訪欧報告 その2

訪欧報告 その2

第2日目は、ドイツ国防省。
国防大臣以下、国防省首脳陣は、レバノン派兵に関する緊急会議で急遽ベルリンへ。そのため表敬訪問は取りやめとなりましたが、連邦軍総監部(日本でいう統合幕僚会議にあたるが、独三軍を統制する統合参謀本部として、国防大臣の下、軍令面のすべてを統括する)の政策担当者から、昼食をはさんでじつに丁寧なブリーフを受けました。

ブリーフにあたってくれたのは、連邦軍総監部第5局(作戦担当)局次長Schwalb大佐。米国防大学に留学経験もある視野の広い優秀な陸軍大佐でした。そのブリーフは、簡にして要をついた明快なものでしたが、何よりも、議会制民主主義の下での政軍関係のあるべき姿を体現した現行制度に対する自信と誇りを持って説明する姿に感銘を受けました。これは、いうまでもなく、第三帝国の失敗の教訓に学び、その後、冷戦期を通じて「リハビリ」に努めた苦心と実践の積み重ねの結晶ともいうべきものです。Schwalb大佐の説明は、これまで私が我が国の国防組織に対して抱いてきたモヤモヤした疑問を見事に晴らしてくれました。戦前戦中における同じような教訓を汲み取りながら形成されてきた彼我の国防体制は、60年を経て、文字通り「雲泥の差」をもたらしたといっても過言ではありません。そのことを、今回、改めて思い知らされました。

私たちが参考にすべきポイントは、大きく2つに集約できると思います。第一に、国防省組織が、文民の国防大臣の下、文官と軍人のベストミックスで成り立っている点です。(そもそも、これは、他の先進民主主義国においてはごく常識的なものなのですが、)我が国の場合、戦前の軍部独走に対する過剰な反省から、制服組(軍人)に対して文官(内局)を優越させることでシヴィリアン・コントロールの実を上げようとした結果、自衛隊の運用にまでいちいち素人の内局が関与する歪んだ仕組みとなってしまいました。まさに、「羹に懲りて膾を吹く」結果となり、延いては、貴重な人的資源が文官と軍人との間で重複し大きな行政の無駄を生んでしまっています。

第二は、冷戦後ドイツが積極的に取り組み、今や軍組織そのものの大改革にまで発展したドイツ軍の海外任務をめぐる国防体制と優れた意思決定プロセスです。とくに、いよいよ今秋には海外派遣をめぐる恒久法(一般法)の議論が始まる我が国にとり、これはきわめて示唆に富む内容といえます。一般法については、安倍次期首相も前向きな姿勢であり、すでに石破元防衛庁長官を中心に自民党案が練られてきた経緯もあり、これを秋の臨時国会における安全保障委員会の審議を通じてより優れた内容に修正していきたいと思っていましたから、今回得た知見はまことに有益です。

さて、第一の国防省組織について。国防大臣の下、2人の政務次官と2人の事務次官、その下に、軍政組織としての内局と軍令組織としての連邦軍があるのは、我が国とほぼ同様です。ところが、その先が大きく異なっているのです。内局に人事・厚生・総務局、管理・インフラ・環境保護局、法務局、予算局、装備総局があり、文官が必要最低限の軍政を司っているのは当然として、ドイツ三軍を統括する連邦軍総監部において幅広い軍令分野が軍人と文官の協同によって担われています。連邦軍総監部の7つの局はつぎのとおりです。すなわち、第1局(人事・教育)、2(軍事情報)、3(防衛政策・軍備管理)、4(兵站)、5(作戦)、6(計画)、7(組織・指揮支援)です。

文官と軍人のベストミックスを追求したこの効率的な組織体制は、わが国がぜひ参考とすべきで、来るべき省昇格の際には、「文官統制」ともいうべき戦後の誤ったシヴィリアン・コントロール概念を抜本的に変革する必要があります。そもそも、シヴィリアン・コントロールの「シヴィリアン(文民)」とは、官僚(文官)を意味するものではなく、選挙で選ばれた国民の代表(つまり、国会議員)による軍組織の統制を意味する概念であり、その点さえ制度的にしっかり担保されていれば、軍政、軍令の現場は文官と軍人がそれぞれの専門性と経験を生かして協同して事に当たるというのが、効率的であり効果的であることは明らかだと思います。戦前の失敗は、国民の代表である「政治」が機能不全に陥り、代わって軍人が政治を簒奪したことにあるのであって、軍事組織を非軍人が押さえ込んでおきさえすれば安心といった戦後の誤った風潮はこの際明確に否定しておかねばなりません。

シヴィリアン・コントロールの貫徹という意味で、印象深かったのは、ドイツ連邦軍が「連邦議会のための軍隊」と銘打っていることです。これが、ドイツに学ぶべき第二のポイントです。周知のとおり、冷戦後の海外派兵(NATO域外への派遣)をめぐっては、1994年7月にドイツ憲法裁判所の合憲判決で憲法上の決着はつきましたが、ドイツではそれを制度として定着させる試みが不断に続けられました。その間、NATOによるコソヴォ空爆に参加するなど海外派遣の実績が積み重ねられました。この点は、1993年の国連カンボディアPKOへの参加以来、派遣実績を重ねてきた我が国と軌を一にします。しかし、(2001年以来、特別措置法でその場しのぎを繰り返してきた)日本との大きな違いは、2005年2月に「議会関与法」が成立し、「武装した兵力」が海外に派遣される場合には連邦議会に事前承認が必要、との法制度が確立されたことです。

今回のブリーフィングでは、この制度の概要が詳しく説明されました。それによれば、ドイツが関与すべき国際紛争が勃発した場合、ただちに安全保障会議が招集され、官邸を中心に国防省、外務省など政治レベルの意思決定メカニズムが動き出します。それと同時に、連合軍総監の下にある統合作戦司令部を中心に、予算、人員確保、派遣規模や期間の設定など作戦計画が練り上げられます。それを、まず国防委員会および外交委員会に諮り、その結果を受けて政府が意思決定を行います。このプロセスの間に少なくとも3回の委員会審議を行うのです。その上で、連邦議会が承認して初めて派遣命令が下されることになります。これを、「国家意思決定および計画策定のサイクル」と呼びます。このシヴィリアン・コントロールの実効性を追求した慎重な意思決定プロセスにより、たとえば、最近のレバノン国際部隊への連邦軍派遣をめぐっては、計画策定から議会承認まで4週間かかっています。

しかし、連邦議会では、党派的な闘争ではなく、国家が直面する重大な安全保障上の課題をいかに解決するか、という真剣な議論が重ねられるというのです。これは、原則としてすべての国会議員が兵役義務(代替役務の場合も)を果たしているということが基盤となっていることは疑いの余地がありません。もちろん、現実は上述のようにスムーズに行くとは限りません。メディアの関心や与野党協議の複雑化や同盟諸国との協議も一筋縄ではいかないでしょう。しかし、この意思決定の枠組みが強固であり、政治も行政も軍組織もこのサイクルに等しく自信と誇りを持っているということが特筆すべきであると考えます。
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