金属中毒

心体お金の健康を中心に。
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軍国の青

2015-12-02 08:45:20 | Weblog
 タイムマシンがある時点で、時間の流れがどうなっているかは知らないが、薄紅の空の小さな本丸にも冬が来た。半年弱で少女も本丸生活に慣れた。手慣れたしぐさで洗濯物を干す。男物ばかりだ。さすがに少女の分は一緒に干す気にならず部屋干しにしている。当初、切国が家事全部を請け負っていたころは自分の下着さえも彼が干していた。そのことを思うとさすがに赤面する。
 ぴりと指先に違和感が走る。見ればあかぎれができている。
(冬だ)と思う。

 昭和から持ってきたスキンクリームを塗る。こい青色の缶は少女のお気に入りだ。
ゲートが反応し刀剣達が帰ってくる。
「お帰りなさい」と声をかけながら、少女はけが人の有無は尋ねない。少女の刀剣達はけがをして、少女の前に帰ってきたことはない。だから少女は手入れ部屋の存在すら知らない。

 少女は剣を握る固い手を見る。自分とは違う。戦う手だ。
(あ、おんなじ)
少女は青年の手に自分と同じあかぎれを見つけた。

ポケットに入れたままだった小さな缶を取り出し、青年の手に擦り込む。
「ハンドクリーム、いい匂いするよ」
青年は布の下でうつむいて手をひっこめた。
「写しの身で主の手をわずらわせるのは   俺は汚れているぐらいでちょうどいい」
とか、ぼそぼそとつぶやく。
そして、もう片方の手を出してくれない。
少女はちょっと困った。今日の切国は卑屈が表に出ているらしい。これではもう片方の手にクリームを塗れない。うつむく青年に合わせるように少女もうつむく。その眼にこい青が入る。
 あ、と思う。
「きりくに、このクリームはとても強い軍国のクリームよ」
「   強い軍国」
「戦いがいっぱいある大陸でずっと戦って、大切なものを守り抜いた国の品なの。縁起がいいでしょう」
「それは勝ったのか」
卑屈が表に出ている今日の切国は口調もぶっきらぼうだ。でもその口調がかわいいと思えるほどに、少女は彼に慣れている。
「勝ったり負けたりたくさんして、今も名前を変えて戦っているの」

少女は昭和の人だ。少女の時代、まだ東西は対立しており、DDRは現役の国だ。
「むりに全部勝たなくていいから、必ず帰ってきてほしいの」
少女はふたを開けた缶を片手に、下から切国の目をほんの少し見る。卑屈が表に出ている彼は見つめすぎではいけない。
おずおずと差し出された手を少女は握る。
「きっとご利益があるよ」
神様相手に神の御利益をときながら少女はクリームを塗りこむ。
「あんたの言葉だからな」
やっぱりぼそぼそとしか言えないその言葉が、うれしいとか感謝とかであることを少女はちゃんと知っていた。
手の中のプロイセンの青色の缶は少女の体温で少し暖かくなった。









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