兄貴、何をしょうもないことを言い合っているのです、座が白けていますやないか」
「座とは、何や? ここは寄席か」
胡座をかいていた亥之吉が、天秤棒を持って立ち上がった。
「ほんなら、頃合いもええ、コイツらを退治してやろか」
「よっしゃ、九人まとめて畳んでやろう」
三太と辰吉も棒を持って立ち上がった。その時、掛け合い漫才の男が叫んだ。
「ここにおられる頬被したお方はなぁ」
「水戸のご老公か?」
「ちゃうわい」
「もしや、暴れん坊の…」
「アホ、ここは大坂や、そんな訳ないやろ」
「何や、ただのおっさんか」
「このお方はなぁ」
「その頬被をしたお方は?」
「わいらの親分や」
「そのお方が同心ですか?」
「親分、コイツ等をどうしましょう」
親分は「チッ」と舌打ちをして言った。
「お前はバカか、わしを同心だと言ってしまったから、殺すしかないだろう」
「わし、同心やと言っていませんが…」
同心は、ムスッとしている。
「コイツが親玉らしい」亥之吉が言うと、
「おお、聞いた、聞いた、正体を暴いてやる」辰吉は小さいときから喧嘩好きである。
初めての親と、子、孫弟子の揃い踏みである。
「殺したらあかんで」
亥之吉が叫んだ。
「わかっとります」と、三太。
「骨は折ってもいいのか?」辰吉である。
亥之吉と三太の本気の喧嘩を、見るのは辰吉に取って初めてである。亥之吉師弟は、大暴れして九人の内六人は打ちのめしたが、ゴロツキどもの親分とそれを護っていた二人は、倒れている六人を見捨てて逸早く逃げてしまった。
「追うな、追うな、何れは頬被りを剥いでやる」
だが、捕らえた六人の口は固かった。親分の名を言えと責めても、「知らぬ」と、口を噤んだままである。そこで辰吉の守護霊新三郎に探って貰おうと新三郎に探りを入れて貰ったが、皆知らないようである。
亥之吉は意外な手に出た。捕らえた六人を全部解き放したのだ。
「お前らを捕らえて奉行所に突き出したところで、大した罪にもならん、どうせ親分に強要されて鷹塾を襲っただけや」
六人の男達は、我先にと逃げ去った。
その夜、ゴロツキ共は祝杯を上げていた。
「ざまぁ見ろ、俺達を捕まえても、手も足もでないやないか」
「そうと分かれば、どんどんショバ代をふんだくってやろうや」
「しかし、罠かも知れない」
さすが、親分と呼ばれる男である。亥之吉の魂胆を見抜こうとしている。
「暫くは、三吉から小銭を巻き上げるのは止めておけ」
亥之吉は、自分の立てた作戦を二人には話しておこうと考えた。
「ええか、わいは三吉さんを助ける為にだけ乗り出したのやないで」
地回りの小銭稼ぎは隠れ蓑で、きっと大物と結びついていると亥之吉は考えた。
「あの九人の内、八人の顔は憶えているな」
「へい、大体は」辰吉である。
「へえ、しっかりと」三太である。
「もー、辰吉は頼りないなぁ」
「それなら、覚えておけと言ってくれたら一生懸命憶えたのに…」
「まあええわ、あの内の誰かが、どこか大店に出入りしているのを突き止めるのや」
東町のお奉行には明かしておいたが、親分が東町の同心であれば、作戦が筒抜けになる。動くのは亥之吉たち三人だけにした。
「そやけど、ひとつ問題があるのや」
亥之吉がぽつりと言った。
「わいら三人、天秤棒をもっとるさかい、目立ってしゃあない」
「ほんまや」
「この度は、天秤棒を持たずに、本物の杖にしようと思うのやが」亥之吉の提案である。
「わいは、座頭の市さんから借りた仕込み杖や」
「わっ、凄い」
「嘘や、ただの棍棒や」
「三太は、この金剛杖や」
「わっ、お遍路さんみたいや」
「辰吉はこの竹や」
「何だ? これ、ひょっとこの火吹き竹じゃないか」
