長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『007 スカイフォール』

2020-01-28 | 映画レビュー(す)

 前作『007 慰めの報酬』まで必死に007もジェームズ・ボンドも否定し、“ジェイソン・ボーン”シリーズの稚拙なモノマネをしていただけにアクションシーンはスローテンポに映るかもしれない。サム・メンデス監督が公言する『ダークナイト』からの影響もボンド映画の屈託のなさを愛する者には鬱陶しいかもしれない。無鉄砲な若さが魅力だったダニエル・クレイグがロートル扱いされるのも『007 カジノ・ロワイヤル』に歓喜した者には無念かも知れない。

 それでも僕は『スカイフォール』に3度も泣いた。1度目は早くもピークに達するアデルのオープニングテーマ曲、2度目はジュディ・デンチが朗読するテニスン『ユリシーズ』だ。
今、なぜジェームズ・ボンドなのか?なぜ、007シリーズは50年間も娯楽映画の王者たりえたのか?長い旅路を追えたオデッセウスが、老いてなお自身の内に宿る闘志を歌ったこの詩にイギリスが生んだ伝統的アイコンへの畏怖、誇り、そして混迷の世にヒーローを渇望する想いが託される。気高いデンチの演技と激しいアクションが映画を最高潮にまでスパークさせる名シーンだ。

 3度目の落涙は『007 ゴールドフィンガー』以来となるボンドカー、アストンマーチンDB5の登場だ。全編“旧いものはいい”というスピリットが貫かれ、クールでエレガントにボンド映画が再生されていく。作り手たちの確固たる自信がボンド映画たらしめるディテールを強固にし、ダニエル・クレイグ就任3作目にしてようやく劇中で「ジェームズ・ボンドのテーマ」が鳴り響いた。

 MGM倒産の影響で一度は製作が危ぶまれながら、期せずして生誕50周年の節目にリリースされる事となった本作はほとんどシリーズ最終作の趣きである。ボンド映画の50年を総決算し、そしてこれからの50年を見据えてジェームズ・ボンドの再定義が行われているのだ。ナオミ・ハリスとレイフ・ファインズのキャスティングされた意味がわかるクライマックスのカタルシスたるや!

 またサム・メンデスの演出を受けてキャスト全員が007史上最高の演技を見せており、中でもシルヴァに扮したハビエル・バルデムはオスカー受賞作『ノー・カントリー』に引き続き、映画史上に残る狂気の悪役ぶりである。歴代ボンドの中でも最高の戦闘力を持つダニエル・クレイグを相手に“殺し屋シガー”は最高の対戦カードと言えるだろう。

 そして名撮影監督ロジャー・ディーキンスのカメラが本作のグレードを1つも2つも上げており、ネオン煌めく高層ビルで影が躍る死闘、艶めかしい上海のナイトクラブ、そしてスコットランドならではの曇天に覆われた荒野の風景は息を呑む美しさである。後年の『ブレードランナー2049』同様、映画のテンションと呼応するかのような終盤の映像美はこの年の映画の最高峰と言っていい。

 シリーズ最高の興行収入を記録し、英国アカデミー賞で作品賞に輝いた本作の成功を受け、ダニエル・クレイグは6代目ジェームズ・ボンドとしての地位を不動のものとする。監督サム・メンデスとは次作『007 スペクター』でもタッグを組み、いよい最新作『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』で有終の美を飾る事となる。


『007 スカイフォール』12・英、米
監督 サム・メンデス
出演 ダニエル・クレイグ、ハビエル・バルデム、ジュディ・デンチ、ナオミ・ハリス、ベン・ウィショー、レイフ・ファインズ、ベレニス・マーロウ


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