
『パラサイト』の歴史的なアカデミー作品賞獲得によって3部門の惜敗に終わった本作だが、それがこの素晴らしい映画技術の達成を貶める事にはならないだろう。『アメリカン・ビューティー』『007 スカイフォール』の名匠サム・メンデス監督は1917年西部戦線を突破する兵士の姿を全編ワンショットで撮るという大胆な試みに打って出た。撮影は“相棒”ロジャー・ディーキンスだ。
近年、デジタル技術の発展やカメラの軽量化によりロングショットのハードルはぐんと下がった。名匠エマニュエル・ルベツキ撮影監督が手掛けた『バードマン』『ゼロ・グラビテイ』『レヴェナント』等、ロングショット自体が映画の性格を形成するケースもままある。ディーキンスはロングショットの曲芸など造作なくこなし、光と闇で演出する自身の作風と、『ブレードランナー2049』でも顕著だった物語と同期するエモーショナルな映像美を披露し、2度目のオスカーに輝いた。
この全編ワンショットという技法は決してギミック重視のコンセプトではない。舞台演出家であれば舞台と客席の境界を取り払いたいという欲求は当然の帰結であり、この技法を通じて観客は1917年という劇空間に没入する事になる。カメラは時に小劇場のような近さで役者の演技を捉え、時に大劇場のように荘厳な舞台美術を俯瞰する。『1917』はメンデスの演劇的ディレクションがディーキンスのシネマトグラフィーを得て完成した総合芸術なのだ。
唯一の難点を挙げるとすればトーマス・ニューマンの素晴らしいスコアだろう。映画監督としてのメンデスはクリストファー・ノーランのフォロアーであり、『スカイフォール』は『ダークナイト』に、本作はシュミレーター的戦争映画として『ダンケルク』の影響下にある。決定的な違いは音楽だ。『ダンケルク』のハンス・ジマーは着弾音や飛来音など全てを音で表現する前衛的手法で映画に同化したが、ロングショットによって編集段階における演出リズムを付けられない『1917』はスコアが過剰な“説明”をしてしまっている。
観客に先の読めない没入感を与えるため、主演にはあまり馴染みのないジョージ・マッケイがキャスティングされている。TVドラマ『11/22/63』や『わたしは生きていける』『はじまりへの旅』などで誠実な演技を見せてきた彼は敢闘賞ものの奮演であり(オスカーにノミネートされても良かった)、善意と勇気を持って駆け抜けるラストランには往年の名作、ピーター・ウィアー監督、メル・ギブソン主演の『誓い』がよぎった。各要所ではコリン・ファース、マーク・ストロング、アンドリュー・スコット、ベネディクト・カンバーバッチ、リチャード・マッデンが登場し、スターの貫禄で場を締めている。
本作は第一次大戦当時に伝令兵だったメンデス監督の祖父に捧げられている。冷徹なロングショットがみるみるうちに血の気を失い、命尽きる兵士を映したように、主人公が駆け抜ける荒野には声を得られず散っていった多くの人々が存在する事も忘れてはならない。
『1917 命をかけた伝令』19・米、英
監督 サム・メンデス
出演 ジョージ・マッケイ、ディーン・チャールズ・チャップマン、コリン・ファース、アンドリュー・スコット、マーク・ストロング、ベネディクト・カンバーバッチ、リチャード・マッデン、エイドリアン・スカーボロー
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