「文句言うな」
それから亥之吉たちは地回りを張っていたが何事も起こらず、相変わらず縄張り内で小商いをする行商人や露天商人からショバ代と称する小銭を取っていた。その額は、二十文程度で、払う方も諦めているようだった。
三太と辰吉も、亥之吉が「放っておけ」というので、手出しはせずに傍観していた。ところが、別の男たちが、大店にも要求しているのがわかった。店主は地回り達が要求する額がせいぜい一朱(二百五十文)と少額なので、気に留めるでもなく、払いながら盛んに頭を下げている。
「有難うございます、どうか宜しくお願いします」
店主は寧ろ喜んでいるようにも見える。地回り達が去った後、亥之吉はこの大店の店主に声を掛けてみた。
「福島屋の亥之吉と申しますが、今の方々はどなたで」
「ああ、福島屋さんのお方ですかいな、いえね、あの人達が夜盗から店を護ってくれるのですよ、それもたった一朱で」
「強そうな人たちでしたから、一安心ですね」
「そうです、そうです、福島屋さんもお願いをしたらどうです」
「教えていただいて、有難うございます、ぜひ店の旦那様と相談してみます」
「それがよろしいわ」
「ところで、どのようにお店を護ってくれますのやろか」
「日が暮れて店を閉めたあと、十人体制で表を見張ってくれるのやそうです」
「その命がけの仕事を、たった一朱で引き受けてくれるのですか?」
「そら、盗賊に襲われて護って頂いたときは、別にお礼をするつもりです」
「どれくらい渡せばよいのです?」
「百両くらいかな? そんなのをよこせとは、あの人たちは言いませんが…」
「わかりました、帰って旦那様に言います」
「あ、そやそや、護ってくれる方々の中に、火盗の同心も忍んでいますのや」
「お名前は?」
「伺っとりますが、他人に漏らすなと口止めされていますので」
「さよか、いえ決して訊きません、迷惑になったらいけませんからね」
「すんません」
亥之吉は、辰吉に尋ねた。
「今の話、聞いたか?」
「はい、聞きました」
「手を打ったか?」
「はい、すでに新さんが探りに行きました」
「よっしゃ、流石わいの倅や、よう気が付いた」
「いえ、新さんの判断です」
「なんじゃいな」
三太が笑っている。
暫くすると、使いに出かける小僧さんに付いて、新三郎が出てきた。
「お父っつぁん、同心は火付盗賊改方の同心片岡恭太郎やそうです」
「わかった、ほんならあのゴロツキどもの塒近くで、ヤツ等が帰ってくるのを待とう」
「夜盗が襲撃するお店を探るためですね」
「三太、それはもうわかっている、何人で何時に襲うか知るためや」
「わかっているとは、どのお店です?」辰吉が訊いた。
「今、わいが店主に話しを訊いていた、あの大店やないかいな」
「えーっ、あそこはヤツらが護ってくれているのと違うのか?」
辰吉は納得がいかない。
「三太はもう分かったか」
「へえ」
先回りして、暫く待っていると、小銭集めの三人が帰ってきた。新三郎がその内の一人に憑いて塒に入っていった。やがて、大店に顔を出した地回りも戻ってきた。
四半刻(三十分)も待ったであろうか、漸(ようや)く新三郎が戻ってきた。
「遅かったなぁ、何か別のことを探っていたのか?」
『火盗の同心の上に、陰の親玉が居るような気がして探っていたが、やはり同心が親玉のようだった』
「そのように新さんが言っています」
「分らへんがナ、ちゃんと通弁してくれんと」
辰吉が新三郎の言葉を伝えた。
「それで、襲うのは何人で、何時や」
「十人で、丑の刻(午前一時)に襲うそうです」
「わかった、今から奉行所へ行く、付いて来い」
「何だ、俺達が捕えるのではないのか」辰吉、不満そう。
