雑文の旅

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猫爺の連続小説「江戸の辰吉旅鴉」 第十三回 天秤棒の再会

2015-05-09 | 長編小説
    「新さん、もっと若い男に憑いてくれないか」
 辰吉のその言葉に、自称占い師の男が逸早く反応した。
   「儂を年寄扱いしておるのか?」
   「いえ、他のことで独り言です」
   「気持ちの悪い男だ」
 新さんが憑いた筈なのに、この反応は可怪しいと辰吉は首を傾げる。
   「さあその子を下ろしなさい、わしが担いでやろう」
 辰吉は慌てた。こんなお爺さんに背負わせて、転びでもされたら才太郎の折れた足が曲がってしまうと恐れたのだ。
   「いえ、結構です、旅先で腰でも痛めることになれば、俺がお侍さんを背負って医者に駆け込まなければなりません」
   「それもそうだなぁ」
 また「年寄扱いをした」と、一悶着あるかと思いきや、素直に引いてくれた。
   「俺は大丈夫です、草臥れたら力の強そうな男に代わって貰います」
   「その若い男か?」
   「いえ、この男は俺の雇い主だから使えません」
   「雇い主というと、おぬし用心棒に雇われているのか?」
   「そうです」

 と、なると、新三郎はどこへ消えたのだろう。そのとき、髭面の頑強そうな浪人風の大男が辰吉に声を掛けて来た。
   「よし辰吉、代わってやろう」
   「新さんですかい」
   「そうだ」
 占い師が驚いている。
   「なんだ、こんなお人がお連れさんかい?」
   「はい、権藤新三郎と言います」辰吉、咄嗟に出た偽姓だ。
   「それなら、最初からこのお人に背負って貰えば良いものを…」
 今度は、又八と才太郎が驚いている。次から、次から別人が現れて、それが皆辰吉の知り合いだというのだから、「この辰吉という人、何者だろう」と、思ってしまうのだ。
 占い師は、一両貰ったお礼をしようと思ったが、その必要は無さそうだと、ここで辰吉たちと別れて「浪花方面に向かう」と、辰吉一行から離れていった。

 
 それから才太郎の背負役も次々と入れ替わり、幾度か旅籠に止まり、一行は越前の国から加賀の国へと入った辺りで、用心棒と思われる一人の浪人者を含む総勢六人の男に取り囲まれた。
   「又八を渡して貰おうか」
 浪人を始め、又八が知らない男ばかりであった。
   「どなたさん達です?」辰吉が尋ねた。
   「金沢一家の者だ」
 加賀国の金沢一家は、又八がこれから行こうとしているところである。
   「又八を渡せば、どうする気だ」
   「彦根一家の貸元に頼まれたのだ」
 又八の親分から、早駆け便で金沢一家に書状で依頼されたそうである。
   「彦根の貸元は何と?」
   「煩せぇ、つべこべ云わずに渡しやがれ!」
 辰吉は、ケツを捲った。
   「いい加減にしやがれ! お前らはこの又八が親分の金を盗んでトンズラしたと吹き込まれているのだろうが、又八は盗んだのでは無いぞ」
 又八は彦根の親分に言いつけられて、金沢一家と善光寺に百両ずつ届けようとしているのだと辰吉は説明した。
   「それは、言い逃れだ、この盗人野郎を渡さねぇと、お前等もここで死ぬことになるぞ」
 浪人が、黙って刀を抜いた。何がどうあれ、又八を斬る気らしい。
   「俺は又八に雇われた用心棒だ、その刀、受けてやろうじゃないか」
 辰吉は、又八と才太郎背負った男を庇ってその前に立つと、六尺棒を頭上に構えた。
   「へん、そんな棍棒を振り上げて、この先生の刀が受けられると思うのか」
 男たちの一人が、嘲笑した。
   「先生、又八の用心棒ともどもお願いしますぜ」
   「よし、わかった」
 金沢一家の用心棒が、初めて声を発した。刃は辰吉に向けられるだろうと男たちが固唾を飲んだ直後、男たちの意に反して、金沢一家の用心棒はクルリと身を反転して、男たちに刃を向けた。
   「先生、殺るのは向こうですぜ」
   「黙れ、拙者は又八とやらと、この若い用心棒の言うことが真実だと思う」
   「真実なんか、どうでも良いのです、早くコイツらを殺ってくだせぇ」
 辰吉は、にんまりとした。新三郎が浪人に取り憑き、新三郎が言っているのだと思ったのだ。だが、違っていた。
   『あっしは、ここに居ますぜ』
 才太郎を背負った男が言った。まさしく新三郎だ。

