長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『日の名残り』

2020-06-06 | 映画レビュー(ひ)

 ノーベル賞作家カズオ・イシグロによる同名小説を当時『眺めのいい部屋』『モーリス』『ハワーズ・エンド』と傑作を連発していた監督ジェームズ・アイヴォリーと製作イスマイル・マーチャントのコンビが映画化。アカデミー賞では作品賞はじめ8部門でノミネートされた。

 1958年、英オックスフォード。ダーリントン卿の屋敷で執事を務めていたスティーヴンスの元に当時、女中頭だったミス・ケントンから手紙が届く。再会を約束した彼の胸には20数年前の思い出が去来していた。
 アイヴォリー監督の前作『ハワーズ・エンド』にも出演し、91年には『羊たちの沈黙』でアカデミー主演男優賞を受賞しているアンソニー・ホプキンスは絶頂期。愚鈍なまでに仕事に尽くし、文字通り滅私奉公するスティーヴンスの中で揺れ動く感情をミニマルに表現して絶品だ。そしてこのある種、日本人的メンタリティを持ったキャラクターが如何に何もしなかったが本作の見所である。

 彼が仕えたダーリントン卿は英国政治に大きな影響力を持った政治家であり、ヒトラーの台頭が始まる前のドイツとも大きなパイプを持っていた。英国貴族とナチスの癒着についてはやはりエドワード8世がそうであり、NetflixのTVシリーズ『ザ・クラウン』でも再び糾弾されている。
 卿は時折、信頼を置くスティーヴンスに意見を求めるが、彼は頑なに「いえ、私のようなものが…」と拒む。その結果、英国はドイツと開戦し、卿の義理の息子カーディナル(現在と芝居の質が全く変わらないヒュー・グラント)は命を落としたばかりか後年、卿自身も大きな批判を受け、失意の中で死んでしまう。カズオ・イシグロは移民として英国の特権層に冷ややかな視線を向けており、颯爽とした米国政治家(クリストファー・リーヴ)に「あなた達は民主主義のアマチュアだ」と断罪させている。

 その最中、スティーヴンスは共に屋敷を取り仕切るミス・ケントンに仄かな感情を募らせていた。明朗で心優しく、公平な彼女に恋心を抱いており、ミス・ケントンもまたスティーブンスに想いを寄せていたのだ。しかし彼は思いを打ち明ける事はおろか、何の態度も示さなかったのである。

 自制心も自尊心も人を救いはしない。老いたスティーヴンスに残ったのは深い悔恨だけであり、気付けば人生は微かに日の残る夕暮れ時である。映画独自の描写であるラストシーンの鳩は一見、解放を象徴するが、カメラは取り残されたスティーブンスをいつまでも見つめている。彼は自尊心という屋敷に閉じこもり、ついに飛び立つ事ができなかったのだ。


『日の名残り』93・米、英
監督 ジェームズ・アイヴォリー
出演 アンソニー・ホプキンス、エマ・トンプソン、ジェームズ・フォックス、クリストファー・リーヴ、ヒュー・グラント、ミシェル・ロンズデール、レナ・ヘディ
 

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