長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『バードマン あるいは無知がもたらす予期せぬ奇跡』

2018-09-15 | 映画レビュー(は)

オープニングのスタイリッシュなタイトルバック、全編鳴り響く即興ドラムソロ、2時間をワンカットに見せる神業のようなカメラワーク…あまりにコンテンポラリーな作風によくもまぁこんなアート映画にオスカーを4つもあげたもんだと驚いたが、そのトリッキーな見た目ばかりに気を取られてはいけない。これは「認められたい」「愛されたい」と願い、今日もどこかで舞台に立つ役者たちを描いた俳優賛歌であり、もう一度羽ばたきたいとくすぶる者達に「飛んでみろよ」と囁くポジティブな応援歌だ。これまでメキシコを舞台にヘヴィな人間ドラマで名を馳せてきたアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の大胆なイメージチェンジである。

主人公リーガンは20年前にアメコミヒーロー映画『バードマン』で主役を演じて一時代を築いたが、その後は俳優として正当な評価を受ける事がないまま60歳を過ぎてしまった。彼はレイモンド・カーヴァーの短編小説『愛について語る時、私達の語る事』を自ら脚色、演出、主演しブロードウェーデビューを目指そうとする。
1989年のティム・バートン監督版『バットマン』でバットマンを演じ、爆発的なヒットを記録しながらもその後、曲者俳優としてのキャリアを築く事ができなかったマイケル・キートンがリーガンを演じるのはなかなか皮肉が効いている。彼を苦しめる共演の演技派俳優役にはエドワード・ノートン。彼もまたクリエイティヴ過ぎる故にしばしば製作にまで口を出す“めんどくさい俳優”であり、それが祟ってマーヴェル映画『インクレディブル・ハルク』に主演しながらも『アベンジャーズ』にアッセンブルする機会を逸した。そして32歳で出演した『マルホランドドライブ』まで役に恵まれなかったナオミ・ワッツは遅咲きのブロードウェーデビューを飾る女優役を演じる。

これらが楽屋オチの黒い笑いで終わらないのは4人がかりで書かれた脚本が業界批判、メディア論、哲学などなど様々な側面を持ち、そして真の主役がエマニュエル・ルベツキによる曲芸的なカメラワークだからだ。『バードマン』はその技巧への寄りかかりが魅力であり、欠点でもある。この全編がワンカットに見える究極の長回しはアクロバティックでありながら全てのシーンがマスターショットと呼べる美しさであり、ルベツキ撮影の集大成とも言える。ライヴ感あふれる臨場感に俳優陣もテンションの高い演技で呼応するが、決してリアリズムを求めたものではない。一度、劇場の角を曲がるや時空を超えるこのマジックリアリズムはミドルエイジクライシスに陥ったリーガンの悪夢そのものなのだ。最後に“飛んだ”彼はひょっとしたら本番の舞台にすら立っていないのでは、とも読み取れた。

 脚本家ギレルモ・アリアガとタッグを組んでいた時代のイニャリトゥと言えば時制シャッフルとヘヴィな人間ドラマが持ち味だったが、袂を分かつとそれはアリアガの作風である事が発覚したのが前作『ビューティフル』だった。そんな彼が今や名匠と呼べるルベツキを迎えるや途端に“技巧派”へ転身。手法にこだわったストーリーテラーぶりはディカプリオを迎えた次作『レヴェナント』でネクストステージへと至る事となる。

『バードマン あるいは無知がもたらす予期せぬ奇跡』14・米
監督 アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
出演 マイケル・キートン、エドワード・ノートン、エマ・ストーン、ナオミ・ワッツ、アンドレア・ライズボロー、エイミー・ライアン、ザック・ガリフィアナキス
 

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