   「えっ」
 用心棒の刃は、仲間の筈の男に斬りかかった。辰吉は、無意識で後ろから用心棒の首を叩き付けていた。
   「わっ」
 浪人は刀を落し、両手で首筋を抑えてその場に崩れた。
   「何をしやがる、拙者はお前達を信じると言ったではないか」
 辰吉には、この用心棒の魂胆が総て読めていた。又八と自分を斬り、僅かな用心棒代を受け取るよりも、この場の総ての者を斬り、又八が持っていると言う二百両を奪う積りなのだ。
 その時、用心棒は落とした刀を拾い、辰吉に向かってきたその手首を、辰吉は力任せに打ち込んだ。
   「あっ、しまった」
 辰吉は小さくさけんだのは、その手応えで両手首の骨を砕いてしまったのに気付いたのだ。
   「新さん、またやってしまった」
 江戸では、ドスを突き付けられて、そのドスを奪い取り、弾みで男を刺し殺してしまったと言うのに、また夢中でこの男の手首の骨を折ってしまったのだ。
   『辰吉は若いなぁ、夢中になると手加減が出来ない』
 金沢一家の男達は、苦痛に悶える用心棒を見捨てて、血相を変えて逃げて行った。

 辰吉は歩きながら考え込んでいる。新三郎に相談しようにも、別の男に憑いて才太郎を背負っている。仕方がないので、又八に話かけた。
   「なぁ又八さん、彦根一家の親分が、こうも執拗に又八さんの命を狙うのは、お姉さんのお蔦さんが頑張ってくれているのだろうと思うのだ」
   「親分に無理難題をふっかけられて、耐えているのだと思います」
   「お蔦さんの好きな相手の男は護ってくれているのだろうか」
   「色男ですが、軟弱でして、とても護るなんて出来やしません」
   「才太郎のことも、お蔦さんのことも心配だ」
   「有難うごぜぇます」
 辰吉は提案した。
   「折角ここまで来たが、引っ返そうと思うのだが、又八さんどう思う?」
   「金沢一家の親分さんも、敵に回ったようだし、金を届けるのは、あっしを嵌めるためのものだと分かったことだから、引返したいのは山々ですが、辰吉親分なしでは見す見す殺されに帰るようなものです」
   「俺は構わない、才太郎には可哀想だが、もう少し我慢をして貰い、三太郎先生も関わりのある浪花の診療院で治療して貰おう」
 才太郎を背負った男が、「うん」と頷いた。新三郎だ。

 
 そうと決まれば、早く戻って、お蔦を助けなければならない。寄り道をせずに急ぎ脚で歩いているのだが、才太郎を背負っている男に気付いた。
   「この人は、越後の方に向かっていたのだから、俺が交代しよう」
 男は才太郎を下ろすと、五・六歩北に向かって歩くと、へなへなっと座り込んでしまった。すぐに気をとり直すと、夢でも見ていたかのように両腕を上に伸ばすと、大きく欠伸をして立ち去って行った。
   「あれっ、知り合いではなかったのですか?」又八がまたもや不思議そうにしていた。

 近江国、彦根一家を目指して暫く歩いていると、行く先で手を振っている男がいた。顔は分からないが、手に持った天秤棒が判別できる。
   「あれっ、親父か?」
 まさかとは思ったが、近付くにつれてどう見ても親父の亥之吉のようである。
   「おーい、辰吉坊ちゃん」
 亥之吉ではなかった。江戸の京橋銀座、雑貨商福島屋に居るはずの三太であった。
   「三太の兄ぃ」
 言うが早いか、辰吉は才太郎を背負っていることも忘れて、駈け出していた。

   「新さんはどうした? 居るのか」三太が尋ねた。
   「はい、ここに」
 三太は、いきなり辰吉の襟を肌蹴て手を突っ込んだ。又八は「変な兄弟」だと驚いて見ている。
   「新さんが一緒やから、直ぐにでも辰吉坊っちゃんを連れて帰ってくれるのかと待っていたのに、一向に戻る気配がないので心配したやおまへんか」
   『ちょっと辰吉に旅をさせてみようと思いやして』
   「それならそうと旅にでる前に言ってくれていたら心配せぇへんのに…」
   『すまねぇ』
   「それで、この子は?」
   『旅の越後獅子で、骨を折って捨てられていたのを辰吉が助けたのです』
   「それで、こっちの男は?」
   『急いでいるので、道々辰吉に事情を聞いてくだせぇ』
 辰吉、大きな形をして、三太に抱きついた。
   「いやらしい関係の兄弟だなぁ」又八、呟く。

 辰吉は、又八の事情を三太に一部始終話した。
   「危ないなぁ、又八さんの両親もお蔦さんも脅されているやろ」
 又八に二百両もの大金を持たせたのは、姉のお蔦さんが身を売っても手に入らない額にする為だと三太は推理した。しかも、「又八に盗まれた」と代官所に訴えられたら、又八は磔獄門の刑を受ける。これは両親とお蔦さんの強力な脅迫材料となる。二百両は子分たちに取り返させておいて、又八が逃走中に盗賊に襲われて金は奪われ、又八は殺された筋書きにすれば、代官は納得するだろう。なんと狡賢い親分だと三太は思った。
   「事情は分かった」
三太は又八の家と、彦根一家の場所を訊くと、「わいが一足先に助けに行く、坊っちゃんたちはゆっくりと戻りなはれ」と、駈け出して行った。

    第十三回 天秤棒の再会  -続く-  (原稿用紙13枚)

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