夏木広介の日本語ワールド

駄目な日本語を斬る。いい加減な発言も斬る。文化、科学、芸能、政治、暮しと、目にした物は何でも。文句は過激なくらいがいい。

とても素晴らしいCMがある

2009年08月01日 | 文化
 離れた所で暮らしている息子から老齢と言える母親に電話が掛かって来る。
 「おれおれ、どう元気?」
 「ああ、おれおれさんね、お久し振り。で今日はどんな手口なの」
 「もう母さんったら。しばらく声聞いてないから、どうしてるかなって」

 ここで、「あなたの声を聞きたい人がいる」と言う文字が流れる。母親と息子の会話が続く。

 「で、そちらはどうなの」
 「うん、まあまあ仕事で忙しくて」
 「そう、それは良かったね。じゃあ振り込みは要らないね」
 「もう。その内に帰るから」

 提供は「公共広告機構」。会話の内容は正確ではない。概要を伝えただけだ。是非御自分で見て下さい。母親の顔も話も素敵だし、息子の声も話もまた素敵なのだ。普通のさりげない会話のようで、とても機知に富んでいる。そして温かい。こんな母親だったら素晴らしいなあ、とつくづく思ってしまう。もちろん、対応している息子もいい。私が見ているのはテレビ朝日の朝の10時半近く。ほかの局ではどうなのかは知らない。そもそも、あまりテレビは見ないので。
 で、ふと気が付いた。いつもこの時間帯には私の嫌いなアリコのCMが流れる。何度も流れる。そのアリコがクレジットカードの情報が漏れて、多くの被害を出している。アリコは外部からの侵入か、内部からの持ち出しかは分からないので、調査待ちだと言っていた。
 で、当然にCMの自粛になる。で代わりに登場したのがこのCMだとすると、代役にしてはあまりにも品格が違い過ぎる。はっきり言って、どんなCMも太刀打ち出来ない品格の高さだと私は勝手に評価をしている。逆に言えば、あまりにも品格の無いCMが多過ぎる。

 私の嫌いなCMの一つにJAの保険がある。
 男女二人の勧誘員が夫婦を訪れる。色々と話があったらしい所で、男の勧誘員が「で、奥様の御意見は」と聞く。すると夫が、こいつは私がいいと言えばそれで、と言うような事を言う。すかさず男の勧誘員は「いいえ、私は奥様の御意見が聞きたいのです」と遮る。妻は遠慮深そうに「私は、この人が健康で……」。
 そこでこの訪問シーンは切れる。最後は何か男の勧誘員が万歳をしているかのようなシーンで終わる。
 夫の役は渡瀬恒彦さん、妻の役は和久井映見さん。妻のおとなしそうで優しい雰囲気に比べて、夫はすごく我がまま勝手な男のように描かれている。私は見るたびに、この夫に同情してしまう。
 この夫婦は勧誘員なんかが知らない夫婦の愛情に包まれているのだ、と私は思う。それが妻に対する自信のある言葉になるのだし、妻も夫さえ健康ならば、との控えめな発言になるのだと思う。
 それに比べて、客の発言を途中で遮る勧誘員の強引さにいつも腹が立って仕方がない。それとも控えめな妻を出して、夫婦愛を語りたかったのか。もしそうなら、成功していないと私は思う。はっきり言って何を言いたいのかまるで分からないCMなのである。
 このCMを見たJAの人達がこれをいいCMだと思ったのだとしたら、私はJAの資質を疑う。いや、そうではない。私が感じたそのままがJAの性格なのだろう。JAは「農協」である。何で「農協」では駄目なのか。やっている事に自信があれば堂々と「農協」で通せば良いではないか。世間の感じが気になるって言うのか。世間の評価はその実体に即して行われる。駄目な団体が良い評価を得られる訳が無い。
 だから名前でごまかそうとする。良い例がJTである。「日本たばこ産業」ではあまりにも駄目な印象が強いので、意味がすぐには分からない略称でごまかしているのである。それに巧妙だよね。たばこのCMは出来ない。だが、医薬品のCMなら堂々と出来る。そこでたばこ以外の産業に手を伸ばしてそのCMを打つ。見る人はたばこのCMとは当然に思わないが、そうやって知らず知らずの内に「日本たばこ産業」の宣伝をしているのである。人々を救う医薬品を作る会社が毒物を作るはずが無い、と人々に思わせる魂胆なのだが、それは着々と成功しているのである。

 JAのCMが私の感じているような物ではないとしても、私には勧誘員の男性の横暴さしか見えては来ない。いやしくも営業で客のお宅にお邪魔しているのである。保険を売る側としては「お客様のために」が合い言葉なのだろうが、それがそのまま客に通じる訳が無い。客に不愉快な思いをさせて、少なくともこの夫は不愉快に思うだろう、それが客商売か。私が夫なら、失礼だなあ、帰ってくれよ、と言う。あんたが何を聞きたいかなんて、俺の知った事かと。

 月の始めなので、楽しい事を書きたいと思った。で、楽しく素晴らしいCMの話になった。でもすぐに嫌な話になってしまう。嫌でも思い出してしまうのだ。人間は嫌な事の方がずっと印象が強いのである。だからこそ、余計にこうしたほのぼのとしたCMが目立つのだ。公共広告機構のこのCMを作った方、これからも楽しみにしていますよ。