「お前、その竹で闘う積もりか、一旦戻って出直しや」
「あ、そうだった」
「第二十回 師弟揃い踏み」 -続く- (原稿用紙16枚)
「第二十一回 上方の再会」
「なんやこれ、鷹塾で食料品のお店が出せる位持って来ている」
辰吉が呆れ返っているが、三吉は苦労人、貧しい塾生達に少しずつ持ち帰らせている。鷹之助先生の意志を受け継いで束脩(入学金)や謝儀(授業料)は取らず、先生へのささやかな心付けである二十文程度の月並銭だけで、おまけに食材を貰って帰ってくるために、父親や母親がせめて三吉先生のお役に立てばと、荒屋の修理や三吉の着物を洗濯に来る。
「お父さんも、お母さんも忙しいのに、どうぞ気を使わないでください」
三吉もめいっぱい気を使っている。地回りは相変わらず三日と空けずにやってきては辰吉に追い返されている。
ある日、ひょっこりと亥之吉と三太が鷹塾にやって来た。
「あんなぁ、東町のお奉行が、わいに会ってくれることになったのや」
「へー、どんな根回しをしたの?」辰吉が訊く。
「江戸の北町奉行に一筆書いて貰ったのや、何でも大坂東町のお奉行と若いころ長崎奉行所で同輩やったらしい」
「ははは、また虎の威を借るのか」
「何をぬかす、わいが精出して北町奉行の手助けをして広げた人脈や、それに鷹之助先生の名を出したら、憶えていた与力が居ましたのや」
「それで、乗り出してくれるのか?」
「いや、今はそれどころではないと言って、わいのすることに目を瞑ってくれるそうや」
「それだけか?」
「そうや、今大坂にナンチャラ組という非道働きの盗賊団が江戸から流れてきて、大店を襲っては店中の者を皆殺しにして千両箱を奪って去る夜盗が出没しているのやそうな」
「うわ、酷い、大店の人たちは、戦々恐々やな」
「そうや、三太のとこも大店や、気ぃつけたりや」
「へえ、がんばります」
ナンチャラ組と名乗っている訳ではない。亥之吉が名を忘れたのだ。奉行所が十文、二十文の恐喝に人を掛けられないのもわからないでもない。
「目を瞑ってもらうだけで十分や、わいらでごろつきの後押しをしている同心を炙りだしてやる」
「同心と言うても、本当かどうかわからへんと思うけど」と、三太。
「そやな、ハッタリかも知れんな」
と、話しているところへ、ごろつきが九人ずらり。その内一人は頰被りをしている。
「何や、また人数増やしおったな」
「三吉の用心棒も増えとるやないか、丁度良かった、今日こそは大坂の煩いおっさんと若造二人、叩きのめしてくれるわ」
「大坂の煩いおっさんて、わいのことか?」
亥之吉が不満気に聞き質す。
「そうや、お前や」
「そんな殺生な、まだこんなに若いのに」
「黙れ、糞爺」
「えっ、今度は糞爺か?」
「そやそや、折り畳んで腰の曲がった爺にしてこましたる」
「酷いやないか、わいまだ若造やで」
「なんかしてけつかる、すでに杖を突いているくせしやがって」
「アホ、これは杖やない」
「糞桶担ぐ棒やろ」
「当たり」
辰吉が焦れて、口出しをした。
「お父っつぁん、面白くもない掛け合い漫才やってないで、早く喧嘩しようぜ」
「まあ待て、コイツおもろいやないか、ええ漫才師になれるで」
「誰が漫才師や、いてもたろか」
「どこへ行くのや?」
「アホか、殺したろかと言っておるのや」
「さよか、折角もりあがっとるのに、何処かへ行かれたらどんならんなと思うたのや」
男の仲間も焦れてきた。
「兄貴、何をしょうもないことを言い合っているのです、座が白けていますやないか」
「座とは、何や? ここは寄席か」
胡座をかいていた亥之吉が、天秤棒を持って立ち上がった。
「ほんなら、頃合いもええ、コイツらを退治してやろか」
「よっしゃ、九人まとめて畳んでやろう」
三太と辰吉も棒を持って立ち上がった。その時、掛け合い漫才の男が叫んだ。
「ここにおられる頬被したお方はなぁ」
「水戸のご老公か?」
「ちゃうわい」
「もしや、暴れん坊の…」
「アホ、ここは大坂や、そんな訳ないやろ」
「何や、ただのおっさんか」
「このお方はなぁ」
「その頬被をしたお方は?」
「わいらの親分や」
「そのお方が同心ですか?」
「親分、コイツ等をどうしましょう」
親分は「チッ」と舌打ちをして言った。
「お前はバカか、わしを同心だと言ってしまったから、殺すしかないだろう」
「わし、同心やと言っていませんが…」
同心は、ムスッとしている。
「コイツが親玉らしい」亥之吉が言うと、
「おお、聞いた、聞いた、正体を暴いてやる」辰吉は小さいときから喧嘩好きである。
初めての親と、子、孫弟子の揃い踏みである。
「殺したらあかんで」
亥之吉が叫んだ。
「わかっとります」と、三太。
「骨は折ってもいいのか?」辰吉である。
亥之吉と三太の本気の喧嘩を、見るのは辰吉に取って初めてである。亥之吉師弟は、大暴れして九人の内六人は打ちのめしたが、ゴロツキどもの親分とそれを護っていた二人は、倒れている六人を見捨てて逸早く逃げてしまった。
「追うな、追うな、何れは頬被りを剥いでやる」
だが、捕らえた六人の口は固かった。親分の名を言えと責めても、「知らぬ」と、口を噤んだままである。そこで辰吉の守護霊新三郎に探って貰おうと新三郎に探りを入れて貰ったが、皆知らないようである。
亥之吉は意外な手に出た。捕らえた六人を全部解き放したのだ。
「お前らを捕らえて奉行所に突き出したところで、大した罪にもならん、どうせ親分に強要されて鷹塾を襲っただけや」
六人の男達は、我先にと逃げ去った。
その夜、ゴロツキ共は祝杯を上げていた。
「ざまぁ見ろ、俺達を捕まえても、手も足もでないやないか」
「そうと分かれば、どんどんショバ代をふんだくってやろうや」
「しかし、罠かも知れない」
さすが、親分と呼ばれる男である。亥之吉の魂胆を見抜こうとしている。
「暫くは、三吉から小銭を巻き上げるのは止めておけ」
亥之吉は、自分の立てた作戦を二人には話しておこうと考えた。
「ええか、わいは三吉さんを助ける為にだけ乗り出したのやないで」
地回りの小銭稼ぎは隠れ蓑で、きっと大物と結びついていると亥之吉は考えた。
「あの九人の内、八人の顔は憶えているな」
「へい、大体は」辰吉である。
「へえ、しっかりと」三太である。
「もー、辰吉は頼りないなぁ」
「それなら、覚えておけと言ってくれたら一生懸命憶えたのに…」
「まあええわ、あの内の誰かが、どこか大店に出入りしているのを突き止めるのや」
東町のお奉行には明かしておいたが、親分が東町の同心であれば、作戦が筒抜けになる。動くのは亥之吉たち三人だけにした。
「そやけど、ひとつ問題があるのや」
亥之吉がぽつりと言った。
「わいら三人、天秤棒をもっとるさかい、目立ってしゃあない」
「ほんまや」
「この度は、天秤棒を持たずに、本物の杖にしようと思うのやが」亥之吉の提案である。
「わいは、座頭の市さんから借りた仕込み杖や」
「わっ、凄い」
「嘘や、ただの棍棒や」
「三太は、この金剛杖や」
「わっ、お遍路さんみたいや」
「辰吉はこの竹や」
「何だ? これ、ひょっとこの火吹き竹じゃないか」
「文句言うな」
それから亥之吉たちは地回りを張っていたが何事も起こらず、相変わらず縄張り内で小商いをする行商人や露天商人からショバ代と称する小銭を取っていた。その額は、二十文程度で、払う方も諦めているようだった。
三太と辰吉も、亥之吉が「放っておけ」というので、手出しはせずに傍観していた。ところが、別の男たちが、大店にも要求しているのがわかった。店主は地回り達が要求する額がせいぜい一朱(二百五十文)と少額なので、気に留めるでもなく、払いながら盛んに頭を下げている。
「有難うございます、どうか宜しくお願いします」
店主は寧ろ喜んでいるようにも見える。地回り達が去った後、亥之吉はこの大店の店主に声を掛けてみた。
「福島屋の亥之吉と申しますが、今の方々はどなたで」
「ああ、福島屋さんのお方ですかいな、いえね、あの人達が夜盗から店を護ってくれるのですよ、それもたった一朱で」
「強そうな人たちでしたから、一安心ですね」
「そうです、そうです、福島屋さんもお願いをしたらどうです」
「教えていただいて、有難うございます、ぜひ店の旦那様と相談してみます」
「それがよろしいわ」
「ところで、どのようにお店を護ってくれますのやろか」
「日が暮れて店を閉めたあと、十人体制で表を見張ってくれるのやそうです」
「その命がけの仕事を、たった一朱で引き受けてくれるのですか?」
「そら、盗賊に襲われて護って頂いたときは、別にお礼をするつもりです」
「どれくらい渡せばよいのです?」
「百両くらいかな? そんなのをよこせとは、あの人たちは言いませんが…」
「わかりました、帰って旦那様に言います」
「あ、そやそや、護ってくれる方々の中に、火盗の同心も忍んでいますのや」
「お名前は?」
「伺っとりますが、他人に漏らすなと口止めされていますので」
「さよか、いえ決して訊きません、迷惑になったらいけませんからね」
「すんません」
亥之吉は、辰吉に尋ねた。
「今の話、聞いたか?」
「はい、聞きました」
「手を打ったか?」
「はい、すでに新さんが探りに行きました」
「よっしゃ、流石わいの倅や、よう気が付いた」
「いえ、新さんの判断です」
「なんじゃいな」
三太が笑っている。
暫くすると、使いに出かける小僧さんに付いて、新三郎が出てきた。
「お父っつぁん、同心は火付盗賊改方の同心片岡恭太郎やそうです」
「わかった、ほんならあのゴロツキどもの塒近くで、ヤツ等が帰ってくるのを待とう」
「夜盗が襲撃するお店を探るためですね」
「三太、それはもうわかっている、何人で何時に襲うか知るためや」
「わかっているとは、どのお店です?」辰吉が訊いた。
「今、わいが店主に話しを訊いていた、あの大店やないかいな」
「えーっ、あそこはヤツらが護ってくれているのと違うのか?」
辰吉は納得がいかない。
「三太はもう分かったか」
「へえ」
先回りして、暫く待っていると、小銭集めの三人が帰ってきた。新三郎がその内の一人に憑いて塒に入っていった。やがて、大店に顔を出した地回りも戻ってきた。
四半刻(三十分)も待ったであろうか、漸(ようや)く新三郎が戻ってきた。
「遅かったなぁ、何か別のことを探っていたのか?」
『火盗の同心の上に、陰の親玉が居るような気がして探っていたが、やはり同心が親玉のようだった』
「そのように新さんが言っています」
「分らへんがナ、ちゃんと通弁してくれんと」
辰吉が新三郎の言葉を伝えた。
「それで、襲うのは何人で、何時や」
「十人で、丑の刻(午前一時)に襲うそうです」
「わかった、今から奉行所へ行く、付いて来い」
「何だ、俺達が捕えるのではないのか」辰吉、不満そう。
「お前、その竹で闘う積もりか、一旦戻って出直しや」
「あ、そうだった」
「第二十回 師弟揃い踏み」 -続く- (原稿用紙16枚)
「第二十一回 上方の再会」